5話 ほどほども大切です
ココハダレ?ワタシハドコ?
ナンテコトダ。
どうやら記憶喪失になってしまったようですね。昨日のことも、一昨日やっちまったことも全く覚えていません。これでは仕方ない。そう仕方ないのです。こんなハプニングやあんなびっくり仰天なことなど起こらなかったのです。
もう普通の人生を歩んでいくほか無いようですね。では目を覚ましましょう。そして普通に体を動かせることを確かめるのです!!
さぁ、動け!
・・・・・・・
ぬぐぐ・・・・・・
うおおおおおおおおお!
・・・・・・・・
…はぁ、俺何やってるんだろう。
そりゃあね、誰だってこんな状況に陥ったら現実逃避したくなる。俺だって少し期待してたんだ。起きたら全てが夢だったとか、笑顔が可愛い彼女と再会出来たりとか。
そこ!元から居なかっただろ、とか言わない。
はい、そこ!お前彼女いない歴=年齢だろ、とか突っ込まない!泣きたくなるだろ!
と、まあね。期待していた訳だ。なのに、現実は常に無情なんだ。体は動かないし、挙げ句の果てに、また目が閉ざされてしまった。どうやら宿主様が寝てしまったようだ。しかも長い。寝る時間がとてつもなく長い。確かに、赤ちゃんは寝るのが仕事とは言うが、長過ぎやしないだろうか?もしかして冬眠?それとも俺が短気なのか。多分短気なのだろう。
短気の原因はある。頭が痛い。頭に該当する部位を俺は持ってないかもしれないが、とにかくイメージ的には、痛みは頭にある。思考が邪魔されない程度だが、イライラする。誰か頭痛薬をくれないだろうか。
痛みの理由は、お察しの通り「何か」を操る時無茶し過ぎたせいだ。始めたら成功するまで続けるとか、あんな意地を張らなきゃよかった。何か出来ることを見つけることで、舞い上がっていたようだ。そして、結構流暢に操れるようになって、調子に乗った。自業自得だな。これからは、無茶しないように注意しよう。
ここで疑問なんだが、あの「何か」は一体何なのだろうか?流動的であるということは、恐らく液体なんだろう。それにしては、多い。 俺の今の主観では、よく分からないのだが、それでもあの量は、赤子が内包するには多すぎる気がしてならない。
出来ることをしようと啖呵を切ったのはいいが、俄然情報が少な過ぎる。一体ここは地球のどこなのか?はたまた大前提として、地球にいるという考えが間違っているのか。もしそうであるならば、ここは生命が適応する事が出来た他の惑星なのか、それとも異世界なのか?そして俺が気絶するに至ったあの「何か」は、一体どんな物質なのか?やっぱり魔力という解釈でいいのか?俺は何故転生したのか?最後に一番気になる疑問として、俺は今一体全体どういう状況なんだ!なんで他の人の体の中に居候している?
疑問は尽きない。手始めに、宿主が居るであろう部屋の様子だけでも理解しておきたい。まさか外で寝かされてるとかないよな。すごく厳しい家とかだったら、可能性はあるかもしれない。赤子の時から鍛えろ!的な。母親っぽい人物が優しそうだったから、無いと信じたい。
なので、少し外の様子を確認したいが、宿主様が寝てしまわれたのなら仕方ない。
ならもう一つの疑問を片付けるとしようか。
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周囲を見回す。うん、やっぱり完璧だ。何もかもが鮮明すぎるほどに鮮明だ。さっき、確認したが押入れの中までグチャグチャのままだった。あれも配置全部そのままなんだろうな。
俺はまた、自分の部屋に居る。記憶の中の部屋だ、ここを勘違いしてはいけない。
ひとまず、この異常な記憶力、再現力を持つ理由とそれらがどれだけの性能を持つかを把握しておきたい。恐らく、理由の方は解明出来ないだろうから、転生特典辺りだと考えておけば良さそうだ。
なので、性能の方を重点的に見ていく。
今の所出来たのは、記憶の再現、記憶の再生、あとはPCの検索履歴の閲覧とかだな。あれらは物凄く便利だが、例えばあの記憶力はどこまで適応されるのか。最近のことだけを記憶しているのだろうか。はたまた、25年間の人生全てを再現できるのだろうか。そして、あの記憶力はこれからも保持されるのか。これから見聞きすることを完全に覚えるのだろうか。
こういった疑問を解決していこう。
俺は早速作業に取り掛かった。
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検証の結果、色々と興味深いことが分かった。
先ず、生まれた瞬間からの記憶があった。生まれてから今まで、全てだ。これに関しては、情報量が多すぎて、全てを確認しきれなかった。だが、母の胎から出てくる俺の姿を見ることが出来た。母は本当に嬉しそうに泣いていた。体があれば、俺ももらい泣きしてしまっただろう。死んでしまったことが本当に申し訳なくなってくる。蛇足だが、俺の出産の時、帝王切開しなきゃいけなかったみたいだ。
あと、この記憶力はこれからも継続されていくようだ。さっき赤子の目を通して見た景色をもう一度見ることが出来た。今居る部屋の様子をじっくり観察することが出来たのは嬉しい。上を見ていたので、詳しくは分からないが、大きな本棚が幾つも並んで立っていた。かなり大きい、少なくとも日本のアパート程度だったら、余裕で入るくらい大きい気がする。
