6話 足がかり
まじかぁ。ここって異世界なのかぁ。でも普通に考えたら浮遊島なんてものが俺の元居た世界に存在した筈がない。そんなものがあったら、世界中の好奇心溢れる人々が開拓しまくってるだろう。
ちょっとびっくりしすぎて、メイドさんが赤ちゃんのおしめを変えてるところをバッチリ見てしまった。名誉の為に目をそらす、とか言ってたのにすみません。因みに、女の子だった。
不可抗力だ、俺は悪くない。そもそも実際に見たのは、この子の目だからな。うん、俺は悪くない。
いや、どうでもいいんだそんなプライベートなことは。
俺はもう一度空に浮かぶ岩の塊へと意識を向ける。
うぇええええええええ!なんじゃありゃあああ!
でかい。無駄にでかい。ただただでかい。
理解が追いつくと同時に今度は語彙の少ない、素直な感想が出てくる。
窓枠はかなり広いのに拘らず、浮遊島の全体像が収まりきっていない。
パッと見た感じ、ただの岩の塊とその上に生えた森林規模の木々が見える。だが、目を凝らすと外周ギリギリに建物がポツンと建っているのが分かった。あれは木で出来た質素な小屋だ。あんなところに建っていると、いつか滑り落ちそうだ。
ていうかあの島には文明があるのか。
少なくとも人が百人、いや千人単位住むくらいなら余裕だ。それくらいの大きさだ。
淡路島とかが浮いたらあんな感じに見えるのだろう。
…やばい、千人規模とかいう話じゃなくなってきた。
一体何がどうすれば、あの規模の岩の塊が空を浮くのだろうか。俺の疑問などそっちのけで、浮遊島は悠然と空を進んでいく。そう、浮いているだけじゃなく動いていた。プレートテクトニクスをぶっちぎる速さだ。最初に小屋が窓枠の外に消えていき、遂に島全体が見えなくなる。
いつか登ってみたいな。
開いた口が塞がらないとはこういうことを言うんだろうな。これほどびっくりしたのは、前世も含めて初めてだ。塞ごうにも口がないんだけどな。
さて、図らずも性別が分かってしまった赤ちゃんだが、やっとおしめを替えるのが終わった様子だ。彼女から伝わってきていた不快感が綺麗さっぱり消えている。
少しの間、メイドさんがあやしていると段々と伝わってくる感情が眠気へと変化していった。
宿主様は、そろそろおねむになったらしい。視界が次第と狭まってくる。
瞼が閉じる寸前、窓の外に光が煌めいた気がした。
闇に閉ざされる。
そういえば、俺には睡眠の必要がない。記憶を閲覧している間、外では三回太陽が昇って、沈んだのだが、一度も眠気に襲われるようなことはなかった。一応寝る、というか何も考えずにぼーっとするみたいに近い、ことは出来る。けれど、どれほど長い間起きていようが、睡眠不足でぶっ倒れる心配がないのだ。
…「何か」を操る時、無茶して一度気絶したことは忘れてほしい。
五感のうち四つがなく、そもそも体と言えるものを持ってない。一応記憶と思考は出来るが、それらを行っている器官が、存在するのかも疑わしい。そして、追い打ちをかけるように発覚する、睡眠の必要がないという事実。
認めよう、俺はもう人間ではない。下手すれば、というかほぼ確実だが生物でもない。
俺って一体なんなんだ?
これまで薄っすらと気づいてたことだが、ちゃんと考えるのは今回が初めてだ。
けれど、考えたところで答えの一欠片でさえも掴めない。
…まぁ、いいか。結構重要な案件だが、分からないし放置しておこう。赤ちゃんを守る過程で、いつか知れるのならそれでよし。俺は既に、彼女を守り抜くと誓ったからな。他のことは全て後回しだ。
正直言うとそうする以外道がないんだけどな。
とりあえず今日は寝よう。何より今は外の情報が欲しいので、朝まで待機だ。
それまで「何か」を操る練習でもしよう。
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おっはYO!
なんて最高な朝なんだ!澄み渡った空気。部屋にある大量にある本から漂う木独特の匂い。そして窓の外からは清々しい朝日とクレヨンで塗りたくったみたいな青い空が覗いている。
今言った半分は、感じ取れてないけどそれはそれ。
だが、一つだけ確実に感じ取れているものがある。
それは不快感だ!
