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『長野の鷹匠、愛鷹と異世界転移したらグリフォンになっていた ~スキル《猛禽寵愛》でロック鳥もヒポグリフも俺に懐く~』  作者: あちゅ和尚


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第14話 ヒポグリフの名は銀嶺

 リーベルの城壁が見えてきた頃には、俺たちはずいぶん妙な一行になっていた。


 回収した荷を背負った馬角獣。


 その手綱を取る御者。


 左腕を痛めた商人を背に乗せて歩く岳。


 その上空を行き来する瑠璃。


 そして岳の横には、灰白色のヒポグリフが当然のようについてきている。


『町、大きい』


 ヒポグリフが城壁を見上げた。


「初めて見るのか?」


『近くまで来たことはある。でも中には行かない』


「今日は外で待ってもらうことになると思うぞ」


『隼人も戻る?』


「ああ。商人さんを治療院へ送って、ギルドへ報告したら戻る」


『なら待つ』


「助かる」


 俺の横を歩いていた御者が、怪訝そうにこちらを見た。


「隼人くん、今そいつと話してたのか?」


「はい。町へ入らず、外で待ってくれるそうです」


「……こっちには何も聞こえないのに、普通に会話してるように見えるな」


「俺にだけ伝わるんです」


「不思議なもんだ」


 御者がヒポグリフへ目を向ける。


「それで、俺たちには襲ってこないんだよな?」


「俺と一緒にいる間なら、まず大丈夫です。ただ、知らない人が勝手に触るのはやめた方がいいでしょうね」


 ヒポグリフに確認する。


「お前、知らない人間に触られるのは?」


『嫌』


「やっぱり嫌だそうです」


「そりゃそうか」


 御者は妙に納得した顔をした。


 俺に懐いているからといって、人間なら誰でも好きになるわけではない。


 岳もそうだ。


 瑠璃もそう。


 《猛禽寵愛》で向けられる好意は、あくまで俺へのものだ。


『俺も知らない人間を乗せるのは好みじゃない』


 岳が言った。


 今まさに背中には商人がいる。


「岳は、知らない人を乗せるのは本当は好きじゃないそうです」


 俺が伝えると、岳の背にいる商人が苦笑した。


「今それを聞かされる俺の気持ちも考えてくれ」


「でも、怪我してるから今日は構わないって」


『そこまで言っていない』


「違うのか?」


『怪我人を置いていくよりはいいと言った』


「だいたい同じだろ」


「おい、今度は何だ?」


 商人が少し不安そうに訊く。


「岳としては、怪我人を置いていくより乗せた方がいい、くらいの感覚らしいです」


「なら十分だ。俺も好きでグリフォンの背に乗る日が来たわけじゃない」


『俺もだ』


「そこは伝えなくていいな」


 岳が不満そうに鼻を鳴らした。


     ◇


 西門が近づくと、城壁の兵士がこちらへ気づいた。


「岳だ!」


 声は上がる。


 ただし警鐘は鳴らない。


 鞍を付け、実際に人間を背へ乗せて歩く岳の姿は、すでにこの門では知られ始めていた。


 以前のように弓や槍が一斉に向けられることもない。


 ところが、すぐに別の声が飛んだ。


「待て! 横にヒポグリフがいるぞ!」


 兵士たちの視線が灰白色の個体へ集中する。


 さすがにこちらは野生だ。


 槍を構えこそしないものの、城壁の上に緊張が走った。


 俺は先に声を張った。


「昨日、高原で会った個体です! 俺に会いに来ただけで、敵意はありません!」


「またお前か!」


「俺です!」


 門上で何人かが笑った。


 笑われるようなことをした覚えはないが、反論もしづらい。


 西門守備隊長が門の内側から出てきた。


 まず岳の背の商人を見て、表情が変わる。


「怪我人か?」


「左腕を痛めてます。荷馬車は見つかりました。御者も無事です」


