第6話 ロック鳥からの贈り物
「西門の外でロック鳥が降りた! グリフォンの囲いのすぐそばだ!」
兵士の声が冒険者ギルドに響いた。
ざわめきが一瞬で広がり、テーブルにいた冒険者たちが立ち上がる。腰の剣へ手を伸ばす者もいたが、俺は受付の上に置かれた登録用の銀板から手を離した。
左腕に止まっていた蒼冠鷹が、落ち着いた声を頭の中へ届けてくる。
『来た』
「俺に会いに?」
『そう』
やっぱりか。
《猛禽寵愛》。
蒼冠鷹が初対面から俺の腕へ降り、今も好き好んでついてきている以上、効果を疑う段階はもう過ぎている。
猛禽や、それに近い魔獣から強い好意を向けられる。
しかも意思疎通までできる。
それなら、わざわざ町の門前まで降りてきたロック鳥の目的も分かりやすい。
「大丈夫です。俺に会いに来たみたいです」
兵士が目を剥いた。
「何で分かるんだ!?」
「こいつが教えてくれました」
蒼冠鷹を示す。
兵士は俺と蒼冠鷹を見比べたが、理解が追いつかなかったらしい。
受付のミラが先に動いた。
「隼人、行くわよ」
「登録は?」
「ロック鳥を門前に待たせたまま、のんびり続けられると思う?」
「それもそうですね」
エルドも立ち上がる。
「俺も行く。お前一人に任せて、あとで『実はロック鳥も相棒になりました』なんて聞かされたら心臓に悪い」
「相棒になるとは言ってませんよ」
「グリフォンと蒼冠鷹を連れてる男の台詞じゃ信用できん」
ひどい言われようだった。
俺たちは兵士についてギルドを出た。
◇
西門へ近づくにつれて、町の様子が変わった。
門へ向かう通りから人が減り、代わりに槍を持った兵士が増えている。
店先の商品を片づける商人もいれば、子供を家へ入れる親もいた。
「ロック鳥って、そんなに危険なんですか?」
俺が訊くと、エルドが歩きながら答えた。
「成体ならA級指定だ。グリフォンとは強さの質が違う。あっちは空から大型の獲物をさらう。家畜だけじゃなく、荷馬車を引いてる馬角獣を掴んで持っていく個体もいる」
「なるほど」
町からすれば、岳とは別の意味で厄介らしい。
だが俺自身は、ロック鳥そのものを怖いとは感じていなかった。
視界に入っていなくても、こちらへ向けられている感情が何となく分かる。
敵意はない。
むしろ、蒼冠鷹が俺を見つけた時とよく似ている。
会いたい。
近くへ行きたい。
それだけだ。
西門を抜けたところで、巨大な鳥が見えた。
「……これは、でかいな」
思わず声が漏れた。
鷲によく似た姿をしている。
黒褐色の羽毛に覆われ、地面へ立った状態でも頭の位置は人間より遥かに高い。折り畳んだ翼だけで、俺の身長を超えるほどあった。
翼を広げれば十メートルどころでは済まないだろう。
鉤爪も異常に大きい。
鹿程度なら、そのまま掴んで飛べそうだ。
そして、そのロック鳥から二十メートルほど離れた囲いの中に岳がいる。
俺を見つけた岳が顔を上げた。
『遅かったな』
「何もされてないか?」
『見れば分かるだろう』
「念のためだ」
『そいつはお前を待っていただけだ。俺には興味がないらしい』
少し面白くなさそうなのは気のせいだろうか。
ガレスがこちらへ来た。
「隼人。来たか」
「はい。攻撃してませんよね?」
「していない。こっちが近づかなければ、向こうも何もしない。岳とも睨み合ってるだけだ」
『睨み合ってはいない』
「岳は睨み合ってないって言ってます」
ガレスが一瞬黙った。
「……そうか」
「ロック鳥は俺に会いに来ています。近づきますね」
「待て。お前、本当に――」
「大丈夫です」
今度は迷わず言った。
「《猛禽寵愛》の効果です。こいつは俺を襲いに来たわけじゃありません」
ガレスが俺を見る。
その後ろには十数人の兵士。
大型の弩まで用意されている。
町を守る側なら当然だ。
「弩だけ下げてもらえますか。向こうに敵意がないのに、こっちから刺激したくありません」
ガレスは少し考えたあと、兵士へ手を上げた。
「弩を下げろ。槍も構えるな。ただし持ったまま待機」
「隊長!」
「ここまで一度も襲ってない。まず隼人に任せる」