そして察しはついていると思うが、部屋自体も巨大だ。奥行き20mくらいあるんじゃないだろうか。天井が遠く上の方へ見えた。これだけ広ければ、赤ちゃんが不安になって泣いたりしないのだろうか。
子供部屋というより、図書館と言われた方がしっくりくる。部屋の装飾は、かなり厳かな感じだ。そして、中世風。天井からは、高級ホテルの受付なんかでよく見る、巨大なシャンデリアが吊るされている。
支柱は雰囲気を壊さないようにか、全て木材で出来ていた。そして中世風だと思った最大の理由が、壁紙らしきものが見当たらないことだ。柱と同じく壁も全て木がむき出しなのだ、しかも塗料が塗られていない。
うん、これはどうやら本気で違う世界だという可能性が出てきた。少なくとも、見える全ては過去の時代の産物だ。
そろそろ覚悟を決めた方が良いかもしれない。
そして赤ちゃんの目が捉えた一人の人物。恐らく今、俺が居候している赤ちゃんの母親であろう人。年齢は二十歳くらいだろうか。髪は黒色だ。深い夜の闇のようで、光を反射ではなく、吸収しているような不思議な色だった。艶のある黒がいいと聞くが、俺は寧ろこっちの方が好みだ。胸のあたりまで届く長さで、先が少しウェーブがかっている。
目も髪と同じで、綺麗な黒だ。だが、こちらは髪と違い、キラキラと光っていた。自分の産んだ生命に対し、喜びと好奇心が隠せない様子だった。
そして端正な顔立ちだった。黒目黒髪が合わさって、日本だったら即、アイドルやら何やらに抜擢されるだろう。
これから多く関わっていくことになるかもしれない。彼女は俺の最重要人物リストに入れておこう。
不思議だったのは、俺が彼女に対しなんのときめきを抱かなかったことだ。
25歳独身が何言ってんだとか突っ込まれるかもしれない。だが、信じてほしい。大の男だってときめいたりするのだ。
だが、彼女を見ても、俺の胸は、ドキリともしなかった。
とにかく、生前の俺ならすれ違っただけで、振り向きそうな程の美女なのに、俺は何も感じなかったのだ。
これが、俺が人間で無くなったことを如実に表しているようで、少し悲しくなる。
最後に、PCの検索履歴だな。でもこれはよく考えたら、過去の記憶だ。記憶の再現方法が別だったから、異なるものとして分類していた。ともかくこちらもちゃんと全ての検索履歴が残っていた。履歴から消したものや全く役に立ちそうにないもの、いかがわしいサイトやら全部だ。
いかがわしい部分だけ削除できないかな。少し恥ずかしい。利用方法も無くなっちゃったし。
…何とは言わないが。
あと、もう一つ重大発見がある。記憶の再現方法についてだ。いちいちPCを思い出すのや集中して思い出さなきゃならないのが面倒くさいので、どうにかならないかと思っていたのだが、何回も使うことでどうにかなった。
要するに慣れた。今では、かなりスムーズに必要な事柄を思い出せる。若干タイムラグはあるが、それはどうにもならない。気分は、完全に本の位置を覚えたベテラン司書さんだ。
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色々な検証を終えると外はもう夜になっていた。
何故分かるかって?やっと我が宿主殿が目を覚ましたのだ。
窓の外では、無数の星が瞬いている。空が澄み切っているんだろうな。都会では絶対に見えない景色だ。やっぱりここは日本じゃないのかもしれない。
夜であるのにも拘らず、部屋の中は明るい。満月の反射する光が降り注いでいる。
そんなことを考えていると、急に不快感が襲ってくる。
何事か、と一瞬心配したが、どうやら杞憂だったようだ。
その感情は、赤ちゃんが感じるものだと分かった。同時に、「あーっ!あーっ!」という泣き声が聞こえてくる。夜泣きだ。俺も小さい頃不安感のおかげでよく泣いたから分かる。
だが、この子は体から生じる不快感のせいで泣いている。赤ちゃんの感じる不快感、としたらあれしかないな。
少し時間を空けて、ろうそくを持った一人の女性が急ぎながら部屋に入ってきた。さっき見た女性とは違う、メイド服を着た人だ。
少し目を疑った。日本のサブカルチャーに毒された結果だろう。けれど、40歳くらいの女性が着ているメイド服は、俺にとって少し痛々しい 。
でも彼女の着ていた服は伝統的なもので、スカートの丈はくるぶしの所まであり、現代日本で見るようなフリフリしたものも付いてなかった。どちらかというとエプロンドレスに近い感じ。それが功を奏したのか、案外すんなり受け入れられた。
揺りかごの近くまで、辿り着いた彼女は、恭しく赤ちゃんの体を持ち上げ、そして何かを語りかけ始めた。少しすると女性は、赤ちゃんを移動させ、着ていた子供服を脱がせ始めた。
うん、やっぱりそういう理由で泣いていたか。
その子の名誉の為に、目を背けてあげよう。いや、実際に目を動かせないけど、出来るだけ赤ちゃんの視界の端の方に意識を集中する。すると、また窓の外の景色が目に入ってくる。
ワッツ!?
思わず二度見する。
自分の目を疑う。いやこの場合は赤ちゃんの目を疑った。
信じられないものを見てしまった。
そして、理解する。納得さえしてしまった。
あぁ、やっぱりここは俺の知る世界ではない。
俺が視界の端で捉えたもの。
それは巨大な浮遊島だった。