「よし。治療院へ回そう」


 次に馬角獣と積み荷。


 最後にヒポグリフを見る。


「で、そっちは何だ」


「昨日会った群れの一頭です」


「それは見れば分かる。なぜここにいる」


「俺に会いに来たそうです」


「……そうか」


 隊長はしばらく黙ったあと、もう一度ヒポグリフを見た。


「町へ入りたがっているのか?」


 それは俺に対する質問だ。


 ヒポグリフへ確認する。


「中へ入りたいか?」


『別に。隼人が戻るならここでいい』


 俺は隊長へ向き直った。


「町の外で待つそうです。俺が戻ってくればそれでいいみたいです」


「なら助かる。野生のヒポグリフまで今すぐ町へ入れる判断はできん」


「俺もそのつもりはありません」


 野生の個体が俺に懐いていることと、町の安全管理は別の話だ。


「岳は?」


「商人さんを降ろしたら、門外で待ってもらいます」


 岳へ確認すると、短く返事が来る。


『構わん』


「岳もそれでいいそうです」


「……最近、お前を通せば魔獣と相談までできるようになってきたな」


「猛禽系だけですけどね」


「十分おかしい」


 褒められたわけではなさそうだった。


     ◇


 商人を治療院へ送り、御者と馬角獣を商人組合へ引き渡したあと、俺は瑠璃と一緒に冒険者ギルドへ入った。


 ミラは俺を見るなり手元の書類を置いた。


「見つかったのね」


「はい。二人とも無事です。一人は左腕を痛めてますけど、意識もはっきりしてました」


「荷馬車は?」


「倒木を避けようとして斜面へ落ちてました。前輪が壊れてるので、その場に残してあります」


 地図を借り、位置を示す。


「荷は持ち帰れる分だけ馬角獣へ積みました。残りには油布を掛けてあります。人手と道具を揃えてから回収した方がいいです」


「分かった。商人組合へ回すわ」


 ミラが地図へ印を入れる。


「馬角獣も無事だったの?」


「瑠璃が見つけてくれました」


 俺が肩を示すと、瑠璃が少し胸を張った。


 ミラにもその仕草は見える。


「この子、本当に捜索向きね」


「上から見える場所ならかなり強いです」


『見つけた』


「瑠璃も自信あるみたいです」


 ここは俺が言葉にしてから、ミラが笑った。


「それは見れば分かる気もするけど」


「最近ちょっと態度に出るんですよ」


『いいこと』


「自分で言うな」


 ミラにはその返事の内容は聞こえていない。


 ただ、俺が瑠璃へ話しかけていることにはもう慣れたらしく、特に口を挟まなかった。


「それで、馬角獣が戻らなかった理由は?」


「剛岩熊に追い詰められてました」


 ミラの手が止まる。


「剛岩熊?」


「御者の話ではC級だそうですね」


「そうよ。……まさか逃げてきた、ではないわね」


「岳と仕留めました」


「やっぱり」


「そこはもう少し驚いてもいいんじゃないですか?」


「あなたと岳でしょう?」


「俺と岳です」


「じゃあ驚かない」


「慣れるの早すぎません?」


「ロック鳥が獲物を持ってきた辺りで、だいぶ感覚が壊れたのよ」


 俺のせいではないと思う。


「剛岩熊の死骸は沢の近くです。素材が使えるなら場所も書いておきます」


「皮、爪、牙、肉も売れる。討伐確認が取れれば、あなたたちの取り分になるわ」


「岳が喜びます」


「肉?」


「たぶん」


 本人は門外だが、聞けば間違いなく要求する。


     ◇


 報告が終わると、ミラが俺へ手を出した。


「冒険者証、貸して」


「何でです?」


「階級を上げる」


「もう?」


「遭難者捜索、緊急の薬輸送、街道の調査、橋の復旧補助、それから荷馬車の捜索と救助。成果として十分よ」


「剛岩熊は岳と一緒ですよ」


「何度言わせるの。冒険者が仲間と協力するのは当たり前。岳も瑠璃もあなたと一緒に動いてるなら、その使い方まで含めて実績よ」


 なるほど。


 冒険者証を渡す。


