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『長野の鷹匠、愛鷹と異世界転移したらグリフォンになっていた ~スキル《猛禽寵愛》でロック鳥もヒポグリフも俺に懐く~』  作者: あちゅ和尚


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第29話 D級冒険者と空の竜

 東の町まで初めて荷を届けた翌朝、冒険者ギルドへ顔を出すと、ミラは俺の冒険者証を受け取ったまま、なかなか返してくれなかった。


「何か問題でもありましたか?」


「問題じゃなくて、上げるの」


 ミラは受付の奥から登録用の銀板を取り出し、俺の冒険者証を重ねた。


「昨日の東商人組合から正式な完了報告が届いたわ。荷物も書類も問題なく到着して、その日のうちに返送品まで持ち帰った。向こうからの評価もかなり高い」


「それはよかったですけど、何を上げるんです?」


「冒険者階級。今日からD級よ」


「もうD級ですか?」


 F級で登録したのが、ずいぶん昔のように感じる。


 実際には、この世界へ来てからそれほど経っていない。


「早いのは確かね。でも、遭難者の捜索と救助、緊急の薬輸送、街道の調査、魔獣討伐、治療師の搬送、それに町を跨いだ依頼まで成功させてる。回数だけじゃなく、報告や判断も含めて問題なしという評価よ」


「岳や瑠璃に助けられてる部分も大きいですよ」


「それを適切に使えることも含めて、あなたの仕事でしょう。それに、危険を見つけたからって何でも自分たちだけで倒そうとしないところも評価されてるわ」


 銀板が淡く光り、冒険者証の表示が切り替わる。


『冒険者階級:D』


「これで受けられる依頼の範囲も広がる。ただし、階級が上がったから急に強くなったわけじゃないから、その辺りは今まで通り判断してね」


「そこは分かってます」


「あなたなら大丈夫そうだけど、一応言っておくのが仕事なの」


 ミラは冒険者証と一緒に、細長く畳まれた丈夫な布を差し出した。


「それと、こっちも」


「布ですか?」


「ギルドの識別章よ。岳の騎乗具に付けられるよう、馬具係に金具を付けてもらってる」


 広げると、中央に冒険者ギルドの紋章が縫い込まれていた。


「遠くからでも野生のグリフォンじゃないと分かるように?」


「そう。リーベルではもう岳のことを知ってる人が多いけど、東の町みたいに初めて行く場所では毎回そうはいかないでしょう。鞍だけでもかなり違うけど、正式なギルドの印があれば門兵側も判断しやすい」


