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2 名前で呼べ


■ファニー


雨の音は、今でも少しだけ落ち着く。


団地の窓は薄い。

強い雨が降ると、世界が白く滲んだ。


外がうるさい日は、

家の中の気配が読みにくくなる。

それは、悪くなかった。


怒鳴り声の前には、必ず“間”がある。

空気が止まる、一瞬。


その温度の変化を、彼女は覚えた。

だから速くなった。


考えるより先に、身体が動く。

怒鳴り声より速く。


その“速さ”を見抜いた大人がいた。


雨の日に、連れて行かれた。


才能育成特区。

高度管理学園。


拒否はできなかった。


「適性がある」


そう言われただけ。


広い敷地。

白い校舎。

規則正しい生活。


彼女の速さは、すぐ測定された。


反応速度。

運動神経。

危険察知能力。


評価は高い。


だが――自由はなかった。


走る方向も。

止まるタイミングも。

全部、命令。


反応速度テスト。


白い部屋。

床に円。

中央に立たされる。


「開始」


赤い光が走る。

床、壁、天井。

レーザー。


赤い線が、空間を切り裂く。


ファニーは走る。

避ける。

回る。

滑る。


警告音。


「失敗」


止まる。

振り返る。

背中。

血。 


レーザーは“かすめる設定”だった。


研究員が言う。


「反応速度は優秀だ」


別の声。


「痛覚耐性は?」


ファニーは答えない。

答えても意味がない。


記録係が書く。


F-07

回避能力 A

痛覚反応 低


研究員が言う。


「次は実戦想定」


ファニーが聞く。


「休憩は?」


「必要ない」


光がまた点く。


そのとき。

初めて思った。


ここは学校じゃない。



初任務は対処訓練。


バディが組まれた。


無表情な少年。

冷静で、声が低くて、

無駄がない。


最初の一言。


「あなたの突進は予測可能です」


「は?」


ムカついた。

でも。

彼の指示通りに動くと、

成功率が跳ね上がった。


彼女は速い。

彼は正確。


任務は、完璧だった。


何度も組まされた。


いつの間にか、言葉は減り、

呼吸が合った。


ある夜。

寮の屋上。


「ここ、嫌い」


彼女が言った。

少年は少し間を置き、


「合理性はありますが、自由はありません」


同意だった。


その瞬間、決まった。

走る方向は命令じゃない。


二人で選ぶ。


逃亡は速かった。

彼女が道を開き、

彼が監視網を抜ける。


塀を越えたとき、

彼女は初めて笑った。


命令じゃない走りは、軽い。



■シエル


整った机。

揃えられた本。

決められた時刻。

シエルは、正確な環境で育った。


その正確さを評価した組織があった。

彼は推薦という形で学園に入った。


高度管理学園。


効率。

成果。

選抜。

感情は不要。



別室。

机。

椅子。

腕に電極。


研究員。


「質問をする」

「正確に答えろ」


シエルはうなずく。


「もし仲間が捕まった場合」

「救出か、任務続行か」

「どちらを選ぶ」


「任務続行」


即答。


研究員がメモする。


「情動抑制 良好」


次の質問。


「仲間が死ぬ確率が80%」

「どうする」


「任務続行」


研究員は満足そうに言う。


「優秀だ」


シエルは静かに聞く。


「質問していいですか」


「許可」


「あなたが死ぬ確率が80%なら?」


研究員は笑う。


「我々は死なない」


シエルは理解する。


ここは

計算の外側にいる人間が命令する場所。


その瞬間。


この場所は

信用できないと判断した。


それが、

逃亡計画の始まりだった。



そこで出会ったのが、

騒がしい少女だった。


速い。

直感的。

理屈を飛ばす。


最初は非効率だと思った。


だが、任務で組まされたとき理解する。

彼女の判断は誤差ではない。

経験則と本能の集合体。


彼が補正し、

彼女が踏み込む。

理論と衝動。

補完関係だった。


成功率は学年最高。

教師は満足した。


「理想的な戦術ユニット」


その言葉に、違和感を覚えた。


ユニット。


個ではない。


ある日、彼女が言った。


「ここ、息苦しい」


彼は否定できなかった。


合理的。

だが、自由ではない。


彼は計算を始める。

監視周期。

警備配置。

通信遮断時間。

成功確率――68%。


十分だった。


きっかけは地下三階の事故。

異能抑制装置が一瞬停止。


シエルが気づく。


「今」


「よしきた!」


廊下ダッシュ。

照明明滅。


番号呼びのアナウンス。

“F-07、C-03、停止せよ”