 ミラが登録用の銀板へ重ねると、淡い光が走った。


『冒険者階級:E』


「これでE級。まだ何でも自由に受けられるわけじゃないけど、町の外での調査、捜索、護衛なんかは任せやすくなる」


「助かります」


「あなたの場合、初心者向けの採取依頼ばかりやらせても仕方なさそうだし」


「採取も必要ならやりますよ」


「できるでしょうね。技能を見る限り」


 山野生存、狩猟、解体。


 俺にとっては、その方が昔からやってきたことに近い。


「それと、商人組合から話が来てる」


「さっきの件ですか?」


「それだけじゃないわ。街道の上空確認を、必要な時に頼みたいそうよ」


「定期的に?」


「毎日じゃない。大雨のあとや、荷馬車の遅れが出た時。地上から捜索隊を出す前に、あなたたちに空から確認してもらう」


「それならできます」


「即答ね」


「岳に乗ればそれほど時間は掛かりません。何もなければ、それが分かるだけでも人を山へ入れずに済むでしょう」


 吊り橋もそうだった。


 荷馬車もそう。


 俺たちが空から見ることで、地上の人間が無駄に危険な場所へ入らずに済む。


 向いている仕事だと思う。


「条件と報酬はギルドで詰めてください」


「直接受けないの?」


「まだこっちの相場も契約も分からないので。責任の範囲もはっきりさせたいです」


「その辺、妙に堅いわね」


「揉める方が面倒ですから」


「それは正しい」


 ミラが書類をまとめる。


 その時、俺の肩にいた瑠璃が嘴をこちらへ向けた。


『外の子、待ってる』


「ああ。そうだった」


 俺はミラへ向き直る。


「西門の外で、ヒポグリフが一頭待ってるんです」


 ミラの手が止まった。


「……ヒポグリフ?」


「昨日、高原で会った群れの一頭です。俺に会いに来たらしくて」


「そう」


 妙に平坦な返事だった。


「もう驚かないんですか?」


「驚いてるわよ。表へ出す体力がなくなってきただけ」


「すみません」


「なぜあなたが謝るのよ」


 もっともだった。


     ◇


 西門の外へ戻ると、岳は草地に伏せ、ヒポグリフは少し離れた場所で待っていた。


 瑠璃が俺の肩から飛び立つ。


『戻った』


 ヒポグリフがすぐに立ち上がった。


『隼人』


「待たせたな」


『待った』


「怒ってるか?」


『怒ってない』


 岳も顔を上げる。


『遅かったな』


「ギルドで話があったんだよ」


『飯は?』


「帰ってから」


『分かった』


 そこだけは素直だ。


 俺はヒポグリフの前へ立った。


「それで、名前だったな」


『うん』


 高原で別れる時、次に会うまでに考えておくと約束した。


 向こうも自分で考えると言っていた。


「お前は何を考えた?」


『白い山』


「白い山?」


 言葉だけではなく、像まで一緒に伝わってくる。


 高い峰。


 雪に覆われた稜線。


 朝日に照らされ、白から銀へ色を変える山肌。


「そういう景色が好きなのか?」


『高いところ、好き。雪の山も好き』


「なるほどな」


 俺はヒポグリフの翼を見る。


 灰白色。


 ただ、陽が当たった羽先だけは銀色に近い光を返していた。


 長野で何度も見た、冬の山の稜線を思い出す。


「俺が考えたのは、銀嶺だ」


『ぎんれい』


「銀色に光る峰って意味だ。お前の翼にも合うと思った」


 ヒポグリフが自分の翼を見る。


 次に俺を見る。


『銀嶺』


「ああ」


『好き』


「じゃあ、決まりでいいか?」


『私は銀嶺』


「今日からな」


 その瞬間、淡い文字が視界へ浮かんだ。


『個体名《銀嶺》を確認しました』


『命名が成立しました』


『固有技能《猛禽寵愛》との共鳴を確認』


『個体《銀嶺》の成長制限が一部解除されました』


『上位進化条件が開放されます』


「やっぱり出るな」


『何?』