兵士たちが渋々武器を下げる。
それで十分だった。
俺はそのままロック鳥へ歩いていく。
十メートル。
五メートル。
巨大な金色の目が俺を追っている。
そこに恐怖を感じるより、むしろ懐かしい感覚があった。
猛禽は、目でよく語る。
地球にいた頃からずっと見てきた。
「俺を探してたんだって?」
ロック鳥が首を下げた。
『そうだ』
低く、よく通る意思が頭の中へ届く。
岳や蒼冠鷹とはまた違う。
声ではないのに、個体ごとに雰囲気がはっきり違うのが面白い。
「どこから来た?」
『山の向こう』
「結構遠くないか?」
『飛べば遠くない』
「それもそうか」
ロック鳥が一歩近づく。
俺の後ろで誰かが息を呑んだ。
俺は気にせず手を伸ばした。
「触るぞ」
『好きにしろ』
嘴の付け根近く、羽毛のある部分へ手を置く。
硬そうに見える表面とは違い、根元は意外なくらい柔らかい。
ロック鳥は目を細め、頭をさらに押しつけてきた。
「おい。力加減」
『弱いな』
「お前が重いんだ」
背後からガレスの声がする。
「……懐いてるな」
「そう言ったでしょう」
「分かっていても、実際に見ると別物だ」
それは以前にも似たことを言われた気がする。
この世界の人間にとって、猛禽系魔獣が人間へ自分から頭を差し出す光景自体が異常なのだろう。
「何で俺を探したんだ?」
『お前がいると分かった』
「どの辺りから?」
『空を飛んでいたら感じた』
「かなり離れてても?」
『山を越えてから強くなった』
なるほど。
《猛禽寵愛》には、こちらから触れた相手だけに発動するような制限はないらしい。
ただし、それなら世界中の猛禽が集まってきてもおかしくない。
そうなっていない以上、距離や個体差、感知できる範囲があるはずだ。
その程度の確認は、これから実際に付き合っていけば分かる。
「それで、俺の顔を見に来ただけか?」
『それもある』
「他にも?」
ロック鳥が身体を横へずらした。
その後ろに、大きな獣が横たわっている。
鹿に似た四足獣だ。
日本の鹿より一回り以上大きく、額には後方へ湾曲した灰色の角が二本伸びていた。
首は完全に折れている。
ロック鳥が仕留めて運んできたのだろう。
『持ってきた』
「俺に?」
『贈り物だ』
俺は思わず鹿らしき獣を見た。
かなり重そうだ。
「わざわざこれを?」
『お前にやる』
「ありがとう。助かる」
好意を向けられる能力なのだから、こういうこともあるのか。
俺は振り返った。
「俺への贈り物だそうです」
ガレスたちにはロック鳥の声は聞こえない。
だから、こちらから伝えなければ意味は分からない。
エルドが目を丸くした。
「贈り物?」
「はい。俺にくれるそうです」
そこでミラが鹿らしき獣を凝視した。
「ちょっと待って。あれ、山角鹿じゃない」
「知ってるんですか?」
「知ってるも何も、森の奥にいる大型獣よ。警戒心が強くて足も速いから、普通の狩人が狙って簡単に獲れるものじゃないわ」
ミラが近づき、角を見る。
「肉も売れるし、皮も使える。特にこの角は薬師や加工職人が買うわ」
「結構価値がある?」
「結構どころじゃないわよ。大きさにもよるけど、当面の宿代くらいなら余裕で出る」
思わぬところから生活費が降ってきた。
「ありがたいな」
『もっといるか』
「いや、今はこれで十分だ」
『必要なら獲る』
「その時は頼む」
ロック鳥は満足そうに目を細めた。
岳の声が飛んでくる。
『隼人』
「何だ?」
『俺も昨日、獲物を持ってきた』
「覚えてるよ」
『そうか』
「張り合ってないか?」
『何とだ』
「いや、いい」
それ以上は追及しないでおく。
岳は岳で、昨日から俺たちの食料を自分で確保している。
ロック鳥とは関係なく、ずっと俺の相棒だ。
「ところで、お前はこのあとどうする?」
ロック鳥へ訊く。
『戻る』
「巣があるのか?」
『ある』
「なら、無理についてこなくていい。この町の近くへ来るなら、次からは少し離れた場所に降りてくれると助かる」
ロック鳥が首を傾げる。
『なぜだ』
「お前が来ると、人間が大騒ぎする」
門の方を示す。
