03
「あの……?」
「ん? あ、今日は教科書を読みたい日だからこれでいいの」
いやまあ……先輩がいいならいいか。
私的にはテスト勉強よりも今日出されている課題をやることの方が重要だったのでそちらに集中させてもらうことにする。
でも、夏休み用や冬休み用の量というわけじゃないからそれはすぐに終わった、普段から真面目にやっているからこその結果だからこれからも続けていきたいと思う。
「お腹空いた」
「なにも持っていないんですよね」
「じゃあ飲食店にいこう!」
え、あ、勉強なんて本当はどうでもいいのかな。
最初からこうするつもりでいたのかもしれない、途中で足が止まったりすることもなく付いていくと目的地はこの前もいったファミレスだった。
「年上の私としては後輩ちゃんが三島ちゃんや木戸ちゃんに遠慮しないようにしたいんだよ。でも、残念な点が一つ、それはもうあんまり時間が残っていないことなんだよね。なんとか頑張って変えることができても多分一番いいところは見られない、それが悲しいところなんです」
「私が変わるよりも先にあの二人の関係が変わる可能性の方が高いと思います、女の子が好きそうな鳥越先輩的には二人のそういうところを見られるわけですよね? それなら悲しくなんかならないと思いますが」
自分が恋をするのは違う、他の人が好きな相手と上手くいって幸せそうなところを見ていたい。
もしかしたら先輩はそういうタイプかもしれないのであの二人のことを出してみた。
「おいおいおーい、ちゃんと話を聞いてくれていないじゃないか。私は、後輩ちゃんに変わってもらいたいの。だからあの二人の関係が変わっちゃったら困るの」
「と言われましても……」
小さい頃から一緒に過ごしてきて既に大量のなにかが積みあがっている状態だ。
そこに私が無理やり加わろうとしてもなにかを積み重ねられるどころかひたすら抉っていく結果になりかねない。
「後輩ちゃん的に三島ちゃんと木戸ちゃん、どっちがいいの?」
「え、それはどっちもいい子です」
「なら一緒に過ごしていけば変わる可能性はあるよね? だからまずは変に遠慮をするところからやめないと」
「鳥越先輩じゃ駄目なんですか? ほら、敢えて邪魔をするよりも一人の――」
「し、失礼だなあ」
もしかしてこれだという人が既にいるとか?
あまりにも当たり前すぎて刺激が欲しかったということなのかな、もしそうなら遥か先に進んでいる人ということになるけど。
「いやでも、私の部屋で押し倒してきたじゃないですか」
「あれはなんとなくそうしたくなっただけ。もうね、女の子を見ているとじっとしていられないの」
「嘘ですね」
「おいおい、自分に凄く自信を持っているんだね後輩ちゃんは」
え、あ……もしかしてかなり恥ずかしいことを口にしていたのだろうか……。
「でも、何故かそれが自分より年下の後輩組相手には出ないんだよね」
「いや私だって……」
って、木戸ちゃんがいても変わらないか。
他の子と他の子が仲良くなるなんて当たり前のことすぎてどうしようもない。
私は床にべっちゃりしてそんなやり取りを気持ち悪がられない程度に見られたら満足だ。
「どっちか片方だけだったら頑張っていた?」
「少なくとも仲良くなりたくて積極的に動いていたはずです」
恋愛的な意味で頑張らないだけでこれは矛盾しているわけじゃない。
話し始めたからにはそれが当たり前に近いレベルになるように頑張ろうとするのはなにもおかしなことじゃないだろう。
「じゃあ木戸ちゃんは貰おうかな」
「やっぱりあの子が好きなんですね」
「うん、ツンツンしながらもたまに見せる甘さ全開のそれが私を狂わせるんだよ」
せ、先輩といたときに甘さ全開の部分なんてあったかな……?
あ、もし先輩の中で『後輩=生意気』という考えがあったら普通にしているだけでよく見えてしまうというやつだろうか。
「だから後輩ちゃんは三島ちゃんに――」
「それもいいんじゃないですか?」
まだ警戒されちゃっているのかな……は自意識過剰すぎるか。
「あれ、木戸ちゃんいたんだ」
「ゆっくりコーヒーを飲んでいたら先輩達二人が入ってきて驚きましたよ、しかもそのうえで私達の話をし始めたんですからね」
「聞いていたなら話は早い、私は木戸ちゃんを貰うからね」
「まあ、鳥越先輩ならいいですよ」
ああ、だから先程のあれは私に許可してくれたわけじゃなくて先輩が自分に頑張ろうとするのを許可しただけか。
でもさあ、私の話を聞いている内に彼女と一緒にいたくなっちゃう子とそういう意味で上手くいくとは考えられないけどね。
一ついい点は少し来てくれただけですぐにその気になるわけじゃないというところだ。
加害者被害者の関係にならなくていい。
「先輩」
「うん」
「あんなのあのときだけのことですから、だから茉莉に対して頑張っても疲れるだけ、なんてことはないと思いますよ」
そうかなあ。
まあ、いまは待とうと決めた。
私としてはここで露骨なところを見せてほしかった。
「辻本先ぱ、きゃ――」
とてもじゃないけど優れているとは言えない私の反射神経でもなんとか反応することができた。
床にべちゃっとするのは私だけでいい、彼女にはまだ早いんだ。
「す、すみません」
「気にしなくていいよ」
これは……木戸ちゃんのせいかな?
