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『長野の鷹匠、愛鷹と異世界転移したらグリフォンになっていた ~スキル《猛禽寵愛》でロック鳥もヒポグリフも俺に懐く~』  作者: あちゅ和尚


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第18話 グリフォンで治療師を運ぶ

 リーベルの灯りが近づく頃には、日は完全に山の向こうへ落ちていた。


 二つの淡い月が昇り始め、街道と森の境目が青白く浮かんでいる。


「岳、寒くないか?」


『問題ない』


「瑠璃は?」


『平気』


 俺の方が寒いくらいらしい。


 昼と違い、高度を上げるほど空気が冷える。防寒用の上着を持ってきて正解だった。


 西門へ近づくと、城壁の上で松明がいくつも動いた。


「隼人だ!」


 こちらを知っている兵士の声が聞こえる。


 岳は門の外にある開けた場所へ降りた。


 地面へ着いた瞬間、待っていた兵士が駆け寄ってくる。


「治療師は治療院にいる。馬具も用意させてる!」


「助かります」


 俺は安全帯を外し、岳の背から降りた。


 門の内側から、三人の人影が急いで出てくる。


 一人は西門の兵士。


 一人は革帯や厚手の布を抱えた馬具係。


 そしてもう一人が、治療院から来た治療師だった。


 四十歳前後だろうか。


 厚手の外套の下に丈夫そうな服を着込み、大きな革鞄を提げている。


 俺たちを見ても足を止めなかった。


「神代隼人さん?」


「はい」


「アデル村へ飛べると聞きました」


「岳なら行けます。ただ、先に乗り方を確認させてください」


「構いません。患者は腹部を強く打っているそうです。出血が続いているなら急いだ方がいい」


 声は落ち着いている。


 巨大なグリフォンを目の前にしても、恐怖より仕事を優先している顔だった。


 俺は岳の首元へ手を置く。


「この人が治療師だ。俺の後ろへ乗ってもらう」


『分かった』


「岳も問題ないと言ってます」


 治療師が初めて少しだけ目を見開いた。


「本当に話せるんですね」


「俺にだけ返事が聞こえます。岳には俺から伝えます」


「分かりました」


 余計な説明はそれで終わった。


     ◇


 今の騎乗具は一人用だ。


 だからといって、一から作り直している時間はない。


 馬具係に見てもらいながら、後部へ厚手の毛布を畳んで固定し、その上へ治療師が座れる場所を作る。


 腹帯そのものへ無理な力が掛からないよう、既存の革帯を利用して幅広い補助帯を通した。


「腰だけ縛るのは駄目だ」


 馬具係が革を引きながら言った。


「急に身体が後ろへ持っていかれたら腹に全部掛かる。腰と胸の二か所だ」


「俺もそう思います」


 治療師にも実際に跨がってもらう。


 俺が前。


 治療師が後ろ。


 二人の間には僅かに隙間がある。


「前の俺へしがみつく必要はありません。この革輪を持ってください」


「ここですね」


「はい。身体は補助帯で支えます。岳の首や翼には絶対に手を出さないでください」


「分かりました」


「怖くなっても急に身体を左右へ倒さないこと。気分が悪くなったら俺に言ってください。岳へ伝えて降ります」


「患者のところへ着くまでは我慢します」


「我慢する必要はないです。途中で落ちられる方が困ります」


 治療師が僅かに笑った。


「それもそうですね」


 革鞄は背負わせない。


 岳の身体の横へ、二本の革帯で固定する。


 さらに一本、落下防止の紐を騎乗具へ取った。


 中身を失えば、人だけ早く着いても意味がない。


「岳、立ってみて」


 岳がゆっくり立つ。


 治療師の肩が一瞬強張った。


「まだ飛びません。そのまま座っててください」


「はい」


「岳、少し歩いて」


『行く』


 広場を一周する。


 後部の毛布はずれない。


 補助帯も身体へ食い込んでいない。


 鞄も揺れすぎてはいない。


 次に俺は空を見る。


「一度だけ低く飛ぶ。門の前を一周して戻ってくれ」


『それで満足するのか』


