06マオ光の魔方陣
カーニャのせいで、森が火事に?!
(―――ええ、何で炎がこんなに!?
違う違う、ああきっと、これはアレね。そう、そうそう、幻!混乱する私の脳みそが見せる幻――!)
「だって、ほら、障っても熱くな…、
―――熱っ!!」
「ふう、やれやれ、僕の庭が…。せっかく、カニャさんの為に、ウサギやキリンやらを作らせたのに」
何時からそこにいたのだろうか?気だるげに、小道の木陰に立つマオの姿が見えた。
目の前の惨状に気を止める様子も無く、ただそこにいつもと変わらぬ様子で立っていた。
(マオ様だ!マオ様が助けに来てくれた!!)
と、歓喜するが、一瞬はっと思い、キサラギを振り返る。キサラギは、迫り来る炎を呆然と眺めていた。
(そうだ…、この人間、私達を倒しに…!!)
と、先ほど魔蜂から守ってくれた事実をカーニャは未だ知らない。まだ、勇者が倒しに来たと疑っているらしい。
「マ、マオ様、逃げて下さい!勇者が――!!」
と、叫び出すのだが、カーニャの声は炎の轟音に掻き消されてしまった。
「………」
「あれでは、カニャさんの声が僕に届かないじゃないか」
とでも言いたげに、マオは炎を冷ややかに見つめ、「ふぅ」と短くため息まじりの吐息を漏らした。
「やれやれ、仕方がない…」
おもむろに右手を虚空に投げ出し、そのまま空中に何かを描き始める。
それは、マオの得意とする魔法。
そしてその―――魔方陣の描き方。
マオは、面倒くさがりな性格に似合わず、緻密な魔方陣を好んで描く。左手はだらりと下げたまま、右手だけを空中に投げ出し、こう無造作に円を描く。空中に描かれ始めた円は、光の輪を纏いながら、さらに丹念に書き込まれ続けた。
それはまるで、光のショーのようだった。木陰で魔方陣を描いているためか、その魔方陣自体の発光がとても幻想的に思えてならなかった。円中は規則的な間隔で直線を、そして、円外には魔法文字が書き込まれていく。
そして、闇を湛えた漆黒の髪がかすかに揺らめき、今まで魔方陣に向いていたその闇色の瞳が炎に移され、マオは「ふむ」と短く頷きながら、掲げていた右手をだらりと下げた。
―――マオの魔方陣が完成したのだ。
『さあ、光の僕達よ、喰らい尽くすがいい…』
ひょおぉ――っ、ごごごっ――!!!!
瞬時、突風がカーニャを襲った。
金の髪が突風に煽られ、ふわふわとはためく筈のスカートの裾はバタバタと強く流される。強く地面を踏みしめていても、瞬く間に引き剥がされてしまいそうになる程の突風。
………いや、だがそれは――突風などではなかった。
マオの魔法により、空間が無理やりこじ開けられ、その真空の空間に空気が一気に引き込まれていくのだ。
対象は森を焼く炎、
今まで、四方に猛威を振るっていた炎は、魔方陣に猛進をし、
―――飲み込まれ始める。
(わ、わわわっ)
………余りにも凄まじい勢いの吸引。炎はまるで巨大な生き物のように、うねりを上げ続ける。その荒れ狂う炎が吸引を拒むように、灼熱を撒き散らし庭園を、上空を駆け巡るのだ。
「あわわわわ…」
カーニャは、必死で安全な場所へ逃げようと試みるのだが…、既に遅し…、辺りは燃え盛る炎に囲まれていた。
「風よ!僕たちを守ってくれ―――!」
不意に、キサラギの声が響いた。カーニャとともに炎の檻に閉じ込められた、人間。
そして、赤く染まっていたはずのカーニャの視界が、瞬時、白に遮断される。キサラギが炎から守るようにカーニャを背に隠したのだ。次いで、その白いマントがふわりとはためき、2人を取り囲む空間がピシッと音を立てた。
「大丈夫。壁を作ったから」
はっ、と思いカーニャはキサラギを見上げた。そこには、獲物を捉えた冷たい勇者の表情はなく、始めに見た無害な笑顔が注がれていた。
「ごめん、お前達。…でも、できる限り僕に力を貸しておくれ」
と、キサラギは可能な限りの空間に目配せをし、しきりに何かに語りかけている。その様子から察するに精霊の力を借りての魔法のようだ。
(あれ?守ってくれている?…私達を倒しに来たんじゃ…?
なんだ…。よかった、違うみたい、だよね…)
自分も風の精霊魔法で守られている事に気付き、胸をなでおろした。
(と、とりあえずここは安全みたいだし、おとなしくじっとしていた方が、…いいよね)
平常心を取り戻した様子で、カーニャは「すぅーっ」と深く呼吸をし、心を落ち着かせた。
「大丈夫、…マオ様が何とかしてくれる…」
今まで、混乱気味だったカーニャがマオを見つめ気丈に振舞う。そしてキサラギもマオを見つめ、ごくりと息を飲んだ。うねりを上げ飲み込まれる炎が、まるで―――炎竜のように見えた。
「…すごい魔法だ。こんな事が出来るなんて……」
(それより…、僕の風の壁がもつかどうか…。少しでも気を緩めると、まずいな…)とも、思いながら…。
「ふむ。風の防御壁か。…まあ、いいだろう」
と、マオは2人のそんな状況を、目の端で確認し終えた様子だ。
―――本来ならば、カーニャを守るのはマオの仕事である。いや、自分の仕事であるとマオが勝手に位置付けているのだが、とりあえず今回は不要であると判断したらしい。それでも万が一の事が起きそうならば、すぐさまカーニャに防御魔法をかけるつもりである。
「ふぅ…、そろそろ立っているのにも飽きたのだよ」
と小さく呟きながら、魔方陣にさらに魔力を込めた。
ごおぉぉぉ―――!!
