02
「あれ? 咲玖君? 三島ちゃん?」
急にいなくなってしまった。
でも、これはまた例のアレが発動しているだけであの二人が悪いわけじゃない。
「あ、三島ちゃ――」
ま、マジか……私はそこまで飢えていたのか。
変な想像をしてしまったみたいで自己嫌悪していると「後輩ちゃーん」と先輩の声が聞こえてきて意識が向かう。
よかった、こっちは普通だった。
「またまた会ったね」
「鳥越先輩……」
「なんか暗い顔をしているね、そこのお店にでも入ろっか」
いまは先輩の明るさがありがたかった。
ドリンクバーを頼んでちびちび飲んでいると「それで?」と聞かれたから答えておく。
「へえ、女の子もいけちゃう感じなんだ?」
「そうですね」
いやでも最悪だろう。
あの空間だと本人と同レベルで再現的な風になってしまうことが問題だった。
とてつもなくあの子のことが好きであの子も私のことを好きでいてくれている状態ならまだ分からなくもないけどそうじゃないのに私ときたら……。
まあ? 自分が酷すぎて最速で戻ってこられたのはいいことだとしか言いようがないけどさ。
「あ、そうそう、私の友達にいい子がいるんだけどさ」
「それが本人からは自分で頑張らなきゃいけないことだからと止められてしまったんです。だからせっかく協力してくれようとしていたのにすみません」
「まあ、そっか、そうだよね」
あ、そうか、これだと約束をちゃんと守れていないのも駄目か。
三島ちゃんガッカリしているだろうなあ、もう次はないかもしれない。
「あれ、何故か睨まれているなあ」
「私は睨んでなんか――私が睨まれていますね」
こちらを見ているこの子は三島ちゃんの友達だ、つまり咲玖君に興味を持っている子だ。
だというのにいまは一人のようだ、何故だろう?
「ちょっとあんたいきなりいなくなるなんてどういうこと!」
え、マジ? さっきまで咲玖の前でにこにこして可愛い感じだったのに本当はこれ?
「茉莉を放置するなんてありえない!」
「しー怒られてしまうよ、こっちに座りなよ」
「は、はい」
ただ、彼女が言っていることはもっともなことだ。
別れるにしてもちゃんと挨拶をしてからじゃなければ駄目だろう。
とはいえ、それを受け入れてもらえるかどうかは相手次第で、残念ながら「茉莉に謝りなよ」と効果はなかった。
「ほー私は三島ちゃんよりもきみちゃんの方が好きかも。こう……ツンツンしているところが最高っ、でね」
「……別に私だって無駄にツンツンしたりはしませんよ、茉莉にも怒られますからね」
三島ちゃん好きーなのかな?
「あ、じゃあ三島ちゃんのためってこと?」
「そうですよっ。大体、約束をしておきながら黙って消えるなんて最低じゃないですか」
「確かに、それはちゃんと守らなければいけないことだね」
先輩はよく付き合ってくれるなあ。
段々と面倒くさくなってきて「あとは二人で話し合ってよ」と離れることもできるのにここでも律儀に付き合ってくれている、まるで女の子版の咲玖君みたいだ。
「ですよね? なのにこの人は破っておきながら反省するでもなく先輩と……だから怒っているんです!」
「うん、後輩ちゃんが悪いね」
「ちゃんと分かってくれる人がいてくれてよかったです」
彼女にはどうか冷たいままでいてほしい。
そうすれば変な妄想をしてしまうこともないだろう、私がやべーやつだってことをもっと分かってもらわなければならない。
とはいってもわざと煽るようなことはできないからやっぱり彼女に頑張ってもらうしかない。
「それで三島ちゃんは?」
「いまは二年生の横尾先輩と一緒にいます、私が一人で探してくると言って無理やり離れたんです」
「なるほど、じゃあその子達のところにいこう」
「はい」
さ、さらばドリンクバーよ……。
一杯だけで退散したのは初めてだった。
今度は一人でいって沢山飲もう、お腹がたぷたぷになるぐらいには飲もう。
「あ、凪!」
「ごめん咲玖君」
「無事ならいいよ――あれ、その人は?」
「三年生の鳥越由良先輩」
あれ、年上好きーの彼的に先輩は運命の人になるかもしれない。
頼んで連れていっておくべきだったか。
「君が年上の彼女を求めている子か」
「け、決して僕が頼んだわけじゃ……はい」
「後輩ちゃんから聞いているから分かっているよ、だからそう慌てないで」