待つと決めた私だけどこうすぐに来ると疑いたくなってしまう。
「あ、あの……いきなりで悪いんですけど猫さんを見にいきたいな……って」
「おお、トビー君が見たいのか。よしいこう」
自分に興味を持ってもらえるよりも遥かに嬉しいことだった。
みんなももっと猫ちゃんを好きになった方がいい、アレルギーとかでもなければその日の疲れなんかすぐに吹っ飛ばしてくれるぐらいには最高の存在だ。
「ただいまー」
「にゃー」
ああ、これは彼女の日頃の行いがいいからか。
私単身のときじゃこうして迎えに来てくれることも少ないぐらい。
「どう?」
「写真で見たときよりも毛が……すごいですね?」
「ああ、なんか毎日よりもふもふな状態になっていくんだよ」
「ちょ、長毛種ということですかね?」
「ん-これを見る限りはそうだよね」
最初はノーマルな猫ちゃんぐらいの毛量でしかなかったんだけどなあ。
まあでも、こうして彼女にも見えているのなら私の妄想上だけの存在というわけじゃないし、そう不安にならなくていいか。
「にゃ」
「わわっ、さ、触っても大丈夫ですかね!?」
「大丈夫だよ」
触るどころか抱き上げられてもなすがまま。
なんか彼も嬉しそうだからこのままこの家に住んでくれないかな、なんてね。
なにも玄関でやらなくてもいいことだからリビングに連れていった。
「辻本先輩が手を掴んで横尾先輩のところまで連れていってくれたことがありましたよね」
「うん、初対面のときだね」
前日に変なことがあったうえに咲玖君がすぐに気づいてくれないからちゃんと触れられる存在だと確かめたかった。
その結果分かったことは手がとにかく小さいということだったけど。
「あのとき、実はトビーさんが見えていたんです」
「へえ――え? と、トビー君はこうして生きているよ?」
やっぱり彼はやばい存在だったのか……?
急に現れたり急に消えたりしたところだけで考えればそう見ることもできてしまう。
「そうですよね、でも、確かにあのときは辻本先輩の肩にトビーさんが乗っていたんです」
「じゃ、じゃああのとき既にトビー君を見られていたということだから新鮮さがないか」
「でも、こうして直接触ることができるとやっぱり違いますね、可愛いです」
いや、それはきみの方だけどね。
「分かった、三島ちゃんが大事なことを話してくれたから私もちゃんと話すよ」
謎の空間に引っ張られやすいこと、そこから頑張って離れようとしているときに彼と出会って案内を頼んだこと、その二つを教えておけば私のことを知ったと言っても過言ではないと思う。
「そうだったんですか」
「うん、だから分かりやすくやばい人間だよね」
「守ります」
「え? あーまあこんなことを話しても信じてくれない人も多いだろうからね」
「私がちゃんと辻本先輩が戻ってこられるように守ります!」
え、あ、そういう。
彼女的には「え、こわ、離れとこ」ぐらいの気持ちでいる方がいいと思う。
既に大量の時間を私と一緒に過ごすことに使ってしまって手遅れという状態じゃないんだから。
で、でも? やっぱり来てくれるのは嬉しいから甘えるんだろうなあ……。
「……それにいまのこの状態は好都合ですからね」
「ん?」
「なんでもありません」
それより可愛くて気になるのは分かるけどさあ? トビー君も彼女に甘えすぎじゃないだろうか。
一応の飼い主はこっちなんだから少しぐらい足の上に来てくれても――と考えたところでぴょんぴょんとこちらに……。
嬉しい結果のはずなのにね、猫ちゃんにすら気を使われているのってとダメージを受けることになった。
「今日は何時までいられる?」
「十九時ぐらいまではいられます」
「それなら一緒にご飯を食べようよ」
両親も喜ぶだろうなあ。
だって咲玖君以外の子を家に連れていくって全然ないから。
彼が懐いているところもいい方へ働いて、気が付けば何回も彼女がこの家に来るようになって……みたいな?
