07
「なるほど、好きな男の子相手にどうすればいいのかを相談されたと」
「はい」
この顔は「恋愛未経験なのにー!」という感じじゃない、経験済みだからこそ正しく教えてあげたくて悩んでいるはずだ。
「なに、それなら簡単さ。遠慮をしないで一緒の時間を増やせばいいのさ、みんなそう言うと思うよ――なのに、茉莉っちが暗い顔をしているのはアレかな? その子のことが好きだからかな?」
「お友達としては好きですけど特別な好意があるとかではありませんよ?」
「うんうん、みんな最初はそう言う――」
「それに私は辻本先輩ともっと仲良くなりたいです」
んーなにを気に入ってくれているのか。
私は恵まれているな、いいところを見せるどころか悪いところばかりを見られていてもこうして人が自然と来てくれる。
まるで漫画やアニメに出てくる主人公みたいだ……って、主人公達はそうやって興味を持ってくれる人達に対していいことをできているからこそだから私とは違うか。
私はモブだ、でも、そんな状態でも求めてしまうわがままなモブだった。
「後輩ちゃんはダメ」
「私も後輩です」
ぷっ、あははっ、茉莉ちゃんやるなあ。
「なんで先輩の話になっているの、どうするかをちゃんと話し合わなきゃ」
「だからそれなら近づけ! 遠慮するな! 積極的にいけ! で終わりだよ」
「誰だって鳥越先輩みたいにできるわけじゃないんですから……」
先輩は最初の方からこれに関しては一貫――できているようなそうじゃないような……。
だって先輩は私に茉莉ちゃんと遠慮せずに仲良くすることを望んでいたのにいつの間にか変わっている。
いやもうあれだけしておいてなにもないとは思えない、なにもないのにあんなに抱きしめてきていたりしていたら怖い。
「でも、そうしなきゃなにも進まないよ? なんなら勇気を出せないで固まっている間に他の女の子に取られちゃうかもしれない。だったら、振られてしまうかもしれないけど頑張って動いた方がよくない?」
「まあ……結局はそうなんですけど」
これに関しては先輩もふざけているわけじゃないし、なによりも正論だから流石の桜ちゃんも認めるしかなかったようだ。
「だから! 私は後輩ちゃんを貰う――」
「私も貰います」
「そ、そうか、だったら半分こにしよう」
「そうですね」
ひぇ、ヤンデレかなにかかな?
というかよく真面目な話からすぐに切り替えてふざけられるなこの人も。
これは普通にすごい、程々にであれば真似をしてもいいところかもしれない。
「先輩に好きな人ができたらどうなるんだろう」
「んー勇気が出なくてあわあわしちゃうかも」
「あ、鳥越先輩や茉莉のことについて気になっているだけだから先輩は大丈夫だよ、どうせ上手くやるでしょ」
え、なにこの高評価、寒い冬だから風邪を引いてしまったのかもしれない。
いま先輩と茉莉ちゃんは会話に集中しているから保健室まで連れていけるのは私しかいない、運んであげよう。
「ちょっと失礼」
「えっ、な、なに!?」
あ、軽い、ちゃんと食べているのかな?
数十グラム増えたぐらいで「太ったっ、やばい!」みたいに言っていそう……。
茉莉ちゃんもめっちゃくちゃ細いし、お姉さんは心配だ。
「体調が悪いみたいだから保健室まで連れていくよ、暴れても疲れるだけだからじっとしておいた方がいいよ」
「や、別に体調が悪いから先輩は大丈夫みたいに考えたわけじゃないんだけど……」
「でも、桜ちゃんだよ?」
「私がなに?」
そりゃ無駄にツンツンしているわけじゃないけど呆れたような顔で対応してくることも多かったのが彼女なんだ。
まああれか、自分がいまどんな表情を浮かべているのかなんて確かめようがないから仕方がない部分もあるか。
「どうやら後輩ちゃんは桜っちの体が好きみたいだ」
「桜ちゃんは胸も大きいですからね、辻本先輩は自分に正直です」
先輩はただただふざけているだけなのに茉莉ちゃんの方は毎回ガチトーンでやばい。
いまなら包丁なんかがよく似合いそうだ、殺されたくないから結局は彼女も巻き込んで逃げたけど。
「で、先輩的にやっぱり鳥越先輩?」
「求められたらそうだね」
「それだと茉莉が可哀想だから……あ、どこか一部だけでもあげてよ」
「ま、真顔で恐ろしいことを言うね?」
「いやほら、鳥越先輩と付き合っても右手は握り放題とかさ」
そこから絶対に進むことがないのにそんなことを許可しても虚しくなるだけのような……。
「桜ちゃんは?」
「なにかがあったら茉莉をちゃんと支えてあげなきゃいけないから特には」
「そっか」
「先輩の応援だってしてあげるよ、だから茉莉のことは気にせずに動きたいように動いた方がいいよ。好きな相手が学校にいけば必ず会えるという環境はありがたいよ、卒業したらそうはいかなくなるからね」
確かに。
すぐに飽きてしまいそうにも見える先輩相手に悠長にしているのは危険だ。
この前のあれみたいにこちらが押していけば新鮮な反応も見られるかもしれない。
