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『長野の鷹匠、愛鷹と異世界転移したらグリフォンになっていた ~スキル《猛禽寵愛》でロック鳥もヒポグリフも俺に懐く~』  作者: あちゅ和尚


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第30話 ワイバーンは一頭じゃなかった

 D級へ上がった翌朝、ギルドへ顔を出すと、ミラは受付の上に北側の地図を広げていた。


「昨日のワイバーンについて、北の放牧地と二つの村から追加の報告が入ったわ。人的被害はまだ出ていないけれど、一頭がたまたま通り過ぎただけとは考えにくくなってきた」


 俺は地図の前へ立つ。


 見張り塔よりさらに北側、山裾にある放牧地へ印が付いている。


「家畜の被害まで続いているなら、同じ個体があの辺りを狩り場にしている可能性はありそうですね」


「三日前から山羊が二頭いなくなってる。それとは別に、昨日の夕方には大型の飛行魔獣を二頭同時に見たという牧童もいるわ。遠かったから種類までは断定できないそうだけど、片方はワイバーンらしい姿だったって」


 二頭。


 昨日見たのは一頭だった。


「それなら、見張り塔の補修を続ける前に北側の空を確認した方がよさそうです。岩翼鷲なら、俺たちより前からあの辺りを見ているでしょうし」


「石工たちには今日は待ってもらってるわ。塔そのものを襲う気がなくても、工事中に複数のワイバーンが近づいたら避難が間に合わないでしょうから」


「分かりました。今日は討伐を前提にせず、数と行動範囲の確認を優先します。危ないと思ったら、それ以上は近づきません」


「それでお願い。岳がA級でも、あなた自身はまだD級なんだから、B級相当のワイバーンが複数いる場所へ突っ込むような真似はしないでね」


「そのつもりはありません。岳が強いことと、無茶をしていいことは別ですから」


 ミラはそれを聞いて頷いた。


 階級が一つ上がっても、山の危険が一つ減るわけじゃない。


 そこを勘違いするつもりはなかった。


     ◇


 西門の外へ出ると、岳はいつもの草地で待っていた。


「昨日のワイバーン、一頭じゃない可能性が出てきた。今日は北側を見に行くけど、こっちから戦いを始めるつもりはない」


『何頭いても同じだ』


「そこは同じじゃない。お前がA級でも、B級相当が何頭もいる場所へ好き好んで入る理由はないだろ」


 岳は一瞬だけ黙った。


『それはそうだ』


「一頭だけ向こうから来るなら対処する。でも群れがいるなら、まず状況を持ち帰る。それでいい」


『分かった』


 以前より話が早い。


 瑠璃にも、今日は岳から離れすぎないよう伝える。


「相手が大きいから、見つけても一人で追わなくていい。位置と数が分かれば十分だ」


『見るだけにする』


「頼む」


 俺は岳の背へ跨がり、安全帯を締めた。


「行こう」


『行くぞ』


 朝の空へ飛び上がる。


     ◇


 見張り塔へ近づくより早く、岳が北側へ顔を向けた。


『岩翼鷲がいる』


 目を凝らすと、灰褐色の大きな影が尾根の向こうを低く旋回している。


 普段なら塔の頂上で風を待っている時間だ。


 こちらへ気づいた岩翼鷲は、すぐに高度を上げて近づいてきた。


『隼人。また来た』


「ああ。ワイバーンが増えてるかもしれないって聞いた。お前が見たことを教えてくれると助かる」


『増えた』


 返答は迷いがなかった。


「一頭だけじゃなく、何頭か見たってことだな」


『昨日のと違うのが来た。朝は三つ飛んでた』


「三頭が一緒に飛んでたのか」


『少し離れてた。でも同じ方へ行った』


 岩翼鷲が北を向く。


「前からこの辺りにいた奴らじゃないんだな」


『いなかった。最近来た』


 昨日の一頭だけなら、行動範囲を広げた個体が偶然流れてきたとも考えられた。


 三頭となれば話は違う。


「塔へ近づいた個体はいたか」


『一つ来た。追ったら逃げた』


「お前自身は怪我してないみたいだな」


『触らせてない』


「さすがだな」


 B級相当の岩翼鷲と、同じくB級が基準のワイバーン。


 少なくとも一対一なら、岩翼鷲が一方的に追い払われる関係ではないらしい。


 そして俺の下にはA級の岳がいる。


 通常のワイバーン一頭なら、必要以上に恐れる相手ではない。


