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63.せっかく王女と仲直りできてのに、辺境伯令嬢が出てきて刺繍を差し出してくれたところから雲行きが怪しくなってきました

「おはよう、ラフィー」

 翌日はアンジェから俺に挨拶してくれた。

 珍しくアンジェが朝から機嫌が良かった。

 俺はほっとした。


 やはり昨日アンジェの子供の頃に、俺のために刺してくれた刺繍のハンカチを後生大切に持っていたのが良かったのだろうか?

 まあ、俺にとってお守りだから、持っているのは当たり前なんだけど、たまに洗濯に出して持っていない時があるから、昨日はちゃんと持っていて良かった。


 朝からコックの作ってくれたスクランブルエッグは最高だったし、俺は朝からとても機嫌が良くなった。


 学園に行くまでの馬車の中もアンジェの機嫌の良さはそのままで俺は満足だった。


 でも、それは学園についてアンジェを馬車からエスコートして降ろすまでだった。



「ラフィー様。昨日は有難うございました」 

 すぐ傍に待機していたクラーラがやってきてお礼を言ってくれた。

「いや、俺を家まで送ってくれたのだ。それくらい当然だろう」

「ラフィー様。昨日お話しした、刺繍がこちらですわ。昨日帰ってから必死に仕上げしたのです」

 そう言って差し出されたクラーラの手にはとても凝った薔薇の花の刺繍が施されたハンカチがあった。


「是非とも昨日の夕食の御礼にお受け取り下さい」

「えっ、しかし、この様な立派な刺繍を受け取るわけには」

 その横にはむっとしたアンジェもいるし……俺は躊躇して断ろうとした。


「まあ、何をおっしゃいますの。ほんの手慰みに刺した刺繍ですわ。気にされることもございません」

 クラーラにそこまで言われたら、断り切れずに思わず俺は受け取ってしまったのだ。


「ああああ! クラーラ様。何抜け駆けしてラフィー様に刺繍のハンカチをお贈りしているのですか?」

 そこにハンネローレが飛んできた。

 こうなるんじゃないかと俺は危惧したのだ。


「何を言っているのです。昨日、ラフィー様に夕食をごちそうになったからそのお返しをお渡ししただけですわ」

 クラーラは平然と言い出してくれたが、

「なんということでしょう。じゃあ、私はこの前お呼ばれしましたから、また刺繍したハンカチをお持ちしますね」

 ハンネローレの言葉に一つ受け取った俺はいらないと言えなかった。


「ちょっと、ラフィー様。私も同じクラス委員のよしみですわ。今度お作りしてきますから是非ともお受け取りください」

 今度は横からB組の副委員長のデリア・プレッテンベルク男爵令嬢が横から言いだしてくれた。


「私は昨日ラフィー様に家宝のサインを頂きましたからそのお返しに作って参りますわ」

「じゃあ、私も」

「私もお願いします」

 俺の周りに令嬢達が集まりだしてくれたんだけど、

「いや、あのサインなんて別に大したことは無いから、それにそんなにたくさんハンカチを頂いても」

「そんな。クラーラ様のハンカチは受け取れて私のハンカチを受け取れないのですか?」

「いや、そんなことは……」

「そうですわ。それに魔王を倒された剣聖ラフィー様のサインは家宝ですから」

「そうです。ラフィー様」

「私も作って参ります」

「お願いします」

「いや、だから、それは」

 助けを求めようにもいつの間にかアンジェはまた怒って先に行ってしまって誰もいなくなっていた。

 どうしようかと俺は唖然とした時だ。


「ちょっと、皆様。なんですの。この騒ぎは……ひょっとして私のサインがほしいのかしら?」

 そこに聖女のミーナがエーベルを連れて来てくれたのだ。

 いつもは敵というか、アンジェの敵なので会いたくもなかったのだが、今日ばかりは天使に見えた。


「良かった。聖女様。皆、聖女様がサインしてくれるだぞ」

 俺はそう言うと、聖女と変って逃げ出した。

「えっ、ちょっと老騎士ったら」

 俺は老騎士ではないわ!

 俺はむっとして無視して逃げ出した。


「私は別にサインはしない主義で」

 聖女達を無視して、

「ちょっと、ラフィー様が逃げたわ」

「追いかけないと」

「あなた邪魔よ」

「退いて下さい!」

「ちょっと貴様等。殿下に何て言うことを」

 側近達が女達を止めようとしてくれた。

 でも、あんな大群を止められるのか……


「ギャーーーー」

 後の方で聖女の悲鳴が聞こえたので振り返ると聖女達は殺到した女達の下敷きになってくれていた。




「ラファエル様、これはどういう事ですか?」

 昼休みに学園長に呼び出された俺は学園長から叱責を受けていた。

「どういう事と言われても……」

「この学園には皇太子殿下の第一皇子殿下がいらっしゃるんです。それを差し置いて皆にサインするとはどういうことなんですか?」

 学園長の横からカンタローネがキイキイ声で怒りだしてくれた。


「どういう事と言われましても、求められたから仕方なしに書いただけで」

 俺は言い訳した。


「私が言うのは皇子殿下や聖女様を差し置いて隣国のあなたがサインするのはどうかと思うのです」

 青筋を立ててカンタローネがヒステリックに叫んでくれた。


「ラファエル様。あなた様はこの国の救国の英雄様であるとは思いますが、皇子殿下を立てるところは立てていただきませんと」

 学園長まで横から言いだしてくれて、

「いや、別に俺はないがしろにしている訳ではないですよ」

 俺は言い訳した。

「しかし、実際には殿下や聖女様よりも目立っていますよね」

「いや、俺は別に目立とうとしているわけではないですよ」

 俺は否定したのだが、

「剣聖様がいらっしゃるだけで目立つんです」

「そう言われても」 

 学園長に言われたが、俺にどうしろと言うんだよ!

 俺は言いたかった。

 俺はアンジェが婚約破棄されて断罪されるのを防ぐ為だけにここにいるのだから、別に目立ちたいわけではないのだ。


「今後二度とサインはしないこと。これは守っていただきますからね」

 カンタローネの言葉は渡りに船だった。

「それは全然問題はありません。ついでに今後学園で刺繍をしたハンカチを贈るのも禁止にしていただけるととても嬉しいんですけれど」

 俺がついでに注文をつけた。

 あんなたくさんの人間に刺繍のハンカチをもらうのはこりごりだ。


「えっ、ラファエル様。刺繍のハンカチを渡すのは女生徒から愛の告白で良くされることで、そこまで禁止するのはどうかと思うのですが」

 横にいたマイヤー先生が指摘してくれたのだが、

「えっ、この学園では刺繍をしたハンカチは男への愛の告白なのですか?」

 俺は驚いてマイヤーを見た。

 前世持てなかったし、今世は学園なんて通ったことはなかったから俺はよく知らなかった。


「一概には言えませんが、凝った刺繍ほど愛の深さを表すと女生徒の間で言われてますわ」

「では例えばこんな刺繍は」

 俺はハンネローレから渡された刺繍を広げてみた。


「ラファエルさん。これはどう見ても愛の刺繍ですよ。赤い薔薇三本書かれていますから愛の告白ですし、あなたのイニシャルが書かれていますから」

「まさか」

 マイヤーがそう言ってくれたが、俺は笑った。

 俺は前世で美奈ちゃんから揶揄われたことがあるから、これも、体の良い冗談だと思ったのだ。

 実際に正式な申し込みが辺境伯家からくることになるなんて想像だにしていなかった。

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