第七十三話 港湾都市と辺境伯
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春の夜――。
魔法学院の寮は、昼間の喧騒とは打って変わって静まり返っていた。
だが、その一室だけは違った。
⸻
港湾伯爵家の子供たちが集まった部屋。
厚い扉の内側。
外には漏れないよう、声は自然と低くなる。
そこにいたのは三人――
ピンク色の髪に赤い瞳。
リゼット・ノルドハーフェン港湾伯爵令嬢。
青髪に青い瞳。
ルーカス・ゼーヴィント港湾伯爵嫡男。
そして――
緑の髪に、エメラルドの瞳。
クラリッサ・シュテルンフェルト港湾伯爵令嬢。
⸻
最初に口を開いたのは、リゼットだった。
「……光魔法が使えないだけで」
苛立ちを隠さない声。
「私がゲームの主人公だと思っていたのに」
机に指先を軽く打ちつける。
「学院にいたわ。ピンクの髪、赤い目……光魔法持ち」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
ルーカスは、椅子に深く腰掛けたまま答えた。
「ピンク色がもう一人、ね」
興味はあるが、驚きはない声音。
「それが本物の主人公でも――関係ない」
視線を細める。
「やることは同じだ」
クラリッサがくすりと笑う。
「そうね」
紅茶を揺らしながら言う。
「中央の子たちに近づいて――結びつく」
軽い調子で続ける。
「港湾都市に利益を引き込むのよ」
リゼットは眉をひそめた。
「簡単に言うけど……」
視線を逸らす。
「王太子の護衛、見たでしょう?」
少しだけ声を落とす。
「とても、港の令嬢が気軽に声をかけられる雰囲気じゃないわ」
クラリッサはすぐに答えた。
「じゃあ他でいいじゃない」
指を折りながら並べていく。
「宰相の息子、カイゼル」
「ヘリオドール侯爵家のレオニード」
「シュトラールの光魔法に傾倒している。エヴァルト」
「中立派の雄。レーヴェンのフェリクス」
「豪快団長の息子。ヴァルグレイのディルク」
にこりと笑う。
「王太子を外しても、五人もいるわ」
リゼットは即座に言い返した。
「ゲームに出てこないのを入れないで」
苛立ちが混じる。
「レオニードとフェリクスは、未知数よ」
ルーカスが肩をすくめる。
「未知数だから価値がある」
そして、淡々と続けた。
「だが――最優先は王太子だ」
視線をまっすぐに向ける。
「ゲーム通り恋に落ちてくれれば、それが一番儲かる」
リゼットは、ゆっくりと問い返した。
「……ゲーム通りにいかなかったら?」
その瞬間。
クラリッサの笑みが、わずかに冷えた。
「その時は――」
やわらかい声のまま。
「港に帰れると思わないことね」
静かな一言だった。
だが、その意味は重かった。
リゼットは、言葉を失った。
胸の奥に、冷たいものが広がる。
ここは学園。
だが――
逃げ場ではない。
(……帰れない)
その現実が、じわじわと重くのしかかる。
「……分かってるわよ」
小さく呟く。
それ以上は、何も言わなかった。
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その隣の部屋。
壁一枚隔てた先。
一人の少年が、静かに立っていた。
風魔法で聞き耳を立てていた。
アルヴィン・シュタールヴェルト。
辺境伯の寄子、伯爵嫡男。
日に焼けた銀髪。
鋭い金の瞳。
気配を殺し、完全に息を潜めている。
(……なるほどな)
心の中で呟く。
(港湾にも、いるのか)
転生者。
自分達だけではなかった。
そして――
(ピンクの髪。赤い目。王太子と同年代)
そこまで聞けば、答えは一つだった。
(ゲームの主人公……)
だが、もう一つの存在が浮かぶ。
(エーデル男爵家の侍女……セリア)
同じピンクの髪。
光魔法。
(どっちだ?)
ほんのわずかに、口元が歪む。
(……面白い)
⸻
アルヴィンは、音もなく部屋を離れた。
そして、その夜のうちに――
一通の手紙を書き上げる。
宛先は。
カール・シュヴァルツリッター。
辺境伯嫡男。
(“ゲームの主人公候補が二人”――)
簡潔に、だが正確に記す。
(動きがある)
封を閉じる。
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なお――
アルヴィンが転生者であることは、
すでにカールに知られている。
⸻
春の夜は、静かだった。
だがその闇の中で。
港湾。
辺境。
そして王都。
それぞれの思惑が、ゆっくりと絡み合い始めていた。
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