14話 誕生日(前日)
前回からかなり時間が空いてしまいました。
如何にもこうにも集中できないんですよね。
…サボリ魔という自覚はあります。
音のない世界で今日も俺は目を覚ます。未だ太陽は完全に登りきっておらず、空は深い藍色で彩られている。太陽は一日の挨拶を告げると共に月や星たちが勤めを終え、段々と白くなる空に消えていく。
早起きな鳥が日課の甲高い鳴き声をあげる。コケコッコーじゃなくて、ヨイサッサーって感じの声だ。最初聞いた時は何か懐かしいと思った。もしかして、日本と近しい文化がこちらにもあるのかとウキウキしたものだ。
…鳥を辞めて、盆唄の歌い手にでもなればいいのに。
シルファはぐっすりと眠っている。口を小さく開け、涎を垂らした表情は実にあどけない。イリスが毎日可愛いっていう気持ちがよく分かるな。
随分身長が伸びてきた。伸びてきたと言っても、たった一メートル程度だが、それでも成長は成長だ。初めて姿を見たときに比べて、二倍くらいはある。それを考慮すれば、著しい成長を見せていると言えるだろう。俺は中学三年間で、一センチくらいしか伸びなかったし。
シルファの話をしていたのに、なぜか俺の身長がなかなか伸びなかった話になってしまった。シルファは今成長期にあるし、伸び盛りなんだ。そういうことにしよう。
あれ?中学ってもしや第二次成長期?
……。
そ、そういえばさっきからメイド達の慌ただしい足音が聞こえてくる。今日は特別な日だから色々な準備に追われているのだろう。
彼女達が慌ただしいのには、ちゃんと理由がある。実は、今日はシルファの三歳の誕生日なのだが、その誕生日の前日、つまり昨夜。とある事件が起こった。
時は、10時間前へと遡る……。
事件が起こらずとも、屋敷は人の忙しない足音で溢れていた。皆誕生日パーティの準備に追われていたのだ、しかも主役であるシルファに気づかれないように慎重に作業を行っていた。
そんな中だ。誕生日パーティにとって、第二の主人公とも言える「あれ」が消えてしまったのは。
そう、誕生日ケーキだ。
料理人達が腕によりをかけて作った、シルファの大好きなチョコレートで飾られた大きな誕生日ケーキが行方不明になってしまったのだ。
犯人は料理長のゴルドが少し目をそらした隙にケーキを奪い、逃走。ゴルドは老体に鞭打って走ったが追いつけず、結局見つかったのはケーキを乗せていた皿だけだった。
一応この事件は解決した。痕跡を残しまった犯人が意外と簡単に見つかったからだ。口元や服にチョコがべったり付いていたり、事の顛末を聞いた時に驚いていなかったり、きわめつけにはゴルドが顔をバッチリ見ていた。
俺は犯人が誰かは初めから知っていた。というよりも俺も共犯と言えなくもない。犯行現場を見ていたからだ。ここまで言えば、分かるかもしれない。
犯人は、シルファだったのだ。
犯人は「これを食べれば、もう一つ新しく食べれるようになると思った」、「私のケーキだもん」と供述していたが、まさか許されるはずもなく、アリエルにこってり絞られた。ゴルドがなんとか仲を取り持ち、明日また新しいケーキを作るという結論で落ち着いた。ただアリエルは終始訝しげな顔をしていた。
そんなこんなで話していると後ろから声をかけられる。
「なかなか派手にやったなぁ、シルファ」
朗らかに笑いながら歩いてきたのは、寝間着姿のライグスだ。どうやら騒ぎを聞きつけて来た様だ。
「それにしても良くゴルドから逃げ切れたなぁ。成長したんだな。でも怒られることはしちゃ駄目だぞ」
シルファの頭を撫でながら、ちゃんと叱る父親の姿。当たり障りのないことを言っているが、今はその仕草はすごく明らさまに見えるぞ、ライグス。
「……ご主人様、もしやチョコケーキをお召し上がりになりませんでしたか?」
疑問系で問いつつも、アリエルは確信を持った目でライグスに問う。彼女は気付いてしまったようだ。三歳の少女があんな大きいケーキを一人では食べきれないことを。それ以前に持ち運ぶことさえ敵わないことを。
瞬時に言い訳するのは不可能だと感じたライグスは、脱兎の如く元の来た道を引き返そうとしたが、すぐさまアリエルは彼の腕を掴んで帰ってきた。
まさかのまさかだが、ライグスまで共犯だったのだ。当然これも俺は目撃していた。
通常身分が低い筈のアリエルがライグスとシルファを説教するのは実にシュールだった。しかも親娘揃って怒られる時、シュンとする様が本当によく似ている。実に微笑ましい。笑っている場合じゃないけどな。一応俺も共犯だし。
ということで、俺を含めた三人はどれだけ今回の誕生日が大切であるか、みんながどれほど楽しみにしていたかを懇切丁寧に説明された。
