第二十話
続きです。
「まず一つ海莉、彩奈、雪愛、お主ら三人に聞こう。妖家の力の源は何だと思う?」
突然と聞かれ、私は少しフリーズする。
「力の源……なんだろう…やっぱ伝承通りの元の妖怪とか…?」
「ご飯かな〜。」
「ボクは命の力だと思うよ。」
それぞれの回答を言う。すると、狐火先生は目を細めて、
「彩奈と海莉は半分ずつ正解じゃな。それも確かに重要じゃ。それ以上に大事なのは、雪愛の言った通り飯じゃ!ってなわけで、食いながら話そうかの。」
いなり寿司に話していた。もうその視線はただただ早く食べたいと物語っていた。
おじいちゃんが冷蔵庫から酒瓶を持ってきて、氷を入れたジョッキに入れる。いやあの、1リットルくらいあるけど…?
おじいちゃんはそれに満タンになるようにお酒を入れ、狐火先生に渡す。
そして、残りを自分のジョッキに入れて炭酸水を注ぐ。
受け取った狐火先生は、箸を持って目にも止まらぬ速さでいなり寿司をかき込んでいた。
10個ほど食べた後、ジョッキを傾け、その中身を一気に飲む。
「…んぐっ、っぐ、ぷはぁ…!いやぁ、雅爪よ、妾が酒は基本ロックが好みと覚えておったのか。ありがたいのぅ。」
「ウィスキーかウォッカでも持ってこようとは思ったがな。」
「はっはっは、流石の我でもそやつらを酔わずに相手するのは手間取るわ!」
「そうじゃ、しっかりお酒を飲んでぐっすり眠ってくれ。酔っ払ってくれてもいいぞ。いや、やっぱり酔う前に寝てくれ頼む。」
もはや、おじいちゃんが懇願の域で酔うことを祈ってる……狐火先生って、そんなに飲むってことかな?
と、気がつくとジョッキの中身が消えていた。
「いやぁ、久々の酒と雅爪の料理は身に沁みる。あ、後で飲んだ分の金は渡すのでな、もっと飲んでもいいかの?」
「おう、問題はそこじゃないが、じゃんじゃん飲め飲め。そのためにたくさん買ってきたんじゃ。ほうれ、こっちは日本酒じゃ。」
「ありがたいのぉ。」
受け取って、狐火先生はまたしてもグビグビと飲む。そして、いなり寿司と唐揚げを食べつつ飲んでは食べてを繰り返す。
気がつくと、彩奈と雪愛も争うように食べていた。彩奈……流石に負けるから諦めよ?
っと、私も食べないとなくなっちゃう。いただきます。
いなり寿司を口に放ると、噛んだ瞬間に広がる油揚げの油混じりで甘塩っぱい漬けダレの味と、マイルドな酸っぱさの酢飯が相性抜群の一品だった。
これならいくらでも食べられそうだと思うくらいに、美味しく、唐揚げの方は言わずもがな。
カロリーとかそんなのは気にしないで、食べれるだけ食べる。だって美味しいから少しでも多く食べたいし。
「そうじゃ、何するにも飯が基本。体を作る基礎じゃからな。それに、妖家は力を使う時や怪我を治癒する時に体内の栄養を使うからの、食えるうちに食い溜めしておくのがいいんじゃ。」
そういってモグモググビグビする狐火先生。
いや普通に食べたいだけなんじゃ……って思ったけども、たしかにご飯を食べないことには何も始まらないね。
まぁ、多分あとは話をするだけだろうから、この後動くことはないんだけど。
いなり寿司をもう一つ手に取り、口に入れる。
「…っ!?ブフッ、ゴフッ…!」
鼻にツンとした刺激が強すぎて咽せてしまった。突然のことにみんなが見てくる。いや、狐火先生は普通に食べ続けてた。
「海莉ちゃんどうしたの!?」
「ゴホッんっんっ、ごめん、ちょっとお酢がキツイところに当たって……」
「すまん、量が量じゃから、お酢が一箇所に寄ってたのかもしれんな。」
おじいちゃんが眉を下げて申し訳なさそうにしている。
「大丈夫大丈夫。おじいちゃんのせいじゃないから。それに、めちゃくちゃ美味しいから。作ってくれてありがと。」
「それならいいんだが……正面から感謝されると少しむず痒いな。」
珍しく照れてるおじいちゃんを見て、あまり感謝を伝えてなかったかもしれないと思い直す。
よし、次からは心を込めて感謝を毎回伝えるようにしよう。
しばらくして、いなり寿司の数が3分の2減ってきたところで、狐火先生が口を開く。
「……のぅ、貴様らは10年前のあの事件を覚えているか?」
少し湿り気を含んだ声で静かに話す。
「もちろん覚えてる。忘れるわけない。」
「ボクも。忘れちゃいけないもん。」
私と彩奈が即答すると、狐火先生は目を細める。
「では、事の顛末は覚えているか?」
事の顛末……たしか、あの子が誰かに…誰に何されて…?
