第24話 空から地図を作る
商隊を見つけた翌朝、リーベルの冒険者ギルドへ行くと、受付の前に大きな紙が広げられていた。
「地図ですか?」
「そう。今日は捜索じゃなくて、これを頼みたいの」
ミラが紙の端を押さえる。
描かれているのはリーベル周辺だった。
町から伸びる街道。
川。
森。
村。
大まかな山並み。
ただし、北東へ行くほど線が曖昧になる。
「この辺、随分適当ですね」
「適当って言わないの」
「でも、山の形が途中で消えてますよ」
「古い地図なのよ。商人が使う主要街道は更新されてるけど、人がほとんど通らない山間部までは毎年調べないわ」
なるほど。
日本の地図みたいに、どこでも同じ精度で描かれているわけではないらしい。
「それを俺たちに見てこいと?」
「正確には、この旧道」
ミラの指が細い線をなぞった。
北東の丘陵から山間部へ入り、その先で東へ抜けている。
「昔は木材や鉱石を運ぶ道だったらしいんだけど、今はほとんど使われてない。ただ、最近また使えないかって話が出てるの」
「何で今になって?」
「東側の村からリーベルへ来る商人が増えたから。今の街道だと南へ大きく迂回するのよ」
「旧道が通れれば近い?」
「かなり」
ただし。
ミラは地図の北側を叩く。
「通れる状態なのか誰も分からない」
「なるほど」
「道が残ってるか。橋が落ちてないか。崖崩れがないか。荷馬車が通れそうな幅があるか。それを空から見てきてほしい」
「地図も作る?」
「できる範囲でね」
俺は地図を見る。
これは今までとは少し違う。
遭難者を探すわけでも、荷物を届けるわけでもない。
道そのものを調べる。
「面白そうですね」
「そう言うと思った」
「何でです?」
「最近、道ばっかり見てるから」
否定できなかった。
◇
門の外で岳と銀嶺に話す。
瑠璃は俺の肩から先に飛び降りた。
「今日は誰かを助けに行くんじゃない。道を調べる」
『道?』
銀嶺が首を傾げる。
「北東へ伸びてる古い道が、まだ使えるか見に行く。銀嶺には先を見てほしい」
『遠く?』
「ああ」
『行く』
返事が早い。
「ただし戻ってこられる距離までな。勝手に山を越え続けるなよ」
『分かった』
瑠璃にも言う。
「お前は道の近くを頼む。倒れた木とか、水が流れてる場所とか、上から分かる変なところを見つけてくれ」
『分かった』
「岳は――」
『お前を運ぶ』
「正解」
『昨日もそれだった』
「今日も一番大事な仕事だ」
『ならいい』
役割を説明する必要がほとんどなくなってきた。
◇
リーベルを出て北東へ向かう。
最初は畑と牧草地。
その先に低い森。
さらに向こうへ、山が重なる。
旧道はすぐに見つかった。
「これか」
地面を細い茶色の線が走っている。
使われていないとはいえ、完全に森へ戻ったわけではない。
ところどころ草に覆われているが、荷車が通っただけの幅は残っている。
俺は膝の上へ簡単な板を置き、その上で地図へ印を入れる。
「川、一つ目」
『右に小さい道』
瑠璃が言う。
「どこへ続いてる?」
『森の中』
「後で見る」
主目的は旧道だ。
全部に首を突っ込んでいたら終わらない。
岳が低めの高度を維持する。
高すぎると道の状態が分からない。
低すぎれば木々に遮られる。
地形を見るには、このくらいがちょうどいい。
「岳、少し左」
『分かった』
道の先で橋が見えた。
小さな川。
木造。
「降りるぞ」
◇
橋の近くには開けた場所があった。
岳から降り、歩いて確認する。
木は古い。
欄干の一部は壊れている。
ただし橋桁そのものは残っている。
「人なら渡れるな」
『荷車は?』
「今のままだと怖い」
岳が橋を見る。
「お前は渡らなくていいぞ」
『飛べる』
「知ってる」
橋板を踏む。
軋む。
腐って抜けるほどではないが、重量のある荷馬車を通すなら補修は必要だ。
地図へ書き込む。
《橋あり。歩行可。荷車は補修必要》
『隼人』
頭上から瑠璃。
「何かあった?」
『向こう、木がいっぱい倒れてる』
「道の上?」
『うん』
「行ってみよう」
◇
数分飛ぶと、瑠璃の言っていた意味が分かった。
「これはひどいな」
斜面の木が何本も倒れ、旧道を塞いでいる。
一本、二本ではない。
数十メートルにわたって幹と枝が重なっていた。
おそらく風倒木だ。
根ごと倒れている木が多い。
「荷車は無理だな」
『俺なら越えられる』
「道の話だよ」
『知っている』
「なら言うな」
岳が少しだけ翼を揺らす。
笑っているように見える。
