顛末
― つまり、君はわたしが頼んでもいないのに、ミトラの王宮管理官と連絡を取って、アルシノエに臨時の私室を取り、そこで彼女に一日待ちぼうけを食わせたというんだね。
― はい、そのとおりです…。
しょんぼりとカルティバが答える。要はこいつは気を利かせたつもり、だったのだ。
わたしが成人体を得て、新生命宮に降り立った時、ひとりのミトラ人女性が出迎えに来ていて、わたし用の臨時の私室へ案内してくれた。その部屋にはメッセージが残されていて、あの人が、手が空き次第尋ねてくるとあったのだ。
未成年のわたしに求婚までした人からのメッセージである。一応私も鵜吞みにしたのだ。だいたいわたしには学校以外の王族教育の素養がない。ずっと王宮住みであればまだあれこれ見聞きして理解することもあっただろうが、悲しいかな私は多感な10歳以降を予知能力者のエリアで暮らしてきたのである。成人したての王族がどんな待遇を受けるものかということについて、全くわけのわからないまま、ついていったというのが本当の所だ。
ところが何時間待っても何の音沙汰もない。慣れない場所での緊張が解けた私は、退屈しのぎに当の相手を「遠見」してみた。
「遠見」というのはテレパシー接触を持たないで相手の様子を感知することだ。この接触をしないという状態をぎりぎりで保つのは結構難しいことで、下手をすると相手に気づかれる。気づかれる以前に内院のセキュリティに引っかかるという可能性も高い。王たる人を相手に遠見を仕掛けるなんていうのは、アイドルのストーカーをするようなもので、一歩間違えれば犯罪なのだ。我ながらよくやったものだと思うが、そこで見たものは当時の私には相当ショックを受けるものだった。
セレタス王は半裸で三人の女性にかしずかれながら着替えの最中だった。プライベート空間だろうに中まで入ってるってこの人たち何? しかも当の本人は何か別のことに気を取られて目の前のことが見えていない。テレパシー能力にマルチタスクが働かないタイプの人は珍しくなく、その時のセレタス王もそんな感じだった。要は電話でしゃべりながら目的地まで歩いたり、必要な書類を探したりできるかどうかっていうことだ。他のすべてをうっちゃって静止しないと電話で話ができないというのは性分であって優劣ではないのだが、それができる私はその時点でもうできない奴にイラっとしていた。
その時のセレタス王は(何の話をしているかはわからなかったけど)とにかくテレパシーでの会話に集中していて、着替えのほうは女たちにされるがままだった。彼女たちはそれをいいことにわざと服を脱がせてみたり、肌に触れてみたり、抱きついてみたり、中には背中にキスした者もいた。
私が一瞬で遠見を打ち切り、即、慣れ親しんだ新生命宮の古い自室へ帰ったのは言うまでもなかった。もっとも理由を聞かれても言えない。言うわけにいかない。
― で、君が私に、その企みを教えてくれなかった理由はなんだったのかな。
― その、幽霊都市騒ぎが起こっていまして…。気がついたときは、ルシカ公、いえミトラ王は部屋においでにならなくて…。
私に負けないくらい内心の怒りを隠して話を聞いていたあの人が、ここで、愕然とするのがわかった。
― そうか、あのときだったか…。
― 幽霊都市ってなんですか、父上?
皇子さまだけではない。私だって知らない。コーグレス王が一瞬言いよどんだすきに、今度はアーセネイユが割り込んできた。
― お話中すみません、王。ちょっとおかしなことがわかりました。オーフ系第4惑星にリゼア系で運用しているのとは別のタイプの妙な筐があるんです。これを使って膨大な量の武器がマティに送られています!
幽霊都市とやらもカルティバ副官の失態も(ついでに言えばあの人のスキャンダルも)、全部すっとんで、話はまたマティに戻ってきた。私と、あの人と、コーグレス王が、ミトラ王宮の表の間に集まった。皇子さまは傷心のトトラナ様につきそって、キナン王宮に帰っていった。
ウロンドロスがこれまでの経緯をざっと説明する。交易都市ディクラからオーフ系第4惑星に逃亡した、私を暗殺しようとしたソル系人を、アーセネイユは再び追跡していた。驚いたことに彼らはいくつもの武器商から大量の武器を買い付けていた。もちろん例の片道だけしか使えない、廃棄されたことになっている筐で送られてくるのである。そして、それはもうひとつの、アーセネイユがいう「妙な筐」で送り出されているのだった。送り先がマティだとわかったのは偶然だった。
― 例の男が届いた荷物のコンテナのいくつかに妙な文字を書いたのです。自分の生まれ故郷の数字だと言って。で、それがつい今しがたマティにあることがわかったんです。
― マティに幻術体で潜入していたイクセザリアが、ツレズ大陸で陸揚げされている荷物の中に全く同じものを発見したのです。
と、ウロンドロスが捕捉する。まあ、彼が言うなら間違いではないのだろう。これでオーフ系第4惑星とマティで戦争を起こそうという人々とがつながっている証拠がでたわけだ。
― たしかに同じコンテナなのですね。
コーグレス王がダメ押しする。
― まちがいないです。もともと交易用文字で番号が書かれていたのですが、その末尾に手書きであの男が文字を書いたんです。そのもともとあった番号もそっくり同じでした。問題なのは…
急にアーセネイユが黙った。何か変化があったようだ。
― 何?
