番外編「四月一日/逆転」
※本日は四月一日
境界堂。
障子から光。
いつもの朝。
ファニー伸びながら。
「ねぇシエル、そういえば誕生日っていつ?」
シエル書類から目を上げずに。
「今日ですが」
一拍。
「……へっ?」
マスター、コーヒー吹きかけて耐える。
「今日?」
「はい。本日です」
間。
時計の針がやけにうるさい。
パンッと手を打つ。
「じゃあ誕生日パーティーだ!!」
「……は?」
ファニー、爆速で飾り付け開始。
紙鎖が謎に増殖。
マスター、買い出しへ。
ケーキを真剣に悩む顔。
カノン、装置を持ち出しかけて止められる。
「演出は控えめに!」
シロ、こたつの上で監督面。
「祝うという行為は観測の固定じゃな」
シエル、端で見てる。
手伝おうとして、何度も止められる。
「今日は主役なんだから動かない!」
「合理的ではありませんが……了解です」
夕方。
境界堂。
小さなテーブル。
白い箱から出されたケーキ。
少しだけ不格好な飾り付け。紙鎖が過剰。
蝋燭に火が灯る。
揺れる、細い光。
ファニー、身を乗り出す。
「はいはいはい!主役センター!」
シエル、少し戸惑いながら椅子に座る。
「……ここまでされると、逆に落ち着きませんね」
マスター、苦笑しながら。
「諦めなさい。今日は逃げ場ないよ」
カノン、満面の笑み。
「データ的にも“祝福イベント”は成功率が高いのです!」
シロ、こたつの上で偉そうに。
「ほれ、さっさと始めんか。火が短いぞ」
ファニー、パンッと手を打つ。
「じゃあいくよー!」
一呼吸。
「せーのっ!」
「「18歳おめでとう!!」」
声が重なる。
少しだけ、部屋が明るくなる気がする。
シエル、目を瞬かせる。
ほんの一瞬、完全に言葉を失う。
「……18歳、ですか」
「随分と、都合のいい節目です」
ぽつり。
自分で繰り返すみたいに。
マスター、やわらかく。
「そう。今日から、堂々と大人側だねぇ」
「ねー!これで夜遊びも合法だよ!」
「その発想はどうかと思いますが」
「行動制限の解除、いいですね!実験の幅が――」
「ダメです」
即答。
小さな笑いが起きる。
でも、その中心で。
シエルだけが、少し静か。
蝋燭の火が揺れる。
シエル、それを見つめる。
指先が、ほんの少しだけ机の端をなぞる。
ファニー、ぐいっと顔を近づける。
「ほら願い事!早く!」
「消える前にね」
シエル、目を閉じる。
呼吸が、ひとつ。
ふたつ。
「……」
唇が、わずかに動く。
何かを言いかけて。
「――いや」
止まる。
ほんの一瞬だけ。
“言葉にしたら消える何か”を、飲み込む。
そのまま。
火を、吹き消す。
ふっと暗くなる。
すぐに戻る光。
拍手。
「はい成功ー!」
「統計的にも完璧です!」
「うむ、観測は固定されたの」
シエル、目を開ける。
ほんの少しだけ、息が残っている。
マスター、軽く首を傾げる。
「願い事、ちゃんとした?」
シエル。
一拍。
「……ええ、一応」
「なにそれ曖昧!」
そのとき。
ファニー、ふと気づく。
「……あれ?でも今日ってさ」
「四月一日、だねぇ」
沈黙。
「つまり……?」
「エイプリルフールじゃん」
全員の視線がシエルに向く。
「……シエル、これって」
「まさかの嘘?」
シエル、少しだけ首を傾ける。
いつもの無表情。
「どうでしょう」
空気が、軽く崩れる。
「えぇ〜!?じゃあこの準備全部ムダ!?」
「実験的には有意義でしたが!」
「嘘もまた観測の一形態じゃ」
「まぁ、どっちでもいいさ。楽しかったしねぇ」
片付けが、少しだけ始まりかける。
そのとき。
シエルが、ほんの少しだけ視線を落とす。
声、わずかに柔らかく。
「……良い誕生日になりました」
一瞬、時間が止まる。
「……え?」
「……それって」
シエル、うっすら笑う。
ほんの一ミリだけ、口元がほどける。
「さあ。エイプリルフールですから」
「ちょっと待って!!本当なの!?どっち!?!?」
「さてねぇ」
「ログを確認すれば――」
「削除済みです」
「ほれ、わからぬ方が美しいじゃろう」
「……来年も、やろうかねぇ」
