2話 転生
藍色の風に吹かれながら、虚空を舞う。
ゆらりゆらりと覚束なく、けれど目的を見失わないように。
やがて境界を越え、無限に広がる世界を目の当たりにする。
命の存在しない世界、緑豊かな世界、技術が発展した世界。
それら千差万別の世界を見つめながらも、確信を持って一つの世界を見つけ出す。
まるで、そこが俺の帰るべき場所であるかのように。
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薄い微睡みの中で、暖かい光を感じる。もう朝か。そろそろ起きて、荷物を纏めないとな。でもなんでだろうか、ものすごく体がだるい。昨日は、そんな疲れることはしなかったはずだが。ビールか?たかが、二缶で二日酔いになったのだろうか。
いや、違うな。気持ち悪さがない。少しずつ意識が覚醒するごとに異常に気付き始める。体が動かない。ちょっと待て。なんで目さえ開かないんだ!
焦りでやっと完全に目が冴えた。脳が稼働し始める。とりあえず体をジタバタさせてみる。だが、依然動かない。なんだ?一体何が起きた?なんで体が動かない!?
落ち着け、落ち着け俺。まずは状況判断だ。
焦燥感に駆られつつも、脳は正常に動き始める。体は、まだ動かない。
じゃあ、五感は?
目は開かない。
耳は、何も拾わない。呼吸音さえも聞こえないことが、焦りを加速させる。
触覚は?布団の柔らかい感触をどこにも感じない。今は、冬の冷気でさえも恋しく感じる。
味覚は、今試しようが無い。口も動かないし。というか口はどこだ?
後は、鼻か。こちらもどこにあるかが分からない。これも息を吸い込めないという焦りしか生まなかった。
何よりも体がどこにあるかが分からない。なんと言えばいいのか。体があることは知っているのに、どこか遠くに存在するような感じだ。
オイオイオイ!やばく無いかこれは。 五感は全滅なのか?
植物人間。そんな言葉が脳裏をかすめる。確か、生きているのに動くことも、目を覚ますこともない病気?のようなもの。
焦りが強くなる。もしかして植物人間になった人って全員意識は存在していたのか?ただそれを外に知らせる手段が無く、ひたすら時間を無為に・・・
また一つの感情が意識を支配する。だが、今度は焦りじゃない。そんな優しい感情じゃない。恐怖だ。吐きそうになるぐらいの恐怖がこみ上げてくる。誰にも自分がここに居ると伝えられないことへの恐怖。
あれ?
恐怖が新たに絶望へと変化する寸前、俺の脳は一つのことを思い出した。
そういや俺、起きる時光を感じたような。もう一度意識を目へ向ける。やはり薄っすらとだが光を感じる。これは、目を閉じている時のような・・・。
今の俺にはそれは希望の光の様だった。だが、どれだけ頑張ろうとも、目を開くことは出来ない。光が明滅することから、切れかけの電球か、ということ位しか分からなかった。
五感はほぼ全滅。体も動かせるものがあるという感覚だけ。なのに、視覚だけは機能している。謎だな。
しかも目の付いている体と感じる事が出来る体が別々に存在しているような感じだ。他人の体を使っていると言えばいいのか。体は遠くに感じるので、感覚的には脳に目だけが接続している感じ。
想像したら気持ち悪い。
大分気分は落ち着いてきた。他の四感覚が全く機能していないのが、恐怖ではある。だが、それよりも一つでも希望が見えたのが大きい。もしかしたら他の五感もいずれは回復していくのかもしれないと淡い希望を抱いている。安心してもいるかもしれない。我ながら図太い神経だ。
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どれくらいの時間が経っただろうか。他に出来ることが無いので、ずっと見つめていた光が急に動いたような気がした。
ん?なんだ?
もしかして賢吾が動かない俺を見つけて移動したりしているのだろうか。
不思議に思っていると、急に視界が開けた。そう遂に目が開いたのだ。
瞬間、大量の情報が目から入ってくる。綺麗に削られた木で出来た天井。煌びやかで、しかし装飾の多過ぎない部屋、綺麗に整頓されている本棚。あぁ、さっきの明滅はどうやら窓から入る木洩れ日だった様だ。
だが、俺は再び見える様になったことが出来た喜びも、目が得ることの出来る情報量への感動も感じることはなかった。
俺の視線はただ、俺を嬉しそうな顔をしながら抱きかかえている二十歳くらいの女性に釘付けになっていた。
俺の脳は、ここで初めてショートした。完全にキャパシティーオーバーだ。『綺麗な人だな』とかいう考えしか思い浮かばない。
女性が俺に話しかけている。当然の様に何も聞こえない。何も聞こえないはずだった。
『あぁう。あー』
急に言葉になっていない言葉が聞こえてきた。脳に直接響く感じだ。聞こえているのではなく、思考が流れ込んでいるのだと、何故か理解出来た。
次に、視界に手が入ってくる。小さな、小さな手だ。理恵がずっと欲しがっていた、赤ちゃんの手。見ただけで「かわい〜」って言う人が居そうなほど、可愛らしい手。
でも、そんなことを考える余裕は俺には無かった。何故なら、どう見ても俺の体から伸びたその手が、俺の意思で伸ばされた訳じゃないから。
この瞬間、これまでの疑問が全て氷解した。何故五感がちゃんと機能しないのか、何故体がどこか遠くにあるような気がするのか、そして、何故体をピクリとも動かせないのか。
そりゃそうだ。動かせるはずがない。感じることが出来るはずがない。何故なら俺はこの体の持ち主では、無いからだ。
持ち主は別にいる。まだ言葉をうまく喋れず、 母親であろう人物に健気に手を伸ばす人物が。
素っ頓狂な考えだ。非現実的な考えだ。ただ何故か、俺の直感が肯定している。
どうやら俺は赤子の体の中に、意識だけ転生してしまったらしい。




