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2 開けて、と言ったもの


旅館。


部屋。


窓の外。

海の音。


三人。

浴衣。


マスター。

榛色の髪。

ゆるく結んだ帯。


ファニー

じーっと見る。


シエル

同じく見る。


マスター

首を傾げる。


「どうしたの?」


ファニー

腕を組む。


「若旦那っぽい」


マスター

笑う。


「そう?」


シエル

眼鏡を押し上げる。


「否定はしません」


マスター

苦笑。


「旅館の人に怒られない?」


「むしろ似合う」


マスター

肩をすくめる。


「ありがとう」


ファニー

窓の外を見る。


「ねぇ」

「夜の散歩行かない?」


マスター

頷く。

「いいねぇ」


シエル

静かに立つ。


「付き合います」



熱海。

夜の商店街。


提灯の灯り。

ゆらゆら。

浴衣の人々。

笑い声。


三人。

ゆっくり歩く。


ファニー

楽しそうに振り返る。


「いいねぇこの雰囲気」


シエル

周囲を観察。


「落ち着いていますね」


マスター

のんびり。


「平和だねぇ」


その時。


男二人。

軽い足取りで近づく。


「ねぇ」

「そこのお姉さんたち」


「ん?」

「…は?」


笑う。


「よかったらさ」

「一緒に飲まない?」


ファニー

即答。


「ごめん」

「無理」


気にせず距離を詰める。


「いいじゃん」

「ちょっとくらい」


シエル

一歩前に出る。


静かに。

はっきり。


「俺は男です」


沈黙。

男たち


「……え?」


シエル

続ける。


「誘う相手を間違えています」


ファニー

くすっと笑う。


「残念でしたー」


苦笑しつつも引かない。


「いやでもさ」

「可愛いしさ」


さらに一歩。

距離が詰まる。


その瞬間。


マスター。

一歩。

前に出る。


空気。

わずかに変わる。


――内側。


(……どうしよっか)


同時に。

同じ場所から。


(やっちゃう?)


間はない。

重なる。


(やろっか)


