表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/69

7 四重境界《クアドラ》


■境界堂地下訓練室


広い空間。

床に演習用の結界ライン。


カノンがノートを開いている。

目がキラキラ。


「ワタクシ、三位一体が気になります」


「研究スイッチ入った」

「止まりません」


カノン

マスターを見る。


「マスター」

「三位一体、再現可能ですか?」


「演習ならね」


軽く肩を回す。


「やるか」


床のラインが光る。

ファニーが前に出る。

シエルが端末を操作。


「演習モード起動」


空間に微弱な怪異エネルギー。


「観測準備完了です!」


ノート構え。


「いくよ!」

「同期開始」


二人の力が重なる。

空間が歪む。

マスターの周囲に影が広がる。


三つの力。

重なり。

一つになる。


三位一体。


カノン

目を見開く。


「なるほど!」


ノート高速記録。


「エネルギーの流れが三角構造で…!」


「三角?」

「解析一致」


「つまり三者が支点になっている!」


マスターが軽く拳を振る。

演習怪異が吹き飛ぶ。


ドン。


「すごい!」


興奮。


「安定しています!」


少し間。


カノン

ふと首をかしげる。


「ちなみに」


ノートをめくる。


「これって」


マスターを見る。


「マスターが境界融合体でも」


言いかけて

止まる。


「でき……?」


空気が少し変わる。


ファニー

「……」


シエル

「……」


マスター

少し考える。


「理論上は」

「!!」


ノート爆速。


マスター

続ける。


「ただし」


床を見る。

影が少し揺れる。


「おすすめはしない」

「なぜです?」


マスター

少し笑う。


「三人じゃなくなる」

「え?」


「……あー」

「理解しました」


「え?え?どういうことですか?」


ファニーが説明する。


「融合マスターってさ」

「中にもう一人いる状態なんだよ」


「そう言えば!」


「つまり」


端末に図を出す。


マスター+空白体+ファニー+シエル


カノン

目が丸い。


「四人…!」


マスター

肩をすくめる。


「三位一体じゃなくて」


少し笑う。


「カオスになる」


「それはそれで強そう」

「制御不能になりそうですが」


カノン

目が輝く。


「興味あります」


「研究者の顔!」

「危険思想」


マスター

即答。


「却下」


「ええー!?」

「じゃあ!いつか試しましょう!」


「やらないよ」

「研究のために!」


「やらない」

「やろうよマスター!」


「絶対やだ」




カノンがノートを閉じる。

目がキラキラ。


「じゃあ」


満面の笑み。


「マスターの境界融合体が見たいです!」


「ええ〜…」


「確かに」


腕組み。


「実戦で1回しか見たことないし」

「使用確認は必要です」


「いやいやいや」


手を振る。


「模擬戦でやるもんじゃない―」


その時。

頭の奥。


『いいね』

「ん?」


『やろうよ』

「おい」


『面白そう』

「待てって」


『決定』

「だから待てって――」


マスター、一歩後ろに下がる。


「いややらないやらない、今の流れ完全にダメなやつだから――」


踵が、床を踏む。

止まる。


「……あれ?」


もう一歩、下がろうとする。

動かない。


「は?」


足が、貼り付いたみたいに。

結界のラインが、じわりと光る。


「ちょ、待っ――」

『却下』


その一言。

――カチン。

何かが、内側で“切り替わる”。


思考が、ずれる。

さっきまでの「やりたくない」が、どこか遠くに滑る。


「……あ?」


視界が、ほんの少しだけ遅れる。

呼吸のタイミングがズレる。


心臓が、一拍。

“別のリズム”を刻む。


指先。 ぴくりと動く。

勝手に。


「……っ、おい……」


声に、自分じゃない響きが混ざる。

頭の奥で。


『ほら』


重なる。


『楽しいよ』


拒否しようとした瞬間。

それより早く。


口角が――

ゆっくりと、吊り上がる。


「……ハ」


止められない。


上がる。

上がる。

笑う形に、固定される。


「……ハハッ」


目の奥。色が滲む。

青が揺れて。

その奥から。

紫が、にじみ出る。


影が、足元から遅れてついてくる。


「……いいね」


声が変わる。

軽い。愉快そうで。

少しだけ、危うい。


さっきまで“逃げようとしていた何か”は、

もういない。


肩を回す。

関節が軽い。

世界が、少しだけ“薄い”。


「やるか」


紫の瞳が細くなる。

視線が、ファニーとシエルを捉える。


「おいで」


ファニー

ニヤッ。


「望むところ!」


シエル

端末起動。


「演習開始」


衝突。


ドン!!


