前夜
― アルシノエ、話したいことがあります。今、いいですか。
呼びかけてきたのはハーミオンだった。
― ごきげんよう、皇子さま。何でしょう。
王族にしか使えない高い帯域のテレパシーでの会話だ。ウロンドロス以外に気づいてはいない。
― 母上が、ちょっと困ったことになって、至急お話したいことがあると。申し訳ありませんが水晶宮まで来てくださいませんか。
― 承知しました。今参ります。
テレパシーをウロンドロス以外にもわかる帯域まで下げて、
― キナンに呼ばれたの。ちょっと行ってくる。ウロンドロスだけ付いてきてちょうだい。
と告げて立ち上がった。ジタイガウゴキダス。その予感が私たちをキナン王宮水晶宮へ跳ばせた。
― アルシノエ、すみません、お呼びたてして。
水晶宮内院の筐前で、ハーミオン皇子は私たちを待ってくれていた。黙って案内されるままに連れていかれた先は、トトラナ摂政王の私室らしかった。
― これは、また…
異様な光景にウロンドロスもわたしも言葉を失う。部屋の高さの中ほど、ちょうど目の高さ辺りに赤ん坊ほどの人間が浮いているのだ。だがその人間が赤ん坊ではないのは、顔立ちや体つきのバランスからわかる。そして浮いている体は赤っぽい光に包まれて、手足はだらりと力なく垂れ下がっているようだ。赤い光の塊からは一筋の糸のようなものが伸びて、低い寝椅子にすわったトトラナの胸のあたりとつながっていた。
― これは、この間の従者?
― そうです、アルシノエ。私が迂闊でしたわ。今日、突然こうなってしまいましたの。
― トトラナ様は動けますの。
― まあね。だけど彼をくっつけて動き回るわけにはいかないでしょう。
― 見たところ、母上のエネルギーを吸収しているようなのですが、不思議なことにこれの体内にエネルギーが蓄積されている様子がないのです。
― どこかへ転送されているのでしょうね。
― 従者とおっしゃいましたが、どういう素性の者ですか。
ウロンドロスが尋ねた。
― 彼はね、マティの旧人類なの。マティはリゼア連合の黎明期に一度接触があった星系らしいの。その後で大規模な地殻変動が起こり、文明が一旦途絶えた。そのとき一部の人々が救助されて外宇宙に逃れてきたの。数百人くらい。彼はその末裔らしいわ。
― 現在のマティ人とは、ずいぶん体格がちがうようですが。
― 救助された人々というのが、マティ人の中でも異質な人々だったのだそうよ。小さい時からテレパシーによる教育をして、適性がなかったら追放されるといったようなことを繰り返していたらしいの。まあそれが支配階級だったのでしょう。体格の小さいのは高貴な証だったのだと言ってたわね。
― 初耳です。ではどこかの開拓移民惑星に住み着いていたと?
― 形の上ではそうなっているようね。実際は自分たちの能力にわたしたちの使う幻術体のような力を合わせて、諜報活動をすることで報酬を得て暮らしていたらしいわ。彼もそういう一人として出会ったの。
― なるほど。出会ったときは例のマティの件とは関係なかったのですね。失礼ですがどのくらい主従関係をつづけておられたのですか。
― ハーミオンがまだ小さいころからよ。彼らの幻術体は非生物に見せかけられるから、便利に使っていたの。
またまた気の長い罠だ。この時点に間に合うよう、すべて計算されていたというわけだ。くやしいがどうしようもない。トトラナのエネルギーを使って、見えない敵が何をやろうとしているのか。
「源になる出来事はすでに起こってしまった。もう止めることはできません。皆様のお力で誰も死なずにすむやり方を探していただかな、ならんのです。」
凪の宮の言葉通り、出し抜くには私たちの瞬発力が必要だ。パズルのピースを急ぎ組み立てねばならなかった。
― トトラナ、何かこう、きっかけになるような出来事が、ありませんでしたか。今日初めて彼が体験したようなことが。
― それは私も考えたのだけれど。
トトラナは思い当たることがない、と言う。
― たぶん、僕だと思います。
いつになく神妙な顔で、皇子さまが言い出した。
― 昨日右手の白のリングをこわしたので、今朝母の部屋へ借りに行ったんです。そうしたら彼が実体でいて。
未成年とはいえ、将来の王位が約束された皇子さまである。普段使いの、トトラナが身分証替わりにしている程度の白のリングなら、崩壊させるくらいありえるだろう。現に今までにも何度かそういうことがあって、トトラナの部屋へ入ったことはあったそうだが、彼はいつも幻術体で正体を見せないようにしていたという。
― ですから、いることはわかっていても無視してました。
それが、今日は実体をさらしたままだったばかりか、話しかけてきたのだ。
「ふん、みつかっちまったか。まあ、潮時ってもんだ。おい、てめえの母上様を呼んできな。」
体格とは不釣り合いなほどの大声で、呼ぶまでもなく聞きつけたトトラナがやってきた。すると彼は空中に跳びあがったかと思うと、すぐに今のような状態になってしまったのだという。
― どう思われますか、王。
― 本人が意識してないスイッチがあったのかもしれないわね。皇子さまに見られたことがスイッチだったのか、それともすでに条件を達成してスイッチが入っている状態だったから、皇子さまに見つかったのかも。
― どちらにせよ、こいつの目的は、トトラナ様の従者となり最終的にエネルギー源として接続することだったと考えてよさそうですね。
全員の視線が二人をつなげている糸のようなものに集中する。
― 切ったら…
― 彼の命はともかく、手掛かりがなくなりますね。
― エネルギーがどこに転送されてるか、わかる?
ウロンドロスは思案顔だ。私の予知能力が一つ可能性を示しているが、決定的ではない。だいたいこの従者を送り込んできたのが誰なのかによってこの後の行動が変わる。皇子さまも黙っている。まさかあの人に頼ろうとか言わないでよね。
― わたしだけではわかりかねますが、協奏者に陣を組ませれば、あるいは。
― ああ!
― へえ、こういう時に使うんだ、協奏者。いつ選定したんですか、アルシノエ。全員自分で選びましたか、それとも推薦状で尚侍が決めるんですか。
協奏者と聞いて皇子さまが急に顔を輝かせる。
王の意思を代行してリゼア連合内外の情報を捜査するのが、協奏者という役目だ。コンピュータの端末に当たる物が存在せず、テレパシーで簡単に情報にアクセスできるリゼア人にとって、この役目の意義は軽く見られがちだ。だが先日のマティ市民の情報解析をはじめ、砕片から全体像を予測するような作業は、彼ら抜きでは成り立たないのである。
ちなみに協奏者の定員は十九名。王でなければ持てない権力の一つだ。私の協奏者はすべてエルクリーズの選定だ。推薦状があったかどうかは知らないけど。