「これは助かります」


 前に東の町へ行った時も、事前に連絡があったから騒ぎにならなかった。


 これから行動範囲が広がれば、連絡が間に合わない場所へ降りることもあるかもしれない。遠くから見て、少なくとも人間と行動する魔獣だと伝わる印がある意味は大きい。


「ただし、これを付けたからどこの町でも自由に入れるわけじゃないわよ。門の判断には従って」


「もちろんです。岳も人の多い町へ入りたがりませんし」


「それも知ってる」


 ミラが少し笑った。


     ◇


 西門の外へ戻り、岳の騎乗具へ識別章を取り付けた。


 翼の動きを邪魔しないよう、座面の後ろから短く垂らす。飛行中にばたつかない長さへ調整し、金具も二重に留めた。


『何を付けた』


「ギルドの印。これがあれば、知らない町でも野生のお前と間違われにくい」


『俺は野生ではない』


「それを知らない人間に見せるためだよ」


 岳は自分では見えない位置の布を気にするように首を回した。


『邪魔ではない』


「それならいい」


 瑠璃が近くの柵から飛んできて、識別章を覗き込む。


『私にはない』


「お前は町の中にも普通に入れるだろ。岳は大きいから必要なんだ」


『大きい』


『悪いか』


「誰も悪いって言ってない」


 朝から二頭が張り合い始める前に話を切る。


「今日は見張り塔へ寄って、備蓄を確認して帰る。昨日遠くまで飛んだから、仕事を詰め込むつもりはない」


『また休むのか』


「毎日長距離飛行して、お前の翼を壊したら意味ないだろ」


『壊れない』


「壊れてから言われても困るんだよ」


『昔から変わらんな』


「お互い様」


 岳へ跨がる。


 D級になったからといって、やることが急に変わるわけではない。


 今日もいつも通りだ。


     ◇


 北東へ進むと、旧道沿いでは地上の工事が少しずつ進んでいた。


 風倒木の区間では何本もの木が切られ、荷車が迂回できる道を作るため、斜面の土を均している人間が見える。


 大崩落の方にも調査用の縄が張られ、北側の岩盤へ何人か入っていた。


「本当に道が戻り始めてるな」


『人間はよく働く』


「お前も最近かなり働いてるぞ」


『肉が出る』


「理由はそこ?」


『仕事も嫌いではない』


「それを先に言ってくれ」


 瑠璃が少し前方を飛ぶ。


 今日は探索を頼んでいるわけではないので、俺たちから大きく離れることはない。


 見張り塔が近づいたところで、様子が変わった。


 いつもならこちらを見つければ飛んでくる岩翼鷲が、塔の頂上にいない。


「珍しいな」


『空にいる』


 岳が先に言った。


「見える?」


『北側』


 目を凝らす。


 尾根の向こうを、灰褐色の影が大きく旋回していた。


 遊んでいるようには見えない。


 高度を上げたり下げたりしながら、何度も同じ場所を見ている。


「岳、塔へ降りる前に少し近づいてみよう。ただし岩翼鷲の様子がおかしかったら距離を取って」


『分かった』


 進路を北へ振る。


 こちらへ気づいた岩翼鷲が、すぐに飛んできた。


『隼人』


「どうした? 何かいたのか?」


『大きいのが飛んだ』


「大きい鳥?」


『鳥じゃない』


 岩翼鷲の感情には、好奇心より強い警戒が混じっている。


「どんな姿だった?」


『長い尾。羽毛がない。翼が大きい』


 鉤翼蜥を思い出した。


 ただ、岩翼鷲の様子を見る限り、それだけではなさそうだ。


「鉤翼蜥くらいの大きさ?」


『もっと大きい』


「どっちへ行った?」


『東から来て、北へ飛んだ。山羊を持ってた』


 岳が空を見る。


『まだ近いかもしれない』


「追いかけるつもりじゃないぞ」


『分かっている』


「岩翼鷲、そいつはここへよく来るのか?」


『見たことない』


「初めて?」


『うん。だから見てた』


「ありがとう」


 初めて見る大型の飛行魔獣が、この周辺を通った。


 それだけなら一度の通過で終わる可能性もある。


 だが、ここはこれから俺たちが東西を行き来する空路になる。


 何が飛んでいるのかくらいは把握しておいた方がいい。


「岳、少し高く上がって周囲だけ確認する。深追いはしない」


『それでいい』


「瑠璃は俺たちから離れないでくれ。見つけても追わなくていい」


『分かった』


     ◇


 見張り塔の上空から高度を上げる。


 北側は険しい山が続いている。


 谷。


 岩壁。


 針葉樹に似た濃い色の森。


 大型の獲物が隠れる場所はいくらでもある。


「見えないな」


『匂いも遠い』


 岳が言う。


