08
「久しぶりにここに来たな」
謎の空間、領域、世界、どう言えばいいのか分かりづらい場所だ。
ただ、
「にゃ~」
「トビー君」
今日はこうして案内人の彼がいる。
というのも、彼を抱いているときに気が付いたらここにいたんだ。
つまり、今日まで家では発生していなかったのに家でも発生するようになってしまったということでその点は不味いことなのかもしれない。
「ここもいい加減飽きたな~」
それにこれから茉莉ちゃんと会う約束をしているからこんなところで悠長にしている場合じゃないんだ。
さあ、案内猫に頑張ってもらおう。
「トビー君お願いね」
「にゃ」
歩きつつ、今回はそのまま家に帰ることができるのだろうかと考えていた。
だって家にいたから当然靴なんかは履いていない、靴下のままだから流石に外には出てほしくない。
まあ? そこまで人が多くない場所だから「靴を忘れちゃったなー」みたいに歩けばいいだけだけど。
「お……っと、今度は由良か」
よ、よかったー今回は生まれたときの姿じゃない、セーフ。
積極的に妄想をする人間でもね、そういうアレな妄想はしないんだ。
私がするのは「この子が〇〇ちゃん相手に頑張ったら面白そう」程度なものでしかない。
そういえば由良と言えばあの後家にいっても怒られてしまうことも、押し倒されてしまうこともなかった、ただ抱きしめられただけだ。
こちらを抱きしめつつ「最近はすぐにこうしたくなるんだよ」と言ってくれた由良を裏切らないようにしないと。
その点で言えばこの前のは不味かったね、茉莉ちゃんじゃなくて桜ちゃんがあんなことをしてきたんだから。
嫌いどころか人として好き……でいてくれているのかな?
「まったく、凪っちは変態だな」
「あれ、喋りかけてきた」
「そりゃそうだよ、なんたって私は本物の鳥越由良だからね」
試しに手を伸ばしたらがしい! と掴まれてしまった。
そのまま彼女が手を激しく振ると、
「うわあ!?」
「おかえり」
あっさりとリビングに帰還。
試しにそのままくっついてみてもすり抜けてしまうなんてこともなくて本当にここに彼女がいるみたいだった。
でも、今日は両親が仕事で私と彼以外はいなかったはずなのにどうやって入ったのかな?
「由良はどうやってここに?」
「鍵が開いていたから入った」
「えーそれって駄目なことじゃないですか」
「倒れているかと思った、あとお昼から集まるみたいだったから午前中なら相手をしてもらえると思った」
やっぱりあの謎の空間にいるときは時間の流れが遅くなるようだ。
それでも彼女のおかげで早く帰ってこられたようなものだからちゃんと相手をさせてもらう。
茉莉ちゃんとの約束は十三時からだから余裕があるというのもある。
「ぶいぶい~どこにいくんだい?」
「なんか最新の映画を見たいらしいので付き合おうかと」
「暗い場所に隣には仲がいい女の子、私ならスクリーンよりも一緒に来た子に意識を向けちゃいそうだ」
んー超真剣に見て最後にはわーわー泣いてしまっている彼女が容易に想像できてしまった。
まあ、映画を作った人もそういう人がいてくれないと困ってしまうだろうからなにも悪いことじゃないよね。
「キスとかしたら駄目だからね、そうじゃなくても茉莉っちは凪っちを狙っているんだからちゃんと警戒することっ。後輩が求めてくれているから~とかでそのまま受け入れようとしたら怒るからね」
「はは、キスって面白いことを言いますね」
冗談でもそんなことを言ってみろ、冷たい顔、声音で「なにを言っているんですか? 気持ち悪いですからやめてください」と本気で拒絶されるに決まっている。
だってあれは彼女に合わせているだけなんだ。
だからって別に桜ちゃんが好きとか、彼女が好きとか言うつもりはないけど少なくも好意を抱いているわけじゃない。
「誰かにやられてしまう前にもうしておこうかな。ちなみに私はこれが初めてだよ、凪っちはどうなの?」
「私だってそうですよ、寧ろこの歳でした経験があったら嫌ですよね?」
「最近の子は進んでいるからなー」
好きな人が好きな人とやる分には別にいいんだ。
とはいえ、それを当たり前のこととして話してくるのはやめてもらいたいところだった。
求めていてもそういう存在とそういう関係になれるのかはランダムだ。