一番比率が多かったのはライグスに対する説教だったが、それも当然だ。彼はシルファに見本を示すべき立場だからな。しかも、シルファを見捨てるという罪まで犯した。
アリエルもゴルドもシルファにはあまり強く出られない。シルファがまだ小さいのもあるし、天使のように可愛いってのもある。要するにみんなシルファが大好きなのだ。なので説教は専らライグスに向けられている。
頑張ってこの理不尽に耐えるんだライグス。耐えた先に楽園があるかもしれない。
まぁ、これが第一の事件だ。そう、「第一の」と付くように、実はこの騒動はここでは終わらなかった。
怒りはすれど、ライグスの大人気なさに呆れ、シルファのしょんぼりした様子に逆に癒されていると、一連の騒ぎを聞いてイリスが本を携えて駆けつけてきた。
「一体みんなどうしたの?」
アイリスが彼女に状況を説明している間、ゴルドと料理人たちは既に新しいケーキを作る為の準備を始めていた。一度の邪魔などではへこたれたりはしないのだろうな。しかも材料は全て余分に用意されているときた。失敗した時用もあるだろうが、絶対にシルファかライグスが何かをやらかすという確信が彼らにあったように感じる。どれだけ信用されてないのだろうか。
「なるほどねぇ。二人は反省しているの?」
「一応してはいるようですが、それはこれまでも同じことですので…」
「結局また悪いことを企んでしまうのね」
「「はぁ…」」
イリスとアリエルに溜め息をつかれ、萎縮してしまった親娘は罰の悪そうに下を向く。因みにこの光景は初めて見るものではない。二人の会話から分かるようにライグスとシルファはよく共謀して、悪事を働こうとする。それほど被害もないし、これまでも事が大きくなる前に二人が捕まっていたので大事になることはなかった。ただ二人に悪気がない事が問題だ。二人とも親娘で遊んでいるという認識だからより一層質が悪い。
体は年相応に育っているシルファだが、精神の方は何の影響か三歳児にしては妙に大人びている。恐らく俺の存在が原因だろう。例えば、俺の精神に引っ張られているとか。どういう原理かは俺も分からないが、彼女の将来に悪影響を及ぼさないで欲しいと願う。
自分の思い通りにならなくても泣かなくなったし、物事を深く考え込むようにもなった。だからこそ陰謀を企てるようにもなってしまったのだが。なんというか損得勘定を覚えたのだ。始めは楽しい、楽しくないで考えていた筈だったのに、いつの間にか毎回何を得れるかを考慮するようになってしまった。いつかライグスに全ての責任を押し付けることを思いつきそうで、少し心配している。
イリスとアリエルはまだ話し合いを続けていた。どうやら話はケーキをどうするかに移ってしまったようだ。先ほど明日作り直すと結論付けたのだが、イリスにはそれ以上に良い案があるのだろうか。
「ケーキが無いなら、私が作れば良いじゃない!」
あなた一体どこの王妃様ですか。
胸を反らし、自信に満ち溢れた顔で堂々と提案するイリス。
空気が固まるとはこういう事を言うのだろうか。アリエルは石のように固まり、ゴルドは口をあんぐりと開けている。ライグスだけは、納得した表情をしている。こいつ、やはりポンコツか。
数秒の硬直の後、アリエルは思い出したかの様にイリスに言う、
「奥様の手を煩わせる訳にはいけません」
ゴルドや料理人達もその言葉を聞き、我に返った様子でウンウンと頷いている。
「その奥様が作るって言ったのだから貴方達は従わなければならないんじゃない?」
アリエルは反論できずに固まってしまう。隣でゴルドが応援しているが、お前も反論しろよと言いたい。
でもどうなんだろう、実際問題としてイリスは料理が出来るのだろうか。それ以前に料理したことがあるのだろうか。包丁を握ったことがあるかさえも疑わしい。
「そもそも奥様はケーキの作り方を知っているのですか?」
まだアリエルは食い下がる。あいつ結構負けず嫌いな性格だ。
「えぇ、当然よ!」
イリスの自信満々な顔に再度空気が固まる。今、イリス以外の全員に共通の言葉が胸中に渦巻いているだろう。
え、マジで!?
と。
「ちゃんと本で勉強したもの」
おおぅ、そういうことか。もしかしなくても嫌な予感は当たるかもしれないな。
「でも料理したことはないわ」
ですよねー。
そのまま話は進行し、イリスに押し切られる形でケーキを作る役目はイリスに託された。アリエルは最後まで食い下がり、普段物静かなゴルドも粘りに粘ったのだが、悲しいかな決意したイリスの意思は固かった。それはもう石の様に。




