第三話 落人の里
森の奥へ進むにつれ、足元の土が固くなった。落ち葉の下に、硬いものが当たる。
俺は足を止めた。
「……待て」
重俊が振り向く。
「どうした」
「何かある」
しゃがみ込む。落ち葉を払う。
石だった。ただの石ではない。地面に埋まっている。
俺は指でなぞる。
「……並んでる」
「縁石だな」
同じ石が続いている。重俊が小声で言う。
「道だ」
「森の中に道?」
光太郎が静かに言った。
「昔の道だ」
俺は周囲を見る。
「村でもあったのか」
重俊が苦笑する。
「この奥にか?」
「石は嘘つかねぇ」
俺たちは道に沿って歩く。草が深い。ところどころ道は崩れている。だが石は途切れることなく続いている。土が踏み固められている。人が通っていた跡だ。
重俊が呟く。
「かなり古い」
「百年以上か……もっと前か」
光太郎が言う。俺は前を見る。
「ずいぶん昔だな」
◇
やがて森が少し開けた。風が通るたび、どこかで乾いた音が鳴る。
俺は足を止める。
「……おい」
「見えるな」
重俊が並ぶ。
そこには村の跡があった。
屋根は落ち、崩れた家。
苔や蔦に覆われた傾いた柱。
家の中には竈門。
崩れた石垣。そして、井戸。
僅かに人が暮らした跡がある。
「村だ……いや、村だったな」
「人の気配がないな」
重俊が周囲を見回す。光太郎が井戸を覗く。
「水はない。長く捨てられている」
「誰も住んでねぇ」
「逃げたのだろう」
俺は振り向く。
「何から」
「戦か、飢えか、病か」
光太郎が石の前で止まった。
「墓だ」
俺と重俊が近づく。古い墓石だった。苔だらけで文字は読めない。重俊が苔を払う。
「……紋だ」
「蝶か」
重俊が頷く。
「……揚羽蝶……平家の紋か」
「平家?」
「源氏に負けた方だ」
俺は眉を上げた。
「落人か。戦に敗れ、山や森へ逃げた連中だ」
俺は村を見る。
「こんな所まで来たのか」
「逃げるしかなかったのだろう」
「京からここまでか」
「どれほど辛い旅だったか……」
重俊の鼻をすする音がする。俺は村を見渡す。光太郎が言う。
「だが、長くは続かなかった」
「畑もねぇ」
俺は頷く。重俊が続ける。
「人も寄りつかぬ」
「そりゃ消えるわな」
風が吹いた。崩れた家の戸が、ぎぃと鳴る。重俊が腕を組む。
「だが妙だ」
「何が」
重俊は村を見る。隣で光太郎が口を開く。
「村は消えた。だが、消えていない」
「何がだ」
光太郎は村を見ている。
「思いだ」
「またそれか」
光太郎は続ける。
「村を残したかった」
「死んでもか」
俺は村を見回す。光太郎は頷いた。
「そういうことだ」
その時だった。
くす、と笑い声がした。崩れた家の間に、子どもの影がいくつも現れた。
着物も髪形も古い。どの顔も青白いのに、楽しそうに笑っている。互いに手を取り合い、崩れた井戸の周りをくるくる回っている。まるで遊んでいるようだった。
母上……かすかに呼ぶ声が聞こえた気がした。目を凝らすと立派な身なりの子が書を読んでいる。隣にはやはり古いが美しい着物の女が琴を奏でている。
重俊が息を呑む。
「……あれは、夢か?」
「村の記憶だ」
光太郎が頷く。
「そうだ」
「じゃあ今こっちへ来てるのは何だ」
森の奥から、三つの小さな影が歩いてくる。草履は新しい。着物も今の村の子のものだ。だが、目の焦点が合っていない。表情もない。
光太郎が低く言う。
「生きている」
俺は舌打ちした。重俊が言う。
「呼ばれた子たちだ」
俺は刀に手をかける。
「どこへだ」
「ここに」
子供はふらふら歩いている。崩れた家の間へ入ろうとする。
重俊が小声で呟く。
「歓迎されているようだな」
「冗談じゃねぇ。連れて帰る」
光太郎が低く言う。
「来る」
崩れた家の奥。影がゆっくり立ち上がった。人影だ。だが足が地面につかない。
重俊が息を吐く。
「……なるほど」
「村の幽霊ってわけか」
影が三人を囲む。俺は構えた。
「子供はやれねぇ。連れて帰る」
「同感だ」
光太郎が言う。
「始まる」
闇の村が、静かに動いた。




