15話 誕生日(当日)
そして今日だ。誕生日の当日。シルファが三歳になる日だ。絶え間なく動き回るメイド達の足音や厨房の料理を作る音が聞こえてくる。
今や厨房は本当の戦場に様変わりしていることだろう。いつものメンツに加え、イリスが加わっているからな。包丁が飛んでいてもなんら不思議はない。
こちらの世界に来てから三年、彼女が本を読むこと以外何かをしたのを見たことが一度もないのだ。シルファと遊ぶ時も絵本を読み聞かせることが多い。シルファ自身本好きだし。そのおかげでこの世界の文字を学べるので俺にとっては有難い。
イリスは貴族のお嬢様として育てられたようだし、本以外を触ったことがないなんてこともあるかもしれない。なので、どんな危険が待ち受けているかは分からない。出来れば砂糖と塩を間違える程度で済んで欲しいな。
そんなことを考えていると、我らが姫さまが目を覚ました。大きく伸びをした後、彼女を起こしたメイド達の騒がしさに非難の表情を向ける。半分くらい貴方のせいですよ、お嬢様。
なんて声をかけられない俺はチキンです。まだ考えてしまうのだ。恐らく唯一俺のことを認識出来る彼女に拒絶される最悪のシナリオを。
俺のそんなネガティブな思いはつゆ知らず、シルファは一番人が居る方へと歩いていく。途中、
「準備が出来ていないので、まだそちらへは行ってはいけません」
というメイド達の制止を振り切りながら、シルファはズンズン進んで行き遂に厨房の扉へとたどり着いた。
「これ以上進ませるわけにはいきません」
だが、厨房へと続く扉の前には一人の執事と二人のメイドが立ち塞がっていた。執事姿のアリエルと他二人はベテランメイドのシドとベルだ。聞いた話によると、シドとベルは長年王家に仕えていたとか。そんな二人が何故この家に仕えているのかは謎だ。
この三人は手強い。全員この家の主人に説教をする度胸があるくらいだ。まぁ、主人がライグスだっていうのも原因なんだろうな。子供と一緒に悪巧みとはそこらの悪ガキとかよりタチが悪い。この三人ならどんな主人でも言い返せる気もするけども。
さて、シルファはどんな方法でこの扉を通るのか。こっちもこっちで素直に言うことを聞くわけがない。
ジャブ程度の気持ちでシルファはフェイントを試みる。だが、鉄壁の布陣は動じる様子が全くない。次に股の下を潜り抜けようとするが、三人はそんな簡単な方法では通してくれないようだ。
「そろそろ諦めたらどうですか、お嬢様」
うん、俺も別に作り終わるのを待てばいいと思うんだが、シルファは三人に止められるのが癪らしい。アイリスに負けず劣らずの負けず嫌いだ。
「どうしても通してくれないの?」
目に少し涙を溜め、首をコテンとかしげるシルファ。可愛い仕草っていうのを熟知している。しかもそれを実際に行動に移す。所謂ぶりっ子だな。本当に将来が心配になってきたぞ。
だがその効果は絶大だった。
「ぐはぁ!」
「どはぁ!」
可愛さに撃ち抜かれたかのようにシドとベルは倒れる。アリエルも倒れるまではいかなかったが、大ダメージを受けたようだ。これに耐えるとは、なかなかやるな。
アリエルは意地を振り絞って口を開く。
「今回ばかりは通すわけには行きま――」
「できたわ!!!」
突然アリエルの後ろの扉が勢いよく開き、ケーキを乗せた皿を片手にイリスが出てきた。既に満身創痍だったアリエルはドアに吹っ飛ばされた。
「さぁ、誕生日会を開くわよ!」
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さっきまでの茶番が嘘だったかのように、準備は滞りなく進んでいく。回復した三人組もこき使われていた。頑張ってくれたまえ、諸君。
一方シルファは、祝われる側としてドレスを着せられていた。最初は嫌がったのだが、ライグスの懇願は断れても、イリスに強制されてしまっては仕方がない。どこの世でも家庭では母親が一番強いんだな。にしても、三歳でドレスか。七五三的な感じ?