「怖いよぉ、付いていきたいよぉ」
「んーだったら茉莉ちゃんに言っておきましょうか?」
「や、そんな空気の読めないことはできないから膝を抱えて待っておくよ」
「じゃあ、いまのこれもよくないことなんじゃ?」
「それは知らない」
はは、こちらは暇人だからどんどん来てくれればいい。
一緒にいたいのに敢えて逆のことを口にして困らせたりはしない。
ふむ、だけど積極的にいくと決めたからにはやっぱり私から誘う必要があるか。
今日のが無事に終わったらちゃんとしようと決めてギリギリまで彼女と過ごした。
いまは半分ぐらいか。
隣には茉莉ちゃん、超真剣な顔でスクリーンを見つめて――いなかった。
傍から見たら「映画館に来たくせに見つめあってなにをしているの?」とツッコミを入れたくなる絵面だと思う。
とはいえ、小声でも喋りかけてしまうと迷惑になってしまうからスクリーンを見つめておくことにした。
んーチカチカして結構目が辛い。
なにかを見たり、読んだりするときは必ず明るくあってほしい私としてはここは向いていなかった。
あとはこの作品自体を全く知らないことが強く影響している。
少しぐらいは勉強ぐらいしておくべきだっただろうか? でも、もう遅いよね。
こうしてごちゃごちゃ考えている間にも前に進んでくれるのはいいことだった。
「ふぅ」
お、終わったぁ……。
感想を言い合いたい子だったらその意味でも終わりを迎えることになるけど果たして。
「凪先輩、でいいですか?」
「あ、うん」
え、ここで?
映画の内容は恋愛物だったけど盛ってしまう(悪い言い方)ようなものじゃなかった。
最初から最後まで健全で、人によってはキュンキュンしてしまうような物かもしれない?
あ、だからこそ影響されてしまうこともあるか……って、気を付けないとな。
ここでの対応次第で由良に攻撃されかねない。
キスとかなんとか言っていたし、暴走した由良に初めてを奪われてしまってもおかしくなかった。
「映画の途中で美味しそうなパンが出てきて食べたくなってしまったんです」
「はは、チーズも美味しそうだったよね」
「な、なのでパンが食べられるお店にいきましょう!」
お昼ご飯を食べずに出てきてよかったあ。
ぶーぶー言われながらも由良にだけご飯を作って我慢をしたおかげだ。
「あーだけどパンだとパン屋さんぐらいしか思い浮かばないな」
なんとかセットのライスの部分をパンに変えてもらうことでもよかったのか。
なんか物知らず丸出しで恥ずかしくなった。
「本格的な物が食べたいならパン屋さんにいくしかありませんね」
「じゃあさ、そこで複数買ってどっちかの家で食べる?」
「それなら私のお家に来てください!」
「はは、分かった分かった」
彼女って優しいなあ、私と二人きりのときでもいつものように楽しそうにしていてくれる。
私だってつまらないと感じていてもなるべく表には出さないようにするだろうけど滲み出てしまって相手を困らせているはずだった。
なのにこれだからなあ。
我慢をしすぎている結果なら止めなければならないものの、そこまででもないならどんどん付き合ってあげたくなる感じだ。
「カレーパンとー」
む、ノーマルか、チーズ入りか。
ここは無理やり合わせたわけじゃないところを見せるためにチーズ入りを選ぼうか。
おお、彼女の方は甘い系の物中心を選んでいるようだ。
「お嬢さん、一つぐらいはしょっぱい物もいいですぜ」
「そ、それなら凪先輩と同じのカレーパンにします」
「ふふ、お揃いを好むなんて可愛い子だ」
いやいや、ポイントを稼ごうとしてくるのはやめてほしい。
私がするのとはまた訳が違うんだ。
自分がどれだけ相手に影響を与えるのかを数値化及び可視化されればいいのに。
……マイナスばかりになったらどうしようと一人で勝手に自爆していたた。
「結構したね」
「そうですね、ついつい取っていたら千円を超えてしまいました」
一口食べられれば満足できただろうからこれならパンも食べられるお店にいった方がよかったかも。
「ま、たまにはいっか。それじゃあ茉莉ちゃんの家にいこう」
「はい」
っと? やけに近いな。
私が車道側を歩くのは当然として、右手が当たりそうなぐらいの距離だ。