いやほら、仲良くしたいのはやっぱり変わらないからね。
「お手伝いします」
「え、あ、私はつ、作れないかなー」
は、嘘だ。
なんとなく、そうなんとなくだけどここで作れないことにしておけば彼女が頑張ってくれそうな感じがしたんだ。
そうしたらほら、手料理が食べられて役得じゃん?
「それなら私が作ってもいいですか?」
「お願いします!」
ここで変な遠慮をするよりも欲望に正直なぐらいでいい。
彼女だってこうしていい反応を貰えたら悪くないはずだった。
「こんばんはー」
「な」
まさか三島ちゃんが家に来ているからか、彼の中のなにかを刺激されてここに来たのかもしれない。
「凪?」
「い、いや、上がりなよ」
「うん、お邪魔しまーす」
それにしても敢えて十九時頃を狙ってくるとはやるな。
今日はまだ両親が帰ってきていなくて二人で待っている状態だった。
私が頼んでそれなりに多く作ってもらったから彼が食べても問題ないぐらい。
そして私も彼も自然とあの子の手料理が食べられると、うーんやばいね。
「あ、茉莉ちゃんが来ていたんだ」
「こ、こんばんは」
「こんばんは。僕が来た理由はこれなんだ、これを母さんが渡してくれってさ」
「え、なにこれ、凄く美味しそうじゃん」
高そうなチョコのお菓子か。
彼女がどれだけ甘い物好きーなのかは分からないけどここで出すなんて彼もやるね。
「んー茉莉ちゃんもいることだからここで開けちゃおうか」
ただ……こうして露骨に気に入られようとしているところを見ると私が二人に増えたみたいに見えて少し微妙だ。
それでも、彼女がこれを食べて幸せそうな顔をしているところが見たいから彼にはナイスと親指を立てたいところだった。
「悪だね?」
「ちゃんと陸さん結凪さんの分も残しておけば大丈夫だよ」
まあ、これぐらいで怒ってしまうような両親じゃないからいいか。
ご飯の前にお菓子を食べているというところが刺激が強かった。
そこまで量が多くないのもいい、これなら彼女作のご飯もちゃんと味わうことができる。
「わ、私も貰ってしまってよかったんでしょうか」
「大丈夫大丈夫、なんならこれは三島ちゃんのために持ってきたようなものさ」
「別にそんなことはないけどみんなが『美味しい』って言ってくれれば嬉しいよね」
余計なことを言う、彼女の両肩を掴みながら「そうさ、きみのためさ」とでも言っておけばいいのに。
まあ? こういうところでちゃっかりしていないからこそ気に入られているわけだろうし、そんな彼を見ることになるときはずっとこないだろうけど。
「あ、凪、口の横にチョコがついているよ」
「取ってー」
しまったっ、彼女の前でもいつも通りすぎてしまった、これじゃまるで普段からこうして甘えているかのよう。
違うんだ三島ちゃん!
「はは、仕方がないなあ、じっとして――ま、茉莉ちゃんっ?」
「私が拭きます!」
「いたっ、いたたっ」
つ、強くやりすぎい!
不満が溜まっていてそれを解消するためにしていると言われても信じられるぞ。
手鏡があるから確認をしてみると口の横だけ見事に真っ赤になってしまっていた。
「はっ、す、すみません!」
「い、いや、奇麗になったみたいだからありがとね」
よかった、気まずくなる前に両親が帰ってきてくれた。
初めての彼女が自己紹介をし、両親も柔らかくそれに返していた。
そこからはみんなで彼女が作ってくれたご飯を食べて、流石にこれ以上は不味いからと二人で彼女を送ることに。
「凪といてくれてありがとね」
「ちょ」
お兄ちゃんかお父さんかな? あ、しっかり者の弟という感じも……。
「私が辻本先輩に相手をしてもらっているだけですから」
「結構怖がりなところもある子だからそれは茉莉ちゃんが優しいからだよ」
うん、いまは確かに少し怖い。
やっぱり夜は苦手だ、冬なんかはすぐに暗くなるから大変だ。
「咲玖君はいい人見つけたの?」
「鳥越先輩みたいな人がいいな」
ほほう、やっぱり先輩はいい――あ、でも、側に木戸ちゃんがいるからと遠慮をしてしまいそうだあ。
「でも、鳥越先輩は茉莉ちゃんの友達の桜ちゃんが気になっているみたいだからね」
ほらね、ほらほらね。
相手のことを考えて動けるのはいいことだけどたまにはがっつかなければいけないんだ。
「いや、ちゃんと話してみるべきだよ」
「あ、明日、連れていってくれないかな」
「任せて!」
女の子しか無理ということでも動かなかった場合とは訳が違う。
何故か彼女が手を掴んできてくれていることといい、今日はいいことが多い日だった。




