第四十二話 未来視の少年
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年末の雑踏。
王都は、年の瀬の忙しい空気に包まれていた。
人々は買い物をし、
商人は声を張り上げ、
教会では祈りの鐘が鳴る。
その喧騒から少し離れた場所に、豪華な修道院があった。
セイント・サーキット教団の修道院である。
高い天井の礼拝堂。
少年たちの歌声が響いていた。
聖歌隊。
二十人ほどの少年たちが並び、賛歌を歌っている。
その中の一人。
フェルディナントは、そこにいた。
褐色の肌。
灰銀色の髪。
淡い金色の瞳。
歌いながら――
突然、フェルディナントは知った。
未来が、二つに分かれたことを。
(……未来が、分かれた)
歌いながら思う。
逃げても――酷い未来にはならない。
そんな未来視が見えるなんて。
(……初めてだ)
フェルディナントは思った。
(逃げてもいい未来なんて)
フェルディナントは、未来視の中で見た人物を思い出す。
銀髪。
紫の瞳。
エヴァルト。
その顔を、記憶に叩き込んだ。
その時。
指揮をしていた修道士が、突然歌を止めた。
「フェルディナント!」
鋭い声。
「お前はまた音を外したな!」
修道士は鞭を振り上げた。
「罰だ!」
パシン。
鞭が振り下ろされ、フェルディナントの手を叩いた。
フェルディナントは顔色一つ変えない。
フェルディナントは、歌が上手くて聖歌隊に入ったわけではない。
同じ年頃の少年たちの中に混ざり、
目立たないようにするためだ。
だから、よく叩かれる。
歌の指導者である修道士から。
それだけではない。
フェルディナントは未来視をしなければ、さらに鞭を打たれる。
各地方の天候。
穀物の先物相場。
船舶が安全に帰港するかどうか。
競馬の到着順位まで。
すべてを見せられる。
フェルディナントは、この教団から逃げたがっていた。
だが。
どれだけ未来視をしても。
逃げた未来は、もっと酷い結末になる。
だから諦めていた。
だが。
今日は違った。
逃げても――酷いことにならない未来。
そんな未来が見えたのだ。
(……やっと)
フェルディナントは思った。
(逃げられる)
⸻
新年が来た。
新年初日。
王家には宰相や侯爵たちが挨拶に訪れる。
二日目。
宰相家や侯爵家に、伯爵、子爵、男爵の家が挨拶に来る。
宰相家は、多くの客を迎えていた。
玄関ロビー。
宰相と宰相夫人が並んで立っている。
宰相夫人の隣には、カイゼルの二人の姉。
宰相の隣にはカイゼル。
そして――
ロゼッタ。
ロゼッタは将来の宰相夫人として、今年初めて宰相家の人間としてロビーに立っていた。
次々と客が挨拶に訪れる。
中には小声で囁く者もいる。
「ほら、四属性の男爵娘だ」
「見て、あの大きなバングル」
噂が流れる。
だが、ロゼッタは堂々と立っていた。
新年の挨拶には、派閥は関係ない。
女王派も、国王派、中立派も来る。
そして――
エヴァルトも来ていた。
「新年、おめでとうございます」
カイゼルは小さく頷いた。
「新年おめでとう」
エヴァルトは声を落とす。
「今日、新年のどさくさに紛れて例の修道院に行ってみる」
少し笑う。
「失敗したら、後は頼む」
カイゼルは静かに答えた。
「わかった
何かあったら、父にあのスケッチを渡す」
エヴァルトはカイゼルに笑いかけた。
⸻
その後。
エヴァルトの家族は、宰相家を出て馬車に乗った。
シュトラール伯爵が言う。
「主だった面々には挨拶できたな。あとは、
細かい家だけだ」
エヴァルトは静かに言った。
「個人的に行きたい場所があります」
伯爵は眉を寄せる。
「どこだ。理が薄いとはいえ、まだ挨拶があるぞ」
伯爵夫人が微笑んだ。
「レーヴェン侯爵家でしょう?
婚約者のティアナちゃんに夢中なんだから」
妹も言った。
「私も一緒に行きたい!」
エヴァルトは淡々と答えた。
「昨日言いました通り
光魔法研究でお世話になっているシスター達への挨拶です
新年にわざわざ行くところを見せて、恩を着せたい」
伯爵はため息をついた。
「まったく……研究バカだな
一度家に帰れ。護衛騎士を付けてやる」
御者に言う。
「おい、家に帰れ」
⸻
その後。
エヴァルトは護衛騎士と共に、セイント・サーキット教団へ向かった。
護衛騎士は困惑していた。
予定にない場所だからだ。
エヴァルトは短く言った。
「少し寄るだけだ」
⸻
セイント・サーキット教団。
新年の挨拶に来た庶民たちで、ごった返していた。
礼拝堂の奥。
フェルディナントは聖歌隊の列にいた。
そして。
未来視の通り。
監視が緩んでいた。
そっと列から抜ける。
外へ出る。
その瞬間。
一台の馬車が止まった。
そこから降りようとしていたのは――
エヴァルト。
フェルディナントは駆け出した。
「助けて」
エヴァルトは一瞬だけ少年を見た。
そして。
無言でフェルディナントを馬車へ押し込んだ。
「ここにはもう用はない」
エヴァルトは言った。
「国土正教へ出してくれ」
護衛騎士は驚いたが、すぐに頷いた。
「はっ」
護衛騎士は正直、新興宗教の施設から離れられるなら、なんでもよかった。
馬車が動き出す。
エヴァルトは少年を見た。
「フェルディナントだな」
「うん」
「未来視ができる」
「うん」
「僕のところに飛び込んできたのも未来視か」
「うん」
フェルディナントは首を傾げた。
「君こそ、なんでオレを知ってて助けてくれるの?」
エヴァルトは答えない。
「言えない」
少しして言う。
「僕はこれから君を国土正教に預ける
そこから王国の未来視部隊に入れられるだろう」
フェルディナントは頷いた。
「知ってる」
少し笑った。
「教団よりずっとまし
ありがとう」
馬車は走る。
新年の雑踏の中を。
フェルディナントが脱出したことは、まだ誰も知らなかった。
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