伝説
なるほどそうくるわけか。簡単すぎて引っかかるより外にどうしようもない罠がやっと正体を現した。今までずっと予知能力に引っぱられて彼らと対応してきたが、やっと自分のやっていたことに頭の中が追い付いた。
おそらくずっと以前にここへリゼアの宗能力者がひとりかもしくは数人、やって来たのだ。そいつはわたしがやったのと同じように空を降りてきて、地母神フィーと名のった。そして一見ごくありふれた宗教団体を作ると、去っていった。
すべてはわたしに戦争をふっかけるために。
― 残念だけど、その質問には「いいえ」と答えなければならないわ。
人々がざわめいた。奇跡の主に「自分こそが地母神フィーである」と言ってもらえたら、彼らはどんなにか喜んだだろう。だけど、わたしはつい先日リゼア連邦大公の地位をもらったばかりだし、さらに言えばリゼア暦でたったの18歳である。何百年も前のマティにやって来られたはずがないのだ。
そして、導師メンデ・カシオナは、続きをしゃべった。
「そうですか。私も残念です、大公。わたしたちはあなたに戦いを挑まねばなりません。」
― それが予言だから?
「その通りです。フィーは立ち去るにあたってわれらマティ人の未来を語ってくださった。それはわたしたちの中に聖典として残されているのです。その最後の予言が、」
メンデ・カシオナは、言葉を切った。例のリーダー格の老女が、後ろからメンデ・カシオナの肩を捕まえたからだ。老女は小さく首を振った。まるで口に出さなければ予言は成就しないというかのようだ。反対の手で彼女は泣いているメンデ・カシオナの娘チール・メネシャを抱きしめていた。ああ、この子も、他の人たちも、戦いが起こることを恐れていたのね。
メンデ・カシオナは、また話し始めた。
「最後の予言はこうです。長い年月がすぎて後、再び空より降り来る者があろう。それが私自身ならばよし。もしも私と同じ奇跡を生むけれど私でないものならば、それは悪である。あなた方は最後の一人までその悪と戦わなければならない。」
メンデ・カシオナの言葉は、彼らの言う聖典として繰り返し読みあげられた文章なのだろう。一人、また一人とその言葉を唱和する人々が増え、最後の文は全員が声を上げて唱えていた。さながら決意表明でもするかのように。
― それがあなたがたの望みに反してもですか。
「はい。」
― わたしもそれを望まないとしても?
「そうです、大公。とても悲しいことですが。」
何も言えなかった。自分の予知の導くままに、最善の策を取ってきたはずなのに、結果は何もしなかったことと変わらない。というより、自分が行動したからこそ、最悪の事態が起きてしまったことになる。これこそが罠と言わずに何と言おう。
「わたしの命を救ってくださったことには、感謝しています。けれど、マティの多くの人々にとっては、わたしがこの戦争を呼びかける前に反対派の人々の凶弾に倒れてしまっていた方が、どんなにか幸いだったかもしれません。私が傷つけられたことで、長年神殿を守ってきた私たちの仲間は怒り、市街の破壊に及びました」
ああ、なんてパラドックス。この人も私と同じことを思ってる。だけど、私は王だもの。目の前で、志半ばで死にかかっている人を、放ってなんかおけなかった。
― この街を破壊するのが目的ですか。
「いいえ、大公。私たちの敵はあなたです。町の破壊はあくまで、フィーの大導師たるメンデ・カシオナを攻撃した、マティ政府に対して示威行動をしたまで。それも町の人々を説得して避難してもらった後に、です。」
リーダー格の老女が口をだした。おそらくメンデ・カシオナがあのまま死んでいたら、あの娘を名目上の導師に据えて、彼女が内乱の指揮を執っていただろう。なるほどそういう意味ではこれは内乱ではない。彼らは外からの新たな権威たる私を排斥したいだけなのだから。予言書は間違っていなかった。
― では私がマティを立ち去ったら?