 風は北から南。


 相手が北へ行ったなら、匂いがこちらへ流れてきてもよさそうだが、もう距離があるのかもしれない。


『隼人』


 瑠璃が俺の左上から声を掛ける。


『鳥が逃げてる』


「どこから?」


『北東。いっぱい』


 視線を向ける。


 遠くの森から、小さな鳥の群れがまとまって飛び立った。


 そのすぐあとだった。


 山の稜線の向こうから、巨大な影が浮かび上がる。


「……あれか」


 鉤翼蜥とは明らかに違う。


 まず大きさが違う。


 岳よりも長い身体。


 後ろへ伸びた太い尾。


 前脚らしいものは見当たらず、巨大な翼がそのまま身体の前方から伸びている。


 羽毛はない。


 濃い褐色の皮膜が陽を受けて光った。


 後脚の爪には、岩翼鷲が言っていた通り、山羊に似た獣が掴まれている。


 巨大な飛行魔獣は俺たちへ向かってこない。


 山の稜線に沿って、西から北へ抜けようとしている。


『強そうだ』


 岳の声が低くなる。


「お前が言うなら、かなりだな」


『戦うのか』


「戦わない。向こうも俺たちを襲ってない」


 弓に手を掛ける必要すらない。


 まず見る。


 翼の幅。


 飛び方。


 高度。


 どちらへ向かっているか。


 岳と比べる。


 少なくとも小型の飛行魔獣ではない。


「瑠璃、ここから離れるな」


『うん』


 巨大な魔獣が、ふいに首をこちらへ向けた。


 距離はかなりある。


 それでも目が合ったような感覚がした。


 当然、《猛禽寵愛》から返ってくるものは何もない。


 鳥でも猛禽系魔獣でもない。


 あちらは数秒こちらを見たあと、進路を変えずに飛び続けた。


『気づいた』


 岳が言う。


「ああ。でも来ないなら、このままでいい」


 追わない。


 威嚇もしない。


 こちらの空を横切っただけで敵と決める理由はない。


 影はやがて山の向こうへ消えた。


     ◇


 見張り塔へ降りる。


 岩翼鷲もあとから戻ってきた。


『あれ』


「ああ。見たよ」


『知らない』


「俺も知らない」


 地図を広げ、飛んでいった方角へ印を付ける。


 もし一度きりなら、この印に大きな意味はない。


 何度も同じ場所で見かけるなら話は変わる。


「岩翼鷲、またあいつを見たら覚えておいてくれる? 追わなくていいから、どっちから来てどっちへ行ったかだけ知りたい」


『分かった』


「巣を探しに行く必要もないぞ」


『追わない』


「頼む」


 岩翼鷲に危険な偵察をさせるつもりはない。


 あいつはギルドの斥候でも、俺の配下でもない。


 ここで暮らしている鳥が、また見かけた時に教えてくれる。


 それで十分だ。


     ◇


 塔の備蓄を確認する。


 水はある。


 保存食も減っていない。


 毛布や救急用品も無事だ。


 石工たちの補修が始まれば、ここへ出入りする人間も増える。その前に、備蓄を使った時はギルドへ報告するという決まりを、入口へ書いておいた方がよさそうだ。


「今日は予定どおり帰ろう」


『あれを追わないのか』


 岳がもう一度確認する。


「正体も分からない。目的も分からない。山羊を狩って飛んでただけだ。そこで追いかけて戦いになったら、こっちから喧嘩を売ったのと同じだろ」


『それはそうだ』


「リーベルへ戻れば、姿を説明して名前くらい分かるかもしれない」


『強さも?』


「たぶんな」


『なら先に聞く』


「そういうこと」


 岳は戦いたいわけではない。


 自分と相手の力関係を知りたいだけなのだろう。


 昔から獲物や敵を見る目は冷静だった。


     ◇


 ギルドへ戻り、予定していた中継所の報告を済ませてから、俺は紙へ飛行魔獣の姿を簡単に描いた。


 絵が上手いわけではない。


 それでも、身体の形は伝えられる。


 前脚の代わりに大きな膜翼。


 太い後脚。


 長い尾。


 鉤翼蜥より遥かに大きい身体。


 山羊ほどの獲物を掴んだまま飛べる力。


 ミラは絵と説明を見比べていたが、途中から表情が変わった。


「これ、たぶんワイバーンよ」


「ワイバーン?」


「ええ。鉤翼蜥とは別物。こっちは竜種に近い大型の飛行魔獣よ」


「どのくらい危ないんです?」


「成体なら基本的にB級扱い。大きさや個体によっては、それ以上の危険度で扱われることもあるわ」


 なるほど。


 鉤翼蜥を見た時に想像した、いわゆるワイバーンという存在は、この世界にも本当にいたらしい。


「人を襲います?」


「積極的に町を襲う種類ではないけど、家畜や馬角獣を獲物にすることはある。縄張りや巣へ近づけば、人間だって普通に襲われるわ」


