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第三話 託された強さ

——数年後


 

途方もない年月をかけて、固い岩肌を穿ち続け出来上がった渓谷。


一筋の水の流れが、岩に当たり泡を生み、弾けた水飛沫は周囲の苔を濡らす。


苔に滴る水は、陽の光を反射し光の粒となり土へ還る。


ブルクは渓流の煌めく水面を眺め、剣を杖のように地面に突く。


淀みのない光の粒を染み込ませた土の香りが、鼻を突き抜け、ブルクは思わず瞳を閉じる。


谷全体に生命の循環をもたらし、留まることを知らない大自然の営み。


その大渓流の河原で二人の小人族が稽古に励んでいた。



二人は浅瀬に足を浸からせ、睨み合う。

 

「ハァ…ハァ…。」


肩で息をするフェルレに対し、アイザムは余裕の表情で落ち着いていた。


「どうしたフェルレ…。もう息切れか?」


「くっ…。」


(まだ…まだ……!ここだ…!)


「ヤー!!」


キィィン…


フェルレの繰り出した突きは、下から受け流された。


「もっと力強く剣を握るんだ。」


アイザムは強く言う。


剣はフェルレの手から離れ、回転しながら空へと舞う。


そして水深がある、エメラルドグリーンに色を染めた川の中央へ剣は落ちた。


「大じいちゃーん。兄さんがあたしの剣をー。」


河原で模擬戦を見ていたブルクに、フェルレは振り返り川へ指を差す。

 


(大じいちゃん!あたしにも剣を教えて!あたしだって兄さんや大じいちゃんみたいに強くなるんだから…!)


ブルクは数ヶ月前に言われたフェルレの言葉を思い出していた。


「出た出た。すぐじいさんに助けを求める。俺はフェルレが強くなるように模擬戦に付き合ってるんだぞ?」


「少しは手加減してよ!」


言い合いになる二人をブルクは微笑みながら眺めていた。


だが——


「フェルレ!アイザム!今すぐ川から上がりなさい!」


川の音、そして言い合いに夢中になる二人にはブルクの言葉は届かなかった。


透き通るほど綺麗な二人の足元には赤い血が流れていた——。


「こっちに来い……!!」



———

 


小さな火を焚き、開けた地で三人は休憩をしていた。


「大じいちゃぁぁん!ごめんなさぁぁい!」


巨木を背に座るブルクの胸で大粒の涙を流し、泣き叫ぶフェルレの頭をブルクは撫でていた。


利き腕の肩は薬草で覆われていた。


薬草の香り、木の燃える匂いの奥には微かに鉄の錆びた臭いが漂う。


二人を見つめるアイザムに気づき、ブルクは口を開く。


「渓流の主かもしれん…。」


深みから這うように、河原で言い合いになる二人に大きな口を開けながら襲いかかった水獣——。


「この辺りの生態系の知識がワシには無かった。怖い思いをさせてすまんのう二人とも…。」


「なんで…何で謝るんだよ…。フェルレと俺のせいで大怪我したんだぞ?しかも利き腕の方の肩だ。」


「二人の命が最優先だからじゃ…。」


「っ……。」


アイザムは俯く。


歯を食いしばり、拳を強く握った。


静まる空間。


アイザムの心とは裏腹に、周囲では穏やかに虫の音が響き渡る。


三人の顔を微かに照らす小さな火。


木が弾け、火の粉が空へと舞い上がっては消えていく。


(こんな時に…また鎧を纏った兵が現れたら…俺たちは一体…。)


アイザムの心の隅に、僅かな恐怖心が芽生える。


「アイザム…。…兵が現れたら頼むぞ…。」


ブルクは透心考でアイザムの言葉を拾っていた。


ドクンッと鼓動が一度強く全身に伝わる。


芽生えた恐怖心が大きくなっていくのを感じ、こめかみから顎に伝った汗が地面へと落ちた。


(じいさんが…俺に頼むほど…怪我は深刻ってこと…なのか…?)


アイザムはブルクの目を見つめた。


——その目は笑っていた。


(戸惑っておる…。じゃが、ワシはお前の守るという強さを信じておるのじゃ——。)


そしてブルクはゆっくりと目を閉じていった。


「じいさん…!」


「大じいちゃん…し、死んでないよね…?」


フェルレの再び瞳に涙が溜まる。


「泣くな…!」


アイザムの強い口調にフェルレはビクつく。


ドサッと倒れた丸太に座り、アイザムはそっぽを向いた。


フェルレの鼻を啜る音が鳴り響き、沈黙が訪れる。

 


「ご、ごめん。……フェルレ。じいさん…身体良くないみたいだから……」


アイザムは一瞬俯く。


「こ、こっちにおいで。俺の隣に…。」


穏やかな口調に戻り、フェルレを見つめそう告げるとフェルレは泣きやみアイザムの隣に静かに座った。


「ごめんな…。怖いよな。」


(フェルレは俺よりも小さいんだ。泣いてばっかだ。だけど…それは本気でじいさんのことが心配だからなんだよな…。俺は…)


アイザムは静かに目を閉じる。


すると肩に何かが当たる感覚。


頬に涙の跡を付けたフェルレがアイザムの肩に身体を預け、寝息を立てていた。


アイザムは微笑み、起こさないように抱き上げ、ブルクの座る隣にフェルレを寝かせた。


そして、自身の纏う麻のマントをそっと被せ、丸太に腰を掛ける。


アイザムは腰に差していた剣を手元に置いた。


「二人を…絶対守るんだ——。じいさんからいつも言われていることを思い出すんだ。」


『見張りの時に大事なことは——』


そして顔を上げ、周囲に五感を研ぎ澄ませる。


(まだ…何か忘れてる気がする…。見張りの時に大事なこと……)


「あー何だっけ…。」

 


——森の奥


「おい…小さな光が見えるぞ。」


「ああ、俺にも見えた…。バレないように近づくぞ。」


アイザム達の元へ静かに脅威が迫っていた——。

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