ただ、ものすごく似合っている。目と同じ色の藍のドレスは、シルファの黒髪を引き立てる。その髪に付けられた月を象った髪飾りは、光を幾重にも反射し、光り輝いていた。
「実にお似合いでございます、お嬢様」
着付け役の言葉に、シルファは鏡の前でくるくる回転している。着るのが面倒だっただけで、着てしまえばあまり悪い気はしないらしい。それどころかいつもと違う自分を楽しんでいる。最初から素直に着ればいいのに。
後ろでは、ライグスとイリスがうんうんと頷いている。似合うのは当然だ、と言いたげな顔だ。
「天使はここに居たのね」
「ああ、美しい」
いや、違った。どうやら自分達の娘の晴れ着に感動しているようだ。そういえば、ドレスなんて着るのは今回が初めてか。誕生日パーティをするのも初めてだ。大々的にするのは、三歳からという文化がこっちの世界にはあるのかもしれないな。
ライグスなんて涙している。兵士として戦いに身を投じてきた彼にとって、娘の誕生日を祝えるなんて奇跡なのかもしれない。
そんなこんなで準備が整い、誕生日パーティは開始された。まだ3歳であるシルファの体力面が考えられ、昼間からの開催だ。
パーティと言っても身内だけでの催しだが、それでも参加人数は多い。ライグス家とそれに仕える執事、メイド達そして料理人たちを含めざっと五十人くらいはいる。これでも給仕人を省いた人数だ。かわりばんこに給仕する彼らを含めれば、人数はもっと増えるだろう。
「シルファ、誕生日おめでとう!」
ライグスとイリスに続き、次々と祝いの言葉が今日の主役に投げかけられる。本人は嬉しそうにはにかみ、祝ってくれる人々全員に感謝の言葉を返している。ちゃんと礼儀正しいところもあるのだ、うちの子は。
いつも以上に豪華な食事が机に並ぶ。大皿に盛られているものも多いので、今日はビュッフェ形式のようだ。
どうやら今日は海鮮料理が中心のようだ。会場の大広間には、食を誘う磯の匂いが漂っている…はずだ。どうにかして嗅覚と味覚を取り戻したいな。美味しい飯を食べたい。
そういえばこの国は、海に面していない内陸の国って聞いた覚えがあるのだが、海産物はどうやって輸入してきたんだろうか。輸送はどうにかなるだろうが、保存技術が発展しているようには思えない。どうやっても新鮮さが保てないだろう。それなのに、目の前のカニ達は、それはもう食べ頃を主張する様に艶っぽく、鮮やかな赤色だ。
やっぱ魔法か?氷の魔法とか時止めの魔法とかが存在するのか?めっちゃ使ってみたい。
食事が始まるなり、イリスは娘自慢を始める。マシンガンのように喋り続けていたが、みんな嬉しそうにそれを聞いている。その間、ライグスはシルファのカニを剥く係だ。メイドたちの反対を押し切った上でだ。たまには父親らしい事がしたい様子だ。
食事をほぼ食いつくした頃、イリスの作ったケーキが運ばれてきた。大きなホールケーキを作る余裕がなかったので、一人一つの小さめのショートケーキだ。流石に全員分はなく、ライグス一家と他数人分だけだったが、みんな既に料理を食べて満足そうだったので、不平不満はなかった。
さて、緊張の瞬間だ。恐らく、包丁さえ握ったことのないイリスが作るケーキ。そのケーキを今から食す。ゴルドとアリエルは緊張の面持ちだ。爆弾処理をするくらいの緊張感を持ち合わせている。俺には実害はないから、ほっと胸をなでおろしておこう。
さて、お味のほどは!
