第十一話
続きです。
「待って待って待って!落ち着いて海莉ちゃん!」
ボクは我慢の限界に来てしまった海莉の肩を揺さぶってこっちに意識を向けさせようとする。
でも、海莉は光が消え、瞳孔が伸び、見るもの全てを射殺してしまいそうな瞳で、ボクの方を見向きもしないままヒプターっていう男に近づいていく。
その足元からは雨を逆再生するみたいに、水が浮き始めている。
そしてその水は海莉の周りを衛星みたいに飛んで、やがて拳くらいの大きさの水を形成した。
見たことある。今までで一度だけ。それも、さっき男が話してたみたいに10年前。
完全にこっちの声は聞こえてなくて、標的以外は狙わないけど、標的を狩り取るためには周囲の犠牲も目に入らない、いわば暴走状態。
やがて海莉の体が縮み、全身真っ黒な猫の姿へと変化する。それも、二股に分かれた尻尾を持つ猫又の姿に。
この、海莉の猫又の姿を見るのは2回目。ボクとしてはあまり見たくない姿だ。だって、その内で海莉の心が苦しんでるから。
「これはこれは……初めて見る姿ですね。それも水を操るとは。実に興味深い……やはり、激情的にさせたのは正解……」
ヒプターってやつが、顎を撫でながら興味深げにそんなことを言う。
ふざけてるわけ?こんなことになるまで海莉を怒らせるのは危険なんだよ?
「ご主人様〜、その姿お揃いですね〜。」
そんな呑気なことを言いながら、泥棒猫も猫又の姿になる。
状況見てよ!状況を!!絶対に今そんなことしてる時じゃ……
「……。」
その刹那、海莉の周りで浮いていた水が凝縮され、水鉄砲のようにヒプターへと飛んでいく。
そんな攻撃を軽々と避けるヒプター。そのせいで壁に水がぶち当たる。しかし服に少し掠ったのか、切れ端が床へと落ちる。
壁には穴が空き、水に濡れた土と泥のようなものが部屋へと少し流れてくる。
そして、海莉はもう一発…どころか、周囲に浮かせてる球のうち、6つを凝縮させヒプターに放つ。
今度は1発が耳を抉り、1発が脇腹を抉った。
「ガッ…っぐ、このペースで…何発も……これは、貴重な、データだっ……」
さっきからずっとデータデータいってるし。それ以外ないの?こいつ。相当イカれてんじゃん。
というか、ヒプター逃げようとしてんじゃん。手に何かを持ってボタンを押そうとしてる。
ボクの能力ですぐにヒプターの背後に立って、それを奪おうと手を伸ばす。
だけどそれより先にヒプターがボクのことを殴り飛ばしてきた。
………痛い。体の芯まで響くような痛み。でもまぁ、こんなのはすぐに治る。
それよりも……いつものボクなら、タゲの後ろに回った時点で勝ち確だったのに、今弾かれたんだよね…。
多分、実力差が大きいと普通に反応されちゃうってことだよね…?
はぁ〜、ちょっとは鍛えないとね…
って、そんな場合じゃないよ!今反省してても意味ないじゃん!
ヒプターのいたところを見ると、そこは跡形もなく誰の姿もなかった。
加えて、ドアのすぐ向こうから誰かが話す声が聞こえてきた。
不思議なことに、気配と足音はない。
そのドアはボクと泥棒猫の丁度真後ろにある。
海莉がこっちを向いた。周囲の水が攻撃体勢に入ったことを知らせるかのように、渦潮の如く激しく回転を始め、その大きさを縮ませた。
すぐに泥棒猫の首根っこを掴み、海里の後ろへと回る。
海莉は、何も発さないまま、ドアに向けていくつもの水の槍を放った。
すると水はそれを貫通し、誰かの呻き声と悲鳴と共に、ドアの隙間から赤い絵の具が漏れ出してきた。
……さっきの感じ、やっぱり避けなかったらボクたちごと貫こうとしてたよね…。流石にこのコンディションじゃ、貫かれたら治せないから危なかった。
どことなく思考が鈍るような、頭の重さを改めて感じ、ヒプターを恨む。
その瞬間、海莉がこっちを向いた。その目には光がなく、水が凝縮し始める。
マズイ!と思った矢先に泥棒猫が手だけを巨大化させて、ボクと海莉の間に挟む。
「ゥッ……痛いけど…ご主人様からの攻めだったら……ウヘヘヘェ〜。」
うん、この子はやっぱり頭のネジが太平洋の底に沈んでるみたい。
海莉はなんでこんなのに付き纏われてるんだか……って、また変なことに考え割いてたよ!
