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10-5 聖アグネス女学院


■聖アグネス女学院・正門前


夏。

白い石畳。高い塀。蔦の絡む鉄門。

朝の鐘が、静かに響く。


制服姿の少女たちが、規則正しく門を抜けていく。笑顔。会話。穏やかな空気。

どこか揃いすぎている。


「……うわぁ」


制服に身を包んだファニーが門を見上げる。


「空気が重い学校なんよ」


女装したシエルも静かに観察。


「統制が強いですね。歩幅、視線、会話音量……平均化されています」

「怖い分析しないで?」


少し後ろ。女体化マスター。

教師用の黒の修道服。榛色の長髪を後ろで軽くまとめている。ものすごく場に馴染んでいる。


「……改めて見ると違和感ないね」

「僕は違和感しかないよぉ」


慣れないヒールで慎重に歩く。

コツ。コツ。

一歩ごとに集中している。


「マスター、転倒しないでください」

「頑張ってる」


耳元には銀色のイヤーカフ。きらりと朝日を反射する。

カノン製女体化。トルク製位相固定。現在、奇跡的バランスで成立中。


門の前で、中年シスターが微笑む。


「ようこそ、聖アグネス女学院へ」


柔らかい声。だが視線は鋭い。

ファニー、即営業スマイル。


「本日より編入になります、九条ファニーです!よろしくお願いします!」


シエル、一礼。


「天城シエルです」


完璧。

所作、声音、視線。全部、女子生徒として自然。


マスターも続く。


「本日より臨時教員としてお世話になります、葛城――」


ヒールが石の隙間に挟まる。

グキッ。


「痛っ」


即よろける。


「先生ぇ!!」


シエルは無言で支える。


「……大丈夫ですか?」


マスターが姿勢を戻す。にこやか。


「ええ、少し地面と仲良くなりかけただけです」

「初日で負傷しないでください」


シスターがふっと笑う。


「ふふ。緊張なさらずとも大丈夫ですよ」


優しく穏やかな顔。

だがその背後。学院そのものが、静かに見ている気配。


マスターはほんの少しだけ目を細める。


「……うん」


小さく。


「“閉じてる”ねぇ」


風が吹く。鐘が鳴る。

その音が、ほんの少しだけ、長く響いた。



■校内・廊下


どこまでも白い、磨かれた床。静かな空気。整列された掲示物。

生徒たちは笑っている。楽しそうに話している。

なのに、個性のノイズが薄い。


ファニー、小声。


「ねえ、普通なんだけどさ」

「ええ」

「普通すぎて怖い」


廊下を歩く女子生徒たち。

歩幅、タイミング、笑い声。揃いすぎている。


マスター、ぼそり。


「……“良い子”だねぇ」


その瞬間。近くを通った女子生徒が、一斉にこちらを見る。


ぴたり。


視線だけが揃う。空気が止まる。


だが次の瞬間には、全員、にこり。何事もなかったように去っていく。


「……観測されています」


マスターは静かに廊下を見る。

耳元のイヤーカフが、微かに熱を持つ。


「……ん?」


ふと、窓ガラスに映った自分の姿が、理想的すぎる教師に見えた。すぐに戻る。


「マスター?」

「……いやぁ」


少しだけ笑う。


「歓迎、されてるみたいだねぇ」



■聖アグネス女学院・三日後


「ねえ、なんでこうなったの???」

「予測不能要素がマスター側に偏っています」

「心当たりがないねぇ」

「絶対あるよ!!」



■ファニー side


昼休み。女子寮。

ファニーはベッドへダイブ。


「つっっっかれたぁ〜〜!!」


周囲は完全に女子会のテンション。


「ファニーちゃんってどこのブランド使ってるの?」

「ねえねえ、恋愛経験ある?」

「今度一緒に礼拝当番やらない?」


笑顔固定。


「うんうん!いいよ〜!ちなみにさ、夜のお祈りってなに?廊下歩いてたら聞こえてきたんだけど」


その瞬間、空気が止まる。

ほんの数秒、女子生徒たちは視線を合わせる。


「……選ばれた子だけが参加できるの。すごく、名誉なことなんだよ?」


綺麗な笑顔。

でも、みんな同じ角度。


(うわぁ……)


一人の生徒が、小さく呟く。


「参加した子、もっと良い子になれるんだって」


その言葉は、どこか、自分へ言い聞かせているみたいだった。



そんなこんなで、適応力、爆速。

三日で寮ネットワーク中枢へ到達。


「早すぎます」

「だってこの学校、相談したい子めちゃくちゃ多いんだもん」


少しだけ、真顔。


「……みんな、“ちゃんとしてる”んだよね」


誰も規律を破らない。誰も大声を出さない。誰も怒らない。

そして、悪い感情を出す時だけ、妙に怯える。



■シエル side


授業中の静かな教室。黒板へ向かうシエル。

数学教師は眼鏡を押し上げる。


「では天城さん。この問題を」


一瞥。即答。


「解は三通り。ですが設問条件が曖昧です。こちらの定義なら破綻します」


教室が静まり返る。教師が震えながら目を見開く。


「す、素晴らしい……!!その一言で、授業がぐっと深まりました!」


翌日。別の教師。


「こちらの文献は読んだことが?」

「原典なら」

「!?」


翌々日。


「天城さん、図書室の鍵を預かってもらえませんか?」

「なぜでしょう」

「信頼できるからです」


「攻略速度どうなってんの!?」


結果。

教師陣から極めて優秀で礼儀正しい理想の生徒として認識される。

ついでに、旧校舎資料室。禁書棚。封印文献。順調にアクセス権増加中。


「……この学院、消えた生徒の記録がありますね」

「やっぱりあるんだ……」


ページをめくる。


「ですが不自然です。退学処理だけ存在し、生活記録が抜けています」

「消された?」

「はい。最初から存在しなかった形に近い」



■マスター side


職員室。

結果から言うと、大変なことになっていた。


女生徒A「先生!!これ運びます!!」

女生徒B「先生、お茶どうぞ!」

女生徒C「重いものは持っちゃダメです!」


「えぇっと、みんな、ありがとう……?」


完全に囲まれ、保護されている。


「どうしてこうなった?」

「解析不能です」


原因。

初日に、ヒールで三回つまずく。書類を盛大に落とす。高い棚の教材を取ろうとして背伸び失敗。


さらに、授業中。


「正しさって、便利だけど怖いよねぇ」


生徒たちは真剣な表情で静聴している。

マスターはチョークを回そうとして落とす。

カラン。


「あ」


拾おうとしてしゃがむ。

スカート踏む。バランス崩す。


「わっ」


女生徒たち、ざわっ。

その瞬間、何かが決定的に狂った。


女生徒A「守らなきゃ……」

女生徒B「危なっかしい……」

女生徒C「放っておけない……」



現在。

超人気教師。


「なんでだろうねぇ」

「ポンコツ保護欲特攻だよ!!!」

「加えて、言葉選びが異常に刺さっています」


授業。


「良い子でいると、疲れる時あるよねぇ」


しん、と静まる教室。

女生徒たちの目が揺れる。


「でも、悪い子になる必要はないんだよ。自分で選べれば、それで十分」


静か。柔らかい。押し付けない。

なのに、学院では誰も言わない種類の言葉。


結果。

女生徒人気、さらに爆発。

本人、自覚なし。


「みんな優しいねぇ」

「マスターが引力なの!!」


その時、校内放送が流れる。


『本日の“選抜祈祷”対象者を発表します』


静かに空気が変わる。


『二年A組――九条ファニー』


沈黙の中、放送は続く。


『礼拝堂へお越しください』


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