ここも地図へ印を付ける。
ただし、迂回できる場所があるかもしれない。
「瑠璃、左右を見てくれ。荷車が通れそうな場所があるか」
『見る』
「銀嶺は?」
空を見る。
姿がない。
「少し先かな」
『戻る』
声が届いた。
しばらくして灰白色の影が山側から現れる。
『道、なくなる』
「どこで?」
『山の間。土が落ちてる』
「大きい?」
『大きい』
「その先は?」
『道、またある』
「崩れたところだけ切れてるのか」
『うん』
それなら旧道そのものは残っている。
問題は、どれだけ直せば使えるかだ。
◇
倒木の区間には、南側へ少し下れば迂回できそうな緩い場所があった。
ただし道はない。
木を何本か切り、地面を均す必要がある。
「ここなら作れるかもしれない」
地図へ線を追加する。
岳が俺を見た。
『作るのか』
「俺が作るわけじゃない」
『最近、道ばかり直している』
「俺は見つけてるだけだ」
『似たようなものだ』
「全然違う」
再び飛ぶ。
山へ近づくほど、道は荒れていった。
草が伸びる。
路肩が崩れる。
小さな沢が道を削っている。
それでも完全には消えていない。
昔かなり使われていたのだろう。
石を敷いた跡まで残っている場所がある。
「これ、直す価値ありそうだな」
『何がだ』
「一から道を作るより、昔の道を直す方が早い」
『人間は昔のものを使うのか』
「使えるならな」
『巣と同じだな』
「まあ……近いかもしれない」
猛禽の感覚だと、そういう理解になるらしい。
◇
昼近くになった頃、山間へ入った。
銀嶺が言っていた崩落地点が見える。
「うわ」
旧道の一部が完全に消えていた。
山側から土砂が落ち、道ごと谷へ押し流している。
幅は三十メートル以上。
下には急な斜面。
「ここは簡単じゃないな」
『飛べばいい』
銀嶺が言う。
「荷車は飛べない」
『岳が運ぶ』
「荷車四台とか来たら無理だろ」
『何回も運ぶ』
「そういう問題じゃない」
銀嶺は納得していない顔をする。
こいつらにとって、地上の道の重要性は分かりにくいのだろう。
「道を使う人は、毎回俺たちを呼べるわけじゃない。普通に通れる方がいいんだよ」
『なるほど』
今度は理解したらしい。
崩落の上へ回る。
斜面全体を見る。
少し北側に岩盤が露出している場所がある。
そこなら新しく道を通せる可能性はある。
ただし俺に土木工事の判断まではできない。
「ここは道路管理の人に見てもらうしかないな」
地図へ大きく印を付ける。
◇
そこで瑠璃が急に高度を上げた。
『隼人』
「どうした?」
『あそこ、四角い』
「四角い?」
『山の上』
指された方向を見る。
木々の間から、灰色の何かが覗いていた。
自然の岩にしては形が整いすぎている。
「岳、行ける?」
『行ける』
少し進路を外す。
山の尾根。
森に埋もれるように、石造りの建物があった。
「塔か?」
半分崩れている。
屋根もない。
高さは三階建てくらい。
周囲には低い石壁の跡。
人が住んでいる様子はない。
「旧道の見張り台かな」
近くへ降りる。
建物の入口は崩れていた。
中へ入る前に周囲を見る。
新しい足跡はない。
焚き火跡もない。
ただ、石壁の上だけ妙に白く汚れている。
「鳥の糞だな」
『鳥が来る』
瑠璃が言う。
「今も?」
『匂いがある』
銀嶺も石壁へ近づく。
『大きい鳥』
「分かるの?」
『羽がある』
地面に一本落ちていた。
拾う。
長い。
俺の前腕より少し長いくらい。
灰色に近い褐色。
岳でも瑠璃でも銀嶺でもない。
「知らない種類だな」
『私も知らない』
瑠璃。
『高原にはいない』
銀嶺。
岳も羽を見下ろす。
『俺も知らない匂いだ』
新しい猛禽。
そう決めるのは早い。
この世界には俺の知らない鳥がいくらでもいる。
「持って帰るか」
羽を傷めないよう、荷袋へ入れる。
塔そのものも地図へ記す。
尾根の上なら、遠くまで見える。
旧道を使っていた頃には、見張りや連絡に使われていた可能性が高い。
もし修理できれば、俺たちにとっても休める場所になる。
だが、それも今決めることじゃない。
「先へ行こう」
◇
旧道の東側へ抜けた。
山を越えると景色が変わる。
森が少し薄くなり、その先に広い盆地が見えた。
畑。
川。
点々とした集落。
さらに遠くには、俺がまだ行ったことのない大きな町らしい影まである。
「こんなところまで繋がってたのか」
『遠い町』
銀嶺が言う。
「行ったことある?」
『近くまで』