受け身でいるのはやめようと決めた。
「由良先輩、スーパーにいきましょう」
「お、またなにか作ってくれるの?」
ふぅ、こちらが追ったら冷たい反応を見せるような人じゃなくてよかった。
初動でそんなことになったらあっさりと頑張ろうという気持ちがどこかにいってしまう、先輩はたったこれだけで私にとっていいことをしてくれたわけだ。
「そうですね、迷惑でなければ由良先輩の家でご飯を作ろうかと」
「それなら早くいこう、勉強なんかやっている場合じゃないよ」
揚げ物が食べたいとのことだったからとんかつを作ることにする。
キャベツやトマト、きゅうりも買ったらメインの方は十分だ。
「楽しみだなー」
「食べ終えたらちゃんと勉強をやりましょうね」
「まー楽しいことばかりじゃないのはいつものことだから言うことを聞いておくよ」
揚げ物系はどうしても周りが汚れてしまうから毎回拭いていてもきりがないけどそこは人の家ということで回数を重ねていく。
あとはここが逃げ場のない台所だということも私の心臓を少し慌てさせた、それでも途中でくっつかれたときに直ったけど。
「できました」
個人的に一番力を入れた部分は揚げることよりもキャベツを細く切ることだ。
「太い……」みたいに言われないようにするためには必要だった、揚げに関してはちゃんと熱が通っていれば問題ないからね。
「美味しそうだっ、もう我慢できないから食べさせてもらうよ!」
「はい」
先輩のお小遣いで得た食材達なのでちゃっかり自分の分もあるとかそういうのはない。
なので、ご両親が帰ってきてしまう前にできる限り綺麗にを意識して行動する。
「後輩ちゃん後輩ちゃん」
「はーい?」
近づくと「はいあーん」と差し出されたのでぱくりと、こ、これは仕方がないだろう。
「揚げ物とソースってなんでこんなに合うんでしょうね」
「ね、すごいよね」
常に食べたい食いしん坊というわけじゃなくてもビジュアル的に我慢するのは結構きつかった、だから少しだけでも食べられたのは感謝だ。
「でも、後輩ちゃんが言うことを聞いて一緒に食べてくれたらもっとよかったなー」
「由良先輩が高いお肉を買おうとするからですよ」
最終的には「これ以上言うなら作りませんよ」と厳しくすることで回避できたんだ。
正直に言うとご飯作りの前に既に体力が半分以下になっていたぐらい。
「高いと言っても複数枚で千円ちょっとだったのに」
「まあまあ、冷めない内に食べてください」
ご飯を一緒に食べるという行為なら毎日やっていてそろそろ飽きてくるぐらいだと思う。
これ以上二人きりの時間を重ねたらそれはもう親友とかそれ以上の関係性に見えてきてしまう。
「ごちそうさまでしたー美味しかったよん」
「それならよかったです」
洗い物を済ませてソファのところにいくとぐてっとしている先輩が。
この人、分かりやすく勉強ターンにするつもりはないようだ。
「いやーご飯を食べた後ってこうしてゆっくりしたくなるよねー」
「まだ十七時過ぎですよ」
「だからだよ、まだ余裕があるからこそのゆっくりなの」
もしかして頑張っているところを見られたくないタイプなのかな。
裏では滅茶苦茶やっているのに「私もやらなかった」と合わせてしまうのかもしれない。
「後輩ちゃんのばかー」
「きゅ、急にどうしたんです?」
ふざけているわけじゃない、それどころか悲しそうに見える。
今日私がしたことはみんなで集まって話したこと、そしてとんかつを作ったことだ。
「なにちゃっかり桜っちと逃げているんだよー」
「ああっ、相談に乗ってもらっていたんです」
「……相談ってなにかに困っていたの?」
「特にそういうわけではないのですが桜ちゃんが優しかったので」
ただ本人が言っていたようにあのときの態度は茉莉ちゃんとの約束を破ったからでしかなかった。
「積極的にやっていくと決めたので隠さないで教えます、私は由良先輩のことで相談に乗ってもらったんです」
「……私がくっついてきて大変とか?」
「いえ、ただ由良先輩が飽きてしまう前に頑張りたいだけです」
「え、ということは後輩ちゃん――凪っちは私のことを振り向かせたいってこと?」
「まあ、そうですね」
ださいのは先輩が分かりやすい態度を取ってくれたから動き出したところだろう。
でも、そういう関係になりたいならどうしたってこれは避けられないことだ、乗っからせてもらうしかない。
「なんだいなんだい、私がくっついていたからその気になってしまったのかい? くふふ、凪っちも可愛いところがあるじゃないか」
「だから責めるなら過去の自分を責めてくださいね」
「お」
先輩――彼女は一瞬、驚いたような顔をしてから今度は柔らかい笑みを浮かべて「分かったよ」と言った。
そのままぐいっと引っ張られ、抱きしめられたので今日もなすがままとなっておいた。
「先輩これは?」
「その問題はここをこうして」
「うーん、なんで授業以外の勉強ってこんなに面倒くさく感じるんだろう」
やらされている感が強いからだろうか?