「確認できればな」


『なら行く』


「飛びます!」


 後ろへ声を掛ける。


「お願いします」


 岳が走った。


 治療師の手が革輪を強く握る。


 大きな翼が一度、二度と空気を打つ。


 地面が離れた。


「……っ」


 息を呑む気配はしたが、治療師は身体を動かさない。


 岳は城壁より低い高さを保ち、そのまま大きく一周する。


 補助帯に異常はない。


「岳、どうだ?」


『重くない』


「飛び方は?」


『問題ない』


 着地する。


 治療師が息を吐いた。


「大丈夫ですか?」


「正直、足が地面から離れた瞬間は怖かったです」


「それが普通だと思います」


「でも、これなら行けます」


 顔色も悪くない。


 俺は補助帯をもう一度確認した。


「行きましょう」


     ◇


 アデル村の位置は、出発前に地図で頭へ入れた。


 リーベルから北へ伸びる街道。


 途中から山側へ分かれる道。


 その先に村がある。


 地上なら崩落地点を避けて大きく迂回しなければならない。


 空なら関係ない。


「瑠璃、街道を見失わない程度に先へ出てくれ。何かあったら戻って知らせて」


『分かった』


 瑠璃が先に飛び上がる。


 俺も岳の背へ跨がった。


「出ます」


「お願いします」


「岳、行こう」


『行くぞ』


 翼が開く。


 今度は止まらない。


 岳が地面を蹴り、夜の空へ身体を持ち上げた。


     ◇


 昼間ほど高くは飛ばなかった。


 速さだけを求めて高く上がれば気温が下がるし、俺が地上の目印を拾いにくくなる。


 森の梢から十分な距離を保ちながら、北街道を下に見る。


 二つの月があるおかげで、完全な闇ではない。


 街道は森を割る細い帯として見えた。


 時折、民家の灯りが点のように浮かぶ。


「寒くないですか!」


 前を向いたまま後ろへ声を掛ける。


「大丈夫です!」


 返事はしっかりしている。


 岳の飛び方も普段より穏やかだった。


 急旋回を避け、翼を大きく使って姿勢を保っている。


「乗せてるの分かってるな」


『お前より慣れていない』


「よく見てる」


『身体が硬い』


 俺は少し笑った。


 治療師には岳の声は聞こえない。


「岳も、乗り慣れてないのが分かるみたいで、かなり飛び方を抑えてます」


「……気を遣わせてますね」


「岳なりに仕事してます」


『当然だ』


 返事は俺だけが聞いた。


 しばらく飛ぶ。


 地図では、前方で街道沿いの川が大きく曲がる。


 そこを越えた先で山側へ入ればアデル村だ。


 瑠璃が戻ってきた。


『土、崩れてる』


「どの辺だ?」


『道がなくなってる。人がいる』


 俺は治療師へ伝える。


「瑠璃が崩落地点を見つけました。人もいるそうです」


「村の人でしょうか」


「たぶん。上から位置を確認します」


 岳へ少し進路を振ってもらう。


 間もなく、松明の明かりがいくつも見えた。


 山肌が大きく崩れ、道を完全に埋めている。


 土砂だけではない。


 人の胴より太い木まで何本も巻き込まれていた。


 十人ほどの人間が、松明を手にして崩れた場所を見ている。


 地上から急いでも、あれを越えるのは簡単じゃない。


「迂回が必要ってのは本当ですね」


 治療師の声が後ろから聞こえる。


「はい。このまま村へ行きます」


 岳は崩落地点を越えた。


 数分もしないうちに、山裾の暗闇へ小さな灯りの集まりが見えてくる。


 アデル村だ。


     ◇


「瑠璃、先に降りられる場所を見てくれ」


『あそこ。広い』


 瑠璃が村外れの畑へ向かう。


 収穫を終えたらしい畑の一角に、十分な空きがある。


「岳、あそこへ」


『分かった』


 高度を落とす。


 村の中で犬らしい鳴き声が上がった。


 人々が戸口から出てくる。


 松明が動く。


 そして俺たちの姿に気づいた途端、何人かが立ち止まった。


「グリフォンだ!」


「待ってください!」


 俺は声を張った。


「リーベルから来ました! 治療師を連れてきています!」