一刻も早く、海莉を元に戻す方法と、ここから出る方法を考えないと!このままじゃ海莉にやられちゃう。
ええとええと、前に海莉ちゃんがこうなった時ってどうしたんだっけ…?
覚えてないよぉ……。というかそもそも戻った瞬間を見てない。
あの時は海莉ちゃんのおじいちゃんがボロボロで……あれ?なんであの時…
って、また来るっ!
またしてと海莉の攻撃が来そうになったため、一度この狭い部屋から出る。
ここから出れば多少は動きやすくて避けやすいはず!
泥棒猫を連れてドアに体当たりしてすぐに横にローリングする。
そのスレスレを殺人級の水の線が通り抜けた。アスファルトをスッパリ切ってる。
「もぉ〜もう少しでご主人様からもっといいのをもらってたのに〜!なんで邪魔するのぉ!」
この子……一回防御できなくして突き出そうか。
「今そんなこと言ってる場合じゃないから!下手したらボクたち、海莉に殺されちゃうよ!早く戻る方法を考えて!」
そういうと、ハッとしたような顔をして雪愛は言う。
「ってことは、今ご主人様は限界超えた欲求に蝕まれてるってこと…?」
そこだけハッキリ断定するな。いつもみたいに語尾伸ばして冗談っぽく言いなさい。
「欲求って言っても多分、あのヒプターってやつだとか、ここの施設の奴らだとかを殲滅させたいとかの方が近いと思う。海莉の性格的に、許せないものは徹底排除したいってのがあると思うから。」
ボクたちがヒプターにされたことなんて、覚えてないけどなんとなく察せる。
それに対して海莉が怒ってくれてるのは嬉しいけど、その反面怒らせたくなかったっていう後悔もある。
ヒプター許すまじってのは確定しておいて、本当に海莉を止めるにはどうしたら……
ボクの血がたまに騒ぐ時は……海莉ちゃんにほっぺチューしてもらってるね……
ボクも海莉に…って思ったけどあの様子じゃどうやっても近づけないし隙もない。
何よりそんな危険を犯したところで戻る保証もない。
どうすれば海莉を止めれるんだろう?
ボクの能力で気絶させるっていう方法もあるけど、ミスったら相当危ないし……
一旦ここを離れないと!いつまでも狙われちゃう!
ってか、騒ぎになったせいでここの奴らもいっぱい来てるじゃん!
「泥棒猫ちゃん、早くこっち来て!捕まったら次も何されるかわからないよ!」
「泥棒猫じゃないし〜。嫉妬しないでね〜。」
よし、もう置いていこうかな。
白衣を着た奴らがボクたちの周りに集まってきた。
「これは…一体どうなって……」
「あ!あれ、観察対象3体です!」
「チッ、逃げたのか全員!自分の作業を止めてあいつらを捕まえろぉぉ!!」
白衣の人たちが絶叫してこちらへと向かってきた。不思議なことに素手で捕まえようとしているらしい。
ボクを捕まえようとしてきた奴は、能力を使って気絶させた。
泥棒猫を見ると、巨大化して踏み潰してる。
仕方ない。ここは一旦この場を離れて…いや、そうなるともし何かが起こって海莉が動けなくなったときに助けられなくなる。
僕たちを助けにきたのに海莉が捕まったのなら意味がない。
早く海莉を安全に連れ帰らないと。
ええと、気を引く方法……普段なら甘いものとか新作のゲームとかだけど……絶対引けないだろうし、そもそも持ってない。
猫又、猫……
「ねぇ、泥棒猫ちゃんは本能的に気を引かれるものとかある?例えば猫じゃらしとかまたたびみたいな。」
大きくなって何人かを下敷きにしてる上で、ゴロゴロ転がっている泥棒猫に声をかけると、上を少し向いて考える素振りを見せる。
「う〜ん、確かに前にまたたびに酔っちゃったけどぉ、猫じゃらしとかは気は引かれないかな〜。」
なるほどねぇ…って、その追ってる目!白衣の裾は紐とかじゃないよ!
って思ったけど、よく考えたらあの大きさだと紐みたいにしか見えないのか。
じゃあおもちゃで釣る作戦はありかもしれない。ただし、今の海莉に効くかはわからないけどね。
となればなにか……何かない?白衣きた人たち〜?何か持ってたりは……
ふと、倒れてる人のポケットからビニールテープとハサミとセロハンテープがはみ出していることに気がついた。
多分、なんかの作業中だったのかもしれない。
それを奪い取ってビニールテープを細く丸めてセロハンで留めて、先端に重みを持たせるために玉結びすれば、多分目を引くおもちゃになる……はず。
少なくとも!野良の猫ちゃんでやったときには遊んでくれたからいけるはず!
