11-E 白手袋
本編最終話です。
■境界堂・昼
定期メンテナンスから戻った義手を装着し、マスターは静かに袖を通した。
かちゃり。
金属の関節が噛み合う。
ほんの少しだけ動きが遅れる。
「……んー」
手を開く。
閉じる。
もう一度。
「付け始めはちょっとぎこちないねぇ」
左手を眺める。
銀色の関節。継ぎ目。光を受けて、少しだけ冷たく見えた。
「剥き出しだと、ちょっとあれかなぁ」
近くの机には、一組の白い手袋。
定期メンテナンスの帰り際、カノンが半ば強引に持たせていったものだ。
義手を傷から守るための、柔らかな布製の手袋。
マスターは片方を手に取り、ゆっくりとはめていく。
きゅっ。
布が指先まで伸びる。
機械の輪郭が少しだけ曖昧になる。
ファニーが眺めていた。
「……ねえ」
「ん?」
「それ」
少し迷う。
「隠してるの?」
シエルは静かに首を振る。
「違いますね」
マスターは手を握ったり開いたりしながら笑う。
「んー。見せるほどでもないし」
もう一度、手を眺める。
「隠すほどでもない」
白い手袋の指先が、自然に曲がる。
「そのくらいかな」
ファニーは少しだけ笑った。
「そっか」
シエルも頷く。
「似合っています」
「ありがと」
マスターは照れくさそうに笑う。
白い手袋を眺める。
「……あ、そうだ」
何か思いついたように目を細め、右手で左手袋を軽く叩く。
ぱんっ。
「錬成」
静まり返る部屋。
「「……」」
マスターだけが満足そうに頷く。
「よし」
ファニーが呆れたように笑う。
「今、思いついたでしょ」
「うん」
「それ今やる?」
「一回は言いたかった」
「できたの?」
「いや」
マスターは真顔で答えた。
「気分」
シエルが眼鏡を押し上げる。
「でしょうね」
三人で少し笑う。
笑いが落ち着いた頃、マスターは白い手袋を見つめた。
「でもさ」
穏やかな声。
「こういうのって」
少しだけ左手を動かす。
「ちゃんと使っとかないと」
義手の指先が、自然に握られる。
「慣れないでしょ」
ファニーは困ったように笑った。
「……ばか」
シエルは静かに答える。
「ですが」
少しだけ口元を緩める。
「本当に似合っています」
マスターは嬉しそうに笑った。
「ありがと」
■境界堂
夕暮れ。
橙色の光が事務所へ差し込む。
窓際ではマスターが本を閉じた。
ぱたん、と静かな音。
ファニーが伸びをする。
「今日も終わりだね」
「そうだねぇ」
マスターが笑い、少しだけ外を見る。
町は今日も穏やかだった。
風がカーテンを揺らす。
その景色を眺めながら、マスターがぽつりと呟く。
「一区切り、かなぁ」
「うん」
「でも、明日も普通に開ける気しかしない」
シエルが紅茶を一口飲む。
「当然です」
静かな声。
「怪異は今日も生まれます。境界堂も続きます。我々の日常も」
ファニーが頷いた。
「じゃあ、明日も仕事かぁ」
「うん」
マスターは立ち上がる。
義手を軽く握る。
開く。
もう違和感はほとんどない。
「また忙しくなるねぇ」
『楽しみだね』
胸の奥から、優しい声。
マスターは少しだけ笑う。
「うん。一人じゃないしね」
ファニーはその笑顔を見て笑う。
「そうそう。大家さん、一気に住人増えたもんね」
『家賃は払えないけどねぇ』
「まだ言う!?」
『歌ならうたえるよ!』
『家賃代わりにはなりませんね』
笑い声が部屋に広がる。
シエルは手帳を閉じた。
「記録は、まだ終わりません」
マスターは頷く。
窓の外を見る。
夕焼けの向こう。
まだ見ぬ景色が続いている。
右手を軽く振った。
「じゃ」
少し笑う。
「次、いこっか」
「ほんとに続ける気満々じゃん」
「ええ」
シエルも頷く。
「境界堂は、今日も営業中です」
風が吹く。
カーテンが大きく揺れる。
夕陽に包まれた境界堂には、今日も穏やかな笑い声が響いていた。
これにて『境界堂』本編は完結となります。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございました。ブックマークや評価、ご感想など、一つひとつが執筆の励みになりました。
なお、本編完結後に、番外編を2話、隔日で投稿します。
本編の余韻を楽しみつつ、もう少しだけ境界堂のみんなにお付き合いいただければと思います。
またいつか、境界堂のみんなを書きたくなったら、番外編や小話でひょっこり戻ってくるかもしれません。その時は、また遊びに来ていただけたら嬉しいです。
本当にありがとうございました。