またかよ、宿主様。雰囲気を壊さないでくれよ。仕方ないんだろうけどさ。
何日か日数が経った。その間に、またもや大発見があった。いつもように「何か」を操る練習をしている時だ。かなりの量を同時に操れると思った時に、これって体外に出してみたら一体どうなるのかと思ったのだ。
そんなこんなで試していると、実は「何か」が外界にも存在するようだと気付いた。空気と同じように、空間を満たしている。これを発見した時の喜びったらなかった。「何か」を触覚のように伸ばして、部屋の様子を完全に把握できるのだ。光や音は分からないが、それでも本棚がいくつあるかとか、本の数などは数えられる。大きな進歩だ。
あと、今更確認するが、俺はどうやら赤ちゃんの感情や考えていること、思ったことを断片的に感じ取ることができる。第六感みたいなものだな。二から五感あたりが家出してるけど。帰ってきてくれないかな。ついでに、体を拾ってきてくれると嬉しい。
『うぅ、ああああーーーーん』
こんな感じで時々聞こえる。今のは感情よりも思ったことだな。まだ言葉を習ってないから、言ってることが全く分からない。
一瞬聴覚復活したか!と、思った時の俺の喜びを返して欲しい。
いつものように、メイド姿の女性が慌ただしく部屋に入ってくる。そして爆弾解体任務に取り掛かり始めた。頑張ってください。
メイドさんは実に手際よく作業をこなす。そういえば、メイドを雇うくらいだからこの家の主人は金持ちなんだろうか。メイドの良し悪しが分かる訳じゃないが、こうも手際が良いと、払わなければいけない給金とかも高そうだ。
もしかしたら、メイドを雇うこと自体はこの世界では普通なのかもしれない。一般家庭でも手を出せる位給料が安かったりするのだろうか。
これも考えても詮無きことだ。いかんせん情報が少なすぎる。
メイドが赤ちゃんを抱き上げ、宥めている。何か落ち着くようなことを言っているようだが、一言も分からない。
せめて聴覚が復活したらなぁ。それだけでも、入手できる情報量は桁違いになる。この世界の情報が大量に入ってくるだろうからな。
あ、でもそうか。別に聴覚が無くてもちゃんと世界で生きていける人はたくさん存在しているな。よく考えれば、聴覚に障害がある人ならば、俺の元居た世界にも居る。ヘレン・ケラーがその代表的人物じゃないだろうか。
ふむ、これは調べる必要があるな。
俺は記憶のひきだしを漁りまくった。必要な情報とそうでないものを仕分ける。思ったより時間がかかる。ここは要練習だな。
必要な情報のみを引っ張り出すと色々な資料が発掘出来た。読唇術、手話、指文字、筆談、ヘレン・ケラーの人生などなど。
読唇術以外は全滅だな。他はほぼ動きを使ったものが多いので、体を持たない俺にはどうにもならない。
そして頼みの綱の読唇術も、会話を全て理解するレベルに至るのはほぼ不可能なようだ。母音が同じ言葉などは口の動きが同じものが多いらしい。
ぬぐぐ、俺に会話は不可能なのか。
淡い期待を抱きながら、最後のヘレン・ケラーについての資料を読み進める。
ふむふむ、目と耳がどちらも使えなくなったのか。目が見える分、俺の方が有利かもしれないな。だが、出来れば俺にも言語の先生をつけて欲しい。日本語である可能性が低いし。
贅沢は言ってられないな。とりあえず、欲しい情報は手に入れられた。ヘレン・ケラーは音を出す時の舌の位置や喉の動きを口の中へ手を突っ込んで理解したそうだ。これをなんとか応用していきたい。
手という媒体が無いのが痛手だが、ちゃんと対策は考えてある。ここは「何か」を代替措置とする。未だ正体の掴めない「何か」だが、水中にいるような感覚ではあるものの、手足のように動かせるようになってきた。それに伴い、外に存在するものも操作する練習も行なっている。これを利用し、外で喋っている人達の舌の動きを観察、記憶する。
なので、赤ちゃんの体外にある「何か」を操って、喋っている人の口内に侵入。そして舌の動きを存分に観察するのだ。何も間違えてはない、筈。
でも少し心配だな、出来れば答えを照らし合わせるために、もう一つくらい何か音を探る方法を取っておきたい。
何があるだろうな。今度は科学的な観点から見てみるか。