ファニーの突撃。

融合体が受ける。


床が割れる。


「速度上昇」


データ分析。


「おらぁ!」


蹴り。

融合体

軽く受ける。


「いいね」


笑う。


「もっと来いよ」


紫の瞳が揺れる。

赤と青が、内側でせめぎ合う。


「マスター性格変わってる!」

「融合人格」


シエルが結界展開。

ファニーが突撃。

二人の動きが重なる。


「三位一体か」


ニヤリ。

紫が、わずかに明るくなる。


「いいじゃない」


拳を握る。

空間が揺れる。


「だったら」


少し楽しそうに言う。


「こっちも」


影が膨らむ。


「お?」

「危険反応」


「―試すか」



影が揺れる。

空気が軋む。

空間が、耐えきれない。


何かが、数えきれない。


紫の瞳が、わずかに濁る。

色が深く、重く沈む。


静かに宣言。


「――境界を、四つ」


一拍。


四重境界(クアドラ)


空間が

ドン

と歪む。


「……四重?」


カノン

ノート落とす。


シエル

演算停止。


「出力異常」


ファニー

笑う。


「ちょっと待って」

「これヤバい?」


融合体。

少しだけ、楽しそうに。


「ハハッ」


――その直前。


ほんの一瞬。

紫の瞳が、わずかに揺れる。

焦点が、ほんの少しだけ遅れる。


呼吸が一拍ずれる。

指先に、微かな違和感。


力が、きれいに揃わない。

内側で。

声が、重なる。


『いいね』

『まだいける』


一瞬だけ。

それ以外の何かが、

言いかけて――消える。


すぐに。

全部、整う。


口角が上がる。


「多分」


軽い声。

余裕。


――ただ。

ほんの少しだけ、

言葉が“早かった”。


シエル

即判断。


「演習終了です」


結界強制停止。


ドン!!


衝撃が消える。

静寂。

煙。


――だが。

空気だけが、まだ遅れている。


さっきまであった“何か”が、

完全には消えきっていない。


床。

ひびの奥に、わずかに残る黒。


空間の端。

光が、ほんの一瞬だけ歪む。


カノン

震えながらメモ。


四重境界(クアドラ)…」

「理論存在確認…」


目キラキラ。


その時。

紫の色がほどける。


ゆっくりと。

水に溶けるインクみたいに。

青が戻る。


だが。

完全には戻らない。


一瞬だけ。

“どこを見ているのか分からない目”が残る。


融合解除。


マスター

元に戻る。


――一拍。

呼吸が、遅れる。


肩がわずかに揺れる。

指先が、ぴくりと動く。

それから。

ようやく。


「……っ、は」


息を吐く。


数秒沈黙。

顔が赤い。


「今の、僕じゃない」


「いやマスターだった」

「完全一致です」


カノン、感動。


「最高です!」

「やめて!」


顔覆う。


「思い出させないで」

「全部覚えてるでしょ今の」


頭の奥。

空白体


『楽しかったね』


――ほんの一瞬。

マスターの指が止まる。


「黙れ」


短く、切る。

その余韻が、まだ残っている。


完全には、“戻りきっていない”


