第七話 監視の家
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ロゼッタはそこで話を切り上げた。
「とにかく、今はここまで」
さっきまでの勢いが嘘のように、声をひそめる。
「爺やがいつ入ってくるか分からないもの」
セリアは思わず扉を見た。
確かに、あの爺やは音もなく現れそうだ。
ロゼッタは腕を組み、八歳児らしからぬ顔で言った。
「あなたも余計なことは言わないで」
「……はい」
「転生者だとか、
ゲームだとか、
そういう話は絶対に駄目」
「はい」
「特に爺やには」
「はい」
ロゼッタは満足そうに頷いた。
「よろしい」
そして次の瞬間には、もう八歳の令嬢の顔に戻っていた。
「じゃあ、お茶を用意して!」
セリアは目を瞬いた。
(切り替え早っ)
だが、そのとき廊下の向こうで足音がした。
ロゼッタの表情が一瞬で固くなる。
「ほら」
小さな声で言う。
「こういうことよ」
セリアは慌てて頭を下げた。
爺やが入ってくる。
「お嬢様、お疲れでしょう。そろそろお休みの時間です」
「分かったわ」
ロゼッタは少し不満そうに唇を尖らせた。
だが逆らわない。
その様子を見て、セリアは思った。
(本当に監視なんだ)
優しい執事。
有能な世話役。
そう見えていた。
けれど違う。
この家で一番ロゼッタの近くにいて、一番よく見ているのは、あの爺やだ。
その夜、セリアは小間使い用の小さな部屋で布団に入った。
屋敷は静かだった。
けれど、静かすぎる気もした。
(ロゼッタお嬢様が一人になるのって、いつなんだろ)
そう思いながら眠った。
翌日から、セリアの新しい生活が始まった。
朝は早い。
顔を洗い、身支度を整え、ロゼッタの部屋へ向かう。
ロゼッタを起こし、着替えを手伝い、髪を整える。
食事に付き添い、勉強道具を運び、散歩に付き添い、夜は寝支度を手伝う。
一日中、ロゼッタのそばだ。
そして気づいた。
ロゼッタお嬢様が完全に一人になる時間は、ほとんどない。
朝は侍女と爺や。
昼は爺やが教師。
移動には護衛と爺や。
食事には爺やと一緒。
風呂の前後にも侍女、近くの部屋に爺やが待機。
そして夜。
寝るときだけは部屋に一人だが、隣の部屋には爺やがいる。
まるで、逃がさないための配置だった。
(……怖)
セリアはロゼッタの髪を梳かしながら思う。
(これ、八歳児に必要な監視?)
どう考えてもおかしい。
そんなある日、洗濯場で同僚のメイドたちと一緒になった。
といっても、セリアはまだ八歳だ。
仕事らしい仕事はさせてもらえず、布をたたんだり、軽い雑用をしたりする程度である。
そのとき、年かさのメイドがひそひそ声で言った。
「あなた、お嬢様付きになったんでしょう?」
「……はい」
「じゃあ驚いたでしょ」
「何がですか?」
メイドは周囲を見回し、誰もいないことを確認してから声を潜めた。
「お嬢様に爺やさんがべったりなのをよ、
お嬢様、赤ん坊の頃は大変だったのよ」
セリアの手が止まる。
「大変?」
「魔力暴走」
別のメイドも頷いた。
「火が出たり、水が噴き出したり、風が部屋の中を吹き荒れたり、床が割れたりね」
「え」
(それ、ほぼ災害では?)
