第十話
続きでさ
扉の向こうでは、また一つ廊下があり、明かりはなかった。一つのドアを除いて。
そのドアからは光と誰かの話し声が聞こえてくる。
耳を澄ませると彩奈と雪愛と、誰かの声だった。楽しそうに喋ってる声が聞こえる。
そして、それに反比例するように、異常な濃さの血の匂いがした。
すぐにドアを開けて中に入ると、そこには信じられない光景が。
血のついたナイフを持った、外で会った金髪の男がニコニコと2人の方を向いている。
対して彩奈と雪愛は腕や顔、足や耳といった、様々な部分から血を流していた。
しかも、それに気づいていない、もしくは怪我そのものを認識できていないかのように、普段と同じテンションで喋っている。
そして、3人とも、私が部屋に入ると同時にこっちを向いた。
「あっ、海莉ちゃんやっときた〜。」
「ご主人様やっほ〜。」
2人は普段と変わらない笑顔で話しかけてくる。それに顔が引き攣りそうになるけど、一旦なんとか堪えた。代わりに目元がピクピクしちゃったけど。
「やぁ、思ってたより速かったね。猫山海莉さん?」
まるで喫茶店で待ち合わせでもしていたかのように、片手を上げてそう軽く挨拶してくる男。
爽やかな笑顔を浮かべているのに、この状況ではかなり不気味。こいつに狂気さえ感じてしまう。
「………アンタ、2人に何したわけ?」
なるべくいつも通りの声で。
「海莉ちゃん、ボクたち何もされてないよ?ただ海莉ちゃんが来るまで楽しくお話ししてただけだよ?」
そう彩奈が言ってくれるが、何もないことは絶対にない、頭や腕、足から血を流している様子が本当に痛々しかった。見ているこっちの方が痛くなってくるくらい。
脳が沸騰しそうなほどに気持ちが荒ぶるが、今そんなことをしては2人に何されるかわからない。絶対に冷静でいない…と。
「何もしてませんよ。ただ少し、『言霊』の検証をと。」
「言霊?」
「えぇ。言葉には力が宿るというでしょう?それを分かりやすく現象化し、制御する道具の検証です。ご覧の通り、自分の傷に気がつくことすらできない、半ば洗脳状態にかかることがわかりましてね!その他に二つほど同時に実験させていただきましたが、いいデータが得られましたよ。」
ペラペラと興奮したように満面の笑みで喋る金髪の男。
さっきといい、今といい、ここにいる奴らはどうもおしゃべりが好きらしい。
気休め程度にしかならないが、持ってきた飴を2人の口に二つずつ入れる。
「食べて。舐めてないで今すぐ噛み砕いて飲み込んで。」
2人に言うと、少し不思議そうな顔をしながらも、私の指示通り噛んで飲み込む。
わかりにくいけど、体の傷が新しいペンキを吐き出すのを止めたのはわかった。よかった。
「やはり、何かを食べることで急激な回復能力を発揮する……やはり個人差が出るみたいですね……食べたものとの関係は……」
金髪の男がブツブツと何かを呟く。
その間に、拭えるだけの2人の顔の血を袖で拭っといた。
「………それで?あんたは何のつもりでこんなことしたわけ?」
何してくるかわからないやつをわざわざ刺激しようとは思えない。だから警戒しながら慎重に。
なるべく私の内で煮えたぎる感情を抑えて訊く。
「何のつもりでなんて、簡単な話ですよ我々の目的のため、あなたとそのお友達のデータが欲しかったのですよ。」
目元がピクっと動いてしまう。
「データっていうのは?」
「簡単な話、研究資料ですよ。この2人は妖家としての力がとても強く、海莉さん、あなたは妖家の力を持っているにも関わらず、未だ研究の進んでいない未知の力を持っています。私たちの目的のためにそれらは必要なのですよ。」
つまりは、こいつのいいように動かそうとしてるわけね。ふざけるのも大概にして欲しいんだけど。
「ですがまぁ、協力してもらう以上、私たちの目的も少しお話ししましょうか。」
男は側に置いていたティーカップに紅茶を注ぎ、私に差し出す。
もちろん受け取らずにそのままスルーした。
「あなたたちは疑問に思ったことはありませんか?力のない人間が、妖家のような特殊な能力を持った相手に対抗する手段を。」
対抗する手段…?
