端緒
陣を組むには特別な部屋が必要になる。水晶宮にもあるけれど、コーグレスは摂政王の身で協奏者を持つほどのことはしないと、選定を保留してしまったため、使われていない。皇子さまが協奏者に好奇心を示すわけだ。仕方なくトトラナを従者ごとミトラへ移動させて、白砂宮で調査を行うことになった。会議途中で放り出してきた影たちも動員して、極秘のうちに協奏者の準備と移動をする。
― ようこそ、王。用意はできております。トトラナ様もこちらへ。
協奏者のリーダー、クロアディナがあいさつに来た。両手首につけた専用のリングから長いリボン状のものが伸びている。これが彼らのケーブルだ。
深さが指の長さくらいの浅い温水の中に、幾何学的な配置で、すでに十八人が座っている。温水に浸ったリボンは数百本の導電性の繊維に分かれ、彼ら自身が端末の働きをしながら、情報の解析にあたるのだ。温水は、電子のやり取りが瞬時にできるような特殊な電解質の溶液であり、時には長時間にわたってこの仕事のために座り続ける協奏者たちの、体調を維持監視するシステムでもある。
― では、始めさせていただきます。
クロアディナの左手首から伸びた繊維が何本か、慎重にトトラナと従者をつなぐ糸のようなものに触れていく。あるものはトトラナとのつなぎ目を、あるものは糸自体に巻きつくように。そうしてクロアディナの右手首から伸びた糸が光り始め、温水の水盤全体が、柔らかな光で包まれていく。
― 興味深いものでしょう、皇子さま。
― うん、初めて見ました。
十九人フルで働いているこの状態は、有機的なスーパーコンピュータなのだ。
― どのくらい時間がかかるものなのですか、アルシノエ。
と皇子さまが尋ねてくる。
― それほどかからないと思います、ハーミオン皇子。調べるべき資料が現物としてあるのですから。
私の代わりにクロアディナが答えた。トトラナの状態にも、彼女につながったままの従者にも変化はない。と、水盤の中で瞑目していた協奏者が一人、また一人と目を開き始めた。
― 報告します。この従者は旧マティの支配者階級の子孫であることを遺伝的に確認しました。彼らは地母神フィーと同時にマティに降りてきた「支配する者」と契約し、今も彼らの遺伝子の中に特質として残っている力を得て、旧マティ文明を繁栄とその後の凋落に向かわせました。惑星規模の地殻変動が起こった際に彼らのみ脱出できたのも、その「支配する者」との契約によるものと言われています。彼らの現在の生活の本拠地はオーフ系第4惑星。ただし彼らの一族の四分の一は、交代でこの従者のように諜報員として外で仕事をしています。
― 報告します。この従者はトトラナ様の所に来る前、脳に外科的な手術を受けています。この時に埋め込まれたものが現在エネルギーの転送と従者の活動停止を引き起こしています。ただし彼自身はこのことを一切記憶しておらず、施術者及び場所、目的等は不明。エネルギーの転送のため、彼の生命維持活動は最小限に抑え込まれています。現状が続けば遠からず彼は絶命すると予測されます。
ここで突然皇子さまが指摘した。
― 母上、この従者をわざと生かしてませんか!
叫ぶように伝えるなり、皇子さまはトトラナと従者をつないでいた糸のようなものをテレキネシスで断ち切った。
― 何をするの、ハーミオン!
― こいつがしていたのは、たぶん盗み聞きです。
従者を包んでいた赤い光がぼんやりと薄くなり、浮かんでいた体が落下した。床にぶつかる寸前で私が止める。
― 大丈夫、まだ息はありますわ、トトラナ。それにしてもよくわかりましたね、皇子さま。
― おかしいと思ったんです。エネルギーを転送するならこんな少量では意味がない。かといって母上が消耗するほど大量なら、こいつの方が死んでしまう。だったらこの転送は見せかけで他に目的があるのではないかと思って。
皇子さまは視線で射殺すような勢いで、従者を見つめている。
― だったら、いっそ目的は母上ではないとしたら、と考えました。おそらく相手が目的としているのはリゼア連邦大公たるアルシノエではないかと。あなたがどこまで自分たちのことを知っていて、この先どう仕掛けてくるのか、情報を送るのがこいつの役目だったとしたら、話が合います。
― 死にかかっているように見せかければ、トトラナ様はこの結合を断ち切ったりはしない。そして、皇子さまは必ずどこかの時点でミトラ王に相談されるはず。うまく考えましたね。
ウロンドロスがそう言いながら従者の体に触れようとした途端、私たちの知らない低い帯域のテレパシーがつぶやいた。
― ヨク ワカッタネ
― ニニ!?
