12話 神殿と加護
今日はこの世界で目覚めてから、初めて外を出歩ける日だ。この半年間、ほぼ変わらない景色しか見ていないので、かなり嬉しい。出歩くのは、俺ではなく、シルファでもなく、シルファを抱っこしたイリスとライグスだが、そんなことは些細な問題だ。
唐突だが、今俺の居る国について説明しよう。
インセル王国は、宗教国家だ。この世界には、12の神が存在していると言われている。インセルはその昔、バラバラに散らばっていたそれぞれの神への神殿を一所に集めた結果、世界に名だたる宗教国家になった。要するに多神教だ。
なので、インセル王国の首都である、このタクトの街には全ての神を信仰する為の十二神教の神殿が建てられている。ただそれぞれの神に対して、神官が存在しているらしい。信者達も贔屓にしている神が職業などの理由でバラバラだとか。
十二神も共通しているし、ギリシア神話に近いかもしれない。
神々達を纏めると、
主神(5柱)
日の神
月の神
星の神
空の神
雲の神
亜神(7柱)
火の神
水の神
地の神
風の神
自然の神
闘神
魔神
と、なるらしい。
これに加えて、邪神なんておっかない存在もいる。既に倒されたと言われてはいるが、やはり悪の道に魅入られる者は存在するらしい。宗教国家であるインセルでも、邪神教と呼ばれる異端の教えが水面下で蠢いている。
というか、邪神と魔神って別物なのか。俺の元居た世界では似たような存在として扱われていたりするけども。
これらを完全に理解するには、十二の神や世界の始まりにまつわる伝説を知る必要があるのだが、俺もまだよく分かっていない。
イリス、ライグス、シルファは街の中央に位置する巨大な神殿へと向かっている。この世界では、赤子が生まれると神の加護を受ける為に神に行くのが習わしらしい。大体は、代々贔屓にしている神から加護を得る。特にこだわりのない家庭は、それぞれの適性などから加護を与えてもらうことができる。得意な魔法や剣術がそれで分かるみたいだ。
因みに、この情報は全て周りの話をまとめたものだ。文字もまだ読めないので、今はメイド達の噂話を聞いて、情報収集をしなきゃならない。口伝えに聞いたことなので、本当かどうかは定かじゃない。いつかは自分の目で見て回りたいな。
そんなことを考えていると、いつの間にか神殿に着いていた。しまった、街の見学をするのを忘れていた。
五十ほどの太い支柱に囲まれた神殿は、白に統一された素材で建てられている。白晶と呼ばれるインセル王国の特産品だ。
ライグスとイリスは、昼間にも拘らず煌々と明かりが照らされた神殿へと入っていく。街の見学は帰りでいいか。
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神殿内部も外と同じく、真っ白だ。丁度真ん中に位置する場所には、大きな像が12体建っている。恐らく、これらが神々達の姿なのだろう。その像をスルーし、二人は奥へと歩いて行ってしまったが、俺は目が離せなかった。元居た世界なら気にも留めなかったかもしれないが、ここは魔法や浮遊島が存在する異世界。神が実在する可能性だって捨てきれない。もし、前世で聞いたラノベの内容が本当なら、俺を転生させたかもしれないっていう疑惑もある。ここで会えるか分からないが、一応気を引き締めておこう。
ライグスとイリスはどんどん奥へと進んでいく。何回か来たことがあるだろう。道すがら、多くの神官達とすれ違う。その度に、イリスとシルファを見て、顔をしかめる。何か問題でもあるのだろうか。
奥へ入ると、台座のような長方形の白晶の塊が置いてある。そして横に立つのは、一人の男性神官。彼が今日の進行役を務めるのだろう。
「フィリム卿、久しぶりです!」
笑顔で迎えてくれた彼は、どうやらライグスの知り合いのようだ。
ライグスが挨拶と今日の趣旨を伝える。この男性の神官は、イリスとシルファを見ても顔をしかめることはなかった。他の神官との違いはなんだろうか?
