61.辺境伯令嬢と刺繍の話になったので昔王女が子供の作ってくれた刺繍を出しました
「私、今、色々と花嫁修業をしておりますの」
「そうなのですね。クラーラ様ならさぞ良い花嫁様になられますわ」
「まあ、よくおっしゃいますわ。当然フランク王国の皇女殿下でいらっしゃるアンジェリーナ様も色々としていらっしゃると思いますが……」
クラーラはそう言うと少し意地悪そうにアンジェリーナを見た。
食事会の間はクラーラとアンジェが主に話してくれた。
本来ならばアンジェも同い年の友人が出来たんだと喜べたんだけど、二人の間はこの前の国境からの旅の二人のギクシャクした関係から全然進展していないみたいだった。
いや、それよりもむしろ悪化しているように俺には見えた。
確かに話している口調は友好的なのだが、話の中身が嫌みの応酬だった。
「そうですね。色々とやっておりますわ」
アンジェは無難に返そうとしたが、俺は思わず吹き出しそうになって、思いっきりアンジェに足を踏まれてしまった。
一応アンジェは色々とやってはいるのだが、アンジェの母親のアンヌも編み物とか料理とかは壊滅的に駄目だった。まあ、いずれは帝国の皇后になるアンジェに料理の腕は必要は無いと思うが……
野宿の間は俺が料理していたし、でも、刺繍とかは必要ではないかとは思うのだ。
「そうですわよね。何しろアンジェリーナ様は王女殿下なんですから。ラフィー様。私、刺繍に凝っておりますの。ラフィー様ほどの方なら、女性の方々からお手製の刺繍の入ったハンカチなどたくさん贈られているでしょう」
クラーラは当然のごとく話してくれるのだが、
「いや、あまり刺繍などはもらったことが無いな」
そうだ。アンヌは編み物が得意でなかったし、マイヤーもたしなみ程度に出来るはずだが、もらったことはなかった。
そんな中、何故かアンジェが不満そうにしていた。
そう言えば……俺は思い出していた。
「そう言えば昔姫様から刺繍のハンカチをもらったことがあります」
俺は胸ポケットからハンカチを取り出した。
小さい頃見よう見まねでアンジェがしてくれた刺繍だ。
模様はなんかの花のはずだ。
「まあ、その塊は何の刺繍ですの?」
クラーラがきつい一言を言ってくれた。
アンジェは刺繍は苦手だが、その言い方はないと思う。
「いや、これは花だと思うぞ」
俺が少しむっとして言うと、
「それは犬です」
真っ赤になってアンジェが訂正してくれた。
「まあ、犬ですの? 私は魔物かと思いましたわ」
クラーラが馬鹿にしてくれたが、俺から見たらどう見ても花にしか見えないのだが、アンジェが犬だというのなら犬なのだろう。
「小さい頃に姫様が俺のために作ってくれた刺繍なんです。俺の宝物です」
俺はそう言うと大事そうに胸のポケットにまたしまった。
「まあ、そうですの。アンジェリーナ様が小さい頃に作られた……」
クラーラが疑い深そうにアンジェリーナを見てくれたが、
「そうよ。それは私が五歳の時にマイヤーに指導されて初めて作った刺繍なの」
消え入りそうな声でアンジェが頷いた。
その後もクラーラは自分がどんな刺繍に凝っているか色々と話してくれたが、俺にはちんぷんかん分だった。アンジェはそれを判ったように聞いていたが、絶対にアンジェもおなじだったと思う。
「まあ、私達としたことが殿方には刺繍のお話はつまらなかったでしょう。申し訳ありません」
クラーラが謝罪してくれた。俺がつまらなそうにしていたのかもしれない。
「いやいや、刺繍の話など聞いたことはなかったからな。為になりました」
俺がおべんちゃらを言うと、
「まあ、そうですの。ラフィー様は刺繍に興味がおありなのですね」
俺の言葉にことのほかクラーラは喜んでくれた。
「ラフィー様。よろしければ私の作った刺繍を受け取っていただければ嬉しいんですけど」
「ああ、別に、痛い!」
俺は大きな声を上げていた。
「申し訳ありません。足が滑りました」
給仕しているセバスチャンに思いっきり足を踏まれたのだ。
こいつは絶対に主人を主人とも思っていない使用人だ。
俺がむっとしてセバスチャンを見ると、セバスチャンがアンジェを見て俺に合図してくれた。
俺が頷いてはいけないものらしい。
「まあ、また機会があれば」
俺は婉曲に断ったのだが
「まあ、ありがとうございます。またお会いした時にお渡ししますわ」
強引にクラーラは話を進めてきた。
そこまで言われたら俺は頷くしか出来なかった。
セバスチャンが俺を睨んできたが仕方が無いでは無いか!
「本日はお招きいただき有難うございました」
「こちらこそ、お送りいただいて有難うございました」
俺はクラーラに礼を言った。
「そんなことは容易いことですわ。ご用命の時はいつでもお声がけください。何でしたらお迎えにも上がりますわよ」
「いや、それはクラーラさんに良くない噂が立ちましょう」
「ラフィー様と噂がたつ分には何も問題はございませんわ」
クラーラが言いだしてくれたが、こんな年寄り相手によく言うと俺は思った。
美奈ちゃんと同じではないか!
俺は今度はその手はに乗らない!
まあ、グスタフは本気でそれを望んでいるかもしれないが……
「では、イレーネ嬢、また明日学園で」
「はい、よろしくお願いします」
二人はばしゃに乗り込むと去って行った。
俺は部屋に戻ろうとした。
「ラフィー、あんな酷い私の刺繍を持っていなくても良かったのに」
ぼそりとアンジェが言ってくれた。
「何を言っているんですか? あれは姫様が初めてされた刺繍でしょう。それを俺にくれるといった時、俺はとても嬉しかったんです」
俺はニコニコしながら言った。
「じゃあ、次はもっとちゃんとした刺繍を作るからもらってくれる?」
アンジェが聞いてきた。
「当然頂きますよ」
俺はアンジェの言葉に喜んで頷いていた。