一時期の酷かったとき以外は面倒くさい感はあまりなかったから今回もただやっていくだけだ。
あれだあれ、普通にやっているだけで頼られることなんてほとんどないからこれは嬉しかった。
「対面だといちいち向きを変えるのが面倒くさいから横に座るね、なんならくっつけるね」
「うん、分からないところがあったらどんどん聞いてね」
今回の範囲に関しては余裕があるからカキカキしながらもたまに彼女を見ていた。
意外と気づかれなかったせいでそのまま続けていると「ねえここは」と動かれて目が合ってしまった。
「もう……さっきから見ていたのは分かっているんだからね?」
「はは、ごめんごめん。あとその問題はこうだね」
「なに? なにかついていたりした?」
「ううん、横顔が綺麗だったから見ていただけだよ」
「そういうのは鳥越先輩に言ってあげなよ、まあ……ありがと」
うはあ、由良(呼び捨てにするように頼まれた)が気に入る気持ちも分かるなあ。
ちなみに、茉莉ちゃんが同じような態度を取っても一人だけテンションがMAXになっているところだ。
茉莉ちゃんの場合なら「そ、そういうのは鳥越先輩に言った方がいいですよっ、で、でも……あ、ありがとうございます!」みたいな感じ?
「なんか変な顔……」
「ごめん、茉莉ちゃん版バージョンを妄想していたんだ」
「茉莉に私みたいな反応を求めるとか無理でしょ、だってそれって敬語をやめろって頼んでいるようなものだよ?」
いやそれはやめてもらいたいところだけどね。
「あとやっぱり私と茉莉なら可愛げのある茉莉だよね」
「んーそんなに変わらないからどっちもいいね」
「先輩って誰にでも同じようなことを言っていそう」
言わなきゃ突かれる、言っても突かれる、彼女を攻略するのは難しいみたいだ。
勉強に戻るように手で促されてしまったから今度こそ邪魔にならないようにしておいた。
「もう一時間はやったからこれぐらいでいいか。なにか食べにいかない?」
「それならなにか作ろうか?」
「先輩が私の家に来てくれるなら頼もうかな」
コミュ障というわけじゃないから相手の家にいくことになっても大丈夫だ。
今日もこの前と同じように食材を買ってからになった。
あとやたらと魚を食べたがっていたのでアジの干物を焼くことにした。
「たまに猛烈に食べたくなるときがあるんだよ、お肉をそこまで求めていないというのもあるね」
「偉いね」
「あとこのお味噌汁もいいね」
味噌については同じだから結局は中の具材次第となる。
私は赤味噌よりも白味噌派かな。
「ただ、先輩感がどこにもないね」
「はは、そうだね」
「今度、もっと先輩感があるものをお願いね」
マジか、勉強のことといいまだ頼ってくれるのか。
必要とされることが嬉しい、これは由良が抱きしめてくれる嬉しさとはまた別の類のものだ。
「ねえ、抱きしめられるのってどんな気持ちになるの?」
「安心かな、ドキドキすることはあんまりないかも」
「こ、こうやってさ」
「ち、近いね?」
あれこれやばくない?
照明も真っ白で眩しい! 感じじゃなくて暖色で柔らかい感じなのが多大に影響している。
わ、私は由良相手に頑張らなきゃいけないのに可愛い後輩にくっつかれてドキドキしてしまっているんだ。
「「わっ!?」」
……マナーモードを解除していたことがよかったのか悪かったのか。
二人して飛び上がったね、あとはディスプレイを見て『鳥越由良』という名前が見えたときに背中が寒くなった。
「も、もしもし?」
「あ、凪っちいま大丈夫だった?」
あくまで普通、だ。
「は、はい、いまは桜ちゃんの家にいます」
「あー凪っちのご飯は美味しいから仕方がないね。じゃあまあ終わったらでいいからまた私の家に来てよ」
「ふぅ、分かりました」
「じゃあねー」
あっさりと切られてスマホをポケットにしまうと「だ、大体分かってよかったよ」と。
「って、私から抱きしめたんだから抱きしめられたときの気持ちは分かっていないかっ、ははは!」
「お、落ち着いて」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
しょんぼりとしてしまったから頭を撫でておいた。
今度は怪しい雰囲気になったりもせず、それでも三十分ぐらいだけにしておいて由良の家に向かったのだった。