最初から。

そう決まっていたみたいに。


境界が

ふっと消える。


外側。


マスターの瞳。

ゆらり。


紫。

赤でも青でもない。

静かに、混ざっている。


笑っているのに。

温度がない。


「君たち」


男たち

びくり。


マスター

静かに。


「この子たちは」

「僕らの大切な子だから」


ほんの少し。

圧。

逃げ場が、消える。


「手を出さないでね」


静寂。

逃げ場のない優しさ。


男たち

視線を逸らす。


「あ……」

「悪かった」

「行こうぜ」


足早に去る。


空気。

ふっと軽くなる。


次の瞬間。


「あれ?」


目を瞬く。


瞳。

緑。


首をかく。


「いやー」


笑う。


「さすが観光地」

「変なのもいるねぇ」


ファニー

じー。

シエル

じー。


「ん?」

「どうしたの?」


ファニー

小声。


「今さ」


シエル

静かに言う。


「マスター」

「混ざりましたね」


「え?」


シエル

分析するように。


「雰囲気が」

「明確に別でした」


ファニー

頷く。


「でも怖くはなかった」


シエル

続ける。


「ええ」


少し考える。


「むしろ」

「穏やかでした」


マスター

困ったように笑う。


「全然覚えてないなぁ」


ファニー

ぽつり。


「……なんかさ」


シエル

引き継ぐ。


「可能性」


二人。

同時に。


「「ですかね」」


夜。

提灯の灯り。


三人。

また歩き出す。


少しだけ。

距離が近い。


見えない何かも含めて。



夜。


旅館。


食事も終わり。

温泉も満喫。


廊下。

ランプの灯り。

ぽつぽつ。


三人。

部屋へ戻る途中。


仲居さんが声をかける。


「お客様」


マスター

振り向く。


「はい?」


仲居さん

微笑む。


「この宿では」

「夜に小さな怪談をお話しするのが昔からの習わしでして」


ファニー

目が輝く。


「怪談!」


シエル

嫌な顔。


「やはり来ましたね」


マスター

笑う。


「せっかくだし聞こうか」


「……旅行ですからね」


小さな座敷。


灯りは一つ。

卓上の行灯。


影が揺れる。

三人。

並んで座る。


仲居さん。

静かに語り始める。


「この宿には」

「白蛇様が住んでおられるのは」

「先ほどご覧になった通りでございます」


ファニー

頷く。


「うん」


仲居さん

続ける。


「ですが」

「昔」

「一度だけ」


白い息。

窓の外。

夜の海。


「蛇ではない“何か”が」

「この宿に入り込もうとしたことがありました」


シエル

眉が動く。


仲居さん


「それは」


「夜の廊下を」

「音もなく這うように進み」

「客室の前で、止まるのです」


ファニー

ごくり。


仲居さん

低い声。


「そして」

「戸の向こうに」

「小さな声で」


『……開けて』


沈黙。

行灯の火。

ゆらり。


ファニー

肩がびく。


「ある夜」

「若い旅人が」

「その声を聞きました」


『……開けて』

『寒い』

『入れて』


「…あっ」


マスター

横を見る。


「ですが」

「その旅人は、戸を開けませんでした」


「なぜなら」


一拍。


「その声は」


さらに一拍。


「戸の」


「……真下から聞こえていたからです」


沈黙。


行灯。

ゆらり。


ファニー

震える。


仲居さん

静かに続ける。


「白蛇様は」

「宿を守ってくださいます」


「ですから」

「その“何か”は」

「中に入れません」


「けれど」


少し微笑む。


「今でも」

「たまに」


夜。

廊下。


『……開けて』

『……寒い』

『……入れて』


「と」

「聞こえることがあるそうでございます」


仲居さん

一礼。


「以上でございます」


静寂。


ファニー


「あっ」

「あっ……」


シエル

冷静。


「来ましたね」


「あっ」

「あっ」


マスター

少し心配。


「ファニー?」


次の瞬間。


「アイエエエエエエエッ!!」


廊下。

旅館中に響く。


「ファニー!?」


シエル

ため息。


「発狂しましたね」


ファニー

涙目。


「なんで聞いちゃったのぉぉ!!」


マスター

苦笑。


「怪談好きそうだったのに」


ファニー

震える。


「好きと耐性は別!」


仲居さん

困った顔。


「申し訳ございません…」


シエル

落ち着いて言う。


「大丈夫です」

「この人は怪談が弱いだけです」


「弱いって言うな!」


廊下。

遠く。


風。

障子。

カタ。

カタ。


ファニー

びくっ。


マスター

笑う。


「大丈夫」

「白蛇様いるから」


シエル

掛け軸の方を見る。

小さく。


「……頼りにしています」


遠く。

玄関。

白蛇の掛け軸。


月明かり。


その目が

ほんの一瞬。

きらり

と光った。



……



旅館。

夜。

部屋。


静寂。

波の音。


三人。

布団。

すやすや。


――廊下。


きし。

きし。


何かが

這う。


止まる。


戸の前。

ぴたり。


『……開けて』

『……寒い』

『……入れて』


部屋の中。


ファニー。

眉がぴく。


「……うるさい」


目。

半開き。

完全に寝ぼけ。


むくり。

起きる。


空気。

ざわり。


マスター

違和感に気づく。


「……ファニー?」


ファニー

立つ。

ふらり。

光が滲む。


シエル

目を見開く。


「エネルギーが——過剰、いや違う、これ」


マスター

一歩引く。


「待って待って待って」

「それやばい」

「やばいやつ」


「うるさい……」


拳。握る。

光。集まる。


シエル

即座。


「臨界超えます!」

「収束制御できていません!」


マスター

被せる。 


「宿が飛ぶ!!」


ファニー

ふらり。

ドアへ。


マスター

半歩踏み出す。


「ファニー!!」


一瞬、判断。


「エネルギーは収縮する!!」


空気。ぎゅっ。

圧縮。

光、さらに濃くなる。


「あ、まずい」

「逆にまずい」


シエル

同時。


「間に合いません!」

「防御優先に切り替えます!」


壁へ。手。


「全方位結界、展開!!」 


光の線。走る。


「頼む、耐えてくれ……!」


ファニー

ドア前。


ガチャ。

開く。


廊下。

怪異。

ぽかん。


『……え』


ファニー

一歩。

踏み出す。

拳。

振りかぶる。


「ふぁにーぱんち」


――無音。


光が

一点に

潰れる。


次の瞬間。


“そこだけ”世界が消える。



消滅。



静寂。



ファニー

その場で。


くるり。

戻る。


部屋。

布団。

ばふん。


「……ねむ」


即。

就寝。

完全終了。


マスター

呆然。


「……え」


シエル

壁に手をついたまま。

息を吐く。


「……防ぎきりました」


マスター

苦笑。


「ありがとう」


シエル

座り込む。


「寿命が縮みました」


外。

廊下。

何もない。

傷一つない。


ただの夜。


遠く。

白蛇の宿。

静かに守られている。




翌日。

朝。


光。

鳥の声。


ファニー

伸び。


「んー!」


にぱっと笑う。


「よく寝たー!」


マスター

少し遠い目。


「そっか……」

「よかったね……」


シエル

目の下にうっすら影。


「疲れました……」


ファニー

きょとん。


「どしたの2人とも?」


沈黙。

マスターとシエル。

顔を見合わせる。


マスター

苦笑。


「なんでもないよ」


シエル

頷く。


「平和な夜でした」


「そっか!」


外。

朝の海。

きらきら。


今日も。

平和。


たぶん。


……



旅館。

朝。

湯気。

香り。


焼き魚の香ばしさ。

白いご飯。

味噌汁。

小鉢が並ぶ。


“ちゃんとした朝ごはん”の暴力。


ファニー

目を輝かせる。


「わぁ……!」

「豪華……!」


シエル

静かに座る。


「旅館の朝食は合理的ですね。栄養バランスが完璧です」


マスター

湯呑みを持ちながら微笑む。


「だねぇ」


一瞬。

三人の間に

穏やかな時間が流れる。


――昨夜のことは。

誰も言わない。


ファニー

もぐもぐ。


「おいしい!」

「ねぇマスターこれ何?」


マスター

覗き込む。


「ああ、それはね――」


自然な会話。

自然な笑顔。


シエル

ちらり。

マスターを見る。


マスター

わずかに肩をすくめる。

“言わなくていい”


