第六十四話 王国最高裁判所の是非
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秋の空。
エーデル男爵家の応接室。
柔らかな陽射しが差し込み、室内は穏やかな空気に包まれていた。
ソファには、ロゼッタとカイゼルが向かい合って座っている。
その傍らに、セリアが静かに立っていた。
ロゼッタが少し首を傾げて口を開く。
「カイゼル。王国最高裁判所って何ですか?」
少し困ったように笑う。
「セリアから聞いたんですけど……よく分からなくて」
カイゼルは小さく息を吐いた。
「そうだな……」
少し考えてから言う。
「今まで、この国では――」
視線を落とす。
「伯爵以上の貴族の揉め事は、国王が裁決していた
領土問題など例外はあるが、基本は上級貴族の話だった」
ロゼッタは真剣に聞いている。
「王国最高裁判所は違うんですか?」
カイゼルは頷いた。
「地方で判決が出ても納得できない場合
王国最高裁判所に申し出て、裁判を受ける権利を与えた」
ロゼッタは目を瞬かせる。
「庶民まで?」
「ああ」
カイゼルは短く答えた。
「だが、訴えにかかる費用を考えれば――」
少し肩をすくめる。
「裕福な庶民までだな」
セリアが口を挟んだ。
「いいですね」
少し前に出る。
「庶民にも、貴族の圧政を訴える機会ができる」
カイゼルは静かに首を振った。
「いいことばかりじゃない」
声が低くなる。
「国王派は分裂しそうだ」
ロゼッタが息を呑む。
「分裂……?」
カイゼルは続ける。
「各地方の貴族――特に辺境伯家や港湾貴族は
財力も武力も持っている
物流を止められれば、首都は干からびる」
部屋の空気が少し重くなる。
ロゼッタは小さく言った。
「反対する人も多いんですね……」
カイゼルは頷いた。
「最高裁判所は、地方の自治権を奪うのと同じだ
地方で解決できないなら、王家の裁決に従えということだからな」
少し目を伏せる。
「反発は……避けられない」
ロゼッタは言葉を失った。
しばらく沈黙が続く。
その中で、セリアがぽつりと呟く。
「揉め事が起きないといいですね」
誰もすぐには答えなかった。
⸻
半年が過ぎた。
季節は巡り、春。
柔らかな日差しが差し込む。
グラディウス宰相家の応接間。
明るい部屋の中で、マルティナがくるりと一回転した。
「ロゼッタ。これが魔法学院の制服よ」
誇らしげに胸を張る。
「似合っているかしら?」
ロゼッタはぱっと顔を輝かせた。
「とてもお似合いです!」
身を乗り出す。
「私も早く着たいです」
クラウディアが優しく微笑んだ。
「ロゼッタは十二歳になったでしょう?」
少し寂しそうに言う。
「ロゼッタが入学する年に私は卒業ね」
視線を落とす。
「三人で一緒に通うことは、ないのね」
ロゼッタも少しだけ表情を曇らせた。
「お姉様が卒業されてからの入学になるのですか……」
小さく頷く。
「残念です」
マルティナは明るく笑った。
「その分、私がクラウディアお姉様と一緒に通うわ」
楽しそうに続ける。
「一緒の馬車で通うの、楽しみ」
クラウディアも微笑んだ。
「ええ、そうね」
春の光の中で、穏やかな時間が流れていた。
⸻
その少し離れた場所。
壁際に、カイゼルとセリアが立っていた。
カイゼルが小さく呟く。
「姉上たちは……平和だな」
セリアは少しだけ視線を向けた。
「国王派に、分裂の動きがあるんですか?」
カイゼルは首を振る。
「表立ってはいない」
だが――
「反対派が手を組み始めている」
視線を落とす。
「このままだと、王国最高裁判所は――」
少し間を置く。
「反対派が多くなるかもしれない」
セリアは少し考えた。
「その方が、良かったですか?」
カイゼルはすぐには答えなかった。
やがて、静かに言う。
「……分からない」
窓の外を見る。
「中央集権は、王政が強くなるということだ
国は安定するかもしれない」
少しだけ苦笑する。
「悪いことばかりじゃない」
セリアも同じ方向を見る。
「分からないですね」
カイゼルは小さく頷いた。
「ああ」
短く言う。
「分からないんだ」
⸻
春の日は、よく晴れていた。
穏やかな光が降り注ぐ。
だが――
その下で何が動いているのか。
それを、正確に分かっている者は――
まだ、誰もいなかった。
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