これってよくあるやつかな、手を繋ぎたいけど勇気が出ないというやつかな。
でも、自分から掴むわけにはいかないから「わー掴まれちゃったー」となるのを待つしかない。
由良には悪いけどここは……仕方がないことだと片付けてもらいたかった。
「あ」
「……いいですか?」
「そ、外にいて手も冷えちゃったからね、赤くならないようにお互いの体温で温め合いながら帰ろう」
くぅ、私を攻略するのが上手いぜ。
この子は最初からそうだった、普通に話しかけるだけでまるで攻略しようとしているかのようだった。
桜ちゃんは昔から一緒にいる関係上、この子の高い魅力に何十回とやられていそうだ。
それでいて「ど、どういうつもりなの?」と聞いてもきっと「え、どういうつもりとはどういうつもりですか?」と本気で困ったような顔で返すんだろうな。
「茉莉ちゃんきみは最強だ」
「……最強なんかではありませんよ、いつも勇気が出なくて自分のしたい通りにできない毎日で……」
「頭の中じゃ最強なのにね」
「はい、いざ動こうとすると全く真似できないんです」
だからやっぱり本命がいると。
まああれだ、誰か一人ぐらい、私だけに対してならしたいようにできているということがよかった。
個人的には桜ちゃんであってほしかった。
「ごめんなさい」
「お、おぅ?」
急にお礼を言ってきたり、急に謝罪をしてきたり、今日はどこか落ち着きがないようだ。
「その……私が凪先輩を独占してしまっているので」
「ん-あ、由良のことを考えて言っているということか」
「あとは桜ちゃんです」
そういえばあの日に連絡先を交換してからちびちびやり取りをしていた。
メッセージアプリ上でも『なにそれ……』と呆れていることが多いあの子だけど相手をしてもらえて嬉しかった。
「気になるので呼んでもいいですか?」
「茉莉ちゃんがそうしたいならいいよ」
さあ、どっちが先に――ってはやあ……。
「はいはーい、現在家主の茉莉ちゃんに変わって出てきたよーん」
「なんか鳥越先輩に似てきたね先輩」
「あ、本当?」
「ま、上がるから」
あーすぐに解散になるだろうからと待っていたら全然に解散にならなくてついつい家から出てきてしまった……とかかな? もしそうなら申し訳ないけど。
「はいはー――」
「茉莉っちはどこだ!」
「ぶへえ……」
焦らなくても私がここにいるんだから茉莉っちにはすぐに会える。
可愛い子を早く見たい気持ちは分かるけど……流石に衝突してくるのはどうかと思う。
「色々と聞き出さないといけないからね」
「なら先に言っておきますけど映画館で映画を見てパン屋さんで美味しいパンを買ってここで食べただけですよ」
「それだけ?」
「はい、神様に誓ってそれだけです」
映画館で謎に見つめ合う時間があったことは……言わなくていいか。
少し嘘をつくことになってしまうものの、彼女が茉莉っちに迷惑をかけることになったら嫌だから。
「ならもう怖い後輩ちゃんには用はな――」
「鳥越先輩もちゃんと来てくださいね?」
「「ひぇ」」
それこそドラマや映画なんかに出てくる人達よりも迫力があった、台本があるのと素で出てしまっているものじゃ全く違うらしい。
これが冬でなければもう少しぐらいはマシだったのかな、まるで二人だけ白く染まっている白銀の世界に運ばれてしまったみたいだ。
「ちょっと、なんでそんな扉前に座ろうとするの」
「「い、いやーほら、ソファを汚したくないからね?」」
「茉莉どうしたのこの人達」
「少しふざけたい気分なのかも」
凍るかもしれないぐらいの冷たい声音を聞いてしまったら誰だってこうなる。
由良に合わせていたら「その人にばかり合わせる凪先輩は嫌いです」とか言いかねない。
いやもう本当に悪い想像ばかりで悪いけどそれぐらいの迫力があるんだ。
「凪先輩はこっちに来てください」
「は、はい」
「なに茉莉相手にビクビクしているの、茉莉なんて可愛いだけで全く怖くないでしょ」
あ、何十回とそっち方面で被害に遭っていた彼女はいなかったのか。
可愛さに負けたことはあっても怖さに負けたことがないのなら私としてはそれが嬉しいよ。
言うことを聞いて近づいても冷たい声音で言葉をぶつけられることもなかったし、三人でプルプル震えている由良を見ることになったのだった。




