01
珍しく雪が降ったものだからテンションが上がりすぎてしまっていたのかもしれない。
気づけば真っ暗になっていて、更に言えば知らない場所だった。
ただ歩いていただけなのにいつの間にか知らないところまできてしまっていたんだ。
「そうだスマホっ」
が、圏外表示で使えないと。
山でもないのになんでだ……?
もしかして私、変な領域に入り込んでしまったのだろうか。
いや実は昔にもこんなことがあったんだ。
そう何回も変な場所に入り込んでしまっていたわけじゃないけど、うん、こういうところはやっぱりなにかが違う。
「うぅ……」
そう、例えばこんな感じで呻いている変な存在と遭遇したりね。
「あの」
「うぅ……」
駄目か。
前に進んだ結果がこれだから戻ってみよう。
それから体感的には三十分ぐらいが経過した頃に見慣れた看板を発見して思わず抱き着いた。
「にゃ~」
「お、猫ちゃん。あのさ、私の家まで案内してくれない?」
「にゃ」
おお――って、この看板が見つかったならこのまま歩いていくだけで家なんだけどね。
でも、なんか可愛いからピンと立っている尻尾を見ながら歩いていた。
「着いた着いた、ありがとね」
「にゃ~」
手を上げて別れると見せかけて勢いよく猫を抱いて家の中に入る。
「ふふ、逃がさないよー」
意外と暴れたりしないものなんだなあ。
リビングには母もいたし、ここも変な領域の中のそれというわけじゃなさそうだ。
「なにその猫」
「案内してくれたからお礼をするまで帰ってほしくなかったんだ」
「別に飼えるけどその場合はちゃんとお世話をしないと駄目だよ?」
「大丈夫、明日色々と買ってくるよ」
だけど入浴や食事を済ませ、部屋に戻って休んだ結果、家中のどこを探しても猫ちゃんがいないという状態に。
「お母さん、猫ちゃん知らない?」
「昨日、一緒に寝たんじゃなかったの?」
雪が降るぐらいだからいまは冬で窓もほとんど開けられていない、それなのに消えたということはあの子も不思議な存在だったのかもしれない。
それでも、看板のところにいたからいってみるかという気持ちになって今日はすぐに家を出た。
「ふむ、この看板の精霊とか?」
猫の姿だったのは単に私が好きだったから。
想像、妄想することが好きな私だからきっとそうだ。
「おかしいな、幼馴染君が見えたような……」
いやでも、この程度で済んでいることをありがたく思ってもらいたい。
振り返って目の前に知っている子だったとしても顔が見えたら普通は怖い。
「事実、目の前にいるからね」
横尾咲玖君、彼とは昔から一緒にいる。
教科書や本なんかと睨めっこばっかりしているせいで眼鏡がないとまともに見えないようだ。
もう少し緩く生きればいいのに、彼を見る度にそう思う。
「こんなところでどうしたの?」
「猫ちゃんを探しているみたいだったから手伝おうと思ったんだ」
「ああ、だけどあれは本物じゃなかったんだよ」
本物でも偽物でもどちらでもいい、私からすれば迷子の状態から助け出してくれた救世主だ。
ちなみに、昔のときはそんな状態のときに彼が来てくれてなんとかなった。
「学校にいこ?」
「分かった」
学校だって家からそう遠くない場所にあるのに昨日の私はなにをしていたのか。
しかも迷子になっていたところを自分よりも遥かに小さい存在に助けられるって情けなさすぎる。
彼が本当のところを知ったら「なにをしているの……」と言いつつ額に手を当てて呆れていただろうね。
「んー勘違いじゃなければ女の子がこっちを見てきていない?」
「え、どこ?」
「ほらあそこ」
「誰もいないけど」
しゃーない、連れてくるか。
柱に体だけ隠して見てきていた女の子の手を掴む、思わず「ちっさ!」と言いたくなったけどなんとか抑えた。
「ほらこの子」
「ああ、茉莉ちゃんか」
「ほほう、女の子のお友達が多いみたいですね?」
「最近、話しかけてきてくれてね」
いや、最近話しかけてきたばかりなのにもう名前で呼んでいるって私の幼馴染君は陽キャラさんなのかな?