「名前がちゃんと認められた。お前も条件を満たせば、今より先へ進めるらしい」


『強くなる?』


「たぶんな」


『瑠璃と同じ?』


『私は先に進んでる』


 瑠璃が横から答える。


 銀嶺が瑠璃を見る。


『負けない』


『私も』


「だから競争じゃないって」


『俺もある』


 岳まで混ざった。


「お前まで張り合うなよ」


『張り合っていない。ただ言っただけだ』


「そういうことにしておく」


 銀嶺の状態を意識する。


 文字が切り替わった。


『個体名:銀嶺』


『種族:ヒポグリフ』


『状態:良好』


『命名:成立』


『適性:高速飛行・長距離飛行』


『上位進化:条件未達』


「高速飛行と長距離飛行か」


『何?』


「お前が得意なこと。遠くまで速く飛ぶのが向いてるらしい」


『遠く、好き』


「やっぱりそうか」


 瑠璃は探索と伝令。


 銀嶺は速度と航続距離。


 岳は人や重い荷を運べる。


 同じ空を飛べても、強みはそれぞれ違う。


 その方が面白い。


     ◇


「銀嶺は、このあとどうする?」


『高原へ帰る』


「群れのところか」


『うん。でもまた来る』


「好きな時に来ればいい」


『隼人も来る?』


「近くへ行ったら寄るよ」


『ならいい』


 銀嶺は俺と暮らすために群れを離れるわけではない。


 それでいいと思う。


 瑠璃は自分の意思で狩人小屋へついてきた。


 ロック鳥には巣がある。


 銀嶺には銀嶺の群れと高原がある。


 懐かれることと、縛りつけることは違う。


「狩人小屋にも来ていいぞ。町より人が少ないから、その方が楽だと思う」


『岳と瑠璃もいる?』


「大体いる」


『行く』


『俺の場所でもある』


 岳が言う。


『私の屋根もある』


 瑠璃まで続ける。


「いつから小屋の所有権が三分割されたんだ」


 三頭とも答えなかった。


 都合の悪い時だけ黙るところは似てきた気がする。


『帰る』


 銀嶺が翼を開く。


 夕方の光が灰白色の羽へ当たり、縁が銀色に輝いた。


「またな、銀嶺」


『またね、隼人』


 地面を蹴る。


 大きな翼が二度風を打っただけで身体が高く浮き、そのまま鋭く加速した。


「速いな」


『俺の方が速い』


「まだ言うのか」


『試していない』


『私も速くなる』


 瑠璃まで参加する。


「今日は競争しないからな」


 岳が明らかに不満そうな顔をする。


「そんな顔しても駄目」


『顔は変えていない』


「昔からお前の顔見てるんだ。分かるよ」


 銀嶺はあっという間に小さくなり、やがて西の山並みへ溶けていった。


 俺はその姿が消えるまで見送った。


 冒険者証はE級になった。


 商人組合からは街道確認の仕事が来る。


 銀嶺という新しい仲間――というより、空を飛んで会いに来る友人もできた。


 異世界へ来たばかりの頃は、水と寝床を確保するだけで精一杯だった。


 今は違う。


 岳と飛ぶ。


 瑠璃が探す。


 銀嶺は遠くを飛べる。


 俺たちにしかできない仕事が、少しずつ形になり始めていた。


「帰るか、岳」


『飯だな』


「帰るって言ってる」


『帰れば飯だ』


「まあ、そうだけど」


『私も食べる』


「瑠璃もな」


 俺は岳の背へ跨がり、安全帯を留めた。


 岳が地面を蹴る。


 瑠璃もすぐ横へ上がった。


 眼下にリーベルの城壁が広がり、その先には狩人小屋へ続く森がある。


 さらに遠くには、銀嶺が暮らす高原と、その先の山々。


 地上だけを歩いていた時より、この世界はずっと近くなった。


 それでも、まだ見えていない場所の方が遥かに多い。


 なら、飛べばいい。


 岳と一緒なら、どこまででも行けそうだった。



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