「それは不可能でしょう。」
― なぜ?
「今頃、宇宙エレベーターは破壊されておりますから。」
意識をサグに向ける。私からだとわかって、いつになく慌てた調子の返事がかえってきた。
― 申し訳ございません、王。してやられました。静止衛星本体でも地上施設でもなく、ケーブルの中間地点を爆破してきました。こちらはパニックのマティ人を抑えるのに手いっぱいです。なにせ上昇してきたエレベーターには重傷者の山で…。
こちらが付け焼刃でしか動けないことを、何百年も前の誰かに嘲笑われているようだ。なにせ向こうは私が生まれる前から準備期間があったのだから。ウロンドロスにサグの加勢をするよう伝えてから、目の前の会話に戻る。
― そのくらいのことでは、わたしを足止めすることはできませんよ。
何気ない素振りで返事をする。嘘じゃない。ミトラ本星まではちょっと及ばないけど、手近な交易都市までくらいなら単独で跳べる。
「ここを見捨てて帰ることができるとおっしゃるならば、お帰りになられればよいでしょう。あなた様がおられなくとも、われらの戦いは必然的に起こるものなのですから。」
― マティ政府と国民の大部分は、この開戦宣言を無視していますね。新しく外の世界からやってきた神を、古い神を信仰している者たちが妬んで、勝ち目のない戦争を起こすと言って注目を集めたいだけだろうと。
― わかってるわ。
そう、私たちもマティ政府以上に事態を黙殺している体だった。ミトラ白砂宮内院、私も影たちも全員が少し疲れを引きずっている。私たちは当初の予定だった表向きの親善訪問と、死者のリングの密輸に関わる事件にけりをつけると、さっさとマティを引き上げてきた。
今頃は新しい宇宙エレベーターの建設費用を稼ぐべく、マティ政府は大騒ぎしているだろう。静止衛星と地上建造物をつなぐケーブルを破壊した犯人は見つからず、犯行声明もなかったそうだ。開戦派の仕業だろうという噂は流れているが、これも罠の一部だとわたしは考えていた。
また、一部の人々にとっては、内戦は金もうけの好機だ。たぶんリゼア連合中から交易コンサルタントが押し寄せてマティ政府関係者に「再建費用をねん出できる、うまいもうけ話」をもちかけているにちがいない。
― そこについては新しい経済担当大臣が何とかやっていくでしょう。サグの推薦した顧問たちもうまくやっているようですし。
セシト・セアニャを引退させた後釜に据えたのは、マティ人には珍しく、交易都市に暮らして商社で仕事をしていた男だった。女性優位のマティ社会へ戻ってくるのは、あからさまに嫌そうな顔をしていたが、サグの口利きで連れて来られた、交易都市で長年商売をしてきたという顧問役と気が合い、いっしょにゼロからの交易法整備に奔走しているらしい。
問題なのは、ツレズ大陸に放り出してきた大導師メンデ・カシオナとそれに賛同する人々だった。
彼らは百日後をめどに、信者有志をつのり、リゼア連邦大公に戦争を挑むと、マティ全土に呼びかけた。戦争を望まぬ者は首都のある大陸側へ避難し、逆に賛同するものはツレズ大陸へ参集するようにというものである。二つの大陸間は毎日のように空路海路で人々が慌ただしく移動しているようだ。
― それで、彼らはどうやって私たちに戦争を仕掛けてくるつもりなのでしょう。
エルクリーズが問う。そう、そこがわからないから、私も手の下しようがないのだ。
あれから私がしたことと言えば、死者のリングを予知能力者への寄進として使うようになったことの起源を調べ、それがマティ史で地母神の降臨があった時代を十分カバーしていることがわかったことと、そこから現在までの間にいったいどんな罠をめぐらす余地があったか考えることだけだった。要は何も進展はないというに等しい。
事態が動き出すまで待たなければならない、この空白の時間を、じりじりしてわたしは過ごすしかなかった。




