3話 決意
ちょっと待て。待て待て待て。飛躍しすぎだ俺。転生?何を突拍子も無いことを考えてるんだ。妙にしっくり来るが、そもそも俺が死んだってことが確認出来ていない。昨日、ちゃんと寝た記憶だってある。まさか泥棒が入ったとか?だが、鍵の施錠の確認はきちんとしたはずだ。出来ていないと、理恵にブチ切れられる。
とりあえず寝るときの部屋の様子を思い出してみる。
むむっ。少し経つとかなり鮮明に思い浮かべることが出来た。というか鮮明すぎる。なんでデスクの上の落書きやら、ふすまに空いている穴まで寸分の狂いなく思い出せてるんだ。実際に部屋の中にいるような錯覚さえ覚える。
この記憶の鮮明さはひとまず置いとこう。今は、死んだ原因を調べるのが先だ。
いや、死んだ筈無いけどな。
周りを見渡す。ここで、ちょっと感動を覚える。今の俺は、フヨフヨ白く光る綿毛の様なものだ。それでも動かせる。たとえよく形状はよく分からない物体であっても、体を自分の意思で動かせることがどれだけ嬉しいことか。
デスクやゴミ箱、脱ぎ捨てたジャケットなどを見ながら、俺の死ぬ原因となった異常が無いか探る。散乱している本のタイトルがくっきりと見える。手にとって、パラパラとめくってみるが、中の文字もちゃんと読むことが出来た。PCだけが見当たらないが、そんなこと誤差の範囲だ。うん、これは逆の意味で異常だ。でも、これだけ再現できるのなら体も生前のものにして欲しかった。PCも含めて、俺の処理能力を超えてしまっているのだろうか。
次に布団の周りを確認する。昨日の夜は、かなり冷え込んだから、湯たんぽや掛け布団を二枚引っ張り出してきたんだっけ。そうだ、そういえばストーブを点けたまま寝たんだ。寒さを凌ぐ為に、雨戸まで閉めたんだったな。
…あ。
かなり重要な事実に気づいてしまった気がする。だが、俺がそんなバカみたいなミスなする筈が無い…とも言い切れないんだよなそれが。
部屋の中身を再現した要領で、違うものを思い出そうとする。この記憶力の異常さの実験も兼ねて、最近ではなく昔の記憶を再現してみる。いつかネットサーフィン中に見た、一酸化炭素中毒についての記事だ。
先ずは、パソコンの形状から思い出す。ちょうどデスクの上に来るように集中する。四角い箱から始まり、見慣れた文明の利器をかたどっていく。かなり古い型だ。動作は遅いし、何故かなかなかWi-Fiに繋がらない。だが、父さんから譲ってもらったものだったから、結構大事に使っていたんだ。
話が脱線した。一酸化炭素中毒の話だったよな。電源を入れて、検索履歴を見てみる。かなり雑学が多い。最初に譲ってもらった時、かなり興奮しながら色々調べまくったからな。後、暇な時もずっとネットサーフィンをしていた。趣味も無かったし、部活とかにも入っていなかったからだな。
切ない気分になってくる 。自分の世界を広げてこなかったから、仕事であんな大きなミスをやらかしてしまったんだろうなぁ…。
また話が逸れた。検索履歴へと意識を戻す。しかし、本当に膨大な量だ。こんなの一酸化炭素を見つけるのに、1日以上かかりそうだ。ふと画面をもう一度確認すると、右のほうで何かをみつけた。ふむふむ、どうやらここで検索履歴の中を検索できるようだ。とりあえず、一酸化炭素で検索する。当てはまる項目が10件ほど出てくる。一酸化炭素一つだけで、10件も出てくるとは、全体量は一体どれくらいあるのだろうか。ちょっと数えるのが怖い。
一酸化炭素中毒の記事を選択する。ウェブサイトが表示される。大体一万文字程度だろうか、一酸化炭素の原因や危険性について、びっしりと書かれている。確認しようがないが、恐らく一言一句間違えていないだろう。
読み進めるうちに、一酸化炭素中毒はかなり恐ろしいことが分かった。完全に閉め切られた部屋の中で、不完全燃焼などで発生した一酸化炭素が空気中に一定以上増えてくると、一酸化炭素中毒が起きるらしい。これと同時に、酸欠にもなるらしいが、これは無視でいいだろう。一酸化炭素中毒が恐ろしい理由だが、一酸化炭素が無色、無臭である上に、症状が風邪に似ている為に気付くのに遅れるらしい。
さて、ここまで来たらもう分かるんじゃなかろうか。パソコンの電源を切り、もう一度辺りを見渡す。部屋は完全に閉め切られている。窓は施錠されているし、廊下へのドアさえも鍵が閉まっている。
鍵を閉めれば、寒さが和らぐ気がしたんだよ。
体は子供、頭脳は大人な小学一年生が、「これは、密室殺人だ!」と、歓喜する様子が思い浮かぶ。喜んじゃいけないな、うん。
次にストーブを見る。なんの変哲も、種も仕掛けも無いストーブだ。昔ながらのガスを使って部屋を暖めるストーブ。賢吾が彼の祖母が亡くなった時、引き取ったものだ。当然の様に古い。不備があって、不完全燃焼を引き起こす可能性があるくらいには、古い。
ここまで状況証拠が揃ってしまえば、灰色の脳細胞を持たない俺でも推理できてしまう。
そう、この密室殺人の犯人は!
このガスストーブ…を点けっぱなしにしていた俺だ!