「見張り塔の辺りでは、岩翼鷲も初めて見たって言ってました」


「なら、今まであそこを縄張りにしてた個体じゃなさそうね」


「東から来て北へ抜けました。今日は山羊みたいな獲物を持ってただけで、俺たちには近づいてきてません」


「追わなかったのよね?」


「もちろんです」


 ミラが頷く。


「それで正解。D級になった日にB級へ喧嘩売って帰ってきたら、さすがに説教するところだったわ」


「階級が上がったからって、急に強くなったわけじゃないって、朝言われたばっかりですからね」


「ちゃんと聞いてたのね」


「聞いてますよ」


 ミラは地図へ、俺が見た場所と進路を書き込んだ。


「しばらく情報を集める。近くの村や冒険者から目撃情報が来てないか確認するわ」


「俺も岩翼鷲に、また見かけたら教えてくれるよう頼んでます。ただ、追わせるつもりはありません」


「それがいいでしょうね。岩翼鷲だってB級相当なんだから、無駄に危険へ近づける必要はないわ」


 そこは意見が一致した。


     ◇


「それと、朝の話に戻るけど」


 ミラが地図から顔を上げる。


「D級になったことで、今までより遠い地域の依頼も正式に受けやすくなったわ。東の町との仕事も、これからは毎回特別扱いせず処理できる」


「空便の仕事も?」


「ええ。ただ、あなたたちの場合は普通のD級依頼と性質が違うから、依頼票には飛行条件と重量制限を毎回書くことにする」


「その方が助かります」


「それから岳と瑠璃についても、登録内容を少し整理した」


 ミラが記録用の紙を見せる。


「岳はあなたの《相棒》として同行。瑠璃は自分の意思で行動を共にする協力個体。銀嶺は野生個体で、必要な時に協力することがあるだけ。所有や使役としては扱わない」


「それが一番近いです」


「ロック鳥も同じね。あなたのものじゃない」


「はい」


 そこは大事だった。


 懐かれている。


 話ができる。


 頼めば力を貸してくれることもある。


 だからといって、俺の所有物ではない。


「ギルド側でもそこを明確にしておかないと、銀嶺や岩翼鷲まであなたが自由に動かせると思う依頼人が出てきそうだから」


「それは困ります」


「でしょうね」


 ミラもそこは分かってくれている。


     ◇


 ギルドを出ると、岳は西門の外で待っていた。


 識別章の付いた騎乗具が、いつもより少しだけ目立つ。


『分かったか』


「さっきの奴?」


『ああ』


「ワイバーンっていうらしい。成体ならB級が基準だって」


 岳が少しだけ目を細めた。


『俺より下か』


「またそこ?」


『確認だ』


「個体によってはもっと危ないって言ってたぞ。それに級だけで勝敗が決まるわけじゃないだろ」


『知っている』


「ならいい」


 瑠璃が俺の肩から飛び上がる。


『ワイバーン、鳥じゃない』


「ああ。だから俺の技能も効かない」


『嫌い?』


「会っただけで嫌う理由はないよ。襲ってきたら別だけどな」


 岳もそれには何も言わなかった。


 正体が分かっただけで、今日のところは十分だ。


「帰るぞ。今日は予定より少し寄り道したし、明日はまた軽めにしよう」


『肉は?』


「D級の昇格祝いで少し多めに買った」


『D級はいいな』


「そこだけ聞くと、階級の意味がだいぶ違うな」


『私も多い?』


「瑠璃もな」


 岳の背へ跨がる。


 西門から少し離れたところで翼が広がった。


 D級になった。


 ギルドの識別章も付いた。


 東の町との仕事も、これから正式に増えていく。


 その一方で、空には鉤翼蜥より遥かに大きなワイバーンまで飛んでいる。


 行動範囲が広がれば、見えるものも増える。


 便利なことだけが増えるわけではない。


 それでいい。


 危険を知らないまま飛ぶより、どんな相手がいるか知っている方がずっといい。


 岳が空へ上がる。


 瑠璃が横へ並ぶ。


 俺は新しく付いたギルドの識別章が風の中で揺れすぎていないことを確かめてから、遠くの山を見た。


 あの向こうには、まだ俺たちの知らない空がある。


 だからこそ、焦らず一つずつ知っていけばいい。




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YouTubeでショート動画作ってみました


https://youtube.com/shorts/spSkAdkT0sE?si=_5PpM7nCYZM6czxo

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