「えぇ、話は伺っています。どうぞ、その子をこの台座へ」
彼は、イリスからシルファを恭しく受け取り、台座に寝転がす。そしてライグスとイリスが見守る中、祈りの言葉を唱え始めた。
なにやら怪しい雰囲気だ。白い服に身を包んだ男性が天井を振り仰ぎながら、何かをブツブツ唱えている。シルファを生贄に捧げているようにも見える。
…何か変なものが召喚されたりしないよな?
俺の心配をよそに儀式は特別何か起きることもなく、進んでいく。
待つ間、俺は特にすることもなく、壁をボーッと見回していた。円形の壁を全て使って、一周で一つの物語を表す壁画が描かれているようだ。世界が平定した時の物語だろうか。物語は、世界が白と黒に二分したところから始まっている。比較的平和な期間が少しあり、その後少しずつ小さな小競り合いが増えていく。遂には、白い軍勢と黒い軍勢が互いに全軍を率いて争いあう。それぞれの軍勢は、白髪と黒髪の女性が導いている。
白い方の女神は誰だろう?月の神かな。黒い髪の女性が神と敵対する邪神だろう。初めは拮抗していた二軍だが、段々白が優勢に立っていき、最後に黒が完全に白に包まれていく。
よくある宗教画だ。でも俺の目は、邪神の髪に吸い寄せられた。
さっき言った通り、黒だ。しかも、俺が毎日見ているシルファとイリスの髪と同じく光を吸収する黒さだ。なるほど、神官たちが顔顰める訳だ。恐らく黒髪はインセル王国では、邪神の象徴として忌み嫌われているのだろう。嫌な話だ。何の罪のない人々をそれだけの理由で嫌うとは。
「えっ!?」
不意に神官が驚きの声を上げた。イリスとライグスが少し不安げな顔で彼を見る。
「何か問題でもあったかい?」
「い、いえ!ただ驚いただけです。まさか神々の加護を二つも受けるなんて!」
「「二つ!?」」
今度は、イリスとライグスが驚きの声を上げる。そんなに珍しいのか、二つ持ちって。
「はい。僕も実際に見るのは、初めてですよ!」
話を聞くと、可能性がないわけではないらしい。二つ加護を得ることについては、学者達が多くの考察を試みたようだが、原因は完全には解明されていない。一番有力なものは精霊説と呼ばれる説らしい。それは、生まれつき精霊が赤子を気に入られること。これにより、常に赤子のそばに張り付いている精霊の分の加護を余分に受けるのだという。
「聞いた話では、大神官の娘さんが、最近二つ加護を得ていましたね。結構な大騒ぎでしたよ。しかもその後に分かったのですが、光の精霊が付いていたとか!やはり精霊説が正しいのでしょうね」
シルファの両親は小躍りしそうな程喜んでいる。もしかしたらシルファにも精霊の類が付いているのかもしれないしな。
精霊ねぇ。
何故か心当たりがある気がする。気のせいだと思いたい。
俺が…精霊?
…ないな。
ないよな?
「因みにどの神から加護を受けたんだい?」
当然の疑問をライグスは投げかける。どちらかというとそっちが本題だよな。
「はい、少し待って下さい。えーと、一つは月の神ですね。そしてもう一つが……っ!?」
唐突に神官が息を飲む。最悪の事態が発生したかのように、その顔は真っ白だ。
「フィリム卿、今日はもうお帰り下さい!他の神官達に知られる前に、早く!」
「落ち着け。一体どの神だったんだ?」
ライグスに諌められて、神官は落ち着きを取り戻す。そして少しの逡巡の後、意を決したような表情になった。
「もう一柱は…、邪神です」
彼はそう小さく呟いた。
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その日、イリスとライグスは喜びと不安の混ざった複雑な表情をしていた。それは、そうだろう。黒髪である上に、邪神の加護までもらってしまったのだ。
この世界の人々がどれほど邪神を嫌っているかはまだ分からないが、人が異教徒や異端者をどれほど苛烈に攻め立てるかは、俺の元居た世界の歴史を知れば、火を見るよりも明らかだ。
それに加えて俺にはもう一つ懸念することがある。もし俺が神によって精霊の類としてカウントされていたとしたら…。
邪神の加護を受けたのは一体どっちだ?
悩みすぎて、また街の見学を忘れてた。




