第四十一話 スケッチ
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エーデル男爵家へ帰る馬車の中。
ロゼッタはすっかり眠ってしまっていた。
遊び疲れたのだろう。
小さく寝息を立てている。
マルガレーテは優しくその頭を撫でていた。
「ロゼッタちゃんたら、遊びすぎたのね」
柔らかく微笑む。
そしてふと、視線をセリアへ向けた。
「ところでセリア」
声が少しだけ低くなる。
「エヴァルト君に、何かされた?」
セリアは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに笑顔を作った。
「いえ、あの……」
小さく笑う。
「実験で、圧迫面接みたいなことをされただけです。大したことないですよ、あはは」
マルガレーテは眉を寄せた。
「かわいそうに……」
小さく息を吐く。
「ごめんなさいね。あちらは伯爵家。強くは言えないわ」
セリアは慌てて首を振った。
「本当にお気遣いなく。ありがとうございます、奥様」
そう言ってから。
セリアは眠るロゼッタを見た。
幸せそうな顔だった。
(うまくいってよかった)
お嬢様が幸せなら、それでいい。
……いや。
(よくない)
エヴァルトの声が頭の中に蘇る。
『新年までに渡さなければ殺す』
セリアは小さく息を飲み込んだ。
(殺されるんだった……)
⸻
翌日。
ロゼッタが一人になったのを見計らい、セリアは部屋を訪ねた。
「お嬢様」
ロゼッタはセリアに向き合った。
「どうしたの?」
セリアは小さく声を落とした。
「昨日のお茶会……エヴァルトが来ていたの、知っていますか?」
ロゼッタは目を丸くした。
「えっ?嘘
友達の中にいなかったわよ?」
「最初は母親達のグループにいたみたいです」
セリアは言った。
「そのあと、侍女の控え室まで来て……」
少し顔をしかめる。
「魔力を吸い取る手袋で腕を掴まれて、脅されました」
ロゼッタの顔が強張った。
「……本当?」
「殺すって」
ロゼッタは慌ててセリアの腕を見た。
「大丈夫?」
セリアは苦笑した。
「大丈夫です」
そして、エヴァルトとの会話を丁寧に説明した。
ロゼッタは腕を組んで考えた。
「つまり
エヴァルトは、重要な隠し要素の人物のスケッチを描けって言ってるのね
しかもカイゼル様経由で渡せって」
セリアは頷いた。
「はい
でも……画材が無いんです」
ロゼッタはぱっと顔を上げた。
「どうして気付かなかったのかしら
セリアは、あのバッドエンドを描いた絵師じゃない」
セリアは少し照れた。
「はい」
ロゼッタは急に楽しそうな顔になった。
「じゃあ!
わたしの絵を描いて!」
セリアは目を瞬いた。
「可愛く描いてね!
それでカイゼル様のも描いて!」
ロゼッタは両手を合わせた。
「お互いがお互いの絵を持つの
素敵じゃない?」
セリアは思わず笑った。
「……そうですね」
ロゼッタはすぐに言った。
「爺やはダメね
だから、お父様に頼むわ
セリアは孤児院の頃から絵が上手だったから、画材を買い与えたいって」
少し考える。
「いい物は無理かもしれないけど……最低限は手に入るはずよ」
セリアは尋ねた。
「お嬢様は画材を持っていないんですか?」
ロゼッタは肩をすくめた。
「わたしの授業に絵画は無いもの
紙とペンだけじゃ色はつけられないし」
少し笑う。
「それに、わたしの物を使ったら盗んだって疑われるかもしれないでしょ?」
セリアは深く頭を下げた。
「お嬢様
ありがとうございます」
⸻
数日後。
セリアの部屋には、新しい画材が並んでいた。
水彩絵具。
筆。
紙。
セリアは息を吐いた。
「……久しぶり」
筆を取る。
そして描き始めた。
まずはロゼッタ。
次にカイゼル。
それから男爵と男爵夫人。
そして――
フェルディナント。
灰銀色の髪。
褐色の肌。
淡い金色の瞳。
バッドエンドの青年の姿。
その姿から予測した少年の姿。
二枚描いた。
一枚はエヴァルトのため。
もう一枚はカイゼルに渡す分だ。
筆が止まる。
「……これで」
小さく呟いた。
「死なずに済むかな」
⸻
数日後。
いつもの懇親会。
宰相家の応接室。
ロゼッタとカイゼルはソファに座っていた。
セリアは横に立っている。
セリアは静かに言った。
「エヴァルトが来ました」
カイゼルは目を見開いた。
「それで、どうなった」
セリアはエヴァルトとの会話を丁寧に説明した。
カイゼルは静かに聞いていた。
「それで
絵は描けたのか」
セリアは袋を差し出した。
「こちらです」
カイゼルは袋から絵を取り出した。
「……上手い」
ロゼッタは身を乗り出した。
「この絵、生きてるみたい」
セリアは言った。
「カイゼル様も必要かと思い、二枚描きました」
カイゼルは小さく頷いた。
「よくやった
後は、この少年が未来視かどうかの裏取りだな」
カイゼルは絵をしまった。
「エヴァルトにも渡さなければならない
次の王家のお茶会で渡す
ありがとう、セリア」
ロゼッタは少し照れながら紙を差し出した。
「……これ」
カイゼルが見る。
「これは?」
「持ってて欲しくて」
ロゼッタの肖像画だった。
カイゼルは少しだけ黙った。
そして言った。
「わかった」
カイゼルの耳の先が少し赤く染まった。
⸻
数日後。
王家のお茶会。
母親達の社交は、表面だけの笑顔が並んでいた。
一方で。
子供達は庭に追い出されていた。
ルードヴィヒが叫ぶ。
「ディルク!騎士ごっこしよう!」
ディルクは胸を張る。
「お供いたします!」
フェリクスが手を挙げる。
「僕も混ぜてください」
レオンハルトも言った。
「僕も参加する」
レオニードが慌てる。
「なら、私も参加します」
アルベルトは笑った。
「じゃあ僕も」
庭では騎士ごっこが始まった。
その少し離れた場所で。
エヴァルトとカイゼル。
二人は集まっていた。
エヴァルトが言った。
「話は聞いているか」
カイゼルは頷いた。
「ああ
持ってきた」
エヴァルトは手を出す。
「渡してくれ」
カイゼルは尋ねた。
「なぜ、こんな物を欲しがる」
エヴァルトは言った。
「セイント・サーキット教団は、俺が潰す」
カイゼルの眉が動いた。
「女王派の俺なら
派閥争いが過激化しない」
カイゼルは静かに言った。
「なぜそこまでする」
エヴァルトは空を見上げた。
「ティアナだ」
少し笑う。
「生まれた時から転生者の意識があった
だから、この世界を俯瞰で見ていた
どうせゲームの世界だと」
少し間を置く。
「だが
ティアナが魔法を楽しんでいるのを見た
理科の実験みたいに
ワクワクしていた」
エヴァルトは小さく息を吐く。
「その瞬間
この世界に生きていると思えた
心を奪われた」
自嘲気味に笑う。
「おかしいだろ
社会人の俺と
十歳の僕が同居している」
カイゼルは静かに言った。
「……わかる」
そして小さく笑った。
「僕も恋をしている」
カイゼルは袋を差し出した。
エヴァルトはそれを受け取った。
中には――
未来視の少年。
フェルディナントの絵が入っていた。
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