「やっぱりお前、かなり遠くまで飛んでるな」
『遠く、好き』
「知ってるよ」
地図では、この先は曖昧な線しかない。
実際の景色は、その何倍も広い。
俺たちが今まで飛んでいたのは、リーベル周辺のほんの一部だったらしい。
「今日はここまで」
『町まで行かないのか』
「仕事は旧道の調査だ。勝手に範囲を広げない」
『見えてるのに』
「見えてるからこそ、次に来ればいい」
岳が小さく息を吐く。
『やはり慎重だ』
「帰る場所があるからな」
昔なら、山で無理をしないのは当たり前だった。
異世界でもそこは変わらない。
◇
帰りは、行きより少し高く飛んだ。
道の全体像をもう一度見る。
橋。
倒木。
沢。
崩落。
見張り塔。
迂回できそうな場所。
一つずつ地図へ落としていく。
銀嶺には前方を。
瑠璃には近くを。
岳には安定した飛行を任せる。
三頭が揃うと、俺一人で見るより圧倒的に情報が多い。
だからこそ、全部を覚えようとしない。
紙へ残す。
「あとで道路管理の人に見せたら驚くだろうな」
『何に?』
「地図」
『紙だ』
「そうだけどさ」
岳には価値が分かりにくいらしい。
◇
リーベルへ戻ったのは午後だった。
ギルドの机へ地図を広げる。
ミラだけではなく、道路管理の男も呼ばれた。
「……ここまで見てきたのか?」
「頼まれた範囲は全部」
「一日で?」
「空からですから」
男が地図へ顔を近づける。
「橋は補修で使える。倒木区間は南へ迂回できそう。ここは沢が削ってる……」
指が崩落地点で止まる。
「ここが一番厄介ですね」
「ああ。だが北側の岩盤を使えるなら、新しく切り直せるかもしれん」
「上から見ただけなので、地上でも確認してください」
「もちろんだ」
さらに指が尾根の印へ移る。
「これは?」
「古い石塔がありました。たぶん見張り台です」
「残ってたのか」
「知ってるんです?」
「記録ではな。五十年以上前に使われなくなったはずだ」
「かなり崩れてます。でも尾根の上なので、見通しはいいです」
男が考え込む。
「旧道を復旧するなら、あそこも使えるかもしれんな」
「俺たちも、休憩場所にできるなら助かります」
ミラが俺を見る。
「空の休憩所?」
「岳たちが降りられる場所です。遠くへ行くなら、途中で休める場所がある方がいいでしょう」
言ってから、自分でも気づく。
いつの間にか。
リーベルの周りだけを飛ぶ話ではなくなってきている。
「それと」
俺は荷袋から羽を出した。
「塔の近くに落ちてました」
ミラが受け取る。
「大きいわね」
「三頭とも知らない鳥だそうです」
「三頭とも?」
「岳も瑠璃も銀嶺も」
道路管理の男も覗き込む。
「ギルドで分かる奴がいるか聞いてみるか」
「お願いします」
別に急ぐ話ではない。
ただ、少し気になる。
《猛禽寵愛》があるからではない。
鷹匠だからだ。
知らない羽を見れば、何の鳥か知りたくなる。
◇
その日の夕方。
小屋へ戻ると、銀嶺は高原へ帰ると言った。
『また来る』
「好きな時に来い」
『次は遠い町?』
「依頼があればな」
『依頼がなくても行けばいい』
「観光じゃないんだぞ」
『見るだけ』
「お前はそれでいいけど、俺には飯と寝床が要るんだよ」
『岳が運ぶ』
『なぜ俺なんだ』
「勝手に話を進めるな」
瑠璃が屋根へ降りる。
『遠いところ、面白い』
「お前までか」
岳は新しい寝床へ入る。
『隼人も見たそうだった』
「……まあな」
否定はできない。
山の向こうに町が見えた。
地図にはほとんど何も描かれていない土地。
その先に何があるのか。
気にならないわけがない。
「でも、一つずつだ」
『また慎重』
「そういう性格なんだよ」
銀嶺が翼を広げる。
『じゃあ、また』
「またな」
夕方の空へ飛び立つ。
灰白色の姿は、すぐに山の向こうへ消えた。
俺は小屋の前に立ったまま、しばらくその方向を見ていた。
最初は、この森で生き残れるかだけを考えていた。
次に町へ行った。
仕事をした。
空を使って、人や物を運ぶようになった。
そして今日。
初めて地図の薄い場所まで飛んだ。
この世界は、思っていた以上に広い。
岳と瑠璃がいる。
銀嶺もいる。
なら、いつか地図の端より先まで行ける。
そう思えること自体が、少し嬉しかった。
──────────────────
YouTubeでショート動画作ってみました
https://youtube.com/shorts/spSkAdkT0sE?si=_5PpM7nCYZM6czxo