 ざわめきが変わった。


「治療師?」


「町から!?」


「こっちだ! 怪我人はこっちにいる!」


 村人の一人が松明を振る。


 岳が畑へ降りる。


「まだ動かないでください」


 俺が先に安全帯を外す。


 地面へ降り、治療師の補助帯を順番に外した。


 治療師が岳の背から下りる。


 膝が僅かに揺れたが、倒れない。


「歩けます?」


「ええ」


 次の瞬間には革鞄を掴んでいた。


「患者のところへ案内してください」


 さっきまで空を飛ぶのが怖かった人間とは思えない切り替えだった。


     ◇


 怪我人は村の中央近くにある家へ寝かされていた。


 男だった。


 年齢は四十代くらい。


 顔色が悪い。


 額には汗が浮かび、呼吸も浅い。


 腹部には布が巻かれている。


 近くには村の薬師らしい老人が座っていた。


「倒木に挟まれたのは?」


「昼過ぎだ。胸から腹を強く押された。意識はあるが、夕方から腹が張ってきた」


 治療師が患者の横へ膝をつく。


「吐血は?」


「ない」


「血尿は?」


「一度、赤いものが出た」


「分かりました」


 外套を脱ぎ、革鞄を開く。


 瓶。


 包帯。


 金属製の細い器具。


 小袋に分けた薬。


 その手つきに迷いがない。


「隼人さん、明かりをもう一つこちらへ」


「はい」


 松明を受け取り、指示された位置へ置く。


 治療師が患者の腹へ手を当てた。


 目を閉じる。


 その掌に淡い光が集まった。


 俺が見るのは初めてだった。


「治癒術か……」


 村の薬師が小さく呟く。


 魔法らしい。


 だが、何でも一瞬で治るようなものではなかった。


 治療師の額に汗が浮かぶ。


 しばらくして手を離し、革鞄から一本の瓶を取り出した。


「深いところで出血しています。完全に塞げる状態ではありません。でも、まだ間に合う」


 家の中に張り詰めていた空気が僅かに動いた。


「本当ですか?」


 患者の家族らしい女性が声を震わせる。


「今夜を越えられるようにします。薬師さん、手を貸してください」


「ああ」


「この薬を半分。残りは一刻後。水は少量ずつ。吐いたらすぐ呼んでください」


 指示が飛ぶ。


 村の薬師がすぐ動く。


 俺がやることはもうない。


 邪魔にならないよう家の外へ出た。


     ◇


 岳は畑の端に伏せていた。


 村人たちは遠巻きに見ている。


 子供までいるが、誰も近づこうとはしない。


 俺は岳の横へ行く。


「お疲れ」


『終わったのか』


「治療中だ。間に合ったみたいだぞ」


『ならよかった』


 瑠璃が俺の肩へ降りる。


『あの人、大丈夫?』


「たぶん。治療師がまだ間に合うって言ってた」


『ならよかった』


 同じことを言う。


 俺は村の方を見る。


 土砂で道が塞がれただけなら、明るくなってから人手を集めればいい。


 だが、怪我は待ってくれない。


 地上から治療師が来ていたら、いつ到着したか分からない。


「岳」


『何だ』


「人を乗せるの、どうだった?」


『重さは問題ない』


「そうじゃなくて、飛びにくくなかったか?」


『お前一人よりは動きにくい。ただ、あの程度なら運べる』


「急旋回とかは?」


『しない方がいい』


「俺もそう思った」


 人を運べる。


 だからといって、普段と同じ飛び方ができるわけじゃない。


 乗る側の準備も必要だ。


 騎乗具も、二人用として使うならもっと手を入れた方がいい。


 それでも、できることは分かった。


 それだけで大きい。


     ◇


 一時間ほど経った頃、家の扉が開いた。


 治療師が出てくる。


 疲れた顔をしていたが、表情は険しくない。


 俺は立ち上がった。


「どうでした?」


「出血は抑えました。折れた肋骨もありますが、今すぐ命に関わる状態からは外せたと思います」


「よかった」


「本当に」


 治療師が岳を見る。


「あと少し遅かったら、かなり厳しかったです」


 その言葉に、胸の奥が少し重くなる。


 俺たちが特別な治療をしたわけじゃない。