「美味しい!」
先ず、食べたのは何者も恐れないシルファのようだ。満面の笑みでケーキを味わっている。
って、は?
美味いの?
驚いた顔でケーキを口に運ぶ料理長と執事。二人も口々に美味しいと言っている。
不思議そうな顔をする二人にライグスが説明する。
「イリスは昔から手先が器用なんだ」
そう一言告げた後、ケーキの続きを食べ始めた。
え、説明それだけ?
それなら手先が器用な人は全員一発でケーキを作れることになるんですが。
見てくれよ、ゴルドの放心の表情を。
料理人として、立つ瀬がない。
納得できないまま食事の時間は終わり、プレゼントが渡される時間になった。
「私からは、これよ」
イリスから本が手渡される。結構分厚く、全体に金の装飾が施されている。見た目だけで判断すると、かなり高そうだ。黒地の表紙には、「フィリム卿の冒険」という文字が書いてあった。いつの間にか、読みに関しては何の支障もないレベルまで出来るようになってしまった。本1冊読んでも、分からない単語が2、3ある程度だろう。
ん?フィリム?どこかで聞いたような…。
「な、イリス。どこでその本を!」
急にライグスが驚いた様な声を上げる。なんだ、どうした。
「うふふ、本のことならなんでも分かるのよ私」
反対にイリスは勝ち誇った様な笑みを浮かべている。
フィリム?フィリムか、俺の記憶が正しければ…
「お父さんの本!」
この家族の名字か。
「この本は、ライグスの冒険者時代の本よ」
何故イリスが得意げなのかは置いといて、どうやらこの本はライグスが隠しておきたい物だった様だな。確かに自分の過去の伝記なんて小っ恥ずかしくて誰にも見せられない。
…伝記が書かれる程の人生は歩んでないけどな。
次に渡されたのは筆だ。そして水彩絵の具。これはメイドと執事、料理人たちが金を出し合って買った物だ。大人数でお金を出したので、かなり良い素材を使った物が買えたという。初めは全員がそれぞれのプレゼントを買う予定だったが流石に多すぎるということで、全員で一つのプレゼントになった。
最後にライグスの番になったが、見ると彼は手に何も持っていない。父親は何も渡さないという文化でもあるのかもしれない。これまでの誕生日も彼だけ何も渡さなかった。娘は父に尽くす側という固定観念でも存在しているのかもな。少し残念そうな気持ちがシルファから伝わる。
ただ何故か大人達は、ずっと微笑みを浮かべている。ライグスだけは本が渡された時と同じように少し恥ずかしそうな表情だ。もしかして…
「ふふ、シルファ。その髪飾りは誰が選んでくれた物だと思う?」
イリスが問いかける。さっき付けた月の髪飾りか。三日月がモチーフの金色の髪飾り。あんまり装身具に詳しくないので、推測だが純金でできたものだろう。ライグスが買ったものだったのか。
「お父さん?」
今までで一番嬉しそうな顔だ。伝統や文化を無視してまで、ライグスが買ってきたプレゼントだ。それに勝るものなど存在しないだろう。
「失くしちゃいけないぞ。あと誕生日おめでとう、シルファ」
それだけをぶっきらぼうに言って、ライグスはそっぽを向いた。周りのみんなは楽しそうにニヤニヤ笑っている。
こうしてシルファの誕生日会は無事に終わった。無事に三歳になれたわけだ。そして、俺がこの世界に来てから三年目でもある。少し感慨深いな。これからどれだけの長い時をシルファの中で過ごすかはわからないが、彼女のサポートするのは当然として、せっかくの第二の人生だ。できれば、俺も精一杯楽しんでいけたらいいと思う。まぁ、そっちは二の次なんだけど。
そういえば、ケーキを2個食べるというシルファの企みはまんまと成功してしまった。完全にシルファの一人勝ちだ。




