第六十八話 王女の悲しいお茶会
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王城――王女の応接間。
庭に面した大きな窓から、秋の日差しがやわらかく差し込んでいた。
淡い金色の光が、磨かれた床や上質な調度を静かに照らしている。
今日は王女のお茶会である。
⸻
部屋の一角。
ソファに向かい合って座っているのは、宰相夫人ヘレーネ・グラディウスと、エーデル男爵夫人マルガレーテ・エーデルだった。
ヘレーネが、静かに紅茶のカップを置く。
「クラウディアから手紙が来たわ」
マルガレーテはすぐに顔を上げた。
「まあ」
ヘレーネは小さく微笑む。
「元気で、辺境伯家の方々から可愛がられていると書いてあったの」
マルガレーテもほっとしたように頷いた。
「よろしかったですね」
だが、ヘレーネの微笑みは、どこか影を落としていた。
「……そうね」
小さく息を吐く。
「でも、あの子は弱音を吐かない子だから」
視線を少し落とす。
「どこまで本当のことを書いているのか、分からなくて困ってしまうの」
マルガレーテはしばらく黙っていたが、やがて穏やかに言った。
「クラウディア様は優秀ですもの」
静かな声だった。
「どこへ行かれても、きっときちんとお役目を果たされるのでしょう」
ヘレーネはかすかに笑った。
「そうね」
その笑みには誇りと、諦めと、寂しさが混じっていた。
「自慢の長女だったのよ」
少しだけ窓の外を見る。
「優秀すぎたのね」
その声は、ほとんど独り言のようだった。
⸻
同じ部屋の、少し離れた別のソファ。
そこには、王女エリザベート、宰相家次女マルティナ、ロゼッタ、そしてヴァルツェン侯爵令嬢アデリーナが座っていた。
最初に口を開いたのは、エリザベートだった。
「……クラウディアの代わりに、私が嫁ぐべきでした」
その一言に、マルティナがすぐに顔を上げた。
「言わないでください」
声は小さいが、強かった。
「お姉様の覚悟を、否定しないで」
エリザベートは少しだけ目を伏せた。
「……ごめんなさい」
ロゼッタは言葉を探してから、口を開いた。
「辺境伯の息子は……」
少し考えながら続ける。
「冷静で現実主義な上に、剣豪だと噂です」
ロゼッタは、マルティナの方を見た。
「きっと、クラウディアお姉さまと、うまくやります」
マルティナはすぐには答えなかった。
それでも、やがて小さく頷く。
「ええ」
自分に言い聞かせるように言った。
「クラウディアお姉様なら、きっとうまくやるわ」
アデリーナがふっと微笑む。
その笑みは、少しだけ冷たかった。
「女の子って、つまらないものですね」
三人が彼女を見る。
アデリーナは紅茶を見つめたまま言った。
「結婚すら、自由にできないのですもの」
エリザベートも苦く笑った。
「そうね」
少し肩を落とす。
「私も、誰に嫁ぐのかしら」
ロゼッタは素直に答えた。
「国王様が、きっと良い方を探してくださいます」
アデリーナはゆっくりと頷いた。
「私は、王太子殿下と内定しました」
その言葉に、場の空気が少し変わる。
アデリーナはまっすぐ前を見た。
「いい家庭を作れるよう、努力いたします」
それは、諦めにも似た決意だった。
少女たちの会話は、明るいお茶会の場には似つかわしくない、未来へのぼんやりとした不安に彩られていた。
⸻
一方その頃。
王城の侍女控え室。
セリアは、久しぶりに師匠と再会していた。
今はもう修道服ではなく、王家の侍女としての装いを身につけている。
だからもう、シスターではない。
アンネだった。
アンネはセリアを見るなり、柔らかく笑った。
「セリア、元気だった?」
セリアの顔もほころぶ。
「お久しぶりです。元気です」
アンネは懐かしそうに目を細めた。
「背が少し伸びたかしら」
セリアは少し照れた。
「そうでしょうか」
アンネは笑ったが、すぐに少し真面目な顔になる。
「王女様ね」
声を潜める。
「本気で、クラウディア様と代わるつもりだったのよ」
セリアは目を瞬かせた。
「本当に?」
「ええ」
アンネは頷く。
「でも、無理よね」
セリアは少し考えてから言った。
「王家の婚姻は切り札ですから」
小さく息を吐く。
「クラウディア様より、もっと難しい家に嫁ぐことになるのでは?」
アンネは肩をすくめた。
「そうね」
少し遠くを見る。
「カルメリア海商共和国か、グランヴァルト王国か」
そして、ぽつりと呟く。
「……私も国を越えるのかしら」
セリアは驚いて顔を上げた。
「師匠は、貴重な光魔法の使い手です」
少し強い口調になる。
「国から出されることは、ないでしょう?」
アンネは苦笑した。
「分からないわよ」
軽く言ったつもりなのに、その言葉は重かった。
「良い花嫁道具になるって、思われてるかもしれないもの」
セリアは言葉を失った。
胸の奥が、すうっと冷えていく。
クラウディアだけではない。
王女も、公爵令嬢も、そしてアンネも。
女の子たちは、みな誰かの都合で、どこかへ差し出される可能性がある。
その現実が、急に重くのしかかってきた。
セリアは、ただ悲しくなった。
⸻
王城の外では、秋の光が変わらず穏やかに降り注いでいた。
けれど少女たちの未来は、少しも穏やかではなかった。
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