 俺には腹の中の出血を止めることなんてできない。


 岳にもできない。


 瑠璃にもできない。


 ただ、必要な人を必要な場所へ運んだ。


 それだけだ。


 でも、その時間が命を分けることもある。


「今夜はここへ残ります」


 治療師が言った。


「状態を見たいので。朝まで安定していれば、その後は村の薬師さんに任せられます」


「分かりました。俺たちは?」


「リーベルへ戻ってもらって大丈夫です。ただ、ギルドへ到着したことだけ伝えてもらえますか?」


「もちろん」


 そこで瑠璃が俺の肩から治療師の革鞄を見る。


『運ぶ?』


「何を?」


『紙』


「ああ」


 以前、薬を運んだ時にも使った方法がある。


「治療師さん、短い報告を書いてもらえますか?」


「報告?」


「瑠璃に持たせれば、俺たちより先に町へ届けられます。人間の言葉は話せませんけど、書いたものなら渡せます」


 治療師が少し考え、頷いた。


「それならお願いします」


 紙に短く書く。


 アデル村到着。


 患者の処置完了。


 容体は安定。


 治療師は朝まで村に残る。


 それを折り畳み、俺が持っていた小さな革筒へ入れた。


「瑠璃、西門の兵士へこれを渡してくれ。受け取るまで帰ってくるなよ」


『分かった』


「夜だから無理に速く飛ぶ必要はない」


『見える』


「それでもだ」


『分かった』


 瑠璃が革筒を付けたまま翼を広げる。


 一度屋根へ上がり、方角を確かめた。


 そして月明かりの中へ飛び立つ。


 村人たちが無言でその姿を見上げていた。


     ◇


 家の中から、患者の家族が出てきた。


 さっきの女性だった。


 深く頭を下げる。


「ありがとうございました」


「治したのは治療師さんです」


「でも、連れてきてくださらなかったら間に合わなかった」


 返す言葉に少し迷う。


「岳が飛べたからです」


 俺が横にいるグリフォンを示す。


 女性は一瞬だけ身体を強張らせた。


 それでも逃げなかった。


 岳へ向かって、もう一度頭を下げる。


「ありがとう」


 当然、岳の返事は彼女には聞こえない。


『礼を言われるようなことか?』


「命を助ける手伝いをしたんだから、言われてもいいだろ」


 女性が俺を見る。


「岳は、何と?」


「本人は、礼を言われるほどのことかって」


 女性が少し笑った。


「では、私たちにとっては礼を言うことなんだと伝えてください」


「分かりました」


 岳を見る。


「だそうだ」


『なら受け取っておく』


「受け取るって」


 女性は今度こそ安心したように笑った。


     ◇


 二つの月は、さっきより高くなっていた。


 崩れた道はまだ塞がったまま。


 村が孤立している状況も変わっていない。


 それでも、昼間から苦しんでいた一人の男は、今夜を越えられるところまで戻ってきた。


 空を飛べることの意味を、俺はまた一つ知った。


 遠くを見るだけじゃない。


 薬を届けるだけでもない。


 必要な人間そのものを、時間ごと運ぶことができる。


「岳」


『何だ』


「帰ったら、鞍をもう少し改良しよう」


『また何か付けるのか』


「二人目が安全に乗れるようにする。今日のは応急処置だからな」


『重くするな』


「必要な分だけだよ」


『ならいい』


 俺は笑いながら、岳の首元を軽く叩いた。


 新しく作った寝床へ戻れるのは、もう少しあとになりそうだ。


 だが今夜は、それでいい。


 空を飛べる相棒がいる。


 その背に、人の命を救える誰かを乗せられる。


 それなら、飛ぶ理由としては十分だった。




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YouTubeでショート動画作ってみました


https://youtube.com/shorts/spSkAdkT0sE?si=_5PpM7nCY ZM6czxo

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