兵士たち、大型弩、遠巻きにこちらを見ている町の人間。
ロック鳥はしばらく眺めた。
『怖がっている』
「そういうこと」
『お前は怖がらない』
「俺には、お前が俺を好きだって分かるからな」
ロック鳥は少しだけ頭を下げた。
『なら次は遠くへ降りる』
「助かる」
『呼べば来るか』
「町にいる時ならな。毎回すぐ行けるとは限らないけど」
『分かった』
話はそれで終わった。
ロック鳥が翼を開く。
巨大な羽が風を孕んだ瞬間、周囲の空気が変わる。
「みんな、少し下がって!」
今度は危険だからではなく、単純に風圧が凄そうだった。
俺も距離を取る。
巨大な翼が一度、二度と地面を叩くように羽ばたいた。
草が寝る。
土埃が舞う。
ロック鳥の巨体が浮き上がり、そのまま一気に高度を上げていく。
地上ではあれほど大きかった身体が、空へ出れば驚くほど滑らかに動く。
翼を広げた姿は、素直に格好いい。
『速いな』
岳も空を見上げていた。
「お前も飛びたいか?」
『当然だ』
「翼が治ってからな」
『分かっている』
以前ならもう少し反論していたかもしれない。
実戦で一度翼を傷めたことで、岳自身も無理をする意味がないと理解しているらしい。
俺は空の小さな影が山の向こうへ消えるまで見送った。
◇
残された山角鹿をどうするかという問題は、ギルドで買い取ってもらうことで落ち着いた。
兵士四人が運ぼうとしたが、持ち上げるだけでも苦労している。
「岳」
『分かっている』
囲いから出た岳が、山角鹿の脇へ立つ。
頭と肩を使って台車へ載せると、それだけで終わった。
兵士たちが黙る。
「助かる」
『この程度ならな』
ミラが呆れたように岳を見る。
「A級グリフォンに荷物を載せてもらう人なんて初めて見た」
「岳が手伝ってくれただけです」
『その通りだ』
「岳もそう言ってます」
「何となく得意そうなのは見れば分かるわ」
そこまで表情に出ているらしい。
ガレスとは門前で別れた。
「隼人」
「はい」
「今後、ロック鳥が来ても今日みたいになるんだな?」
「たぶん猛禽系なら」
「たぶんじゃなく、技能名が《猛禽寵愛》なんだろう」
言われてみればその通りだ。
「そうですね。猛禽なら好意を向けられます」
「……随分あっさり言うな」
「そういうスキルなので」
変に難しく考えても仕方がない。
俺が猛禽に好かれる。
それだけだ。
「ただし、町へ迷惑をかけないようにはします」
「そこは頼む。今日みたいに話が通じるなら、こっちも無駄に武器を向けたくない」
「分かりました」
「それと岳は今日はまだ囲いに置いておけ。町の上が落ち着くまでな」
俺は岳を見る。
『構わん』
「岳もいいそうです」
「……そのうち俺も慣れるのかね」
「たぶん」
「それは本当に『たぶん』だろうな」
ガレスが苦笑した。
◇
冒険者ギルドへ戻る頃には、話がかなり広まっていた。
「ロック鳥を撫でた男ってあいつか?」
「グリフォンの次はロック鳥?」
「腕の鳥も蒼冠鷹だろ?」
視線が集まる。
俺は今さら隠す気にもなれなかった。
「目立つな」
『私は目立つ』
左腕に戻ってきた蒼冠鷹が胸を張る。
「自覚あるのか」
『綺麗だから』
「お前も岳と似てきたな」
エルドが横で笑う。
「元からじゃないか?」
「そうかもしれません」
受付へ戻る。
ミラは山角鹿を裏の解体場へ回すよう職員へ指示すると、途中だった銀板を俺の前へ戻した。
「今度こそ登録を終わらせるわよ」
「お願いします」
「まず確認。名前は神代隼人、二十三歳、人間。技能は《山野生存》《狩猟》《解体》が高評価。そして固有技能《猛禽寵愛》」
「はい」
「もう意味を聞く必要はなさそうね」
「さっき実演しましたからね」
「町の外でA級魔獣相手にね」
ミラが疲れたように息を吐く。
「冒険者は最低位のF級から始まる。依頼をこなして実績を積めば上がる。強ければ自動で高位になるわけじゃない」
「その方がいいです」
「意外ね。今の話を聞くと、自分ならもっと上だと言い出す人もいるけど」
「依頼の受け方も、この世界の常識も知らない人間を上に置く方が危ないでしょう」
ミラが一瞬こちらを見る。
