番外編「夏祭り」
■神社・夏祭り
提灯の赤い灯りが、参道に連なっている。
夜の湿った空気。焼きトウモロコシの香ばしいかおり。遠くで鳴る太鼓。
人、人、人。
小さな町とは思えない熱量が、神社の境内に渦を巻いていた。
手作り神輿が、わっしょい、わっしょいと揺れていく。担ぎ手たちの声が、夜空に響く。
「祭り!祭りだよマスター!」
ファニーが両手をぶんぶん振る。完全にテンションが屋台列車。
「賑やかですね」
シエルは浴衣姿の子どもたちを避けながら、静かに周囲を見渡す。
「うん。本神が居なくても、お祭りは続くねぇ」
神社の石段を見る。ミコトの姿は無い。けれど、この空気のどこかに、確かに積み上げてきた時間が残っている。
「トウモロコシ!お好み焼き!焼きそば!たこ焼き!全部食べる!」
「俺は型抜きをします」
「食べなよ!?」
「集中力が必要なんです」
「職人の顔してるねぇ」
シエルはすでに屋台の前。真顔。子どもに混ざって座っている。
「兄ちゃん、難しいの選ぶねぇ」
「勝ちます」
「ガチだこの人!」
シエルは型をじっと見つめる。
「……四隅を先に処理」
針先で、ほんの少しずつ角を落とす。
「応力を分散」
「何言ってるのこの人」
少しずつ、少しずつ、輪郭に沿って削る。
周囲の子どもたちも思わず見守る。
「お兄ちゃんすごーい」
「…………」
返事はない。全集中。
一ミリ、また一ミリ。
「…………っ」
最後の細い部分。
針先が、ほんのわずかに触れた。
ぱきっ。
「あ」
静寂。
型は真っ二つ。
シエルは数秒そのまま固まる。
屋台のおじさんが苦笑する。
「惜しかったなぁ」
シエルは割れた型を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……最後の応力計算を誤りました」
「そこ反省するの!?」
ファニーが吹き出す。
マスターも肩を揺らして笑う。
「でも、見てるだけでドキドキしたよぉ」
「……型抜きは、思ったより奥が深いです」
「またやる気!?」
型抜き屋を離れる頃には、シエルの指先には砂糖の粉が少しだけ付いていた。
ファニーはそんなことなど気にもせず、香ばしい匂いにふらふらと引き寄せられていく。屋台から立ちのぼる煙の向こうで、黄金色のトウモロコシがくるくると回っていた。
ファニーは屋台へ駆け寄ると、迷いなく一本を受け取った。
「んーっ!祭りの焼きトウモロコシってなんでこんな美味しいの!?」
「焦がし醤油と雰囲気かなぁ」
「私雰囲気で食べてるの!?」
食べ歩きをしながら屋台の列を進む。金魚すくい。ヨーヨー釣り。綿あめ。子どもたちの歓声が次々と耳をかすめていく。
その時だった。
「よし!次は射的!」
ファニーが屋台を見つける。
「マスターもやろ!」
「実は初めてなんだよねぇ」
「えっ!?」
「学生の頃、友達がやるのを後ろから見てただけで、自分では撃ったことなくて」
店主から木製の銃を受け取る。
「構えはこんな感じね」
「んー……こう?」
ぎこちない。
「大丈夫かなぁ……」
ファニーが少し後ろへ下がる。
シエルも静かに見守る。
「撃つよぉ」
バシュッ!
コルクが勢いよく飛ぶ。
景品台の木枠に当たり、
ぱんっ!
跳ね返る。
「あ」
次の瞬間。
ぺちっ!
跳弾したコルクが、そのままマスターの額に命中した。
「……いたいよぉ」
額を押さえてしゃがみ込む。
「マスター!?」
ファニーが駆け寄る。
店主も苦笑い。
「兄ちゃん、跳弾には気を付けないとなぁ」
シエルは額を確認する。
「赤くなっています」
「勲章だねぇ……」
「勲章じゃないよ!」
ファニーが笑いを堪えきれず吹き出す。
「ご、ごめん……っ。でもそんな綺麗に自分へ返ってくることある!?」
マスターは照れ笑いする。
「……ブーメランだったみたい」
「コルクだよ!」
三人は笑いながら屋台を後にする。提灯が風に揺れ、赤い光が石畳へゆらゆらと落ちる。
屋台から屋台へと歩いていくたび、甘い匂いがふわりと鼻をくすぐった。
「はいこれ、どうぞ」
気付けば、マスターの手にはりんご飴が三本。
赤い飴が、提灯の灯りをぬらりと反射する。
一本をファニーへ。一本をシエルへ。
「まずいりんご飴だよ〜」
「美味しくないの!?」
「祭りで致命的欠陥商品を買わないでください」
「いや、りんご飴ってさ」
飴部分を軽く叩く。コンコン。
「見た目は強いのに、食べるとだんだん『これ、りんごと飴別々でよくない?』ってなるじゃん」
「分かるけど今言うな!」
シエル、無言で一口。
カリッ。
数秒沈黙。
「……りんごの水分で、飴の存在意義が薄れています」
「お前まで理詰めするな!」
「まずいりんご飴仲間が増えた」
「でも祭りで食べると美味しいんだよ!」
「雰囲気で食べてるから?」
「祭りの食べ物なんてだいたいそうだよ!」
参道の先では、子どもたちが走り回り、屋台の呼び込みが夜風に混じる。
誰かが笑い、誰かが手を振り、誰かがまた屋台へ吸い寄せられていく。
遠くで花火が一発。
夜空に、小さく開く。
その光が、三人の横顔を一瞬だけ照らした。
喧騒。笑い声。太鼓。
誰かの「また来年」という声が、夜風に流れていく。
夏が、境内いっぱいに鳴っていた。
マスター「見てみて〜。お面屋さんにこんなのあった」
頭には、頭を貫通したように見える矢印のカチューシャ。蛍光イエローの矢印が提灯の灯りを反射して、やたら目立っていた。
ファニー「頭に矢印刺さってるよ!?」
シエル「……なぜそれを選んだのですか」
マスター「さっき、すれ違った中学生くらいの子が付けててねぇ」
ファニー「うん」
マスター「いいなーって」
ファニー「影響されるの早っ!」
シエル「……似合っています」
マスター「ほんと?」
ファニー「そこ肯定するんだ!?」




