11話 アリエル、ついでにライグス
半年経った。つまり六ヶ月。大体180日。この世界の自転やら公転やらが、元の世界と同じとは限らないが、とにかく太陽は180回昇り、同じ回数沈んだ。この間、ほぼ日常は変わらなかった。ただ色々な能力が上達したくらいだ。
音は、やっと子音も同時に理解することができるようになった。今では、メイド達の会話を全て拾うことができる。この半年で言語は自分でもびっくりの速度で上達した。まぁこれは当然だろう。一度聞けば全て覚えられるのだ。本当に受験前に欲しかった、この記憶力。
これまで色々な役に立ってくれたのだ。流石にこれ以上、「謎の記憶力」なんて呼び方じゃいけないだろう。
と、いうことで名前をつけた。
『完全記憶』だ。
そのままじゃねぇか、とか異論は認めない。
とにかく言語も中級者レベルまでは覚えられた。会話の端々に出てくる単語が少し分からないくらいだな。何も聞こえない頃と比べれば、かなりの進歩だ。メイドたちの話を盗み聞くことで、いろいろな情報を得られるのは、嬉しいことでもある。
当然「いうあ」の本当の名前も分かった。シルファだ。
魔法の方は…
うん、あまり聞かないでほしい。火魔法でボヤ騒ぎを起こしかけたとか笑い話の種にもならない。直前に水魔法の魔法陣を覚えていなかったら、本当に図書館を全焼させるとこだった。
それ以来、新しい魔法は試さずに来たので、結局覚えたのは、火と水と風と掃除の魔法だけだ。
一応十個ほどの魔法陣は記憶している。文字が読めるようになって、どんな魔法か把握出来るまで全て放置になるけれど。
さて俺の成長とも言えない成長はこれくらいでいいだろう。
次は、シルファだ。最近やっと動き回るようになった。まだ、ハイハイはできないがお腹を引きずりながら移動している。正直言って、助けてあげたい。風魔法でなんとかならないだろうか、と考えたりするが成長の邪魔になりそうなので自重している。
身長もかなり伸びている。これが第一次成長期というものなんだろう。最初見たときと、変わりすぎてびっくりだ。
そんなシルファが著しい成長を見せている中、遂に彼女の父とご対面することができた。
ライグス=フィリム。三十代くらいだろうか。当然のように顔が整っている。目は深い海の色だ。シルファの目が藍色に近い青なのは、父親譲りだったようだな。髭もちゃんと処理されているので、パッと見爽やかな青年に見える。体は鍛えられているのだろう、服の上からわかるくらいしっかりとしている。はっきり言おう、偉丈夫でしかもイケメン。
そしてエリートだ。実績のない家の出でありながらも、王国軍の軍団長として活躍し、一代でフィリムという家名を世に知らしめた。
過去形だ。
シルファの子育てをするために、その座を降りてきたらしい。軍団長がそんな理由で辞めちゃっていいのだろうか。
笑顔で立つ彼の元に、シルファの母親が駆け寄る。おっと、言い忘れていたが彼女の名前は、イリスだ。
「ライグス!」
と喜びで彩られた表情を浮かべながら、ライグスの首に飛びついた。美女とイケメンが並ぶと、これ程までに絵になるのか。このワンシーンだけでも、映画一本分の価値がありそうだ。こんな二人の間に生まれたシルファは一体どんな美少女に育つのだろうか。将来が楽しみだ。
そんなことを考えていると、ライグスの後ろからもう一人出てくる。まだ五歳くらいの少女。 髪は真っ赤だ。赤毛なんてレベルじゃない。燃える炎のような髪色だ。
だが、それを超えて印象的だったのは彼女の目だ。その目つきは尋常じゃないくらい鋭かった。この世界の絶望を見てきたかのように、世界全てを警戒している気がする。こんな幼い少女にこんな目をさせるとは、一体何があったんだ?