シエル、ほんの一瞬だけ頷く。
――
―
「主従、反転」
朝。
境界堂。
障子から光。
静けさ。
……のはずが。
ファニー、腕を組んで立っている。
視線は鋭い。
空気が冷たい。
シエル、ソファでだらっと寝転びながらスマホ。
軽い。
チャラい。
マスター、正座。
「……ねぇシエル」
「なんですかー?」
「私たちの“主従関係”、逆じゃない?」
一拍。
マスター(小声)
「え、そういう話?」
ファニー、マスターを見下ろす。
「で?今日の進捗は?」
マスター、ビクッとする。
「え、えっと……その……」
シエル横から。
「まぁまぁ先輩、そんな詰めなくていいっすよ〜」
ファニー。
「甘やかすと、使えないまま固定される」
「……はず」
「すみません……」
▼ケース1:任務説明
「今回の案件は怪異排除。単独で問題ありませんよね?」
「僕単独で、ですか!?」
「いけますって!最悪なんとかなりますって!」
「……たぶん」
「論外です。根性に依存するな」
「はい……」
▼ケース2:装備確認
「お、包帯持った?えらいじゃん後輩!」
「絆創膏です……」
「準備不足。減点」
「えぇ、減点……?」
▼ケース3:精神ダメージ
「ファニー先輩ぃ〜助けてください〜……」
「……使えないですね」
シエル、肩組む。
「大丈夫っすって!メンタルとか後から伸びますって!」
「伸びる気がしないんですけどねぇ……」
マスター、ふと周囲を見る。
空気が妙に軽い
自分だけが“現実感”を持っている。
二人のキャラが極端すぎる。
「……あれ?」
「なんかあった?」
「いや、なんか……違う気がして」
「何がっすか?」
「君たち、そんな感じだっけ……?」
一瞬。
ファニーの表情が
“いつものそれ”に戻りかける。
空気が揺れる。
シエルの笑顔が、
少し“演技っぽく”なる。
ファニーの冷徹さが、
ほんの一瞬だけ“無理してる”感じになる。
マスター、目を細める。
「“ズレてるのは、僕じゃない」
「……そっちだ」
「……ああ」
小さく、納得する。
ふっと場面が戻る。
いつもの境界堂。
ファニーはいつもの調子でだらっとしてる。
シエルは静かに書類。
マスター、コーヒー片手に。
「……なんか今、嫌な未来を見た気がするねぇ」
「願望では?」
「却下」
マスター、くすっと笑う。
「でもまぁ……」
二人を見る。
「……少しは、頼ってもいいのかもねぇ」
一瞬だけ、間。
シエル、ほんの少しだけ視線を逸らす。
ファニー、鼻で笑う。
「最初からそうして」
夜。
境界堂。
さっきまでの騒がしさは、もうない。
紙鎖が少しだけほどけて、床に触れている。
ケーキの箱、半分だけ閉じられている。
窓の外。風が一回だけ通る。
マスター、コーヒーを置く。
小さく音。
「……まぁでも、さっきのは」
言いながら、視線を上げる。
シエルを見る。
シエル、ペンを走らせている。
止まらない。
……ように見えて、
ほんの一瞬だけ、ペン先が止まる。
すぐにまた動く。
マスター、軽く笑う。
「悪くなかったんじゃない?」
「……ああいうのも」
声は軽い。
でも、観測は外してない。
シエル、返事をすぐにはしない。
紙を一枚、揃える。
角を、きっちり合わせる。
それから。
ほんの少しだけ、目線を外す。
マスターじゃなくて、机の端を見る。
「……エイプリルフールですから」
「——何が本当かは、保証できません」
声はいつも通り。
正確で、温度一定。
その直後。
シエルの指が、ほんの少しだけ止まる。
書類を揃える動きが、一拍遅れる。
ファニー、寝転んだまま。
「ふーん」
一切見てない風で、全部見てる声。
「便利な言葉だね、それ」
「逃げ道にも、なるし」
沈黙。
でも、重くない。
むしろ、少しだけ柔らかい。
マスター、コーヒーを持ち直す。
小さく、独り言みたいに。
「……来年も、やろうかねぇ」
「やるやる」
即答。
シエル。
一瞬だけ、呼吸が止まる。
ほんのわずかに、間。
「……業務に支障が出ない範囲で」
「……なら」
窓の外。
風がもう一度だけ通る。
紙鎖が、少しだけ揺れる。