「その考え方なら、登録しても問題なさそう」
銀板に淡い光が走る。
文字が刻まれた。
『神代隼人』
『冒険者階級:F』
「これが冒険者証。身分証としても使える。ただし紛失したら再発行料がかかるから気をつけて」
「ありがとうございます」
俺は銀板を受け取った。
異世界で初めて手に入れた、まともな身分証だ。
「それからお金」
「持ってません」
「やっぱりね」
「この国の金は初めて見るので」
ミラの目が少し細くなったが、深くは聞かなかった。
「山角鹿は今査定中。あれなら当面困らない程度にはなる。それ以外に売れるものは?」
「ああ、あります」
ザックから布包みを取り出す。
転移した日の夜に襲ってきた、狼に似た魔獣の背中から外した黒い板だ。
「森で襲われた奴から取ったんですけど」
ミラが包みを開く。
「甲背狼の背甲ね」
「甲背狼っていうんですか」
「D級魔獣。群れで行動するから、討伐では頭数によって危険度が上がる。何頭いたの?」
「六頭です」
「六?」
「岳と二人で対応しました。二頭倒したら残りは逃げました」
ミラが俺を見る。
次に、今できたばかりの冒険者証を見る。
Fの文字がある。
「……本当にF級なのよね」
「さっき登録したばかりなので」
「そういう意味じゃないわよ」
横でエルドが声を殺して笑っている。
「背甲は売れますか?」
「売れる。防具の補強材になるから需要はある。ただ一枚だけなら山角鹿ほどにはならないわ」
「十分です」
宿代と食事代が確保できれば、今はそれでいい。
問題は岳だ。
「この町に、岳と一緒に泊まれる場所ってあります?」
ミラが即答した。
「ない」
「やっぱり」
「A級グリフォンが入れる宿なんて、あると思う?」
「一応聞いただけです」
「馬小屋ですら断られるわよ。そもそも他の馬が逃げる」
それは門外の囲いですでに確認済みだ。
「じゃあ町の外で野営します」
「迷いがないわね」
「山なら慣れてますから」
「技能欄を見る限り、本当に困らなさそうなのが余計に面倒ね……」
ミラが少し考える。
「そういえば、町の北西に古い狩人小屋がある」
「狩人小屋?」
「森へ入る狩人が昔使っていた場所。町から徒歩で一時間もかからない。近くに沢があって、周囲も開けてる。ただ、何年か使われてないはずだから状態は保証できない」
条件としては悪くない。
むしろ岳がいることを考えれば、町中の宿より都合がいい。
蒼冠鷹や、今日みたいにロック鳥が訪ねてきても、門前を大騒ぎさせずに済む。
「所有者は?」
「そこを確認しないと駄目。昔の持ち主は亡くなってる。今は町の管理に戻ってる可能性もあるから、明日調べてあげる」
「お願いします」
ミラは俺の左腕を見る。
「その蒼冠鷹も一緒に住むの?」
訊くまでもなかった。
『住む』
「本人はそのつもりらしいです」
「……本当に本人って言うのね」
「意思があるので」
蒼冠鷹が満足そうに羽を整える。
「岳も一緒。こいつも一緒。町に近くて、水があって、周りに人が少ないならかなり助かります」
「その条件を聞くと、普通の冒険者より猟師みたいね」
「元々、そっちの方が近いです」
冒険者になったからといって、剣を持って魔物を倒して回るつもりはない。
俺ができることは、山で生きること。
獲物を追うこと。
痕跡を見ること。
そして、猛禽たちと意思を通わせること。
この世界でそれがどれだけ役に立つのかは、これから分かる。
俺は冒険者証をザックへしまった。
異世界へ来て、まだ二日。
岳はグリフォンになり、蒼冠鷹が俺についてきて、今度はロック鳥から獲物まで贈られた。
帰る方法は何も分からない。
それでも、水も食料も確保できる。
金も手に入りそうだ。
身分証もできた。
次は、岳と落ち着いて眠れる場所を作る。
「まず岳を迎えに行ってきます」
俺が立ち上がると、エルドが笑った。
「本当にグリフォンを家族みたいに扱うんだな」
「家族ですよ」
俺にとっては、それが一番説明しやすかった。
姿がどれだけ変わろうと、岳は岳だ。
その事実だけは、異世界へ来ても何も変わっていない。