「現時点では、化学兵器や銃火器以外には存在しない。ましてや、この国ではそんなものは使えるはずもない。」
カップを傾け、静かに語る。雪愛が紅茶に手を伸ばそうとしたが、手首を掴んで止める。
遅いかもだけど、何か仕掛けられてるかもしれないしね。
「私たちはその手段…あるいは制御の方法を研究しているのだよ。」
対抗または制御……ねぇ。
「なんでそんな研究しようと思ったわけ?」
私が訊くと、待ってましたとばかりに男はコトンとカップを机に置いた。
「………その答えなら猫山海莉、狼崎彩奈、あなたがたも知っているはずだ。」
知ってる……?どういうこと?
彩奈の方を見てみるけど、やっぱり彩奈も心当たりはないみたい。首を傾げて私と同じようにこっちを見てきている。
「ふむ、少々言葉足らずでしたね。失礼。10年前の出来事……といえば伝わるでしょうか。」
10年…前……ね。そこでの大きな出来事は一つしかない。あの時のことは鮮明に覚えてる。
でも……
「仮に今、あんたの言う出来事が私たちが思い浮かべたことだったとして、何の関係があるわけ?」
すると、男は私の頭の中を覗くような、そんな視線で。
「あなた方の思い浮かべているもので間違いありません。それと同時に苦い記憶だということも。今語っても香りは引き立たないので、十分に深みが出た時にしましょう。加えてその感情は私も同じだと言っておきましょう。」
男はそう言って、残っていた紅茶を飲み干した。
どういうこと…?あの時のことをこいつは知ってるの…?
「ねぇ海莉、やっぱりこの男は警戒した方がいいかもしれない。」
彩奈が若干敵意を向けながら私に言う。いやだから警戒するのが遅いっての。
「ご主人様〜?こいつやっぱ嫌〜い。この紅茶熱いし苦いし〜。」
……私に出してきた紅茶を雪愛が飲んでしまっていたようだ。猫舌なのは多分雪愛もなのだろう。
それでも飲みきっているところに雪愛の何かしらの意地を感じる。ってか、警戒しろよ。
「おや?どうやら言霊の効果が解けてしまったようですね。外的要因か、はたまた時間の経過によるものか……あとでもっと検証しておきましょう。」
男が驚いたような、面白いとでもいうようなニヤリとした笑みを浮かべ、ペンとメモ帳を取り出し何かを書いた。
「……さて、今回あなた方のデータはかなり多く取らせていただきました。お帰りいただいて結構です。」
メモを取り終わった男は、突然と私たちを邪魔者扱いするかの如く、冷たい声と表情で告げた。
「ふざけないで。あんたが2人にやってくれた落とし前、ちゃんとつけてもらうけど?」
私がそう言うと同時、部屋の温度が下がった。こいつがまた何かしたのか……。
「落とし前ですか。私はお二人に何もしておりませんよ?指を落としても足を落としても、ある程度の量の食料を食べさせれば元に戻ったので。」
………は?指…?足…?落とすって、文字通り…ってこと……?
「え?なんの話?ボクたち何もされてないよね?」
「うん、お菓子もらって食べてただけだよ〜?」
2人の困惑したような会話が後ろで聞こえてくるが、さっきまでの状況を見るとそんな会話は当てにならない。
むしろ、この男の言葉の方が正しいとまで感じられる。
「あぁそれと、私の名前を伝え忘れていました。私の名前は『ヒプター・ウルズ』と申します。どうぞヒプターとお呼びください。」
男はさっきの言ったことにも関わらず、飄々とした様子で名前を言った。
ヒプター…ウルズ……どこかで聞き覚えのある名前……
思い出せそうで思い出せない。なぜだろう、忘れてはいけない名前だった気がしてくる……
でも今はそんなのどうだっていい。最大の問題は、こいつが自分の研究のためと称して2人を傷つけたこと。
絶対に許せない。絶対に報いを受けてもらう。
私は気がつくと牙を剥いて唸り声を上げていた。
「あ、ヤバいよこれ。」
後ろから彩奈のそんな声が聞こえる。また何かこの男がしようとしているのだろうか。もう分からない。
「ふむ、先ほどより空気が冷たくなりましたね。ではもう少し。海莉さん、あなたもしかして家族の誰か殺されたりしてます?」
……テメェか。その言い草。10年前のあれをやったのは。
頭の中を怒りとあの時の責念、そしてこの男への恨みが駆け巡る。
「三途の川渡れカス。」
瞬間、私の視界は赤く染まった。
続き書きました。なんとなく、そろそろ序章のクライマックスに入りそうです。描写をもうちょい細かく入れて読み応えのあるものにできたらなと。