彩奈を見ると、やはり具体的には思い出せないのか、顔がしかめられてる。
「10年前、お主らもまだ小学入りたてくらいの頃じゃ。覚えていなくても無理はないが、幼き頃の強烈な出来事は必ず覚えているはずじゃ。」
狐火先生は、いなり寿司を箸で掴みつつ、冷静に告げる。
「それを覚えていないということは、必ず何か外的要因があると思わんか?まぁ、考えすぎの可能性しかないが。」
言われたら確かに…?でも、記憶は薄れる可能性はある上に、あとから振り返ってみると記憶違いしてるってケースもあるわけだし…。
「まぁ曖昧なのであるなら、話せば思い出せることじゃろ。」
狐火先生は箸を置いて喋り始めた。
ーー10年前ーー
「見てみておかーさん!この花綺麗だよ!」
「そうねぇ、確かさくらんぼだったかしら。」
「おかーさん、この花は桜だよ?さくらんぼは果物!」
「ごめんなさい、散っている途中の花にしか興味なくて…名前も覚えてなかったの。」
ニコニコと笑顔の幼い日の海莉とその母…巴莉。
2人は桜並木を歩いていて、その少し前には様々な荷物を持った集団が。
海莉の親族や、狐火とその弟子たち、ヒプターとその家族、そして彩奈の姿があった。
「おーい、2人とも〜、寄り道してると迷子になるぞ〜。」
「は〜い、すぐ行きますね、あなた。」
海莉の父…幸樹が2人を呼ぶ。海莉は何だか嬉しくなって巴莉の手を引いて集団に駆け寄っていく。
この日は桜が満開に咲いていたため、花見に来たのだ。
ヒプター一家…ウルズ一家は、海莉たち潜野家の近所に住んでおり、家族ぐるみの付き合いで仲がよかった。
「本日は誘っていただきありがとうございます、幸樹さん。」
ヒプターは帽子を外して丁寧な礼をする。その目は見るもの全てを愛しむかのような優しい目をしていた。
その側では、彩奈と金髪蒼眼の子ども…アリアが追いかけっこしてはしゃいでいる。
「のぉ小雪よ、今度ちょっとばかし雅爪を貸してはくれぬか?」
「また言って…雅爪さんは渡しません!盗りたければ力ずくで来なさい。でも、負けたらわかってるね?」
「また肉体の年齢を若返らせるんじゃろ?わかっておる。」
「あのぅ、ワシの取り合いで争うのはやめてくれぬか?今日は平和に行きたいのじゃが…」
「雅爪さんは黙ってて。」
「雅爪は黙っとれ。」
「あ、はい、すみません。」
なんだかいがみ合って雅爪を引っ張り合う、狐火と、海莉の祖母・小雪。
それを横目に狐火の弟子と海莉の親いとこが談笑している。
なんだかとっても騒がしい集団だったが、流れる空気は和やかなものだった。
そして一行は広場に着いた後、桜の木の下で弁当を広げ、宴を始めるのだった……
「……とまぁ、最初はこうじゃったな。覚えておるか?雅爪がイタズラから粉で作った唐揚げを入れていて、それを海莉が食して泣き喚いていたこと。」
「懐かしい記憶じゃぁ……」
おじいちゃんは遠い目をしてしんみりしている。
私も私で、何となく思い出してきた。そう、その唐揚げは肉片に粉を大量にまぶした、味っけのない粉の唐揚げだったんだ。
あの日はたしか、彩奈の両親が仕事か何かでいなくて、彩奈だけいっしょについて行ったんだっけ?
というか、ヒプターがそこにいたって……全く覚えてないんだけど…。仲良かったなんて知らないんだけど。
彩奈を見ると、唇をかみしめていた。どうやら、何か思い出したくないものでも思い出したらしい。
「うっすらだけど覚えてる。でも、やっぱりあの子がどこかに消えたくらいしか覚えてない……」
改めて振り返れば振り返るほどそう感じてしまう。
話を聞いてる最中に記憶を辿ってみるも、やはり起こった出来事の、私にとって特に重大な部分しか覚えてない。
「まぁ、記憶はこのいなり寿司みたいなものじゃからの。」
「いなり寿司?」
「あぁ、いなり寿司じゃ。食う前も美味しい、口に入れた時も美味しい。しかし、その美味しさは長くは続かない。過ぎてしまえばまた無に戻る。」
つまり、記憶というものはいつか必ず忘れてしまうものってことだよね……
「ただ、必ずしも全てが過ぎるというわけではない。歯や歯茎と唇の間に挟まった胡麻やご飯粒があるじゃろ?それが残る記憶じゃ。」
いや、うん、残る記憶は希少で少ないって言いたいんだろうけど、例えがなんか汚い。
「無論、そやつらにも味がある。我らはそいつらを舐め回して味わってるってことじゃ。」
だから例えがあんまり良くないんだって。汚いよ!
チラッと横を見ると、話を聞くのに飽きたのか、みんなの箸が止まってるうちに食べまくってる雪愛がいた。喉詰まらせないでね。
彩奈はまだ何か考え込んでいる様子。おじいちゃんは、リビングを出てどこかに行った。
あれ?これもしかして今の話を私以外誰も聞いていないんじゃ……
「海莉よ。一つ尋ねたいことがある。」
私のしょうもない内心を知ってか知らずか、狐火先生が真剣な眼差しをする。
「な、なんでしょうか…?」
「海莉、お主……好きな男子とかおるのか?」
彩奈と雪愛の首がぐりんとこちらに向いた。首大丈夫かな?それ。
好きな男子…特にいないけどさぁ、10年前の話しないの!?
続き書きました。ちょっとだけ過去開示回が続く予定です




