第六十九話 不慮の寵姫
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初冬のある日。
王城――ダンスホール。
高い天井と、壁一面の鏡。
豪奢な空間には、柔らかな光が反射し、貴族たちの華やかな衣装を一層引き立てていた。
ここは――
クラウディアの婚約お披露目会が開かれた場所。
そして今日。
王太子レオンハルト・アルヴェリアと、アデリーナ・ヴァルツェン公爵令嬢の婚約発表式が行われるはずだった。
だが――
「……遅いわね」
ロゼッタが小さく呟く。
隣に立つセリアは、周囲を見回した。
「気にしすぎではありませんか?」
少し笑う。
「進行が遅れているだけですよ」
だが、ロゼッタは首を傾げたままだった。
「でも……」
そのとき。
一人の侍従が、足早に近づいてきた。
「エーデル男爵家のロゼッタ様ですね」
ロゼッタは頷く。
「はい」
侍従はすぐに続けた。
「侍女のセリアを、お貸しいただけませんか」
「え?」
ロゼッタは驚く。
「何があったのですか?」
侍従は声を落とした。
「王家専属侍女アンネが、呼んでおります」
その一言で、空気が変わる。
セリアが一歩前に出た。
「……ロゼッタお嬢様、行きたいです」
ロゼッタは一瞬迷ったが、すぐに頷いた。
「分かりました」
そして、はっきりと言う。
「私も行きます」
その後ろで、爺やも静かに一礼した。
「私もお供いたします」
⸻
王城――ダンスホール控え室。
そこは先ほどまでの華やかさとは打って変わって、慌ただしい空間だった。
人が行き交い、低い声が飛び交う。
緊張と焦りが混ざった空気。
「セリア!」
アンネがこちらに気づき、駆け寄ってきた。
「よく来てくれたわ」
セリアはすぐに頭を下げる。
「どうされましたか」
その答えは、すぐに目に入った。
椅子に座るアデリーナ。
顔色は悪く、脂汗を浮かべている。
それでも、必死に姿勢を保っていた。
セリアはアデリーナの専用バッドエンドを思い出した、
『不慮の寵姫』エンド、
女王に事故死させられる。青白い顔が想起させる。
「……転んでしまって」
アデリーナが短く言う。
アンネが続けた。
「階段から突き落とされたのよ」
その言葉に、ロゼッタの息が止まる。
「足の骨は確実に折れている」
アンネの声は冷静だった。
「頭も打っているはず……本当は動かしたくない」
アデリーナは、静かに首を振った。
「今日は……大事にしたくないの」
息を整えながら言う。
「無事に婚約発表式を行いたいの」
その瞳は、まっすぐだった。
「……なんとかならない?」
ロゼッタが一歩前に出る。
「そのお気持ち……分かります」
小さく、しかしはっきりと言った。
「ここで失敗したと見られるのは、つらいですもの」
アンネがセリアを見る。
「セリア」
その声には、迷いがなかった。
「お願い」
一歩近づく。
「あなたの全力の光魔法を使って」
そして、低く付け加えた。
「頭は後から症状が出ることもある……本当はそれが怖いの」
セリアは、深く頷いた。
「……分かりました」
そして、静かに言う。
「皆さん、目を閉じてください」
一瞬、空気が止まる。
そして――
光が弾けた。
⸻
まばゆい閃光が、部屋を満たす。
温かく、優しい光。
それはただの魔法ではない。
「……終わりました」
セリアが息を整えながら言った。
アデリーナがゆっくりと足を動かす。
「……痛く、ない?」
驚きが、そのまま声になった。
立ち上がる。
「すごい……」
思わず笑みがこぼれる。
「全然、痛くないわ」
侍女がすぐに動く。
「お化粧を直しましょう」
「靴も替えます」
部屋の空気が一気に動き出す。
止まっていた時間が、再び流れ始めた。
⸻
やがて――
ダンスホール。
拍手の中。
レオンハルトとアデリーナが並んで立っていた。
何事もなかったかのように。
堂々と。
美しく。
その姿は、誰の目にも完璧だった。
⸻
少し離れた場所。
ロゼッタとセリアは、その光景を見つめていた。
「……よかった」
ロゼッタが小さく言う。
セリアも頷いた。
「はい」
二人の視線の先。
レオンハルトとアデリーナは、穏やかに見つめ合っている。
幸せそうに。
まるで、何も問題などなかったかのように。
セリアは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
(突き落とされた……)
その事実は、消えていない。
それでも――
「……無事でよかったです」
そう言うしかなかった。
ロゼッタも、静かに頷く。
「ええ」
冬の気配が近づく中。
ダンスホールは、祝福の空気に包まれていた。
けれどその裏で――
見えない何かは、確かに動き続けていた。
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