セリアは真顔になった。
メイドは続ける。
「男爵様も奥様もほとほと困って、
魔導士協会に鑑定を頼んだの、
そしたら、何と」
ここで少しためる。
「火、水、風、土。四属性持ち」
セリアは息を呑んだ。
四属性。
それはすごい。
すごいどころではない。
ゲーム知識がなくても分かる。
今世での知識でわかる。
希少で、異常で、そして金がかかる。
「しかも魔力量も高かったんですって、
本当なら喜ぶところなんでしょうけどねぇ」
メイドはため息をついた。
「教育費がとんでもないのよ、
男爵家じゃとても賄えない」
その言葉に、セリアはすとんと納得した。
四属性。
高魔力。
家庭教師。
制御訓練。
魔導具。
たしかに、男爵家には重い。
そして、もう一人のメイドが声をひそめる。
「そこへ目をつけたのが宰相家」
セリアはぴくりとした。
宰相家。
つまり、ロゼッタお嬢様の婚約者カイゼルの家だ。
「宰相家って政治家ばかりでしょ。
魔導がかなり薄まってるらしいの、
今のご子息も風魔法だけ、
しかも、あまり魔力量が高くないとか」
セリアは布をたたむ手を止めた。
(補完婚約だ)
足りない魔導の血を補うための婚約。
政治家の家が、魔法の才能を持つ娘を囲い込む。
貴族社会ならあり得る。
いや、むしろ当然かもしれない。
メイドは続ける。
「男爵様だって断れないわよねぇ」
「そもそも領地に投資しすぎて借金もあったんでしょう?」
「借金?」
「そう。新しい事業だか何だかで張り切っちゃってね」
「でも、うまくいかなかったみたい」
「そこへ宰相家から話が来たんだから、断るどころじゃないわよ」
セリアは内心で頷いた。
(なるほど)
ロゼッタは自ら望んで婚約したのではない。
それどころか
家が、生き残るための婚約。
いや、ロゼッタ本人にとっては、それだけでは済まないのだろうが。
それにしても。
セリアは思った。
(めっちゃ喋るな、この家のメイド)
外部の人間に話していい内容ではないだろう。
いや、自分は今は使用人だから、外部ではないのかもしれない。
けれど。
(こうはならないようにしよう)
セリアは静かに誓った。
余計なことをべらべら喋るメイドにはならない。
生き残りたいなら、口は固く。
これ大事。
その日の午後。
セリアはロゼッタの部屋で、机の上を整えていた。
ロゼッタは読書のふりをしながら、ちらりとセリアを見る。
「何か聞いた顔ね」
セリアはぎくりとした。
「え」
「分かるわよ、その顔」
ロゼッタは本を閉じる。
「メイドたち、喋ったでしょう」
セリアは少し迷ってから頷いた。
「……少しだけ」
「少しで済んだ?」
「かなり」
ロゼッタは天井を仰いだ。
「でしょうね」
そして、小さくため息をつく。
「この家、口が軽いのよ」
セリアは思わず言った。
「かなり」
「かなり軽いわよね?」
「かなり」
ロゼッタは真顔で頷いた。
「でしょう」
その様子が妙に面白くて、セリアは少しだけ笑いそうになった。
ロゼッタは椅子にもたれ、ぽつりと言う。
「監視されてる理由は分かった?」
「……はい、
魔力量と四属性、
それと宰相家の都合」
ロゼッタは満足そうに頷いた。
「そう、
わたしはこの家の借金のために、
かなり大事な商品なの」
八歳児の口から商品という言葉が出た。
セリアは何とも言えない顔になる。
ロゼッタは肩をすくめた。
「でも本当に怖いのは爺やじゃないわ」
「え?」
ロゼッタはセリアを見た。
「爺やは監視役、
それはそうだけど、
まだ話が通じるもの」
少し間を置く。
「一番怖いのは、カイゼルよ」
セリアの心臓が跳ねた。
宰相の息子。
攻略対象。
そして、ロゼッタの婚約者。
ロゼッタは本を指先で軽く叩いた。
「まだ八歳なのに、
あれだけ頭が回る、
普通の子供じゃない」
セリアは黙った。
ロゼッタもまた、小さな声で続ける。
「だから思うの、
たぶん、あいつも――」
そこで言葉を止めた。
廊下の向こうで、足音がしたからだ。
ロゼッタはすぐに本を開き、無邪気な令嬢の顔に戻る。
セリアも慌てて頭を下げた。
扉の向こうで、爺やの声がした。
「お嬢様、宰相家よりお手紙が届いております」
ロゼッタの指先が、わずかに止まった。
セリアはその横顔を見た。
そして確信した。
この家で生きるということは、
ただ三食出て風呂に入れるだけではない。
誰が敵で、
誰が味方で、
誰が何を隠しているのか。
それを見抜けなければならない。
ロゼッタのおかげで
ゲームのバッドエンドは回避した。
だが、ロゼッタは危うい立場にいる、
婚約破棄。
男爵家没落。
実験室に売られる。
ロゼッタのバッドエンドだ。
セリアはそっと息を吐いた。
(……カイゼル
転生者で、話のわかるやつならいいのに)
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