ピシピシッ
風の壁が悲鳴を上げる。
(えっ!? わわわわ)
と、思わずカーニャは目をつむってしまった。かろうじて風の壁によって、炎からは守られているはずなのであるが、炎は炎竜のように渦を巻いてうねりを増し、思わず身を守ってしまう程の凄まじい吸引だった。
「ぐっ、まさか、1人で鎮火させる気じゃ…!」
キサラギは驚愕した。通常ならば、ギルドの魔法使い十数名がチームを作って、消火に当たってもおかしくない炎の猛威なのだ。それをあの人物は1人で、成し得ようとしているのだろうか…。相当な負担になるはずだ、それに魔法の発動中もし無防備になっていたら、あの勢いの炎だ、術者自身が焼け焦げてしまっているかもしれない…。
「しまった、あの人も、風の壁で守るべきだった…」
カーニャを守りながらも、マオおも守り抜かねばという思いに駆られる。やはり基本的に誰かを守るという勇者の精神が根底にあるのだろう。渦巻く炎の合間に見えるマオの姿を再度確認するように、キサラギは見た。しかしそこには、肌も、髪も衣服すら焼けた気配のない黒を纏ったマオが涼やかに佇んでいた。黒く闇夜のようにその髪ははためき、黒い瞳は炎を移し、赤く反射する。
その情景はとても怪めかしく、まるで、炎を従えた『魔王』のようにさえ思えた。キサラギは、熱く焼く蒸気の中で、ぞくっと背筋に冷たい汗をかく。マオは、笑っているようだった。――この状況すら楽しんでいるように…。
『――魔王は、炎竜と水竜を従える――』
…そんな聖王の言葉をキサラギは思い出し、カーニャを凝視した。自分の後ろで目を閉じやり過ごそうとする幼い少女。
(いや…、それはないか。どう見ても人間の女の子だ。そもそも、この竜のように見える炎の渦はあの魔方陣の吸引によるものだし、…それにあれほどの術者だ、何かしらの防御の魔具を装備しているに違いない)
クイッと少しずれかけていた眼鏡を元に戻しながら、現状の分析に努めた。
そして、…徐々に炎の勢力は弱まり―――。
「………」
カーニャは、辺りが静まり返った事に気づき、そーっと目を開け辺りをうかがう。
炎の渦は消えていた。
森も跡形も無く消えていた…。
そして、マオは何事もなかったかのように、やはり同じ木陰で炎の残骸を見ていた。燻る火種の無い事をゆっくりと確認しているようだ。
「ありがとう、君たち。よく耐えてくれたね。ゆっくり休んでおくれ」
と、キサラギは精霊に労いの言葉をかけているようだ。そして、
「危なかった、もう少しで壁が崩れる所だったよ…。良く耐えた、僕…」
と、ぼそぼそと呟き、そして大きく安堵する。
「…それにしても、まさかあの大火事を…、こんなに簡単に鎮火させるなんて…。しかも1人で…」
と、感嘆の吐息を漏らした。
「…造作もない」
―――パリンッ
全ての炎を飲み込んだ魔方陣はその役目を終えたのだろう。それはまるで、薄い氷の膜が割れるように、無数の小さな破片となって空中にきらきらと散った。
その、キラキラと散る情景のなんという美しさ。
闇色のマオとの対照さ。
木陰が無数の光に包まれ、その中心に佇むマオ。
その人離れした幻想さ、
…光さえ、マオに服従しているかのように感じる。
(わー、マオ様キレイ…)
カーニャは思わずうっとりと見つめる。そのカーニャの視線に気付いたのだろう、マオがおもむろにカーニャを見た。いつもと変わらずゆったりと構えるマオ。とても、心細くなった気がした。今すぐ、かけてマオ様のもとに行きたい。
(やぱりマオ様が何とかしてくれた…!)
と、カーニャは全てが終わった事を理解し、マオのもとに駆け寄った。
「マ、マオ様ー!!!!」
たたたたっ。
軽く口元を上げかすかにマオは微笑んだ。最初に自分の名が呼ばれた事に満足したらしい。加え、懸命に自分の元に走り寄るカーニャの姿がとても愛らしく見えたようだ。そしてマオは、抱きつき足元にしがみついているカーニャの頭を優しく撫でた。
「さて、僕のカニャさんを、守り抜いた功績も有る、しかたない、僕から友好の意を示すとするか」
もちろん始めからマオには敵意などないのだが、それでも、始めに口を開くことが、億劫だった。しかし、カーニャを守った恩は返すべきだろうと、マオが先に口を開く。
「良く来た、財団の勇者。まずは、僕の幼姫を炎から守り抜いた事に、感謝の意を述べよう」
と、右手を心臓近くに軽く当て、そのままゆっくりと頭をかすかに沈ませ感謝を述べた。
「…いいえ、こ、こちらこそ、何のお役にも立てず申し訳ありません。あっ、と…、申し遅れました。勇者財団<エリオン>から来ました、キサラギと言います」
と、キサラギはマオに歩み寄り、右手を差し出した。そして差し出された手に躊躇する事無く、マオも手を差し出し、
「僕は、マスカンナビーヤ=アドュルードピュヤ=クルバーオだ」
と、マオは滑らかに低く響く声で答えた。
ブログにこの話の「水魔法バージョン」と裏設定とかあります。
というか、魔法や戦闘描写は皆さん、お嫌いでしょうか?というか、マオ様、名前長すぎ!