そして。

扉が開く。


ギィ。


低い声。


「お前たち」


――空気が、沈む。

さっきまでの歪みとは違う。


もっと単純で。

もっと重い。


クロードが立っている。

動いていないのに。

その周囲だけ、

音が一段低くなる。


足音がない。

ただそこにいるだけで、

床が“踏まれている”みたいな圧。


視線が動く。

ゆっくり。

全員をなぞる。


それだけで。

さっきまでの戦闘の熱が、

一気に現実に引き戻される。


「何をしている」


般若。


怒鳴らない。

声も荒げない。

なのに。

“逃げ場がない”と分かる。


全員

「……」


クロードの目がゆっくり動く。

カノンを見る。


「カノン」

「はいっ!」


「お前か」


首根っこ。

ガシッ。


「あっ」


ズルズル引きずられる。


「師匠!!」

「これにはマリアナ海溝よりも深い理由がありまして!!」


「どれだけ深くても」

「聞かん」


「いやーー!!師匠ーー!!」


ズルズルズル……

足音が消える。

残ったのは静寂。


ファニー

「……」

シエル

「……」

マスター

「……」


三人とも無言。


マスターの頬はまだ赤い。


「……あれ」


小さく。


「僕?」


ファニーが口元を押さえている。

笑いをこらえている顔。


「うん」


シエルは無表情。


「マスターです」


マスターの耳まで赤くなる。


「うわああああああ!!」


頭を抱える。


「何あれ!!」

「僕あんな顔してた!?」


「してた」

「とても楽しそうでした」


「やめて!!」

「忘れて!!今すぐ忘れて!!」


「むり」

「録画済みです」


「消してぇ!!」


その時。

廊下の奥から声。


「……おい」


三人が振り向く。

そこにクロードが立っている。


いつもの無表情。

でも目だけが鋭い。


「お前だ」


指。

マスターをまっすぐ指す。


「え」


一瞬固まる。


「僕?」

「来い」


短い。

有無を言わせない声。


「……ひぇっ」


ファニーが小声で。


「がんばれ」

「ご武運を」


「なんで戦場みたいな送り方!?」



■境界堂、屋上


夜風が吹いている。

街の灯りが遠い。


クロードは柵にもたれ、空を見ている。

背中。

マスターは少し離れて立つ。


「……うぅ」


気まずい沈黙。


「あの」

「さっきのは、その……」


「いい」


振り向かずに言う。


「見ていた」


マスターの肩が少し上がる。


四重境界(クアドラ)


ゆっくり振り向く。

その視線は、評価する職人の目。


「面白い」

「……暴走だよ」


マスター苦笑い。


「僕はやるつもりなかったんだけどね」

「違う」


クロードの声は低い。


「お前は」

「境界を」

「重ねている」


「……?」


「普通」

「境界は混ざらん」


クロードの手がゆっくり開く。


「衝突する」


手を握る。


「壊れる」


夜風が吹く。


「だから術者は一つだ」


クロードの目が細くなる。


「だが」

「お前は違う」


一歩近づく。


一本指。


怪異

二本目。


概念

三本。


空白

四本。


「全部」


クロードの目が細くなる。


「同時に“立っている”」

「本来なら、崩壊する配置だ」


短い沈黙。


「だから」


低い声。


「まだ壊れていない」

「今はな」


言葉が出ない。


四重境界(クアドラ)

「名前は悪くない」


少しだけ視線を逸らす。


「だが」

「危険だ」


マスターの眉が動く。


「長く使うな」

「人格が削れる」


屋上の空気が冷える。


「……そうだね」


「さっきの顔」

「覚えているか」


「……うん」


思い出す。

戦っていた自分。

笑っていた自分。


「……ちょっとだけ」


「目が、少しだけ」

「……獣だった」


短い沈黙。


「戦闘で」

「必要な時だけ使え」


クロードは背を向ける。


「以上だ」


歩き出す。

数歩。

止まる。


「あと」

「なに?」


クロードは振り向かない。


「笑っていたな」


マスター固まる。


「……悪くない」


そのまま階段へ消える。

扉が閉まる。


屋上。

夜風。

マスターはしばらく立ったまま。


「…え」


ぽつり。


「……うわ」


顔がゆっくり赤くなる。


「やっぱり」

「恥ずかしいいいいい!!」


その瞬間。

下の階から。

カノンの声。


「師匠!!まだですか!!」

「まだだ」

「いやーーー!!」


「…助かったのかな、あれ」


夜風だけが笑っている。


静かに笑っている。



マスター「僕はやってない」

ファニー「やった」

シエル「ログが証明しています」

カノン「素晴らしいです!」

クロード「制御しろ」

空白体「またやろうね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