「よぉし、海莉ちゃ〜ん!こっちこっち!」
精一杯の大きな声で叫んでみる。
だけど海莉ちゃんはこっちを見向きもしない。目の前の白衣連中に夢中だ。
むぅ〜、海莉ちゃんが他の人を見てるなんて…!
「海莉ちゃ〜ん!こっち向いて〜!向かないと、ボクが海莉ちゃんから乗り換えちゃうよ?」
もう一度大きな声で叫んでみるが、やはり効果はない。
くっ、色仕掛け兼脅しは効かないのか…。仕方ない。海莉自身が嫌がるあの方法を…!
「海莉ちゃ〜ん?いい加減こっち向かないと!ボクが!海莉ちゃんの!猫耳スク水姿の写真を学校の友達に見せるよ?」
その瞬間、海莉の顔がグリンとこちらを向いた。目が怖い。心なしか、先ほどより感じる殺気が多い気がする。
もはやこうなってくると何となく察せるけど……
「ほらほら〜、これで遊びな〜?」
さっき作った猫じゃらしもどきを振ってみせるが、そっちに目はいかず、ボクをただただ視界にとらえて逃がそうとしない目をしていた。
肉食動物の目というものなのだろうか。体が怯んでしまいそうなくらい震えてしまう。
でも、睨んでくるのが海莉だとわかってるならむしろ安心しちゃうんだけどね。
……今の状態だとどうなるかわかんないけど。
「ぇ?あれ……?」
突然足に力が入らなくなり、倒れてしまう。
え?どういうこと?エネルギー切れってわけでも……
見ると、何かをボクのふくらはぎに突き刺したような形で、拳を突き出す白衣の男が足元にいた。
「へっ、やっぱりこっちの攻撃は感知出来ねぇみてぇだな。やっぱりテメェら妖家は…グフォア!?」
一回顔面をぶん殴って気絶させといた。メガネが割れて面白い顔になってる。もう少し面白くしてもいいんだけど。
とはいえこの状況じゃねぇ……
立ち上がろうと脚に力を入れるも、上手く力が入らず転んでしまう。
ちっ、何されたかはわかんないけど、足が上手く動かない。だけど、足に傷もできてないし、血も流れてない。何より体が何も異常を感じてない。
一体どうなってるわけ?明らかに何かされたってより、今のやつの腕の動きから察するに何かを刺してきたわけだけど。
ふと、雪愛の方を見てみると、雪愛もキョトンとした顔をして地面から立ち上がれずにいた。
立ち上がろうとしてもボクみたいにつんのめってしまう。
そして、宙を泳ぐようにこちらへと海莉が近づいてきた。
途中で白衣の連中が海莉に何かしようと近付くけど、全て、周囲を衛星のように飛び回る水球に弾かれていた。
目の前まで海莉が迫る。普段なら喜ぶ距離感だけど、今だけは、逃げられないことが分かって、怖い。下手したら死んじゃうってことが。
そして、海莉は浮かせていた水をボクの周りに漂わせ、脚に向けてゆっくりと放った。
来るであろう激痛に覚悟しながら、歯を食いしばって目をギュッと瞑る。
しかし、いつまで経ってもそれは訪れない。
むしろ先ほどまで動かしにくかった足に力が入る。しかも体中が浮くように軽い。今までの疲労がストンと抜け落ちた気分。
海莉は、そのまま雪愛の方へと向かう。そして、ボクにしたことと同じことをした。
雪愛はさっきから全く状況がわからないというようにキョトンとしている。
しかし、海莉が何かしてくれたことはわかったのか、海莉の鼻先にチョンと自分の鼻先を触れ合わせた。
……あとでしっかり海莉の顔を洗ってあげないと。
そして、それも終えた海莉は再び全体を見渡すように宙に浮き上がり、ボクの方を見向きもしないまま、白衣の連中が入ってきた扉を潜った。
ボクはすぐに雪愛を抱き上げ、海莉を追う。
何だかとっても嫌な予感がしたから。
続き書きました。
今回は、海莉の感情の危険が危ないだったので彩奈目線で書かせていただきました。海莉のあれは、暴走しているけど…彩奈と雪愛には…っていう状態なのはなぜなのでしょうね?




