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1 温泉旅行、ただし神様付き


朝。

境界堂。


障子からやわらかい光。


湯気。

味噌汁の匂い。

平和。


ファニー

机に突っ伏している。


「……はぁ」


シエル

新聞をめくる。


「どうしました」


ファニー

顔を上げない。


「最近さ」

「戦闘多くない?」


マスター

台所から顔を出す。


「多いねぇ」


のんびり。


「怪異も春だからね」


シエル

即答。


「そんな理由あるんですか」


マスター

首を傾げる。


「ないけど」


ファニー

むくっと起きる。


「休みたい」


シエル

頷く。


「同意です」


マスター

コーヒーを置く。


「いいよ」


二人

ぴたり。


「え?」


マスター

にこにこ。


「今日は依頼もないし」

「散歩でも行こうか」


ファニー

警戒。


「……ほんと?」


シエル

冷静。


「何か裏が」


マスター

肩をすくめる。


「ないない」

「ただの散歩」



境界堂前。

商店街。


朝の活気。


魚屋の声。

パン屋の匂い。

八百屋のおばちゃん。


「マスター!おはよう!」


マスター

手を振る。


「おはようございます」


ファニー

小声。

「顔広いなこの人」


シエル

小声。

「生活圏ですから」


商店街の真ん中。


赤いのぼり。

大抽選会


ガラガラ。

鐘。

景品の山。


ファニー

目を輝かせる。


「福引き!」


シエル

読む。


「商店街感謝祭ですね」


マスター

ポケットを探る。


「そういえば」


チケット。

数枚。


「この前八百屋でもらった」


ファニー

ニヤリ。


「引こう!」


シエル

頷く。


「引きましょう」


福引台。

おばちゃん。


「はいどうぞー!」


マスター

ガラガラ回す。


カラカラカラ。

ぽと。

白玉。


おばちゃん

鐘。

鳴らない。


「はい、ポケットティッシュ!」


ファニー

無言。

シエル

無言。

マスター

苦笑。


「世の中そんなものだよ」


二回目。

ガラガラ。

ぽと。

白。

おばちゃん。


「ティッシュ!」


ファニー

「ティッシュ」

シエル

「ティッシュ」


三回目。

マスター

軽いノリで回す。


カラカラカラ。

ぽと。

赤。


おばちゃん

一瞬固まる。


次の瞬間。


カランカランカランカラン!!


鐘。

大音量。


商店街が振り向く。

おばちゃん絶叫。


「特賞!!」


ファニー

「え」

シエル

「え」

マスター

「え」


おばちゃん

高く掲げる。


パネル。


特賞

熱海温泉旅館

一泊宿泊券!!


周囲。

ざわざわ。

拍手。


ファニー

目を輝かせる。


「温泉!!」


シエル

目が輝く。


「温泉ですか!!」


マスター

パネルをよく見る。


少し沈黙。

小さく読む。


「……お一人様」


ファニー

ジト目。


シエル

ジト目。


同時。


「お一人様ですよね?」


マスター

ゆっくり後退。


「いやー」

「これはほら」

「抽選のルールだから」


さらに後退。


「僕は遠慮して」


踵。

くるり。

逃亡。


ファニー

がしっ。

腕掴む。


シエル

反対側。

がしっ。


「あれ?」


二人

笑顔。

圧。


「行きますよね?」


マスター

乾いた笑い。


「……はは」


空。

青い。

春風。


少し沈黙。


マスター

観念。

小さく笑う。


「……そうだ」


少し肩をすくめる。


「熱海にいこう」


ファニー

拳。


「温泉!」


シエル

眼鏡を押し上げる。


「決まりですね」


「……これ、交通費は自腹だよね」


沈黙。


「……いけるいける」


「行けません」


商店街。

拍手。


「若いっていいわねぇ!」


マスター

苦笑。


「三十五なんだけどねぇ」


ファニー

腕を引く。


「急げ!」


「準備です」


マスター

引きずられる。


「え」

「もう?」


二人

「もうです」


境界堂へ。


走る。

春の風。

商店街の鐘。


カラン。

カラン。


温泉旅行。


開幕。


……



新幹線。


トンネル。

抜ける。


海。

キラキラ。


ファニー

窓に張り付く。


「海!!」


シエル

静かに言う。


「落ち着いてください」


ファニー

振り向く。


「いや海だよ!?」


マスター

苦笑。


「海だねぇ」


車内アナウンス。

「まもなく熱海〜」


ファニー

立つ。


「来た!!」


シエル

袖を引く。


「まだドア開いてません」


熱海駅。

改札。

観光客。


温泉まんじゅうの匂い。

海風。


ファニー

両手を広げる。


「温泉街だぁぁぁ!!」


シエル

周囲を見る。


「落ち着いてください」


ファニー

指差す。


「足湯!!」


小さな足湯スペース。

観光客が数人。


ファニー

靴脱ぐ。

ぽちゃ。


「ふぁぁぁ……」


ほかほか。


「天国……」


シエル

呆れ。


「到着五分です」


マスター

隣に座る。


「いいねぇ」


ファニー

じわーっと溶ける。


「住みたい」


少し歩く。


広場。

看板。

間欠泉


次の瞬間。


ぶしゃああああ!!