― あ、すみません、王。今送り出されたようです。問題なのはイクセザリアが見た時点では、まだそのコンテナはオーフ系第4惑星に存在していて、発送されてもいなかったということなんです。
オーフ系第4惑星から発送される前から、荷物はもうマティに届いていた。どう考えてもありうるはずのない話だ。
― 今送られたというのにまちがいはないのね。
― はい。僕はあいつの見ているものをそっくり見ているので。
― アーセネイユ、それより先にあの筐の特性を説明した方がいいでしょう。王、送り出す側のあの筐は、どうもオーフ側から恣意的に送るということができないのではないかと思います。まず、オーフ側で誰かが操作している様子はありません。送り先はマティに限定されているようですが、定時になったら送るとかある程度荷物がまとまったら送るとか、そういったこちらの都合とは全く関係なく作動しているようです。
― 筐、なのよね? エネルギーはどこから来てるの。
― 監視して最初に調べたのがそこでしたが、どうも、どこにもつながっていないようなのです。
― つながっていない?
― はい。正確なところは実物を調べてみないことにはわかりませんが、筐というよりは長距離宇宙航行用のゲートに近い物のような気がします。
ゲートに近い物。その言葉に私の中の何かが反応した。同じことがあの人にも起こっているらしい。自分の内部に集中していて、周りを見ていない。いつぞやと同じような目の感じ。
― カルディバ、ゲートの通過に伴う時間ロスの計算式!
― はい、王。
手際よく私たちの真ん中に透明な筒状のスクリーンが立ち上がり、複雑な計算式が表示される。これはどこから見ても自分の正面に見たい情報が表示されているように見える代物だ。
― これにオーフ系第4惑星とマティとの距離を入れるとどうなる?
すぐに特定の文字が数字に置き換わり、みるみるうちに計算されていく。
― だいたいリゼア時間で0,31日です。
― この分だけ時間が戻っていると仮定したら?
全員が黙り込んだ。計算上は合ってても「時間が戻っている」という一点だけに納得がいかない。
― その仮定が正しいとして、なぜ時間が戻るのです?
まじめな顔でコーグレス王が尋ねる。
― 私も聞きたいね、カルティバ。どこにマイナスがつく可能性がある?
― えぇ? …っと、そうですねえ。式に入る数値にはマイナスがつく可能性はないです。しいて言うなら、距離と時間の両方が虚数の場合とか?…
― 虚数の距離というのは、ありえないだろう。
― いえ、待ってください。…パラレルワールドなら、虚数はありうるかも。
― は? なんとおっしゃいましたか、ミトラ王。
全員の視線が私に向く。仕方ない。報告書に書けなかった話をここでするしかない。
― 私が行っていたナ星区ソル系で聞いたおとぎ話のような説です。この世界ととてもよく似た別の世界があって、そこに我々の世界から意図せず入り込む人があるのだそうです。そして行った先はたいてい自分がいた世界とよく似ているが多くは決定的なちがいがあるか、数十年から百年ほど過去であるような印象を受ける。そして、元の世界に戻ってこられた場合、たいてい時間の経過がおかしくなっている。例えば向こうで数年過ごしたはずなのに、戻ってみたら数時間しか経っていないといった具合です。信じられないかもしれませんが、そういう現象がソル系ではあると言われています。
― えっと、大変魅力的な仮説ですが、それがこの場合、どういうつながりが…?
― アーセネイユが監視していた男は、ソル系出身でした。そして、彼は一般のソル系人とはちがった歴史認識を持っていたのですよ。これは私自身が彼の意識をのぞいて調べたのですからまちがいありません。彼がパラレルワールドから来た者であり、そこへ出入りできる方法を持つものだとしたら…。
― その男が文字を書いたコンテナだけが時間が戻っていると。
― 可能性はあります。ウロンドロス、イクセザリアにコンテナの画像を送ってもらって。
イクセザリアから送られてきたコンテナの画像と、アーセネイユの見たゲート前に積み上げられた時のコンテナを比較する。心なしかマティにある物のほうが古びている感じがする。例えるなら何年か戸外に置かれ風雨にさらされた後のような感じ。
― 確かに、とても0.3日分には見えない劣化ですねえ。
カルティバが言う。こいつは性格に問題はあるが、学者肌の人間らしい。この目新しい事象に興味深々と言ったところだ。
そして私自身も、自分のしゃべった話の持つ新たな可能性に驚いていた。この仮説が事実ならば、過去へも未来へも行き来できるかもしれない。だとしたら…
パズルのピースは思いがけない方法で組み上げられていた。私の見つけられなかった研修報告書の結論が今、出来上がった。
― 決まりですね、ミトラ王。あのゲートを調べに行っちゃいましょう!




