第七十七話 カイゼルとアルヴィン
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春――。
魔法学院の一室。
昼間の喧騒が嘘のように、人の気配はなかった。
その静寂の中で――
一人の少年が、机に向かっていた。
アルヴィン・シュタールヴェルト。
辺境伯の寄子、伯爵嫡男。
彼は、静かに紙を折りたたむ。
そこには、細かな文字がびっしりと並んでいた。
リゼットの動き。
学院内で起きた事故――いや、殺人未遂。
そして――
もう一人のピンクの髪の少女。
セリアのこと。
すべてを書き記し、すでに送り終えている。
宛先は――
カール・シュヴァルツリッター。
次期辺境伯。
⸻
そして――
返事は、早かった。
アルヴィンはその内容を、もう一度思い返す。
(カイゼル・グラディウスに接触せよ)
短い指示。
だが、重い。
同じ国王派。
だが――
相手は宰相家の嫡男。
軽々しく近づいていい相手ではない。
(リゼットのように、挨拶しただけで、
殺されるかもしれない)
アルヴィンは、静かに息を吐いた。
慎重に。
確実に。
彼は、カイゼルの取り巻きに言伝を託した。
「辺境伯を代表して、会いたい」と。
⸻
返事は――良。
⸻
その日。
人気のない教室。
アルヴィンは、窓際に立っていた。
光が差し込み、机の影を長く伸ばしている。
扉が開いた。
「すまない。待たせたか?」
カイゼル・グラディウスが入ってくる。
落ち着いた足取り。
だが、その目は鋭い。
アルヴィンは一礼した。
「いえ、今来たところです」
顔を上げる。
「アルヴィン・シュタールヴェルト。辺境伯の寄子、伯爵嫡男です」
カイゼルは軽く頷いた。
「カイゼル・グラディウス」
少し肩の力を抜く。
「堅苦しいのはやめよう。楽にしてくれ」
一歩近づく。
「それで――話とは?」
アルヴィンは、迷いなく切り出した。
「辺境伯領には、十人を超える転生者がいます」
その一言で、空気が変わる。
カイゼルの目が、わずかに見開かれた。
「……何だと?十人を超える?」
アルヴィンは続ける。
「彼らを集め、日本の知識を書き出しています」
淡々とした口調。
「農業、工業、医療、制度……」
一拍。
「いずれ中央集権が進むことも、理解しています」
カイゼルは眉をひそめた。
「理解している、だと?」
アルヴィンは静かに頷く。
「理解しているのと、歓迎しているのは別です」
まっすぐに見据える。
「その違いは……お分かりいただけますか?」
沈黙。
やがて、カイゼルは小さく息を吐いた。
「……ああ」
短く答える。
「分かる」
⸻
アルヴィンは続けた。
「港湾都市にも転生者がいます」
少しだけ視線を外す。
「ですが――うまく活用できていないようです」
カイゼルが、すぐに反応した。
「ピンク髪の少女か、ゲームの筋書きをなぞってる。」
アルヴィンは頷く。
「ええ」
「ゲームに固執しすぎている」
カイゼルは、わずかに苦笑した。
「王都にも、十人以上いる」
肩をすくめる。
「だが、派閥が違う」
視線を落とす。
「お茶会ですら、喧嘩になる」
小さく呟く。
「……辺境伯領が、羨ましいな」
アルヴィンは一瞬、目を細めた。
「国境を抱え」
静かに言う。
「グランヴァルト王国と小競り合いが続く土地です」
一歩踏み込む。
「王都育ちのあなたが、羨ましいと?」
カイゼルは、すぐに目を伏せた。
「……失言だった」
短く言う。
アルヴィンは、それ以上追及しなかった。
⸻
改めて口を開く。
「次期辺境伯、カール様は
転生者の知識で、領を豊かにしようとしている」
カイゼルは、少しだけ驚いたように言った。
「……王太子も似たことを言っていた」
視線を上げる。
「“日本のような国を目指す”と」
アルヴィンの瞳が、わずかに揺れる。
「カール様と、会っていただけませんか」
その言葉は、はっきりとしていた。
カイゼルは、少し考えた。
「……王太子にも、か?」
アルヴィンは頷く。
「可能であれば」
カイゼルはゆっくりと言った。
「父上に、今日のことを話してもいいか?」
「もちろんです」
アルヴィンは即答した。
⸻
「現シュヴァルツリッター辺境伯は、どう考えている?」
カイゼルの問い。
アルヴィンは、正直に答える。
「認識はされています」
一拍。
「賛成も反対もしていません」
静かに続ける。
「すべて、カール様に任されています」
カイゼルは、小さく頷いた。
「……なるほど」
そして、顔を上げる。
「反対ではない、ということだな」
アルヴィンは答えた。
「ええ」
⸻
カイゼルは、少しだけ笑った。
「父に話を通す」
その声には、確信があった。
「……国王も、興味を持つだろう」
アルヴィンの表情が、わずかに変わる。
「本当ですか?」
低く問う。
「手紙に、不確かなことは書けません」
カイゼルは、はっきりと言った。
「まず間違いない」
一拍。
そして――
静かに続ける。
「国王は、“神の啓示”を受けている」
教室に、沈黙が落ちる。
⸻
転生者。
辺境。
王都。
港湾。
それぞれが持つ知識と、思惑。
それらは今――
一つの線で繋がろうとしていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回、最終回です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。