腕を掴むのをやめるとさっと彼の後ろに隠れてしまったけど。
「あの」
「私? 咲玖君?」
「あ、あなたに……」
「はい、なんでしょうか?」
髪は短め、目はまん丸、もちもちしていそうな肌、身長が低いことによる若干の上目遣い。
見たまんまだけで判断すると危険なことがあると分かっていても可愛いと感じてしまう。
でも、こういう子が「私の男の子に近づかないでくれませんか?」と独占欲MAXでもそれはそれでいいよね。
「猫さんが……」
「「猫?」」
「……いえ、やっぱりなんでもないです」
あれ、もしかしてここにもある意味でやばい子がいたのかな。
私としてはこの可愛い女の子が変なところに迷い込んだりしないことを願うことしかできない。
「ああ、茉莉ちゃんも猫ちゃんが好きってことか」
「なるほどね、猫好きーだから分かっちゃったってことか」
「そ、そうですね」
そう片付けておくのがいいのかもしれない。
あ、でも、彼が迎えに来てくれることを考えたら悪いことばかりじゃないのかもしれなかった。
「ねね、放課後にも新しい女の子を紹介してくれるイベントはないの?」
今度は身長が高い女の子とかがいいな。
身長は高いのに臆病ですぐに守ってもらいたくなる系の女の子がいい。
「ないなあ」
「じゃ、もう帰る?」
「んー少し残っていこうか」
「了解」
私は暗いところの方が落ち着く。
ただ、正直に言うと夜は好きじゃない。
繋がりそうなものなのにこの矛盾めいた感じでずっと生きてきた。
「ああ……なんか力が抜けてー……」
そんな感じで一人廊下にべっちゃりしていると「だ、大丈夫ですかっ?」と三島茉莉ちゃんが来てくれたようだった。
「大丈夫大丈夫、こういうことは昔からよくあることなんだよ。ほら、その証拠に咲玖君が慌てていないでしょ?」
「いや……僕としてはどうしたらいいのか分からなくて固まってしまっただけなんだけど……」
「気にしなくていいよ、なにかになにかを吸い取られているだけさ」
それなら幽霊さんとかよりも猫ちゃんかなにかに吸い取られている方がいいかな。
「よいしょっと――三島ちゃんは咲玖君に用があったんでしょ? そっちを優先しないと」
「あ、その……お友達に連れてきてほしいと頼まれまして」
「じゃ、咲玖君は連れていくといいよ」
私はまた奇麗なのかも分からない廊下にべちゃっとならないように帰ることにしよう。
特に約束をしていたわけじゃないからこんなものだ。
しっかり挨拶をして別れて、一人で歩いていたらまたあの猫ちゃんと遭遇した。
「なんだいなんだい、普通に姿を現すじゃないか」
「にゃ~」
「でも、今日は迷子になっていないんだ、だからきみの案内は大丈夫だよー――の前に」
抱き上げて確かめてみると、うん。
「君は男の子だったんだね」
「にゃ」
「猫ちゃんは男の子でも女の子でも美形が多いねえ」
一人っ子の私としてはお兄ちゃんか弟が欲しかったところなんだ。
なので、今日こそ連れていって飼うことにする。
そして昨日とは違うのか無事にトビー君(母命名)と朝を迎えることができた。
「なんで昨日は消えたんだい?」
スルーしてこっちを見てきているだけか。
謎なところが多い方がいいという考えでいるのはなにも人間だけじゃないということか。
「おはよう」
「お、早いねえ――あ、見てよこの子」
「おお、真っ黒で可愛い子だね」
ふむ、これは昔からそうだけど彼も猫ちゃんに好かれやすいんだ。
いまだってトビーは彼の足の上に座って毛繕いしているぐらいだ。