なんてことだ。これまでバカだバカだと思っていたが、まさか自分を殺してしまう程のバカだったとは。しかも自殺でもなんでもなく、ただのミスで。これじゃあ両親や祖父母だけでなく、遠い先祖にも顔向けが出来ない。
もう一人、いや二人、顔向け出来ない人が居るのに気付く。それは、死んだという事実よりも重く俺にのし掛かった。
俺が死んだ場所は、賢吾の家だ。三年間お世話になった、賢吾の家で俺は死んでしまったのだ。旅行から帰ってきた時、賢吾は寝室で動かなくなっている俺を見つけるだろう。そうなった場合、てんやわんやの騒ぎになる筈だ。もしかしたら警察が呼ばれるかもしれない。すぐ死んだ原因は判明するだろうが、それまで賢吾は自由に動けなくなるかもしれない。葬式などもあるだろう。準備は、俺の親がするだろうが、その時両親が賢吾に文句を言うかもしれない。彼のせいでは無いのに。むしろ彼は、被害者だ。
心が罪悪感で満たされる。必ず恩を全て返すと約束したのに、更に迷惑をかけ、完全に恩を仇で返した形だ。
だからといって、今の俺にはどうすることも出来ない。どれほど反省しようとも、どれだけ賢吾たちを助けたいと願っても、体が無い今の俺では、何も返せない。
そうだ、仕方ないんだ。俺が死んでしまったのは事故だし、何より転生などという摩訶不思議な体験をした直後だ。恩を返す余裕が無いし、何より方法が無い。
忘れてしまえ、前世の俺のことは。俺は生まれ変わったんだ。
だが、どれほど頑張ってもこの暗い気持ちは消えなかった。俺は自分が悪いと分かっている。俺が悪いと認めてしまった。この時点で、俺は自分の罪から逃げることは出来ない。自分の罪深さは、自分が一番理解しているからだ。
俺はどうするべきだろう。このことを忘れて楽しく生きていくべきだろか。罪を心の隅っこに追いやるのは簡単だ。あの謎の記憶力のせいで、忘れはしないかもしれない。
けれどいつかは気持ちの方が薄れていく。この罪悪感が、自分に対する怒りや不甲斐ない気持ちが、あるいは簡単に消えてしまうかもしれない。
だが、この案は却下だ。罪悪感が消える気がしないし、これでは人生絶対楽しくない。何より、俺が嫌だ。後悔するのは、もう終わりにしたい。
ふと、思う。彼らは、賢吾と理恵は何と言うだろうか。いや、考えなくても分かってる。あの二人なら絶対にこう言うだろう。「気にするな」と。
でもそれでは駄目なんだ。彼らへの恩を返す方法を考えなければならない。
恐らく、直接的に返すのは、もう無理だろう。今、地球のどこの、いつの時代にいるのかも分からない。先ず、世界が違うってこともあり得る。転生モノのラノベにありがちな話だ。小説を現実に当てはめるのはどうかと思うが、転生した今なら十分信じられる話だ。
だとすれば、俺は間接的に恩を返すべきだろう。だが、それは賢吾たちに対して、何の利益もないものになる。
彼らの望むものを考えてみる。すると、ある一つの映像が頭に流れ込んでくる。賢吾と理恵が話している時のものだ。賢吾が、アメリカで見聞きしてきたことを説明している。
あいつは、昔から旅をするのが好きだった。色々なものに触れ、初めて見るものに興味を抱き、自分の世界を広げるのが楽しいそうだ。俺とは真反対だな。
とにかく、彼はアメリカ旅行の様々な土産話を俺と理恵に語ってくれた。その中に出てきたアメリカの文化の一つに、ゴッドファーザーというものがあった。賢吾は、それについて喋っているようだ。簡単に説明すると、子供の実の親以外の守護者みたいなものだ。決して、マフィアのボスとか怖いものじゃない。詳しく言うと、アメリカじゃなくキリスト教の文化らしいが、今は置いておく。
理恵が笑いながら、「私たちに子供が出来たら、奏太がその子のゴッドファーザーになりそうね。頼りないけど」と言っていた。賢吾も「そうだな」と笑っていた。俺もそれにつられて笑っている。
これを見て、何かこみ上げてくるものを感じる。そうか、俺はもうここには帰れないのか。
いや、止めろ俺。感傷に浸っている場合じゃない。
これも俺の記憶か。恐らく聞き流していたんだろう、全く覚えていない。なのに、再現できる上に再生も出来るとはこの謎の記憶力は一体何なんだ。
それにしても、子供か。さっき見た光景を思い出す。一生懸命伸ばされた小さな手。俺が住んでいる(?)体の持ち主であろう赤ちゃんの手だ。
この子を守ろう。いや、この子を守らなきゃならない。これ以外に、恩を返す方法が思いつかない。恩を返せる方法じゃないかもしれない。最悪この子は、俺が何もせずとも、安全に生きるかもしれない、というかそれが一番だろう。
これは、ただの自己満足だ。だが、他に何も出来ない以上、出来ることから始めなければいけない。もしかしたら守るための力もつけられないかもしれない。体が無いのだから、十分あり得る。
それでも、何か目標を決めなければ、俺はここで立ち止まったままだろう。ただ、罪悪感に苛まれて、毎日を無為に過ごす。それだけは、駄目だ。それに、何もしないのは、確実に賢吾達に恩を返すことには繋がらない。何よりそれは、彼らが望まないことだと分かる。
賢吾と理恵に誓いを立てる。俺はこの子を見守り続ける。俺の命の炎が燃え尽きるまで、俺の存在全てをかけて、守り通してみせる。




