09危険なティータイム2
「えっ!?」
「きゃー、ダ、ダメです!マオ様、火傷しちゃいます!!」
「こんな高温の炎、本当に手が溶けて!!」
渦巻く炎の球体。
涼しげに手を差し入れるマオ。
それを制止しようと声を荒立てる2人
しかしその制止は既に遅い…。
ずるり…
時間にして1分弱だろうか、マオは炎からようやく手を引き出した。
「ああ、マオ様!手、手、大丈夫ですか!?」
と、カーニャは心配になり、マオに駆け寄り確かめる。
―――手の欠損…、こそ無かったが、差し込んだ手の全面には焼鏝で文様をつけれれたような焼き痕が見えた。
「ふむ…」
とても痛々しく見える手の惨状なのだが、マオは一向に気に止める気配は無い。
それどころか、自分の焼かれた手を興味深く眺めている。「こんな風になるのか」と、まるで魔法の研究対象をまじまじと観察しているように思える。
すいっ
「さあ、カニャさん、手を出したまえ」
突然、カーニャの目の前にマオの手が差し出された。焼かれた文様付きの手。その未だ閉じられたきりの手には、何かが握られているようだった。
「えっ、えっ!」
何事も無かったかのように、涼しげなマオの言葉。カーニャはその小さな両手でお盆を作る。余りの出来事に、考える余裕も無く、マオの言葉に従ったのだ。
「ふむ」
従うカーニャの素直さにマオは口元をほころばせ、ゆっくりとカーニャの手のひらへ何かを落とした。
(何だろう?)
と、カーニャは思う。
さらさらさら…
「えっ、マオ様、これって…?」
「僕は、『取り戻す』と言っただろう?」
「こ、紅茶!?」
(す、凄い…、紅茶だ!マオ様が本当に取り戻してくれたんだ!!)
と、ルビー色の瞳を輝かせて、その手に乗った物体を嬉しさを滲ませ、もう一度、見た。
…見た、のだが…。
「………」
「灰…?」
ぱらぱらぱら…
と、その黒い物体をテーブルに落とし、しっかりと確認してみる。
「灰…、だよね?これ…(あれ?…紅茶って、灰だったっけ?)」
「やれやれ、それが灰以外の何に見えると言うのだ…。
―――炎は物質を燃やす存在、燃えて灰になるのは当たり前だろうに」
「『炎は全てを燃やす』それは世界の摂理であり、揺るぎない現象なのだ。故に物は儚く、炎は雄雄しい」
と、灰が残っていただけでも奇跡なのだよ、と言わんばかりにマオはそのささやかな奇跡をうっとりと見つめている。
―――どうやら、
その摂理通り(燃えるよ)の結果に満足しているらしい。
「状況と結果が必ずしも等しいとは限らない(燃えてないかもよ)」と数分前に豪語していたはず、なのだが…、「等しい事(やっぱり燃えてたね)」もマオにとっては、結局、世界の面白さの一部のようだ。
つまり…、紅茶が燃えて灰になっている事は、百も承知の行動だった。
「もう、マオ様!始めから、燃えているって分かっているなら、こんな事しないで下さい!」
と、どこに隠し持っていたのだろう、カーニャはマオの焼けた手を治療し始る。
「ぺたぺた」と、薬を塗り、
「ぐるぐる」と、器用に包帯を巻いてく。
―――マオは日頃から、自分には治癒魔法を使おうとしない。だからマオの怪我の治療はカーニャの仕事となっている。
ぺたんっ
マオと同じソファーに座り込み、ぶつぶつと文句を言いながらも手際よく治療を続ける。マオは反論もせず、その様子を眺めているだけなのだが、その目元は、とても嬉し気にカーニャに注がれていた。
「ふうー…」
その2人の優しげな風景に、少し目を細めキサラギはと安堵の吐息を漏らした。
「僕の治癒魔法は、必要ないみたいだな」
もしもの為にと、空間中に集めていた風の精霊を「有難う、お前達…」と散らした。
「ふう、やれやれだな、カニャさん。僕が折角、身を挺してまで取り戻したと言うのに、何が不満なのだ」
治療を終えた手をひらひらとかざし、マオは不服そうに言い述べた。
「……灰で、紅茶は入れられませんから!!」