ファニー

跳ぶ。


「うおおおおお!!」


観光客

拍手。

スマホ。

写真。


「すげぇ!地球すげぇ!」


マスター

笑う。


「元気だねぇ」


「子供ですね」


その時。


人混みの端。

影。


小さな。

黒い。

丸い。


ちょろちょろ動く怪異。


ファニー

ぴたり。

目。

細くなる。


「……いた」


シエル

視線だけ向ける。


「弱い個体ですね」


「観光地にもいるんだねぇ」


怪異。

人の足元をうろうろ。


ファニー

すっと近づく。

観光客

気づかない。


「うりゃ!」


ボコ。

怪異

ぽよん。

飛ぶ。


「とう!」


飛び蹴り。

怪異

地面バウンド。


「せいや!」


空手チョップ。

ぺし。


怪異

ぽふ

消える。


静寂。


観光客。

ポカーン。

スマホ。

止まる。


シエル

即座。

拍手。


「大道芸です」


観光客

「おおー」


マスター

吹き出すのをこらえる。


「雑だなぁ」


シエル

淡々。


「観光地補正です」


ファニー

満足。


「よし」


シエル

ため息。


「温泉に来て怪異退治する人初めて見ました」


マスター

肩をすくめる。


「職業病だねぇ」




人混みの更に奥。


ゆっくり首を引っ込める影。


『ほっほっ』


すぐに消えた。


……



旅館。

玄関。

大きな暖簾。

木の香り。


女将。


「ようこそお越しくださいました」


マスター

軽く頭を下げる。


「お世話になります」


ファニー

きょろきょろ。


「老舗っぽい!」


シエル

静かに周囲を確認。


床。

柱。

天井。

そして。

正面の壁。


一枚の大きな掛け軸。


白蛇。


とぐろ。

長い体。

白い鱗。

金の目。


シエル

ぴたり。


止まる。


一歩。

下がる。


ファニー

気づく。


「ん?」


マスター

説明板を読む。


「へぇ」

「この宿には白蛇伝説があるんだって」


―白蛇様に卵をお供えすると金運アップ―


「金運!」


「縁起物だねぇ」


シエル

小声。


「マスター」

「宿を変えましょう」


マスター

振り向く。


「どうしたの?」


シエル

少しだけ目を逸らす。


「……ヘビは苦手です」


「え」


シエル

淡々。


「昔」


少し間。


「飼っていた小鳥が」

「丸呑みされました」


沈黙。


「うわ」


マスター

頭をかく。


「あー」

「自然の摂理だけどねぇ」


シエル

無表情。


「知っています」


マスター

パンフレットを見る。


「でもなぁ」

「当日キャンセルは、さすがに申し訳ないし」


ファニー

頷く。


「旅館かわいそう」


シエル

小さくため息。


「ですが…」


その時。


掛け軸。

白蛇の目。

きょろり。


「え?」

「今動いた?」


「まさか」


静かな声。


『ようこそお客人』


三人。

止まる。


掛け軸。


白蛇。


ゆっくり。

目。

瞬く。


『ここは』

『我が守護する白蛇の宿』


シエル

無言。


静かに。

後退。


一歩。

二歩。

三歩。


気づけば

反対の壁。

ぴったり。


白蛇

穏やかな声。


『安心せよ』

『我が居る限り、ほかの蛇は入ってこれぬ』


マスター

ちょっと笑う。


「それは頼もしい」


『対価なくして運は巡らぬ』

『ゆるりと休まれよ』

『旅人たち』


白蛇。

目を閉じる。


すうっと。

掛け軸の中へ。


静寂。


玄関。

さっきまでの空気が

ゆっくり元に戻る。


「…消えたね」


「消えたねぇ」


シエル

掛け軸を見る。

少し警戒。


「……あれは、怪異なのですか?」


マスター

少し考える。


「んー」


肩をすくめる。


「神様、かな」


「神様?」


シエル

眉をわずかに動かす。


「神様って、いるのですか?」


マスター

柔らかく笑う。


「日本は八百万の神々の国だからねぇ」


廊下の奥。

風鈴が揺れる。

チリン。


「山にも」

「川にも」

「道にも」


「神様がいる」


「へぇー」


マスター

軽く言う。


「シロも神様みたいなもんだしね」


「あー」


納得。


シエル

小さく頷く。


マスター

天井を見上げる。


「普段は見えないけど」

「そこにいるよ」


少し間。


マスター

掛け軸を見る。


「だから」

「今回のは僕もびっくりしたんだ」


「マスターでも?」


マスター

苦笑。


「うん」

「直接話しかけてくれるなんて」


少し嬉しそうに。


「光栄だねぇ」


シエル

静かに頷く。


「……そうですね」


ファニー

じっと掛け軸を見る。


「金運アップって」

「ほんとかな」


マスター

笑う。


「卵買ってくる?」


ファニー

真剣。


「買う」


シエル

即答。


「やめてください」

「……“安全な蛇”など存在しません」


三人。

歩き出す。


畳の廊下。

きし。

きし。


奥。


客室へ。


外。

夕方の海。


風。


旅館のどこかから。

笑い声。


マスター

ふと。

思い出したように言う。


「そういえば」


ファニー

振り向く。


「ん?」


マスター

軽い調子。


「この宿」

「夜に怪談会やるらしいよ」


シエル

ぴたり。

止まる。


ファニー

にやり。


「怪談?」


マスター

頷く。


「昔からの名物らしい」

「今年は……よく“出る”らしいよ?」


「いいじゃん」


「嫌な予感しかしません」

 

「まあまあ、旅行だし」


夕日。

廊下の窓。

赤い光。


三人の影。


長く伸びる。






ファニー「旅行たのしー!!」

シエル「はしゃぎすぎです」

マスター「怪談も楽しみだねぇ」

ファニー「受けてたーつ!」

……コト

ファニー「……今の音」

マスター「風、かな」

シエル「……でしょうね」

ファニー「……だよね」

風鈴。チリン。

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