頭に触れたり、肩に触れたり、お腹あたりに触れたりと忙しい。
彼は意外と筋肉質だったりもするから分かる人には分かってしまうというやつだろうか。
「んーなんかこのまま遊ぶのも違うから帰ろうかな。横尾先輩、今日もありがとうございました」
「それなら家まで送るよ」
「いえ、大丈夫です。それよりもこの人になにかされないように茉莉を守ってください、よろしくお願いします」
本人がこう言ってくれているから乗っかろう、みたいな考え方はできないらしい。
あれは私達がいなくたって同じ選択をしているはずだ。
後輩にも負けているな、私のいいところってなんだろう……。
「辻本先輩……」
「あー……三島ちゃんもごめんね?」
「いえ、なにかがあったわけではなくてよかったです」
いやあ……私の脳内じゃ酷いことになっていたんだよ。
それなのにこの子はこれ、分からないからだとしても優しすぎる。
このままこの子といていいのかどうか、それこそあの子も帰らずに止めてもらいたいところだった。
「ねえ、ねえってば」
ん-……力が出ないぃ……。
今日はよく廊下に吸われる日だった。
休み時間になる度にこうなっていると言ってもいいぐらいの頻度で、せっかくこうして私にとって必要な子が来てくれてもまともに相手をすることができないでいる。
トビー君を撫でることができればもう少しぐらいはなんとかなりそうなのに。
「まったく……廊下で転がるとかどうかしているんじゃないの……?」
それなあ。
「ほら起きてっ」
「はいはーい……」
ふぅ、手を借りたおかげでなんとかべちゃっとならずに済んでいる状態だ。
「三島ちゃんといなくていいの?」
「茉莉はいま横尾先輩といるからいいの」
「やっぱり三島ちゃんは咲玖君が気になっているのかな」
「いや、私が見た感じあれは横尾先輩のことが気になっているわけじゃないね。なんか色々と聞き出そうとしていたみたいだけどさ」
咲玖君から聞き出そうとしてもほとんど女の子の情報しか出てこないと思う。
でも、天使的に初めてそういう存在と出会えたということじゃないだろうか。
「あ、こっちに来た理由は?」
「暇だったから、それに先輩って横尾先輩といられないと一人でいそうだったからかな」
「正解!」
「現実は廊下で転んでいて一人でいることよりも問題だったけどね」
いやいや、一人でいるのだって問題じゃないけどね。
「先輩はあの先輩とはまた違う感じがする」
「それはそうだよ、私みたいなのが沢山いても嫌でしょ?」
先輩も似ているとか言われなくてよかっただろうな。
聞いていないとしてもだ、いつか「〇〇がこんな話をしていましたよ」みたいな話になるかもしれないし、そのときに微妙な顔をされるのは私だから。
「茉莉に悪いことをしないなら先輩みたいな人が沢山いても問題ないと思う、問題児なら横尾先輩が相手をしているときにあんな顔をしていないでしょ」
「きみは咲玖君が好きだねえ」
「そういうのじゃない、ちょっと相談に乗ってもらいたかっただけ」
あの子は私に使われたときも「役に立てたようでよかったよ」とか素で言えてしまう子だし、三島ちゃんに負けないぐらい可愛い子に頼ってもらえたら嬉しいと思う。
そうじゃなくても柔らかい表情がもっと柔らかいものになっていつかはドロドロになってしまいそう。
まあ、そんなグロ動画みたいなことになる前にあの子がしっかり切り替えて真剣な顔に戻すんだろうけどね。
「あー……」
「え、なにそれ……」
「いやごめん、昔からこういうことが多くてね」
こればかりは自分でもよく分かっていないから上手く説明してあげることができない。
「危なすぎない? いまは廊下だからいいけどこれが道路とかだったら死んじゃっているよ」
「それが道路とかだと警戒しているのもあるのかならないんだよね」
「はぁ……ただやる気がないってだけ? 心配して損した」
だからこれを聞いた相手がこういう反応になっても文句は言えなかった。
それに「なにそれ」と言いたくなる気持ちが分かるので、上手く説明できる立場だったとしても黙って受け入れるしかなかったと思う。
「もう戻る」
「あばよー」
さあ、私も教室に戻るか。
教室でゆっくりしていたら割とギリギリなところで咲玖君も戻ってきた。
なにか変わるといいなあ、面倒見がいいから付き合っているだけじゃ満足できない。