 だからこそ、戦う必要がない時にまで戦わせる理由もなかった。


「岩翼鷲、最近そいつらが集まってる場所まで知ってるなら、遠くから見えるところまで案内してもらえるか。巣の中へ入ったり、追い回したりはしない」


『北の崖にいる』


「そこまで連れていってもらえると助かる」


『隼人も来るなら行く』


「もちろん一緒に行くよ」


 岩翼鷲が翼を傾けた。


     ◇


 見張り塔には降りず、そのまま北へ進んだ。


 山は次第に険しくなり、森の合間に灰色の岩壁が増えていく。


 岩翼鷲は横風の強い尾根を避け、山肌に沿って進んでいた。この土地で暮らしている個体だからこそ分かる飛び方なのだろう。


「岳、無理に同じ高さへ合わせなくていい。岩翼鷲を見失わない距離を保てれば十分だ」


『分かっている』


 瑠璃も今日は先行させず、俺たちの近くを飛んでいる。


 やがて岩翼鷲が速度を落とした。


『あそこ』


 谷の向こうに、高い崖が見える。


 中腹にはいくつもの岩棚が張り出していた。


 俺は距離を取ったまま目を凝らす。


「……いるな」


 一頭。


 下の岩棚に伏せている。


 さらに少し上へ一頭。


 崖の頂上近くにも、大きな影があった。


 三頭ともワイバーンだ。


 昨日見た個体と同じくらいの大きさに見える。


『もう一ついる』


 岩翼鷲が別の岩棚を示した。


 影が動く。


「四頭か」


 少なくとも、今見える範囲だけで四頭。


 巣らしい物は見えない。


 大量の枝も、卵も、雛もない。


 むしろ奇妙なのは、どの個体も落ち着いていないことだった。


 一頭は何度も北の空を見る。


 別の一頭は翼を半分広げたまま伏せている。


 群れで暮らしているというより、同じ場所へ逃げ込んでいるようにも見える。


「岳、もう少しだけ高度を上げてくれ。近づかなくていい」


『分かった』


 角度が変わる。


 そこで初めて、岩棚の一頭の翼が大きく裂けていることに気づいた。


「怪我してるな」


『あれだけではない』


 岳が言う。


 崖上の個体は尾の付け根に深い傷がある。


 もう一頭は背中の鱗が一部剥がれ、黒く乾いた血が残っていた。


「三頭とも古傷がある。昨日見た奴も傷を負ってたかもしれないな」


『朝、塔へ来たのも背中に傷があった』


 岩翼鷲が言う。


 つまり、ここにいるワイバーンの多くが怪我をしている。


 それだけでは原因は分からない。


 同士討ちかもしれない。


 狩りに失敗したのかもしれない。


 別の縄張りで争った可能性もある。


「まだ何かに追われてきたと決めるのは早いな」


『でも前はいなかった』


「ああ。最近になって複数のワイバーンが移ってきた。それだけは確かだ」


 地図へ位置を記す。


 今はそれでいい。


     ◇


 戻ろうとした時、岩翼鷲が急に翼を広げた。


『来る』


 北ではない。


 後ろだ。


 振り返ると、一頭のワイバーンがこちらへ向かって飛んでいた。


 岩棚にいた四頭とは別なのか、そこから飛び立った一頭なのかは分からない。


 ただ、こちらへ向ける速度は明らかに速い。


「岳、まず離れる。向こうが止めるなら戦わない」


『分かった』


 南へ進路を変える。


 岩翼鷲もついてくる。


 瑠璃は指示する前から俺たちより高い位置へ移動した。


『上から見る』


「そのままでいてくれ」


 ワイバーンは追跡をやめない。


 距離が縮まる。


「ここまで追ってくるなら、こっちを追い払うつもりだな」


『なら返す』


「無理に殺す必要はない。戦うなら短く終わらせるぞ」


『分かった』


     ◇


 ワイバーンが翼を絞り、一気に速度を上げた。


 岳を狙っている。


「岳、正面で受けなくていい。そのまま左へ流してくれ」


『分かっている』


 距離が詰まる。


 ワイバーンの後脚が前へ出る。


 その爪が届くより早く、岳は翼を畳んで左へ身体を落とした。


 突進が空を切る。


 そして次の瞬間には、もう岳が上を取っていた。


 旋回速度が違う。


『遅い』


 岳が翼を一度打つ。


 大きな前脚がワイバーンの背へ落ちた。


 鈍い衝撃音。


「ギャアッ!」


 ワイバーンの身体が大きく沈む。


 岳は組みつかない。


 爪を入れた直後には距離を取っていた。


 俺は弓へ手を伸ばしたものの、まだ矢を番えなかった。