「ふむ、そう言われてみれば、そうだな。…僕も長く生きた方だが、…灰の紅茶は飲んだ事が無い」
マオは、せっせと治療道具を片付けているカーニャの金色の髪先を、悪戯にいじだす。
(くすぐったい…)
とカーニャは思った。だが、どうやら、…治療を終えた指の感覚を確認しているのだと、気付き、黙っていた。
「…失った時を巻き戻すのは、僕は好きではないのだが…」
と、低く言い放ち、マオは珍しく神妙に何かを考えているそぶりを見せた。
「だが―――、」
視線をテーブルに移し、数分前まで「紅茶であっただろう灰」を射抜くように鋭く見つめる。
そして、両手でその灰を覆うような姿勢をとった。
「カニャさんが『僕の為』にわざわざ買ってきた紅茶、
…ならば僕がそれを取り戻す意味はある」
眼光は、闇色を増し、
その両手の幅はゆっくりと広げられる。
ざわざわざわ
マオの漆黒の髪がかすかに揺れる。
プツ…、プ、プツ…
プツ…、プ、プツ…
どこからか、とても小さな音が聞こえたような気がして、カーニャは音を探した。
(この灰から聞えるよね…。それに何だが灰の量が増えているような…?)
確かに見た目には量が増えているように思えた。しかし、それは灰が増えた訳ではなく、灰自体が膨張していたのだが、カーニャには分からないようだ。
『名も無き者よ、己を固定する形を取り戻すがいい…』
マオが低く呟くと、灰が青白い光に包まれ出した。
プツ! プツプツ!! ボワッ―――!!
「わ、わ、わっ!!」
灰が―――、紅茶にみるみる変化したのだ。
「紅茶――――!! あー!!お菓子も!」
「灰が紅茶になった」っと、目の前の光景に、カーニャはとても興奮した。
ガタッ
「え!? コレって、もしかして!時を巻き戻した!?」
感激に喜ぶカーニャとは対照的に、キサラギは驚きの声をあげ、思わず立ち上がった。
(時を巻き戻した?)
「え、そんな事できるんですか?(あれ?でも今紅茶が戻ったし、コレがその時の魔法なのかな?)」
と、私にも使えるかしら?とカーニャは興味惹かれた。
「何を言っているのだね、僕はそんな事はしていない。コレは、物質を粒子レベルで再構築しただけなのだ」
(りゅうし? こうちく?)
はて?何かの呪文かしら?と、やはりカーニャには理解不能な様子。
「大体、時の巻き戻しは、僕は好きではない、と言っただろうに…。
―――無くした時間を嘆くのは、生きる者だけの特権なのだからな」
と、マオの長いまつげが伏せられた。
「僕だって今を生きているのだ、ならば僕にも嘆く権利はあるのだよ」
「そ、そうだったね。時間操作は古代魔法の一種だった…。今の僕達には解読不能な魔法だったよ…」
と、とすん、と再びソファーに腰をおろす。
「…もし、時間魔法が解読されていたなら、魔族との戦いも有利になるだろうって、思ったんだけど…」
はっ、とここまで言ってキサラギはカーニャを見て、慌てて付け加えた。
「でも大丈夫、魔王を倒す方法はそれだけじゃ無いんだし、僕達は日々《ひび》鍛錬を重ねているからね。僕達勇者は皆を守り抜くよ」
どうやら、目の前の小さな女の子の不安を、魔族に対する不安を無くすのも勇者の仕事だと、心得ての言葉なのだろう。
「勇者は強い!」との一般概念を見事に貫いている。
(別にいいのに、私は人間じゃないんだし。何だか、勇者って気を使う職業なんだね…)
カーニャは人知れず勇者の苦労を思った。
■マオの性格
刹那主義(その場が楽しければそれでいい)タイプ。斜め半歩前の予想不可能な行動をいつも仕掛けてきますが、ほとんどはカーニャの反応を楽しむための行動。という困った人。根本的にカーニャが大好き!で、未来の妻に迎える気、満々(笑)
あれですかね?話の進み具合が遅いでしょうか?
もっと、速い展開の方が読みやすいでしょうか?
ちなみに、2話の「城、買いました」と同じ日です。一日って長いですね