第42話 咲き乱れる花嵐(2)
「……ん?」
昼前の昼食を一緒に食べながら、空気に違和感を覚えた。シトシトと、雨が降っている……ような気がする。肌を叩く感触があるような、ないような。見上げてみると、空の半分以上はまだ青いが、どんよりとした灰色も確かに見える。
「……朝倉さん、雨具、持ってきてるよね?」
「え? うん、一応持ってきてるよ。……降るかな?」
「分かんないけど、今もちょっとだけ」
さりげなく、リュックの中身を確認した。折り畳み傘と、上着も入っている。多少の雨なら平気だし、彼女を寒さに晒すことにもならないだろう。
「雨はやだなぁ」
「今くらいなら別にいいんだけどね」
たまに顔が濡れたことに気づく程度。それくらいならなんの問題もない。あるいはこれが通り雨で、しぐに止んでくれればいいのだが。……根拠のない勘が、私に嫌な予感を伝えてくる。
「天気予報はなんて言ってる?」
「うーん……パッと見た感じ、ただの曇りっぽいけど」
「曇りも嫌だけど、雨よりマシか」
天気アプリを見てみても、強い雨が降りそうな予報ではない。ここは降らなくとも、もしかしたら近くを大きな雨雲でも通っているのかもしれない。もしそうならば、曇りで終わらない可能性もあるが……。
「ま、今そんなこと考えても仕方ないか」
「そうだね、食べちゃお。せっかく桜が綺麗なんだし」
スマートフォンを置き、視線を上げながら次はサンドイッチを食べた。雨が降るのは確かに嫌だが、何も降ったからといって大きな問題があるわけではない。雨具があるからそう濡れることもないし、花見はまた来れる。だったら、存分に今を楽しもう。
「桜の花言葉、知ってる?」
「いや、そういうのは全然知らない」
「私も詳しくはないんだけどね、なんか美人みたいな意味があるみたいだよ。まさに私だね」
「凄いね。相変わらずその自信には敵わないよ」
詳しくないのに知ってるということは、いつか調べていたのだろうか。花言葉というものは、ただのメッセージや想いを表すためのものだと思っていたが……なるほど、確かに桜と聞いてイメージするのは美しい人かもしれない。……いや、花の風景なんて、大抵は美人と映えるものな気もしてきた。
「花言葉ってさ、なんかロマンあるよね」
「……そう?」
「なんかさ、具体的には言えないんだけど……分からない? 隠されたメッセージって、なんだか秘密の合言葉みたいでさ」
口をもぐもぐと動かしながら、同時に彼女の言葉も噛み砕く。秘密の合言葉……暗号のような話だろうか。いや、そうではない。言葉を交わさずに伝える想い。物理的で、同時に精神的な言語とも言えるだろう、それが花言葉。
「まぁ分からなくはないよ。よくあるじゃん。なんか……国語とかやっててさ、この花にはこういう意味があってね、って。なんかお洒落だよね」
「そう! そういうこと!」
弾んだ声が、湿気た空気を震わせた。彼女の顔が妙に輝いて見えた。どんな悪戯かその瞬間、大粒の水が降ってきた。
「わっ、わぁっ!」
突然に降り出した雨に、私達は慌てて木の下、水のかかりづらいところへと避難した。ザーザーと激しく鳴る音。その激しさは比喩ではなく、耳元には確かに、「ザーザー」という音が響いていた。
「あちゃー……嵐だなぁ」
「……しばらく止まなそうだね」
木の葉や枝の隙間から、時折り雨粒が肌を叩く。ここで雨宿りもできないだろう。しばらくしたら水に全身を包まれるのは目に見えている。となると、花見もここらで仕舞いにしなければならないだろうか。
「お昼は食べられたし、まぁ楽しめたけど……」
消化不良なのだろう。私もそうだ。せっかく今日という日を楽しみに、そして備えてきて。それが突然の大雨で……だが、こうして悩んでいる間にも雨も風も強くなるようで、どうやら呑気にしている暇もなさそうだ。
「仕方ない、帰ろうか」
「えぇ〜! もうちょっと色々したかったのに」
拗ねたように、けれど彼女も空模様は理解しているから、中々反発もできないらしい。垂れた目尻には涙が浮かんだようにも見えた気がした。
「……またいつか来よう。別に、春が終わるのは今日ってわけじゃないし」
「……うん、そうね。じゃあさ、ちょっとファミレスにでも寄ろうよ。本当は、もっと夕方くらいまで過ごす予定だったんだから」
「分かった。白端の方でいい?」
「うん。そっちの方がすぐ帰れるもんね」
改めて天気予報を見てみると、いつの間に更新されたのか、今日中は収まる様子もなかった。これも信じる価値があるのかは分からないが、この通りの可能性の方が高いのだろう。残念ながら、空の素人が口を挟める話でもないのだ。
せっかくの花見の日、私達がこうしてファミリーレストランで休んでいるのはこれが理由だ。雨の中急いだせいか、彼女も最初は息が上がっていたのだが、今はすっかり楽しそうにプリンを頬張っている。
「私思ったんだけど……」
「……何を?」
「結局、店のスイーツって美味しいよね」
「ははっ、風情もないな」
笑いながらも、確かにそうだろうな。私や彼女が自分で作ったご飯は特別な意味こそあれど、特別な味があるわけではない。いや、意味があるから味があるのだろうが。
「お花見は改めて、ちゃんとやろうね」
「うん、仕切り直してね」
終わり良ければ全て良しとは言うが、私としては、最終的に彼女がこうして楽しそうならば、それで良しだ。