 必要がない。


 ワイバーンが向きを戻すより先に、今度は岩翼鷲が側面へ入った。


『私の場所に来るな!』


 灰褐色の爪が翼の付け根を掠める。


 ワイバーンが身体を捻る。


 岩翼鷲はそのまま反対側へ抜けた。


 岳がA級。


 岩翼鷲がB級相当。


 相手は通常ならB級のワイバーン一頭。


 二頭が連携するまでもなく、空での優劣ははっきりしていた。


「岳、追わなくていい。あいつが離れるなら、ここで終わりだ」


『まだ来るなら?』


「その時は俺も射つ。でも逃げるなら撃たない」


 ワイバーンは一度だけ岳へ顔を向けた。


 岩翼鷲も見る。


 さっきまでの勢いは消えていた。


 大きく鳴いたあと、北へ向きを変える。


 岳も岩翼鷲も追わない。


「それでいい」


『逃げた』


 岩翼鷲が不満そうに言う。


「追い返せたなら十分だよ。怪我させることが目的じゃない」


『でも私の場所に来た』


「また来たら、その時も近づくなって教えればいい。塔を取ろうとして居座るなら別だけど、今はそこまで分からないだろ」


 岩翼鷲は少し考え、ようやく翼を畳んだ。


『分かった』


     ◇


 見張り塔へ戻り、岳の身体を確認した。


 爪も牙も受けていない。


 翼の動きも問題ない。


「怪我なしだな」


『最初から言った』


「見るまでが確認だよ」


『昔から変わらない』


「お互い様」


 岩翼鷲にも傷はない。


 瑠璃は最後までワイバーンの攻撃範囲へ入らなかった。


「瑠璃もあれで正解。今日は相手の位置を見てくれるだけで十分だった」


『戦わなくてもいい?』


「身体の大きさが違いすぎる。お前には探索と伝令で助けてもらってるだろ。全員が同じことをする必要はないよ」


『分かった』


 そこで岳が北を見る。


『さっきの奴も傷があった』


「俺にはそこまで見えなかった」


『背中。俺が殴ったところとは別だ』


 岩翼鷲も頷くように首を動かした。


『今日、塔へ来たのも傷があった』


 やはり複数の個体が負傷している。


「気になるけど、北へ原因を探しに行くのはやめよう。四頭以上のワイバーンがいる場所へ、わざわざ入る必要はない」


『俺なら――』


「勝てるかもしれない、って話と、行く理由があるかは別だぞ」


 岳が少し黙る。


『分かった』


「それに岩翼鷲を当然の戦力として数えるつもりもない。ここを守りたい時に手伝うのは、こいつ自身が決めることだからな」


『私が決める』


 岩翼鷲がはっきり答えた。


「そういうこと」


     ◇


 リーベルへ戻ると、俺はそのままギルドへ向かった。


 ミラは、ワイバーンが四頭以上集まっていると聞いたところで地図を引き寄せた。


「昨日の一頭が迷い込んだわけではなかったのね。しかも複数が負傷しているなら、最近この山域へ移ってきた理由も調べる必要がありそうだわ」


「ただ、傷の原因までは分かりません。同士討ちかもしれないし、狩りの失敗かもしれない。北にもっと強い何かがいると決めつける材料には足りないと思います」


「その通りね。そこは推測としても記録しない方がいいでしょう」


 ミラは確認できた事実だけを書き込んでいく。


 北の崖に四頭以上。


 複数個体に古傷。


 岩翼鷲によれば最近になって現れた。


 一頭が岳へ攻撃。


 岳と岩翼鷲が短時間で追い払った。


「一頭との戦闘では、岳と岩翼鷲がかなり優勢だったのね」


「はい。俺は弓を使う必要もありませんでした。岳が一度背中へ入れて、岩翼鷲が翼を牽制したら、それで相手が退きました」


「なら通常のワイバーン一頭については、昨日のB級という評価で問題なさそう。ただし四頭以上なら話は別ね」


「俺も近づくつもりはありません」


「それでお願い。A級の岳がいても、B級が複数集まる場所へ突っ込ませる理由はないわ。それに岩翼鷲はあなたの戦力として数えるべき個体でもない」


「はい。塔を守るために自分で戦っただけですから」


 そこをミラが理解しているのはありがたい。


     ◇


「見張り塔の補修は、今日は止めてたんですよね」


「ええ。あなたの報告を聞くまでは待機させてた」


「今の状態なら、一階の工事だけ進めてもいいと思います。ワイバーン一頭なら岳と岩翼鷲で追い払えました。ただ、上階や屋外で人が長時間作業するのは、しばらく避けた方がいいです」