ファニー叫ぶ。


「名前で呼べー!」


シエル。


「却下」


「なんで!?」


「今は逃亡中です」


「そこじゃない!」


逃亡は、計算通り。

彼女が前を走り、

彼が後ろを封じる。


門を越えた瞬間、

初めて“正確さ”が誰かの命令ではなくなった。


草むらに転がる二人。


夜風。


初めての“外”。


ファニーが息を吸う。


少し土の匂いがした。


ファニー、笑う。


「自由って、匂いするね」


それは

初めての空気だった。


シエルは少し考える。


「……データにない匂いです」


それは選択。

そして初めて、

自分の意思で笑った。



夜。


警報は鳴らなかった。

それが逆に、不気味だった。


逃亡三日目。


追跡は執拗だった。

監視網は破っても、

すぐに別の目が現れる。


「追跡パターン、変化しています」


シエルの声は冷静。

だが足取りは重い。

ファニーは笑う。


「人気者だね、あたしたち」


呼吸が荒い。

睡眠不足。

栄養不足。

逃げるのは速い。

だが、終わりが見えない。


五日目。


ドローンの追尾が急に緩む。


七日目。


監視カメラの死角が妙に続く。


「……不自然です」


「罠?」


「確率は低い」


八日目。


路地裏。

行き止まり。

ファニーが舌打ちする。


「詰み?」


そのとき。


ふっと、

紅茶の匂いがした。


この路地には

似合わない香りだった。


その瞬間。

風が吹く。


紙切れが舞う。


一度も迷わず、

二人の足元に落ちた。


地図。


赤丸。

古い雑居ビルの一角。


「……」

「……」


二人は顔を見合わせる。

罠かもしれない。

でも、他に選択肢はない。


古びたドア。

表札。


――事務所。


二人は力を振り絞り、扉へ駆け込む。


背後に追手の影。

足はもう限界だった。


ドアを開けた瞬間。


温かな空気。

乾いた木の匂い。

それに、

ほんの少しだけ

紅茶の香り。


机。

古い棚。

窓辺の椅子。


そして。


眠そうな青年が一人。


榛色の髪。

エメラルドの瞳。


二人を見る。


……沈黙。


ほんの一拍。


観察が終わる。


まるで、

ずっと前から

ここに来ることを

知っていたみたいに。


青年はゆっくり瞬きをする。


それから笑った。


「おや」


少し首を傾げる。


「君たち、どうしたんだい?」


ファニーは崩れる。


「……助けて」


青年はすぐには動かない。


二人を見る。


泥。

血。

疲労。


それでも、

逃げる目をしている。


青年は小さく笑う。


「それは大変だ」


窓の外をちらりと見る。


遠くの街。


監視網。


誰にも聞こえない声で呟く。


「七分か」


机の上の時計を見る。


「ちょうどいいね」


椅子から立ち上がる。


「休憩時間には少し早いけど」


ドアの鍵を閉める。


カチリ。


「まあ」


軽い声。


「ここは逃げ込む場所だから」


二人を見る。


少しだけ笑う。


「昔の僕みたいだったしね」


その背後。


誰にも見えない白。


シロは何も言わない。

ただ、静かに観測している。


風が、少しだけ吹く。

まるで

“計算された偶然”が

ぴたりと噛み合ったみたいに。


誘導は成功。

偶然は完成した。


観測された未来は、


だいたい

その通りになる。



マスター「あの時の2人、ちょっとにおったよね」

ファニー「なんてことをっ!?」

シエル「台無しです」

シロ「事実じゃ」

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