「って、まさか探し回ったんじゃないよね?」
「大丈夫、トビー君の方から来てくれただけだよ」
お腹の上で寝ていたおかげか夢の中でもこの子と会うことができた。
そのときは何故か二メートルほどの大きさでいまにも潰されそうなんだけど潰されないみたいな謎の時間となっていた。
ベロッと舐められたときはザラザラしすぎていて痛かったね……。
「それならよかった。ほら、凪って酷いときは迷子になるからさ」
「ごめんよー」
「いや、探して見つけられているいまは別にいいんだ。だけど凪がいなくなってしまったら嫌だからさ」
「昔は咲玖君に助けられて今回はトビー君に助けられたことになるね」
見つけてもらえた私が呑気に挨拶をしたらそこでも呆れられてしまったのによくこんなことを言ってくれるなあ。
とはいえ優しすぎるのも問題で、引っ張られ過ぎないか心配になるときがある。
例えば三島ちゃんみたいな可愛い女の子に頼まれたら私のとき以上に動いてしまうだろうし……。
「え、じゃあ一昨日遅かったのは……」
「まあまあ、雪でテンションが上がってしまうことだってあるでしょ?」
「こうして猫ちゃんに触れられてテンションが上がっていたのにいまのでサッと下がったよ」
んーこれは呆れている顔じゃないな。
彼の横まで移動して肩をポンポンとしたら「一人で無茶しないこと」と言われて頷いた。
私だって積極的に危ないことをしたいわけじゃないんだ、ただ自然とそういう風になってしまうだけでね。
「さ、朝ご飯を食べて学校にいこー」
「待っているね」
「んー」
今日は体育がある、体を動かすことは好きだからクラスメイトの子達に優秀なところを見せてあげないとなあ。
それで「辻本さんすごーい!」と褒めてもらえたらそれだけで……くふふ、最高の一日になるってものだ。
「ねね、三島ちゃんを本気で攻略するのはどう?」
「茉莉ちゃんは可愛いよね」
「だから、ね?」
「でも、僕は年上の方がいいかな」
いやまあ、そういう子はいるか。
ここまで一緒に時間を重ねてきて初めて教えてくれたことだ。
お世話になっているのも確かなことだから魅力的な人探しを頑張ることにした。
「年上かー」
誰か知り合いがいるとかじゃないけど上階へ。
この時期の三年生の先輩とか忙しすぎて無理だろうとすぐに諦めの気持ちで戻ろうとしたときのこと「あれ、後輩ちゃんがどうしたん?」と話しかけてきてくれた女の人がいた。
「なるほどーきみの友達が年上好きということで探してあげていたんだ」
「はい」
「でもなーいまこの時期だとなー」
「ですよね」
「ま、なにも受験組ばっかってわけじゃないからね、一緒に探してみよっか」
というか、どういう人がタイプなのかも分からないから私とこの人だけで探しても意味は薄いか。
「ふむ、ちなみにきみちゃんは?」
「私は……そうですね、お堅くない人がいいです」
男の子はずっと咲玖君を見てきて理想が高すぎるから女の子でビビッとくる子、人が現れればいいと考えている。
あんまりに可愛すぎる、奇麗すぎる存在が振り向いてくれるとは思わないから私と同じで緩く結構なんに対しても笑っているようならいい。
「ああ、真面目なのはいいけどずっとその調子だと疲れるもんねーということはさ? 私みたいなのが合うかもよ?」
「先輩はスルーもできたのに話しかけてきてくれたのでもういい人評価です」
「ほほーははは、判断が早いねー」
いや待った、この人はうちの母かな?