授業中なんかにあの無抵抗モードになるわけじゃないので頑張って集中して、奇麗かどうかも分からない廊下にキスすることにならないように必要なとき以外は出ないようにしておいた。
「んー!」
一つ伸びをすれば今日あった微妙なことだってどこかにいくものだ。
トビー君に会いたいのもあって今日は寄り道をせずに帰ったはず、だったのに……。
「あれ、またトビー君がいない」
そう、これだ。
「これ美味しいね」
「はい、好きなお菓子なんです」
あとなんでか先輩もいるのが謎だ。
「ペット用のトイレ、餌入れ――この家には猫ちゃんがいるね?」
そうか、三島ちゃんには教えたけど先輩には教えていなかったか。
先輩のことはもう信用しているから会いたいなら何回でも来てくれればいい。
「あ、はい、それでその子に会いたくてすぐに帰ってきたんですけどどこかにいってしまっているみたいで……」
「猫ちゃんならカーテンの後ろとかにいるんじゃない?」
最初からそうしろよという話ではあるけど少し探してみるか。
まずは二階から、二階にはよく連れていっているので私の部屋にいってみると、
「あ、あの?」
ガチャリと鍵を閉められてしまったうえに何故かベッドの上に押し倒されている大して可愛くもない女がいた。
「ここから後輩ちゃんの匂いがする」
「い、いつも寝ていますからね」
先輩はあっさりとどいてくれて「この部屋にはいないみたいだね」と言って笑った。
な、なんだったんだろうかいまの時間は。
「もしかして鳥越先輩も女の子を探しているとか……」
「そうかもね、だけど三年間いい子が現れることもなく終わってしまいそうだよ」
「あ、三島ちゃんの友達はどうですか?」
「確かに三島ちゃんみたいなただただ可愛いだけの子よりは好きだけど……あの子の中にもう特別な存在がいると思うんだよ」
もしかしたら妄想でもなんでもなくあの子が好きなのは三島ちゃんなのかも。
となると、咲玖君に興味を持っているかのように見せたのは引かれてしまわないため? なんとかぶつけずに片付けようとしているだけなんだろうか。
仲良くなれたら教えてもらいたかった。
そのために自分の方から拒絶されるまではいってみようと決めた。
「茉莉のことは好きだけどそういう意味で好きじゃないよ」
「なるほど、まあそりゃ大して仲良くもないんだから本当のところを教えてもらえるわけ――」
「いや、これは先輩と仲良くなっても変わらないよ」
自己紹介をしないと。
「あ、私は辻本凪です」
まあ? 高確率で「先輩には教えたくない」とはなりそうだけど。
初対面のときにしておくべきだった、好かれようと嫌われようと自己紹介は大切だ。
「木戸桜」
「お、教えてくれるとは思わなかった」
「いや、茉莉に対する気持ちがあるのかどうか真っすぐに聞いてきたくせにそれなの?」
「だって私のことは嫌いでしょ?」
うーん、別にそうじゃないと言われたくて聞いているわけじゃないのに微妙だ。
なんでもっと上手くできないんだろう。
「だから……私は無駄にツンツンしたりしないって。あのときは茉莉にいい加減な対応をしていたから気に入らなかっただけ」
「そっか」
「あと、廊下で自分から転ぶのはやめておきなよ」
「はーい」
歩いていく木戸ちゃんの背中にありがとうとぶつけてから教室――へいこうとしたところで三島ちゃんに気が付いた。
「桜ちゃんと仲良くなれたんですね」
「あの子が合わせてくれているんだ」
「多分、嬉しいと思います」
「そうかな、そうだといいけど」
床に寝転んでしまうような先輩に話しかけられて嬉しいかな……。
「ここ数日間、辻本先輩のことが知りたくて横尾先輩に協力してもらっていたんです」
「直接聞くとか……でもよかったんだよ?」
「それは……少し恥ずかしくて。あと、横尾先輩の方から話してくれたんです」
咲玖君も自分の話とかをすればいいのに。
私の情報を話そうとしても常に自分を頼っていたとか、謎の空間に引っ張られやすいとかいい情報はなにも得られない。
見た目も私目線じゃそんなにいい方じゃないと思うし……もったいない時間の使い方だ。
「ただ……」
「うん?」
「何故か辻本先輩の話を聞いていたときに桜ちゃんと一緒に過ごしたい気持ちが大きくなりまして」
これは……?