その合図。


シエル

小さく頷く。


ファニーは

知らない。


自分が

夜中に

宿を消し飛ばしかけたことを。


――それでいい。

今はまだ。


食後。

外。

朝の空気。

少し冷たい。


旅館の前。

チェックアウト。


ファニー

名残惜しそう。


「また来たいね!」


「そうだねぇ」


「次はもう少し穏やかな夜だと助かります」


マスター

苦笑。


「努力はするよ」


ファニー

首をかしげる。


「?」


駅。

ホーム。

新幹線。


白い車体。

風。

到着の音。


ファニー

わくわく。


「新幹線だー!」


シエル

軽く息を吐く。


「やっと座れます……」


マスター

くすり。


「お疲れ様」


乗車。

席。

三人並び。


窓側。

ファニー。

外を見る。

流れ始める景色。


「はやーい!」

「すごーい!」


子供みたいな反応。 


シエル

目を閉じる。

少しだけ休息。


マスター

その二人を見ている。


穏やかな顔。

けれど。


ほんの一瞬。


瞳の奥に

昨夜の光景がよぎる。

拳。

収束。

消滅。


(……危なかったな)


内心。

静かに。

線を引く。


(次は、ちゃんと教えないと)

(“怖さ”を)


ふと。

ファニーを見る。


無邪気。

無防備。


マスター

小さく笑う。


(でもまあ)

(今日はいいか)


一拍。


(壊れる前に止めればいい)


トンネル。

一瞬の暗闇。


窓に映る三人。

光に戻る。

日常へ。


帰還。

境界堂。


扉。

開く。


「ただいまー!」


ファニー

元気よく。


シエル

一歩遅れて。


「戻りました」


マスター

最後に入る。


「ただいま」


いつもの場所。

いつもの空気。


――けれど。

何かが一つ。

積み上がっている。


まだ言葉にならない

“小さな違和感”


それが。

次の夜。


形になる。


……


境界堂。

昼。


荷物をほどく音。

旅の余韻。


ファニー

紙袋を覗き込む。


「……ねぇマスター」

「何その変なTシャツ」


マスター

得意げに広げる。


「ふふっ」


白地。

でかでかと英字。

You Know Me


シエル

湯呑みを手に取る。


「湯呑み、ですか?」


そこにも同じ文字。

You Know Me


シエル

一拍。


「……意味は?」


マスター

にこにこ。


「いいでしょ」

「“湯呑み”と“You Know Me”でTシャツ」


ファニー

無表情。


「ダジャレか」


シエル

眼鏡を押し上げる。


「なるほど」

「理解はしましたが、納得はしていません」


マスター

満足げ。


「これをね、お土産にしたんだ」


間。


ファニーとシエル。

同時に。


「「誰に?」」


扉。

がちゃ。

黒いコート。


静かな足取り。

――クロード。


マスター

ぱっと振り向く。


「ちょうどいいところに」


Tシャツ。

差し出す。


「はい、お土産」


クロード

一瞥。


無言。

三秒。

沈黙。


そして。


「要らん」


即答。

ファニー

吹き出す。


「でしょーね!」


シエル

小さく頷く。


「予測通りです」


マスター

少しだけ肩を落とす。


「えぇー」


クロード

踵を返しながら。


「着る理由がない」


マスター

ぼそり。


「似合うと思うんだけどなぁ……」


クロード

立ち止まらず。


「その“似合う”の基準が信用できん」


去っていく背中。

静寂。


間。


ファニー

にやり。


「マスター、自分で着なよ」


シエル

淡々と。


「最も合理的な解決です」


マスター

少し考えて。

にこっと笑う。


「じゃあ着ようかな」


――数分後。

境界堂。


廊下。


You Know Me Tシャツのマスターが普通に歩いている。


ファニー

腹を抱える。


「ダメだこれ」


シエル

目を逸らす。


「……視界のノイズが強いですね」


その奥。

廊下の角。

クロード。


ちらりと見る。


――一瞬だけ。


本当に一瞬だけ。


目を逸らした。



マスター「変Tシャツの奥深さが分からないとは、君たちもまだまだだねぇ」

ファニー「絶対やだ」

シエル「知りたくありません」

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