それぐらいに雰囲気が似ている、髪が絶妙な長さなのも繋がっている。
「おーだけどきみちゃんにはファンがいるみたいだねー」
「え? あれ、三島ちゃん?」
「こ、こんにちは」
これはあれか、咲玖君の周りに友達ばかりがいて近づけないから探していた……なんて考えるのは自分に甘すぎるか。
実は彼女も年上が好きなのかもしれない。
意外といま目の前にいるような人と付き合い始めちゃったりしてね。
「鳥越由良、きみちゃんは?」
「私は辻本凪で、この子は三島茉莉ちゃんです」
余裕があるなら一緒にいたいけど可能なのかな。
一応まだ十一月とはいっても私達のそれと先輩達のそれじゃ違う気がする。
「なるほどね、また会おう」
「はい、失礼します」
なんかこれだと私がそういう存在を探しに来たみたいだな。
まあ、別になにか削れているわけじゃないからいいか。
「咲玖君だよね、いまからいこっか」
「は、はい」
彼女は咲玖君に興味ありありか。
年上好きのあの子をなんとかできるぐらいの魅力があれば、という感じ。
可愛いは私からすれば最強なものの、それだけじゃどうにもならないときだってあるだろうから。
あれ、なんだ突っ伏しているだけか。
席の前に立って少し考え込んでしまったけどもう昼休みもそんなに残っていないから彼女のためにも起こすことにした。
「あ、凪か、おはよう」
「今日はどうしたの? いつもは咲玖君が聞いてくる側なのに」
「暇だったからかな――っと、もしかしてそのせいで茉莉ちゃんが……?」
ああうん、こうして全て言わなくても分かってくれるところはいいね。
あとね、年上ばかりの教室で不安なのか彼女がこっちの袖を掴んできてくれているところが可愛かった。
そこは彼に頼るわけじゃないんだって一人ほわほわしている。
「うん、わざわざ上階まで来てくれたんだよ? 三島ちゃんからすれば私達の階にも来ていたわけだから大冒険だよ」
「それはごめん……でも、凪はどうして?」
「そんなの君が年上好きだって言っていたから探してあげようとしたんだよ」
結果、私だけが得することになっただけだけど。
「えっ、い、いいよそんなのっ」
「そう? 私もお世話になっているから私なりに返そうとしたんだけどね」
「そういうのは友達に頑張ってもらうことじゃないからね、年上の彼女さんが欲しいなら自分で頑張るしかないんだよ」
いやでも、本人にその気がないなら変に応援するのも危険だろう。
こういうことを彼女の前でだけ隠して仲良くしてこようとしているわけじゃないし、いま実際のところどうなのかを知ることができるのは大きいはずだ。
「っと、私ばっかり喋っていたらアレだよね。三島後輩、どうぞ」
「今日もお友達に頼まれまして」
「三島後輩の友達は積極的だねえ」
それなりに好かれやすい男の子だけどこんなことは初めてだ。
尾行をしてみたら実は熱烈にアピールをしていたのは彼女、みたいになりそう。
「でもさ、それだと三島ちゃん的に使われているみたいで嫌じゃない? 咲玖君じゃないけど興味があるなら自分で動かないと」
「私もその子にはお世話になってきているので動けることが嬉しいんです」
「かー可愛い子だねっ――よしっ、咲玖君は持っていきな!」
時間を重ねてみればどうなるのかなんて誰にも分からない、年上好きーの彼が後輩好きーになるかもしれないんだ。
「わ、私は辻本先輩にも来てもらいたいですっ」
は? なにこの可愛い生き物。
なにをどうすればこうなるのか、参考にしたいから細かく教えてもらいたいところだ。
「ねえいまの見た? 必死なところが滅茶苦茶可愛かったんだけど」
「はは、茉莉ちゃんは早くも凪のことを気に入っているのかもしれないね」
ああでもそうか、当たり前だけどなにも私が特別というわけじゃない。
友達が彼と過ごすということはその間は約束でもしていない限りは彼女一人、だから知っている人でもいてくれればマシというやつだろう。
「あ、そうだ猫を見に来ない? ――ほら見て、トビーって名前の男の子なんだけど」
「可愛いですね」
「うん、可愛いの」
ただ、学校にいこうとすると付いてこようとすることが危険だった。
外で暮らしていた子だからぱーっと出て、そのまま帰りませーんなんてことになりかねない。
「で、でも、お友達はやっぱりまだ横尾先輩と二人きりだと緊張してしまうみたいなので……」
「なるほどね。分かった、じゃあ付いていくよ」
「ありがとうございます!」
この子は天使か?
白い羽が生えてふわふわ浮かびだしても違和感を抱かないぐらいにはそのように見えた。