イリスもそれに気づいたらしく、目でライグスに説明を求めている。ライグスは少し考える素振りを見せてから、彼女を紹介してくれた。
「彼女はアリエル。とある事件で孤児になってしまったところを、保護したんだ」
そして彼は、アリエルに出会うまでの経緯を説明してくれた。
そもそもの話として、この国と周辺の国は今比較的平和な期間にあるそうだ。大きな戦争があった十年前から、戦争や革命もおろか、自然災害もなかったらしい。十年は短いと思うかもしれないが、彼の話を聞く限りかなり珍しいことだと分かる。この世界には、知恵を持つ種族が人以外にも存在しているからだ。RPGでよくみるエルフや妖精から、時には人型でもない魔物も知恵を待つらしい。種族間、そして人間同士による領地争いや資源争いで戦争が絶えることなど、記録に残っている限り、ここ100年ほどなかったとか。
話を戻そう。そんな期間にあったので、暇を持て余した兵達は自ら治安維持へと乗り出した。災害や戦争がなくなっても、犯罪は減るどころか増える一方だったからだ。
ライグスは最後の仕事として、製造を禁止された麻薬を密売する貴族を捕縛してきたらしい。
そしてそこで見つけたのが、アリエルだ。その貴族は、酷い男尊女卑思想の持ち主で、女性を家畜同然のように扱っていたようだ。ライグスが突入したときアリエル以外の女性は、彼女の母親も含め全員亡くなっていて、最年少である彼女だけが生き残っていた。そんな彼女も、身体中痣だらけ傷だらけだったらしい。ライグスの班に治癒魔法の使い手がいなければ、死の危険さえあったという。
アリエルの処遇をどうするか、という話になった時ライグスには名案が浮かんだ。
僕にも年の近い娘がいる。彼女の遊び相手になってくれればいいじゃないか!
と、めっちゃドヤ顔で語っている。
実に単純な思考だ。
失敬、訂正を。
めちゃくちゃ単純すぎる思考だ。
少し考えれば、アリエルとシルファが衝突する可能性が思い付くだろう。片や、絶望を見た少女。片や、両親に囲まれて幸せに生きていくであろう少女だ。
ライグスは残念イケメンなのかもしれない。空気が読めない人だ。
よく考えれば、イリスもそうだ。ちょっと天然気質なところがある。少しシルファの将来が心配になってきた。
流石のイリスも呆れ顔になっている。だが、彼の残念な性格を熟知しているのか、すぐ顔を引き締め、アリエルの方に向き直った。
そして、正面からアリエルの目を見据える。
「私は貴方の立場に立ったことがないので、貴方の気持ちを理解することはできません。なので、軽々しく慰めの言葉もかけられません」
それは拒絶の言葉だ。残酷でありながら、事実でもある。
「ですが、これだけは知っていてください。貴方はここに来た以上、私たちの家族です。そして、ここには貴方の幸せを邪魔する者も、貴方の自由を妨げる者もいません。貴方の思うように、好きなように生きていいのです」
拒絶に続いたのは、肯定の言葉。イリスは、アリエルの気持ちを理解できない代わりに、自分で解決するという選択肢を与えた。自ら幸せを掴むという選択肢を。
アリエルは泣いていた。泣き叫ぶのでもなく、嗚咽を漏らすのでもなく、ただ静かに涙が頬を伝っていた。
「私は、願いを持ってもいいの?」
生まれてから存在を否定され続けてきた少女は、イリスに問う。イリスは、何も言わずに頷いた。
「なら、なら私は、私みたいな子を私以外に見たくない!」
それは、彼女の魂からの叫びだったのだろう。アリエルは、彼女自身の幸せを他者に譲ることを願った。すごいな、この子は。正直言って、俺では到底勝てる気がしないくらい強い精神を持っている。
アリエルの目は、まっすぐにシルファを見ていた。彼女の初めての願いを叶える道標となる子だ。その目を見て、イリスは頷く。
「分かったわ。シルファの第一の従者として貴方を付けましょう。けれど、決して易しい道じゃないわよ。ここのメイド長は鬼のように厳しいもの。私に説教を垂れるくらいにはね」
その言葉にアリエルは少し迷いを見せた後、こう言った。
「私は執事になりたい。もう女とバカにされるのは嫌だから」
子供ゆえの単純な思考。女が侮られるのなら、男装すればいいと考えたのだろう。ただその言葉からは、強い意志が感じ取れた。
それから、彼女の執事としての修行生活が始まる。鬼のメイド長に執事としての立ち振る舞いを全て叩き込まれている。執事のことでさえ、全て把握しているらしい。そんな怖い教師の元でも、アリエルは新しい生活に目をキラキラさせて取り組んでいる。彼女は努力型なのか、教わったことを少しずつ、だが着実に覚えていった。将来は優秀な執事になることだろう。
蛇足だが、ライグスは重苦しい雰囲気の原因が自分だと理解したのか、途中から部屋の隅っこで小さくなっていた。
今回は、書いていて展開が早い気もしました。もう少し心の変化を上手く表現したいですね。次回の投稿も少し時間が空くかもしれません。