トトラナが従者に駆け寄ろうとした瞬間、ポスっという小さな音がして、従者は体をひくっと痙攣させると息絶えた。
― 脳が破壊されています。おそらく外科的に埋め込まれたものが爆発したのでしょう。
従者の身体を床に横たえながら、ウロンドロスが言った。
― まずはこの幕間を棚上げして、協奏者の報告を全て聞いてしまいましょう、王。罠をかけた側の情報がつかめるかもしれません。
協奏者の報告は私の予知能力が示唆していたものを裏付けた。彼らの根城はオーフ系第4惑星。「支配する者」は諜報員として適性のある者をあちこちの星系で生み出してはここへ集めていたようだった。
ここでもうあの人を蚊帳の外にはしておけず、事情を説明してセレタスの協奏者も動かしてもらう。目的はオーフ系第4惑星の調査である。
― あんな小さな星系に隠れていたとは。
― 社会構築実験をやっていたチームですもの。帰還していないメンバーがいたとしても不思議はないです。神になる体験をした人々が「支配する者」を名のるのはおかしなことじゃありません。帰還して当初の目的を果たしたことに喜びを感じるものの他に、世界を支配する神としての生き方を続けることを望んだものがいたのかも。
― では、社会構築実験チームの一部が、「支配する者」
であり、一連の罠を仕掛けたと、アルシノエ?
― それなら納得できませんか、セレタス王。
私は絶対あの人の名前なんか、呼んでやらない。
―彼らが生き残っていられるはずがないでしょう。アルシノエ、冷静に考えてみてください。
コーグレス王も言う。確かにそうだ。私はミトラの第27代めの王。初代王である聖アルトアニザこそが、帰還してきた社会構築実験チームのリーダーなのだ。リゼア暦で六千年以上前の人間が生きていられるはずはない。
― では彼らの子孫とか。
― 近親婚による遺伝的な劣化で消滅しないためには、数百人規模の人数が必要です。ありえませんよ。仮にできたとして六千年もの長きにわたり、祖先の意思を守り続けることができるでしょうか。
そうなのだ。あてにならない子孫に計画をゆだねるくらいなら、いっそタイムマシンで未来に干渉しているという方がよっぽどあり得る仮定である。だが、実際にはタイムマシンはお話の世界の産物なのだ。私たちは未来を垣間見できても、過去へ戻ることはできない。
皆、同じ袋小路に突っ込んで黙り込んだ。方法はわからなくても、オーフ系第4惑星を根城にしている「誰か」が、マティを傀儡に仕立てて私たちに戦争を仕掛けてこようとしている事実に変わりはない。
― 理不尽ですね。わたしたちは関わる者全て、一人の命も失われないようにしているというのに。相手は我々はもとより、目的のためなら味方を殺すことも厭わない。
― 戦争をしようという連中ですからね。
― ねえ、戦争と言えば…
突然皇子さまが、割り込んできた。
― お二人はどうして仲たがいなさったんですか。アルシノエが即位されたからではないような気がするんですけど。
突拍子もないタイミングでそのものずばりを聞く。皇子さまにはそういうところがある。わざとなのか、天然なのかよくわからない。ところがどうせまた笑ってごまかすだろうと思っていたあの人が、なぜか真剣になる。
― 実は、わたしもそれを知りたいと思っているのですよ、アルシノエ。わたしは何か、あなたを怒らせるようなことをしましたか。
はぁ!?それを自分で言うって、どれだけ自覚がないの?
― …わたし、まる一日、待たされたのですけど。
― え? いつのことですか。
― は? とぼけるんですか?
私がひどく怒っているのは十分伝わったらしいが、本当にわからない? そのとき、あわてふためいた様子でもうひとり割り込んでくる者がいた。
― すみません、すみませんっ、王、ミトラ王。全部わたしです。わたしが悪いんです。勝手して申し訳ありませんっ。
― だれっ!!?
― ひぃぃー、すみません。
よほど私は相手に自分の怒りをぶつけたらしい。恐縮を通り越してさっきの従者ほども縮こまった様子のこいつは、ひたすら謝り続ける。
― カルティバ、もういいから、わかるように言ってくれないか。
あっけにとられた様子で、あの人が言う。
― カルティバはセレタス王の副官ですわ、王。
エルクリーズが耳打ちしてくれた。いつぞや交易都市ディクラの防衛の時に見かけた、なれなれしい態度の男だとわかった。