「それで決めるわ。空の様子が落ち着くまでは、一階と入口周りを優先してもらう」


「東への空便も、少し南へ迂回させたいです。北の崖へ近づかなければ、ワイバーンの集まってる場所からかなり距離を取れます」


「東の商人組合にも経路変更を伝えておくわ。距離が多少伸びても、安全性を優先した方がいい」


 ミラが地図へ新しい線を引く。


 見張り塔から南東へ膨らみ、山越えの谷へ戻る経路。


 直線ではない。


 それでも、何も知らずに狩り場のすぐ横を通るよりはいい。


「空を飛べるなら、どこでも真っ直ぐ行けると思ってましたけど、そう単純じゃないですね」


「地上に縄張りを持つ魔獣がいるなら、空にだっているでしょうね」


「飛び始めて、ようやく実感しました」


 何もないように見える空にも、生き物の都合がある。


     ◇


 報告が終わって席を立とうとすると、ミラが俺を呼び止めた。


「北側については、こちらから村や別のギルドへ照会を出すわ。ワイバーンが移動してきた時期と、その前に北で何か起きていないかを先に集める」


「その方がいいと思います。俺たちが直接北へ調べに行くより、まず人の情報を集めた方が安全です」


「情報が揃って、それでも現地確認が必要なら改めて依頼を出す。その時も、あなた一人に何もかも任せるつもりはないから安心して」


「お願いします」


「D級になったからって、急に北の山全部を背負われても困るのよ」


「俺も背負うつもりないですよ」


 ミラが笑う。


「ならいいわ」


     ◇


 西門の外へ出ると、岳が顔を上げた。


「ギルドには報告した。北へはまだ行かないことになった。まず、ワイバーンがいつから増えたのか情報を集める」


『四頭なら俺でも――』


「さっきも言ったけど、勝てる可能性と戦う必要は別だよ」


『分かっている』


「それならいい」


 岳は戦いたがっているわけではない。


 自分がどこまでやれるかを確かめたいだけなのだろう。


 その気持ちは分からなくもない。


 瑠璃が肩から飛び上がる。


『私は北へ行かない?』


「今は行かない。もし行くことになっても、お前を先に突っ込ませたりはしないよ」


『見るだけ?』


「見るなら、俺たちが安全を確かめられる距離からだ」


『分かった』


 最近、瑠璃も自分の役割をかなり理解してきた。


     ◇


 狩人小屋へ戻った頃には、夕方になっていた。


 岳は新しい寝床へ入る。


 瑠璃は横木へ止まる。


 俺は小屋の中で地図を広げ、北の崖へ印を付けた。


 ワイバーン、四頭以上。


 最近移動。


 複数個体に古傷。


 確認できたのは、それだけだ。


 原因までは書かない。


 分からないものへ、それらしい理由を付けるのは簡単だ。


 だが山で足跡を読む時も、早合点は危険だった。


 獣の足跡が一方向へ続いているからといって、何かに追われているとは限らない。ただ餌場を変えただけかもしれない。


 今のワイバーンも同じだ。


 北にもっと強い魔獣がいる。


 縄張りを追われた。


 何か大きな異変が起きている。


 どれも考えることはできる。


 ただし、まだ事実ではない。


 今は情報を増やせばいい。


「焦る必要ないな」


『飯は急いでほしい』


 外から岳の声が届く。


「真面目に考えてるところなんだけど」


『腹が減った』


「分かったよ」


 地図を畳む。


 今日は岳も岩翼鷲も働いた。


 瑠璃もちゃんと指示を守った。


 肉を少し多めにしてもいいだろう。


『私も多い?』


 瑠璃が窓から顔を覗かせた。


「多めにするから、二頭とも少し待っててくれ」


『分かった』


 火を起こす。


 北の空で何が起きているのかは、まだ分からない。


 ただ、一つだけ昨日とは違う。


 ワイバーンは一頭ではなかった。


 そして、それを知ったからこそ、軽々しく先へ進まないという選択ができる。


 空の道を広げるなら、飛べる距離だけを伸ばせばいいわけじゃない。


 戻れる道と、近づかない場所を知っておくことも必要だ。


 地図の北側へ付けた印を思い出しながら、俺は岳たちの肉を火へ載せた。




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YouTubeでショート動画作ってみました


https://youtube.com/shorts/spSkAdkT0sE?si=_5PpM7nCYZM6czxo

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