もしかしたら木戸ちゃんガチ勢なのは彼女だったのかもしれない。
あ、だけど私の色々な情けない情報が役に立てたということだから今回は素直に喜んでもいい気がした。
「おお、それを真っすぐに言ってあげてよ」
「で、でも、なんかそれをぶつけるのが恥ずかしくて今日はまだ話せていなくて……ですね」
「それなら木戸ちゃんのところにいこう!」
どこかにいく予定があって別れてしまったわけじゃない、追えばすぐに会える。
こういうときは積極的に動けるタイプなので今日も手を掴んで歩いていた、そうしたら窓の向こうを見ている木戸ちゃんを発見できてテンションが上がった。
「木戸ちゃん!」
「あれ、茉莉は先輩といたんだ」
「う、うん」
あれぇ? 何故か木戸ちゃんに攻撃されているぞぅ……?
こうして奇麗な状態で返したというのになにが不満なのか。
「ねえ先輩、茉莉にまたなにか変なことをしたわけじゃないよね?」
「違うよ、それより二人で話してよ」
「ん? まあ、茉莉と二人きりで話すなんて普通のことだからそうするけ――はは、茉莉的には戻ってほしくないみたいだね?」
んーなんでここで止めようとしてしまうのか。
いやでもこれも可愛さか、ちゃんと付き合おうか。
「さ、桜ちゃんとっ」
「落ち着いて、私とどうしたいの?」
「もっと一緒にっ…………いたくて」
「私でいいの? 先輩のことを気に入っているのかと思っていたけど」
うわあ、そこで「う、うん」とかじゃなくて少し時間が経過した後に頷くのか。
もし木戸ちゃんも彼女ガチ勢だったらいまので攻略されていただろうな、それぐらい破壊力が高い。
「そっか、嬉しいよ」
「桜ちゃんっ」
「おっと、よしよし」
なんか彼女と話しているときは先輩みたいな子だな。
私に対しても柔らかい態度で接してくれたし、彼女としてもこういう子がすぐ近くにいてくれて嬉しいだろう。
で、流石に二人でイチャイチャが凄くなってきたから挨拶をして別れたら「てい」と横から攻撃されて側頭部を押さえた。
「後輩ちゃんは遠慮しちゃう子なんだね」
「流石にあの二人の間に入れるとは思えませんよ」
私のことを冗談で押し倒したりする先輩でもあの二人の前じゃ同じようにはできないはずだ。
というか、相手のことを考えられる人であってほしいから空気を読まずに突撃するようなことになってほしくない。
「じゃ、私が相手をしてあげるよ」
「それならまた放課後によろしくお願いします」
「了解、一緒に勉強をしよう」
いやそうだよな、少しでも役に立てるようにしないと。
おまけに少しずつやっておけば確実に自分のためにもなるからお互いにとっていい時間になると思いたかった。
それだけじゃ足りなさそうならお得意の肩揉みでもして返していこうと決めた。




