第四話 残る思い
灯りが揺れた。森の奥の灯りが、風もないのに波のようにうねる。
俺は刀を抜いた。
「歓迎か?」
重俊が横で腕を組む。
「歓迎にしては暗いな」
光太郎が言う。
「来る」
灯りが弾けた。崩れた家の影が浮かぶ。井戸や塀や折れた屋根。朽ちた村の形が闇の中に戻る。その間に、人影が立っていた。
顔はない。ただ人の形だけが揺れている。
重俊が息を吐く。
「……亡霊か」
光太郎が首を振る。
「違う」
「じゃあ、何だ」
俺は肩をすくめる。
「村だ」
重俊が眉を上げる。
「村?」
「村そのものだ」
灯りが集まり、家の輪郭を作る。
重俊が呟く。
「思いが残ったのか」
「ずいぶんしぶとい思いだな」
三人の子どもは、もう村の中にいた。ぼんやりと歩き、崩れた家の前で止まる。灯りが子どもを囲む。
重俊が低く言う。
「歓迎されているな」
「冗談じゃねぇ」
地面が震えた。灯りの影が、地面から伸びる。黒い腕のような影が、子どもへ絡みつこうとする。
重俊が一歩下がる。
「……拙者、正直に言っていいか」
「やめろ」
重俊は真顔だった。
「お化けは苦手だ」
「今言うな!」
俺が怒鳴る。光太郎が苦笑する。
「来る」
影が一斉に動いた。重俊が刀を抜く。
「苦手でも斬る!」
一閃。刀が影を裂く。灯りが散る。だが影は消えない。砕けた影が、また形を作る。重俊が歯を食いしばる。
「数が多い!」
影が子どもへ伸びる。
その瞬間。光太郎が前へ出る。手を伸ばす。
「止まれ」
赤い光が走る。炎のような光が大きく広がる。影が押し返された。灯りが大きく揺れる。
重俊が目を細める。
「赤か」
「今日は派手だな」
だが影は消えない。光太郎がまた苦笑する。
「止めただけだ」
「だろうな」
子どもはまだ立っている。灯りに包まれたままだ。俺は影の前へ出た。
「章吉」
「仕方ねぇ。話す」
灯りがざわめく。俺は村を見る。
「もういいだろ」
影が止まる。重俊が小声で言う。
「聞こえておるのか」
「知らねぇ」
俺は肩をすくめる。
「でも言う」
俺は子どもを指す。
「村を残したかったんだろ」
影が揺れる。
「でもな、それは違う」
灯りがざわめく。間を置いて、言う。
「子供はやれねぇ」
静寂。影が揺れる。胸の奥が熱くなる。
「……またか」
俺は目を押さえた。青い光が漏れる。眼帯を外す。
重俊が呟き、光太郎が言う。
「出たな」
「やれ」
青い光が広がった。柔らかな光だった。村を包む。灯りが静かに揺れる。影が止まった。
「もう終わりだ。眠れ」
青い光が村を満たす。灯りが一つ消える。また一つ。家の影が崩れる。井戸も消える。最後の灯りが消える。子どもの笑い声も、ふっと消えた。
最後に一瞬だけ、あの親子が頭を下げるのが見えた。
風だけが残る。そこには、村があった痕跡すら無くなっていた。かすかな香りだけが残った。
子どもたちが崩れる。
「おっと」
俺は一人を抱き止める。
重俊が二人目を受け止める。
光太郎が最後の一人を支えた。
「三人か」
「全部連れて帰る」
俺たちは森を歩き出した。
気がつけば、東の空がうっすら明るくなってきている。名残りの月が西の空に傾く。
しばらくして俺が言う。
「重いな」
「そんなわけあるか、子供だぞ」
「お前の軽そうだな」
「気のせいだ」
光太郎が前から言う。
「静かにしろ」
少し沈黙。森を抜ける。遠くに村の灯りが見えた。俺は振り返る。森は暗い。灯りは、もうない。
俺は小さく言う。
「なあ」
「何だ」
重俊が答える。
「死んでも残る思いって何だろうな」
「死んだことないから分からん」
光太郎は何も言わない。俺は苦笑する。
「……そうだよな」
三人は歩く。背中の子供たちは静かに眠っていた。
森は静かだった。もう、誰も呼んではいなかった。
俺は最後に一度だけ森を振り返った。胸の奥が、静かに疼いた。あんなに必死に残そうとした村が、跡形もなく消えてしまった。




